第7話「帰せない約束」(前編)
1. 土地の底に根を張る怪異
秋が深まり、木々が葉を落とし始めた11月。
千景のもとへ持ち込まれたのは、旧街道沿いにある「開かずの古井戸」の調査依頼だった。
周辺で道路の拡張工事が計画されているのだが、井戸に近づこうとした重機がことごとくエンストを起こし、夜になると井戸の底から「返して、返して」という子どものすすり泣きが響くのだという。
現場は、かつて大きな宿場町だった場所の裏手。
千景は鞄から【独楽】を取り出し、落ち葉の敷き詰められた地面へと滑らせた。
――ガタガタガタッ……!
独楽は猛烈な勢いで回転し、地面にめり込むような深い軸ブレを起こしながら、古井戸の真上を指して激しく跳ねた。
千景「(地場が……深すぎる……! 昭和どころじゃない、明治……いや、もっと前の時代から、この土地の底に固まって根を張ってる……!?)」
千景は覚悟を決め、【龍脈杭】を井戸の脇に打ち込んだ。
「ここで向き合おう!」
――ゴンッ……!
杭が打ち込まれ、空間が一時的に固定される。
千景は【でんでん】を鳴らして警戒を解き、【扇】で井戸から溢れ出す冷たいノイズを払いながら、神楽鈴を手に童の世界へと足を踏み入れた。
2. 固結した怨念と「届かない声」
――チリン、チリン。
境界を越えた千景の視界に広がったのは、漆黒の闇と、井戸の底にへばりつくようにして存在する巨大な影だった。
それは、数百年の間に幾重にも重なった「捨て子」や「貧しさで命を落とした子どもたち」の未練が一つに溶け合い、固まり合ってしまった【集合体としての童】だった。
中心にいる少女の影が、千景を見つめて怨嗟の声を上げる。
『かえして……わたしのお母さんを……お家を……かえして……!』
千景「話を聞かせて! あなたたちの想いを、ちゃんと受け止めるから……!」
千景は膝をつき、必死に神楽鈴を振り鳴らした。
――チリン、チリン、チリン……!!
しかし、鈴の音が届かない。
童の怨念があまりにも強固に土地(龍脈)そのものと結びつきすぎており、千景の温かな言葉も、鈴の波紋も、弾き返されてしまうのだ。
そればかりか、神楽鈴の音に反応した童の影は暴走を始め、龍脈杭の固定を力任せに打ち破ろうと暴れ出した。
――メリメリッ……!
地場を繋ぎ止めていた龍脈杭にギギギと亀裂が入り始める。
千景「(杭が……保たない!? このまま暴走されたら、工事現場だけじゃなく、近隣の住宅地にまで地場の被害が出る……!)」
対話で解きほぐすには、時間が圧倒的に足りない。
かといって、このまま引けば周囲に甚大な被害が出る。
昇華(救済)か、それとも――。
千景は土壇場で、これまで考えたこともなかった「もう一つの選択」を迫られた。
3. 苦渋の選択――「応急の遮断」
(……救えない……!? 今の私の力じゃ、今すぐこの子たち全員の心を開かせることはできない……!)
千景の頭に、おばばの言葉が蘇る。
『童帰り師の仕事はな、すべてをその場で力任せに解決することではない。自分と、周りの人間と、そして何より童自身を守るために、退く判断も必要なのじゃ』
千景は歯を食いしばり、神楽鈴を深く胸元に引き寄せた。
千景「……ごめんね。今すぐ……連れて帰ってあげられなくて、ごめんなさい……!」
千景は【龍脈杭】の役割を瞬時に変えた。
本来は「対話のために地場を開き、固定する」ための杭。だが千景は、その打ち込み角度を逆転させ、地場の出入り口を一時的に「押し込めて遮断する」ために、深く深くと地面へ打ち込んだ。
――ガツンッ……!!
杭が打ち込まれると同時に、暴走していた井戸の影が、重い蓋をされたように井戸の底へと押し戻されていく。
『かえして……かえして……!』
少女の悲痛な叫び声が、井戸の奥深くへと遮断されていくのを、千景は拳を握りしめて見届けるしかなかった。
空間が静まり返り、現世の静寂が戻ってくる。
千景の足元には、力尽きるようにして沈黙した古井戸だけが残されていた。
4. 責任と重圧
井戸の前にへたり込んだ千景は、自分の両手を見つめた。
手は小さく震えていた。
「現場を整える」という道具の使い方を応用し、なんとか二次被害だけは防いだ。
だが、そこには爽快な解決などどこにもなかった。
工事関係者が「おお、急に重機が動き出した! ありがとう、遠野さん!助かったよ!」と笑顔で駆け寄ってくる。
現世では、依頼を無事に達成した「成功」。
けれど千景自身にとっては、童の声を聞き届けることができなかった「未完の敗北」だった。
(私は……あの童たちを、見捨てたの……?)
感謝の声が大きければ大きいほど、千景の胸を刺す罪悪感は深く重くなっていく。
千景は遮断の圧力を受け止めて重くなった龍脈杭を抱え、重い足取りで本家へと向かうのだった。
(第7話・前編 完)




