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魔物が溢れた現代で  作者: おっさん
白原家と崩壊する世界
9/23

第9話 壊れて初めての外出(by 白原 守)

 「ふん!」


 シャベルの先端で、飛び掛かって来る大猫を串刺す父さん。


 「キャー!(いさむ)さん、カッコいいー!——っもう!邪魔ねっ!」


 上空からこちらを引き裂こうと突撃してきた大カラスは、母さんに張られた結界に衝突し、視界を塞がれた母さんが憤りながら鉈を振るう。


 「待ってねー。今道作るからー」


 見える様に、壊れない様に、多めに魔力を使い。色を付け、人が乗っても問題無い強度を付けた結界の橋で、持ち上がり割れたアスファルトの道路だった物の上を進んで行く。


 「……案外何とかなるもんだな」


 「(まもる)の結界が万能ね」


 「いや、僕には父さんみたいな力は無いし、母さんみたいな感知能力も無いから」


 俺が道を作りつつ、みんなを守り。

 父さんが道中の敵を排除しつつ。

 母さんが強敵や――面倒臭そうな相手を感知して、回避しながら。


 俺達は協力し合いながら荒廃した住宅街を進んでいた。


 「あっ。そっちは歩いてる人がいますね」


 「……余裕そうな感じか?」


 「ですね。たった一人で、散歩ぐらいな感覚で、警戒すらしていません」


 「異常だな……。避けるか」


 他にも、家や商店を襲っている人、集団や家族で何処かへ向かっている人など、大丈夫そうな人、危険そうな人、様々な人達を避けて歩いた。


 当然、それなりの頻度で魔力探知を飛ばしているのに加えて、周囲の魔力濃度が下がったからか、肉体の維持に消費する魔力の量が若干増え、魔力の吸収能力が減少した為、最大出力とは行かず。

 破壊の痕跡や塀などで、影や障害物の多い住宅街では、精々、100~50mが探知範囲らしいが、それでも十分に助かっていた。


 「……そこ。生垣の向こう。前を通ったら飛び掛かってきます」


 「分かった」


 他にも木や電信柱の上にぶら下がって、獲物が下を通るのを待って居たり、死んだふりをして死体に擬態して居たり、保護色を使って瓦礫の隙間に身を潜めていたり。


 「向こう……。広範囲に根を張った大きな木の魔物が居ますね」


 「また迂回か……」


 そんな事を繰り返しながら。


 「そっち。死体に群れた蝶が居ます。何をしてくるか分からないので避けた方が良いかと」


 「だな……」


 「あ。待ってください」


 「…?どうした?」


 「人が人に襲われています」


 「くっ!めんどうなっ!」


 父さんの言う通り、本当に面倒だ。

 でも。


 「じゃぁ行こっか」


 「——だな。はぁ……。これでまた遠回りだ……」


 額を押さえる父さん。

 しかし、これは事前に話し合っていた事で。


 「まずは僕が結界で二人の動きを止めるよ」


 「えぇ。その隙に私が襲っていた方の目を見て、状況を把握するわ」


 「私は……。本当に荷物持ちぐらいにしか役に立たないな……」


 「いや、それが一番助かってるから」


 「ですね。いくら(まもる)の結界の道があっても、それだけの大荷物を引いて歩けるなんて凄いわよ」


 「そ、そうか……?なら、良いんだが……」


 まだ釈然としていない様だが、これだけの距離を、荷車を引きながら、戦闘もこなして、息一つ切らしていないのだから、実際凄い。

 

 俺達も魔力で肉体を強化すれば出来ない事も無いのだろうが……。多分、父さんに比べて効率が悪いし、それに、それぞれの役割に割ける魔力が少なくなってしまう。

 母さんの探知範囲や、探知頻度を下げて面倒な相手とかち合っても嫌だし、接敵が増えれば、その分、俺の結界が防ぐ攻撃も増える訳で。そうなれば、俺の魔力も尽きてしまうかも知れない。


 そう言った事を考えれば、父さんが荷運び兼護衛をしてくれているのは、非常に助かっているのだが……。


 「……が……さねぇっ――!」


 怒鳴り声が聞こえて来る。

 母さんが無言で右のブロック塀を指し、それに俺は頷く事で答えた。


 「っ!」


 道に飛び出る俺。


 素早く対象を目視し、結界で両者を隔離する。


 「んだよこれっ――!くそっ!壊れろっ!壊れろってんだよっ!」


 ガンガンとひん曲がった鉄バットで結界を叩く加害者側男性。

 魔力がゴリゴリ削られて行くのが分かる。


 絶対に常人の筋力では無いし、それに何度も殴られ、蹴られでもしたであろう被害者側男性が、怯えた様に丸くなり、泣きながらも、生きていると言うのも異常だ。


 「んだてめぇら!?おい!まさか、これはてめぇらがやったんじゃねぇだろうなぁ?!」


 と、そこでやっと俺らに気が付いたのか、こちらを向く加害者男。

 しかし、その姿は、しっかりとして見える。目が血走っている以外は、そこら辺を歩いて居そうな普通の大人で。


 「——何が有ったんですか?」


 母さんが聞き。男の視線が母さんに移動する。


 「「っ……!」」


 瞬間、母さんが頭を押さえ怯んだ。

 男も怯んだ。


 「……そこの男性が悪いです」


 母さんが、頭を押さえ、俯き、視線を向けないまま、地面に蹲り、丸まり、泣いている被害者側男性を指す。


 「…………」

 こちらを睨む加害者側男性。しかし、もう暴れる気は無い様だった。


 「どう言う事だ?」

 父さんが、母さんに聞く。


 「言いません……。言えません……。あんな惨い事……」


 「ッ……!」

 

 それを聞いた加害者側の男の視線が更にきつくなった。

 きつくなって……。その端が濡れていた。


 「……オィ。面かせ」


 父さんの腕が結界を透過して、丸まっているばかりの男の胸倉を掴み上げる。


 「ひっ!ひぃぃっ!」


 「お前、こいつに何をした?」


 「お、僕は別にそんなつもりじゃなくてっ!頭がクワッ!ってなって!体が勝手にっ!ごめんなさいっ!ごめんなさいっ!ごめんなさいっ!」


 謝り続ける男。


 「……聞いて良いか?」


 そんな男を再びアスファルトの上に放り投げると、今度は歪んだ鉄バットを持った男の方へ向き返り、少し配慮した様に呟く。


 「妻と、娘を……、そいつが……」


 歯を食いしばり、俯き、それ以上何も言わなくなる男性。

 ただ、その肩は震えていて。


 「……(いさむ)さん。その人のも見せて」


 まだ少し顔に影が有る母さんが、それでも父さんの方を向いて呟く。


 「——どうしてもやらなきゃいけないのか?」


 「——えぇ」


 「……分かった」


 父さんは再びアスファルトの上に転がるソレを持ち上げ。


 「少しでもわりぃと思ってんなら、目ぇ開けて、あっちを見ろ」


 「は、はいぃぃ!」


 男はその言葉に素直に従い、母さんと目を合わせる。


 「っ……!」


 今度は、先程とは違う。

 しかし、衝撃を受け様な反応。


 「……どうだった?」


 「——その男は……。罪を犯しましたが、それは魔力によるものです」


 「ッ……」


 誰とも言わず、場の空気が張った。


 「その男の欲望が原因ではあります……。それでも、本人はそれが悪い事だと分かって居て。普段は大人しい、普通の人で。寧ろ人が傷付くのが嫌な人で。そんな矛盾した欲望を持っている自分の事が嫌いで、こんな事が無ければ絶対に……。それを悪い部分だけを増幅されてっ!ウォエッ!」


 「母さん!」

 「(みなみ)!」


 崩れ落ちてしまった母さんに二人で駆け寄る。


 「…………もう良い」


 カランと、金属バットが床に落ちる音。


 「終わっちまえ、こんな世界」


 そう言うと、男はポケットからナイフを取り出して。


 「ッ……!なんでだよっ!!」


 「……ごめんなさい。僕の結界の中だから……」


 男のナイフを握る手は首元で止まっていた。


 「じゃぁ出せよ!離せよ!俺はっ!俺はもうっ!」


 俺にはこの男の苦しみも、何があったのかも分からない。

 それでも。ポケットにナイフを忍ばせながらも、この男は、それを目の前の男には使わなかった。


 いや。最初から。そのナイフをポケットに忍ばせた時点で、使い方は初めから決めていたのかもしれない。


 目の前の男を滅多打ちにして、出来るだけ苦しませてから、自分も死ぬ。そんな結末が見て取れるようだった。


 「ごめんなさい。それは出来ません」


 俺はしっかりと立ち、腰を深々と曲げ、誠心誠意。頭を下げて謝る。

 母さんを介抱している父さんは、片膝を付いたまま、こちらを見ていた。


 「ほぉ?じゃぁ何か?!お前が妻を!娘を返してくれるってのか?!」


 「——申し訳ありません。娘さん達がどうなったのか、私は存じ上げてはいませんが、私は貴方を見殺しにしたくはありません。どうか考え直してください」


 俺は頭を上げない。


 「そんな事ッ……!……いいや。分かったよ」


 男の顔が急に脱力し。


 「はははっ。みっともないな。娘と同じ位の男の子に、こんなにムキになって」


 憑き物が落ちたかのように笑う男。

 それは何処にでもいる、いつもスーツ姿で娘の為に、家族の為にと働いている、普通の、しが無いサラリーマンの様で。

 遊びに来ていた子ども友人に顔を見られてしまい、気まずくも優しく愛想笑いをする、不器用なお父さんの様で。


 「悪かったな、少年……。さぁ、私はもう用が済んだ事だし、家に帰りたいんだが……。これを解いてくれるかな?」


 「…………」


 父さんと母さんの方を見る。


 「……行かせてあげなさい」


 父さんが言った。


 「……分かりました。お邪魔して、申し訳ございませんでした」


 俺は男に。一人の父親に向かってもう一度頭を下げる。


 「あははっ。本当に礼儀正しい良い子だね――。ご両親方も、ご迷惑おかけしてしまい、申し訳ございませんでした」


 「——いや。邪魔したのは私達の方だった。本当に申し訳ない」


 「申し訳ありませんでした」


 頭を下げる二人。


 「ふふふっ。本当に良い家族だ。本当に良い家族…………。さ、私にも家族が待っているからね、もう行かせて貰うよ」


 「「「はい。ご迷惑おかけしました」」」


 頭を下げる俺達三人に、父親は振り返らず片腕を上げて振りながら、道の向こうへ消えて行く。それを俺らは頭を下げながら見送って……。


 「……なぁ、お前はどうするんだ?」


 父さんが転がり、咽び泣く男へ視線を合わせ、静かに問いかける。


 「僕はっ……。僕はっ……」


 「また、同じ事をしそうで怖いんですよね?」


 母さんもその男の傍へ近寄ると、膝に手を突き、視線を低くして、優しい声で問い掛ける。


 「怖い……。怖いでずッ……!だっでっ!だじがにあのどき、ボグは操られでたかもじれないげどッ!だじかにッ!」


 「快感を覚えてしまった」


 「ぞうっ!ぞうなんでずっ!ぞれがっ!あのじゅんがんがっ!ずっどあだまがらはなれでぐれなぐでっ!」


 「——殺して欲しい?」


 「(みなみ)?!」

 「母さん?!」


 「殺して、楽にして欲しい?」


 「ご、ごろじっ――――――。いやだっ!まだじにだぐないっ!じにだぐないんでずっ!」


 「……そう」


 それだけ言うと、泣き喚く男から視線を外し、上体を上げる母さん。


 「——さ、行きましょうか?」


 「……うん」


 「……あぁ」


 俺達は母さんの言葉に頷き、その場を後にした。


 母さんは、あの時、あの男が殺して欲しいと言っていたら、どうしたのだろうか。


 あの手に強く握られた鉈はどうなっていたのだろうか。


 分からない。


 もしかしたら、母さんはそんな二人の結末が、距離を空けても魔力探知で見えていたのかもしれないけれど、決してそれを口にする事は無かったし、俺達が話題に出す事もなく。


 その話はそれで終わってしまった。

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