第9話 壊れて初めての外出(by 白原 守)
「ふん!」
シャベルの先端で、飛び掛かって来る大猫を串刺す父さん。
「キャー!勇さん、カッコいいー!——っもう!邪魔ねっ!」
上空からこちらを引き裂こうと突撃してきた大カラスは、母さんに張られた結界に衝突し、視界を塞がれた母さんが憤りながら鉈を振るう。
「待ってねー。今道作るからー」
見える様に、壊れない様に、多めに魔力を使い。色を付け、人が乗っても問題無い強度を付けた結界の橋で、持ち上がり割れたアスファルトの道路だった物の上を進んで行く。
「……案外何とかなるもんだな」
「守の結界が万能ね」
「いや、僕には父さんみたいな力は無いし、母さんみたいな感知能力も無いから」
俺が道を作りつつ、みんなを守り。
父さんが道中の敵を排除しつつ。
母さんが強敵や――面倒臭そうな相手を感知して、回避しながら。
俺達は協力し合いながら荒廃した住宅街を進んでいた。
「あっ。そっちは歩いてる人がいますね」
「……余裕そうな感じか?」
「ですね。たった一人で、散歩ぐらいな感覚で、警戒すらしていません」
「異常だな……。避けるか」
他にも、家や商店を襲っている人、集団や家族で何処かへ向かっている人など、大丈夫そうな人、危険そうな人、様々な人達を避けて歩いた。
当然、それなりの頻度で魔力探知を飛ばしているのに加えて、周囲の魔力濃度が下がったからか、肉体の維持に消費する魔力の量が若干増え、魔力の吸収能力が減少した為、最大出力とは行かず。
破壊の痕跡や塀などで、影や障害物の多い住宅街では、精々、100~50mが探知範囲らしいが、それでも十分に助かっていた。
「……そこ。生垣の向こう。前を通ったら飛び掛かってきます」
「分かった」
他にも木や電信柱の上にぶら下がって、獲物が下を通るのを待って居たり、死んだふりをして死体に擬態して居たり、保護色を使って瓦礫の隙間に身を潜めていたり。
「向こう……。広範囲に根を張った大きな木の魔物が居ますね」
「また迂回か……」
そんな事を繰り返しながら。
「そっち。死体に群れた蝶が居ます。何をしてくるか分からないので避けた方が良いかと」
「だな……」
「あ。待ってください」
「…?どうした?」
「人が人に襲われています」
「くっ!めんどうなっ!」
父さんの言う通り、本当に面倒だ。
でも。
「じゃぁ行こっか」
「——だな。はぁ……。これでまた遠回りだ……」
額を押さえる父さん。
しかし、これは事前に話し合っていた事で。
「まずは僕が結界で二人の動きを止めるよ」
「えぇ。その隙に私が襲っていた方の目を見て、状況を把握するわ」
「私は……。本当に荷物持ちぐらいにしか役に立たないな……」
「いや、それが一番助かってるから」
「ですね。いくら守の結界の道があっても、それだけの大荷物を引いて歩けるなんて凄いわよ」
「そ、そうか……?なら、良いんだが……」
まだ釈然としていない様だが、これだけの距離を、荷車を引きながら、戦闘もこなして、息一つ切らしていないのだから、実際凄い。
俺達も魔力で肉体を強化すれば出来ない事も無いのだろうが……。多分、父さんに比べて効率が悪いし、それに、それぞれの役割に割ける魔力が少なくなってしまう。
母さんの探知範囲や、探知頻度を下げて面倒な相手とかち合っても嫌だし、接敵が増えれば、その分、俺の結界が防ぐ攻撃も増える訳で。そうなれば、俺の魔力も尽きてしまうかも知れない。
そう言った事を考えれば、父さんが荷運び兼護衛をしてくれているのは、非常に助かっているのだが……。
「……が……さねぇっ――!」
怒鳴り声が聞こえて来る。
母さんが無言で右のブロック塀を指し、それに俺は頷く事で答えた。
「っ!」
道に飛び出る俺。
素早く対象を目視し、結界で両者を隔離する。
「んだよこれっ――!くそっ!壊れろっ!壊れろってんだよっ!」
ガンガンとひん曲がった鉄バットで結界を叩く加害者側男性。
魔力がゴリゴリ削られて行くのが分かる。
絶対に常人の筋力では無いし、それに何度も殴られ、蹴られでもしたであろう被害者側男性が、怯えた様に丸くなり、泣きながらも、生きていると言うのも異常だ。
「んだてめぇら!?おい!まさか、これはてめぇらがやったんじゃねぇだろうなぁ?!」
と、そこでやっと俺らに気が付いたのか、こちらを向く加害者男。
しかし、その姿は、しっかりとして見える。目が血走っている以外は、そこら辺を歩いて居そうな普通の大人で。
「——何が有ったんですか?」
母さんが聞き。男の視線が母さんに移動する。
「「っ……!」」
瞬間、母さんが頭を押さえ怯んだ。
男も怯んだ。
「……そこの男性が悪いです」
母さんが、頭を押さえ、俯き、視線を向けないまま、地面に蹲り、丸まり、泣いている被害者側男性を指す。
「…………」
こちらを睨む加害者側男性。しかし、もう暴れる気は無い様だった。
「どう言う事だ?」
父さんが、母さんに聞く。
「言いません……。言えません……。あんな惨い事……」
「ッ……!」
それを聞いた加害者側の男の視線が更にきつくなった。
きつくなって……。その端が濡れていた。
「……オィ。面かせ」
父さんの腕が結界を透過して、丸まっているばかりの男の胸倉を掴み上げる。
「ひっ!ひぃぃっ!」
「お前、こいつに何をした?」
「お、僕は別にそんなつもりじゃなくてっ!頭がクワッ!ってなって!体が勝手にっ!ごめんなさいっ!ごめんなさいっ!ごめんなさいっ!」
謝り続ける男。
「……聞いて良いか?」
そんな男を再びアスファルトの上に放り投げると、今度は歪んだ鉄バットを持った男の方へ向き返り、少し配慮した様に呟く。
「妻と、娘を……、そいつが……」
歯を食いしばり、俯き、それ以上何も言わなくなる男性。
ただ、その肩は震えていて。
「……勇さん。その人のも見せて」
まだ少し顔に影が有る母さんが、それでも父さんの方を向いて呟く。
「——どうしてもやらなきゃいけないのか?」
「——えぇ」
「……分かった」
父さんは再びアスファルトの上に転がるソレを持ち上げ。
「少しでもわりぃと思ってんなら、目ぇ開けて、あっちを見ろ」
「は、はいぃぃ!」
男はその言葉に素直に従い、母さんと目を合わせる。
「っ……!」
今度は、先程とは違う。
しかし、衝撃を受け様な反応。
「……どうだった?」
「——その男は……。罪を犯しましたが、それは魔力によるものです」
「ッ……」
誰とも言わず、場の空気が張った。
「その男の欲望が原因ではあります……。それでも、本人はそれが悪い事だと分かって居て。普段は大人しい、普通の人で。寧ろ人が傷付くのが嫌な人で。そんな矛盾した欲望を持っている自分の事が嫌いで、こんな事が無ければ絶対に……。それを悪い部分だけを増幅されてっ!ウォエッ!」
「母さん!」
「南!」
崩れ落ちてしまった母さんに二人で駆け寄る。
「…………もう良い」
カランと、金属バットが床に落ちる音。
「終わっちまえ、こんな世界」
そう言うと、男はポケットからナイフを取り出して。
「ッ……!なんでだよっ!!」
「……ごめんなさい。僕の結界の中だから……」
男のナイフを握る手は首元で止まっていた。
「じゃぁ出せよ!離せよ!俺はっ!俺はもうっ!」
俺にはこの男の苦しみも、何があったのかも分からない。
それでも。ポケットにナイフを忍ばせながらも、この男は、それを目の前の男には使わなかった。
いや。最初から。そのナイフをポケットに忍ばせた時点で、使い方は初めから決めていたのかもしれない。
目の前の男を滅多打ちにして、出来るだけ苦しませてから、自分も死ぬ。そんな結末が見て取れるようだった。
「ごめんなさい。それは出来ません」
俺はしっかりと立ち、腰を深々と曲げ、誠心誠意。頭を下げて謝る。
母さんを介抱している父さんは、片膝を付いたまま、こちらを見ていた。
「ほぉ?じゃぁ何か?!お前が妻を!娘を返してくれるってのか?!」
「——申し訳ありません。娘さん達がどうなったのか、私は存じ上げてはいませんが、私は貴方を見殺しにしたくはありません。どうか考え直してください」
俺は頭を上げない。
「そんな事ッ……!……いいや。分かったよ」
男の顔が急に脱力し。
「はははっ。みっともないな。娘と同じ位の男の子に、こんなにムキになって」
憑き物が落ちたかのように笑う男。
それは何処にでもいる、いつもスーツ姿で娘の為に、家族の為にと働いている、普通の、しが無いサラリーマンの様で。
遊びに来ていた子ども友人に顔を見られてしまい、気まずくも優しく愛想笑いをする、不器用なお父さんの様で。
「悪かったな、少年……。さぁ、私はもう用が済んだ事だし、家に帰りたいんだが……。これを解いてくれるかな?」
「…………」
父さんと母さんの方を見る。
「……行かせてあげなさい」
父さんが言った。
「……分かりました。お邪魔して、申し訳ございませんでした」
俺は男に。一人の父親に向かってもう一度頭を下げる。
「あははっ。本当に礼儀正しい良い子だね――。ご両親方も、ご迷惑おかけしてしまい、申し訳ございませんでした」
「——いや。邪魔したのは私達の方だった。本当に申し訳ない」
「申し訳ありませんでした」
頭を下げる二人。
「ふふふっ。本当に良い家族だ。本当に良い家族…………。さ、私にも家族が待っているからね、もう行かせて貰うよ」
「「「はい。ご迷惑おかけしました」」」
頭を下げる俺達三人に、父親は振り返らず片腕を上げて振りながら、道の向こうへ消えて行く。それを俺らは頭を下げながら見送って……。
「……なぁ、お前はどうするんだ?」
父さんが転がり、咽び泣く男へ視線を合わせ、静かに問いかける。
「僕はっ……。僕はっ……」
「また、同じ事をしそうで怖いんですよね?」
母さんもその男の傍へ近寄ると、膝に手を突き、視線を低くして、優しい声で問い掛ける。
「怖い……。怖いでずッ……!だっでっ!だじがにあのどき、ボグは操られでたかもじれないげどッ!だじかにッ!」
「快感を覚えてしまった」
「ぞうっ!ぞうなんでずっ!ぞれがっ!あのじゅんがんがっ!ずっどあだまがらはなれでぐれなぐでっ!」
「——殺して欲しい?」
「南?!」
「母さん?!」
「殺して、楽にして欲しい?」
「ご、ごろじっ――――――。いやだっ!まだじにだぐないっ!じにだぐないんでずっ!」
「……そう」
それだけ言うと、泣き喚く男から視線を外し、上体を上げる母さん。
「——さ、行きましょうか?」
「……うん」
「……あぁ」
俺達は母さんの言葉に頷き、その場を後にした。
母さんは、あの時、あの男が殺して欲しいと言っていたら、どうしたのだろうか。
あの手に強く握られた鉈はどうなっていたのだろうか。
分からない。
もしかしたら、母さんはそんな二人の結末が、距離を空けても魔力探知で見えていたのかもしれないけれど、決してそれを口にする事は無かったし、俺達が話題に出す事もなく。
その話はそれで終わってしまった。




