↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
8/10

第8話「帰せない約束」(後編)

1. おばばの言葉と、童帰り師の責任


本家の奥の間。

千景は膝を折り、俯いたままおばばに報告していた。


千景「……対話が、できませんでした。周りへの被害を防ぐために、龍脈杭で地場を一時的に塞ぐことしか……。私は、あの童たちを裏切ってしまったのかもしれません」


おばばは静かに煙管(キセル)の煙をくゆらせ、千景の震える手を見つめた。


おばば「千景。……お前がしたことは、決して間違いではないぞ」


千景がハッと顔を上げる。


おばば「童帰り師の仕事はな、『その場で綺麗に還して気持ちよく終わること』ではない。時には自分の無力さを知り、童と現世の安全のために『一時的に引き受ける』ことも童帰り師の仕事じゃ」


千景「引き受ける……?」


おばば「そうじゃ。あの杭はな、童を閉じ込めるための檻ではない。お前が『いつか必ず還しに来る』と、その土地に立てた【約束の目印】じゃよ」


2. 封じたままにしないために


おばばの言葉が、千景の冷え切った心にじわじわと温かく染み込んでいく。


おばば「あのように何百年も重なった念は、一朝一夕の対話では解けぬ。だが、お前が杭を打って時間を稼いだ。……それはな、『今の自分には届かないが、諦めたわけではない』という童への意思表示なのじゃ」


千景「約束の……目印……」


おばば「封印したから終わり、ではない。その童がなぜそこまで固結してしまったのか、歴史を調べ、土地の記憶を紐解き、自分が成長した時に再びあそこへ戻る。……その重荷を背負い続ける覚悟こそが、一人前の童帰り師の責任じゃ」


千景は自分の手帳を開いた。

白紙のページに、ペンを走らせる。


『旧街道沿いの古井戸。複数の念の固結。現在は龍脈杭にて一時遮断中。……必ず、力をつけて迎えに行くこと』


千景の瞳に、迷いの影は消えていた。

ただ傷つき、自分を責めるのは終わりだ。

「救えなかった」で終わらせないために、その判断に責任を持ち、未来の自分へバトンを繋ぐ。


3. 忘れる自分と、刻む記録


その夜、千景は本家の離れで手帳を整理しながら、ふっと息をついた。


(……代償で、いつかこの井戸のことも、私の記憶から薄れてしまうかもしれない……)


童の世界へ潜り、深い地場と向き合うたびに、千景の個人的な思い出は少しずつ削られていく。

もし自分の記憶からあの古井戸の存在が消えてしまったら、あの「約束」も消えてしまうのではないか——そんな恐怖が一瞬、胸をよぎる。


千景は手帳をギュッと抱きしめた。


千景「ううん……忘れても、大丈夫。この手帳がある。役場の仲間がいる。おばばがいる。……記憶が消えても、私が残した『記録』と『繋がり』が、私をもう一度あの場所へ連れて行ってくれる」


千景は手帳の表紙に、しっかりと自分の名前と「童帰りの記録」と書き加えた。


失うことを恐れず、人に頼り、記録に残し、自分を再構成していく。

これまでの童たちとの対話の中で千景が手に入れた生き方が、ここで明確に「童帰り師の仕事」と結びついた瞬間だった。


4. 新たな日常と、次なる一歩


翌日。

役場に出勤した千景は、すっきりとした顔で窓口に立っていた。


同僚「遠野さん、昨日の工事現場の件、業者からすごく感謝の電話が入ってたよ! 『遠野さんのおかげで無事に作業が進みそうです』って」


千景「ふふ、良かったです。……でも、私の仕事はまだ途中なんです」


同僚「え? 途中?」


千景「はい。いつか、もう一度行かなきゃいけない場所なんです」


同僚は不思議そうに首をかしげたが、「まあ、遠野さんがそう言うなら応援するよ!」と笑顔で書類を渡してくれた。


千景は窓の外の秋空を見上げる。


すべてを一度に救うことはできない。

けれど、逃げずに引き受け、いつか還すために歩み続ける。


判断の重さを知り、その責任を背負った千景は、また一つ、本物の童帰り師として大きく、強く成長していた。


(第8話・後編 完)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。