第8話「帰せない約束」(後編)
1. おばばの言葉と、童帰り師の責任
本家の奥の間。
千景は膝を折り、俯いたままおばばに報告していた。
千景「……対話が、できませんでした。周りへの被害を防ぐために、龍脈杭で地場を一時的に塞ぐことしか……。私は、あの童たちを裏切ってしまったのかもしれません」
おばばは静かに煙管の煙をくゆらせ、千景の震える手を見つめた。
おばば「千景。……お前がしたことは、決して間違いではないぞ」
千景がハッと顔を上げる。
おばば「童帰り師の仕事はな、『その場で綺麗に還して気持ちよく終わること』ではない。時には自分の無力さを知り、童と現世の安全のために『一時的に引き受ける』ことも童帰り師の仕事じゃ」
千景「引き受ける……?」
おばば「そうじゃ。あの杭はな、童を閉じ込めるための檻ではない。お前が『いつか必ず還しに来る』と、その土地に立てた【約束の目印】じゃよ」
2. 封じたままにしないために
おばばの言葉が、千景の冷え切った心にじわじわと温かく染み込んでいく。
おばば「あのように何百年も重なった念は、一朝一夕の対話では解けぬ。だが、お前が杭を打って時間を稼いだ。……それはな、『今の自分には届かないが、諦めたわけではない』という童への意思表示なのじゃ」
千景「約束の……目印……」
おばば「封印したから終わり、ではない。その童がなぜそこまで固結してしまったのか、歴史を調べ、土地の記憶を紐解き、自分が成長した時に再びあそこへ戻る。……その重荷を背負い続ける覚悟こそが、一人前の童帰り師の責任じゃ」
千景は自分の手帳を開いた。
白紙のページに、ペンを走らせる。
『旧街道沿いの古井戸。複数の念の固結。現在は龍脈杭にて一時遮断中。……必ず、力をつけて迎えに行くこと』
千景の瞳に、迷いの影は消えていた。
ただ傷つき、自分を責めるのは終わりだ。
「救えなかった」で終わらせないために、その判断に責任を持ち、未来の自分へバトンを繋ぐ。
3. 忘れる自分と、刻む記録
その夜、千景は本家の離れで手帳を整理しながら、ふっと息をついた。
(……代償で、いつかこの井戸のことも、私の記憶から薄れてしまうかもしれない……)
童の世界へ潜り、深い地場と向き合うたびに、千景の個人的な思い出は少しずつ削られていく。
もし自分の記憶からあの古井戸の存在が消えてしまったら、あの「約束」も消えてしまうのではないか——そんな恐怖が一瞬、胸をよぎる。
千景は手帳をギュッと抱きしめた。
千景「ううん……忘れても、大丈夫。この手帳がある。役場の仲間がいる。おばばがいる。……記憶が消えても、私が残した『記録』と『繋がり』が、私をもう一度あの場所へ連れて行ってくれる」
千景は手帳の表紙に、しっかりと自分の名前と「童帰りの記録」と書き加えた。
失うことを恐れず、人に頼り、記録に残し、自分を再構成していく。
これまでの童たちとの対話の中で千景が手に入れた生き方が、ここで明確に「童帰り師の仕事」と結びついた瞬間だった。
4. 新たな日常と、次なる一歩
翌日。
役場に出勤した千景は、すっきりとした顔で窓口に立っていた。
同僚「遠野さん、昨日の工事現場の件、業者からすごく感謝の電話が入ってたよ! 『遠野さんのおかげで無事に作業が進みそうです』って」
千景「ふふ、良かったです。……でも、私の仕事はまだ途中なんです」
同僚「え? 途中?」
千景「はい。いつか、もう一度行かなきゃいけない場所なんです」
同僚は不思議そうに首をかしげたが、「まあ、遠野さんがそう言うなら応援するよ!」と笑顔で書類を渡してくれた。
千景は窓の外の秋空を見上げる。
すべてを一度に救うことはできない。
けれど、逃げずに引き受け、いつか還すために歩み続ける。
判断の重さを知り、その責任を背負った千景は、また一つ、本物の童帰り師として大きく、強く成長していた。
(第8話・後編 完)




