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魔物が溢れた現代で  作者: おっさん
白原家と崩壊する世界
8/25

第8話 外へ(by 白原 守)

 リビング。テレビ前の長いローテーブルを囲み。


 「……これもダメね」


 母さんは冷蔵庫の中で、得体の知れない物に変質してしまった食材を取り出し、悲しそうな顔をしていたのだが、最後にはそんな事も気にならないぐらい切羽詰まった状況になり、最終的に缶詰開封大会まで開く羽目になったのだが。


 その結果が、台所からダイニングテーブル。そしてこのローテーブルの上にまで広がる惨状だ。


 「乾パンと水ならいけるか……?」


 逆を言えばそれぐらいしか無事に見える物が無い。

 それにしたって、見た目は普通だが、実際大丈夫かどうかは……。


 「あっ。虫みたいのが湧いてるな。これも駄目だ」


 中には、辺りの魔力濃度が低下したにも関わらず、未だに蠢いている物もあって。


 ——そう。正確な理由は分からないが、一時期は上昇を続けていたここら一帯の魔力濃度が下がり始めたのだ。


 それは、魔力の流れが良く見える母さん曰く、地中へ吸収される魔力の量が増えた事。発生する魔力の量その物が減った事。この二点が影響している様で。


 発生する魔力が減った原因に関して考えられる可能性としては、魔力を消費する魔物が増えすぎた事。魔力の消費量以上に魔力を生み出す、人間などの生物が減り過ぎた事。

 特に、生物が死ぬ瞬間には、内部に溜め込んだ魔力や、魔力の元となる激しい感情、砕けた魂の欠片などが一気に溢れ出すそうで。それが殆ど止んだ事も大きいのではないか、と言っていた。


 他にも、別世界から流れ込んで来ている魔力が減っている可能性も有るが、その辺りは地中に吸い込まれる魔力量が上昇した件同様、こちらで原因を推察する事も出来ず。

 その地中へ吸い込まれる魔力量さえ、現在は減少し始めている為、魔力増減の直接的な理由を考える事は、取り敢えず保留とした。


 ——詰まる所、現時点で把握できている事は。


 未だに魔力濃度が低下し続けている事。

 そのペースは次第に緩やかになっている事。

 

 魔力濃度低下の影響で、外部魔力に頼って活動していた魔物の動きが鈍くなり、新しい魔物が生まれる事も殆ど無くなった他。

 一部の大型種や成り損ない等、通常の生命体として活動を続けるに不完全で、存在の維持に、より多くの外部魔力を必要したり。

 或いは霊体の様に、自身の中に魔力を留めて置けず、周囲が一定以下の魔力濃度になれば、自身の中の魔力を垂れ流しにしてしまう様な魔物達は、魔力不足によって、消滅、又は死亡して行っている事。


 俺達の様に生き延びた人間が、母さんの探知できる範囲(母さんの能力が上がったせいか、探知能力も10倍程に増加している)でも、それなりに点在している事。


 そして何より、魔力が電気の流れなどに影響するのか、送電が停止し、遠距離で電気や電波をやり取りするような機器が、軒並み使い物に成らなくなり、食材が一時的とは言え、高濃度の魔力触れ、得体の知れないもに変わってしまった。


 加えて、恐れていた火災が、あちらこちらで発生してる様で、煙がそこかしこから上がっていて、いつこちらに火の手が回ってくるかも分からない。


 「本家か、清原大学の自然キャンパスの方に逃げるしか無いな」


 確かに。そのどちらも、火の手が上がっている住宅街やオフィス街とを、田園地区を挟んで、山側に存在しているので、そうそう火の手が回って来る事は無さそうだが。


 「人が多い所は……」


 母さんが言い淀む様に、懸念する様に呟く。


 「——だな。私も同僚や市民に家族よりも、市役所職員としての仕事を全うしろと言われたら困る」


 その発言は、市役所職員としては失格なのだろうが、家族の俺としても、こんな、今後何が起きるかも分からない状況で、父さんと引き離されるのは嫌だった。


 「それに、誰がどんな能力を持って居るかも分からないしね……」


 最悪、母さんの様な能力に目覚めて、悪用し始める輩も出て来るかも知れない。

 それに、能力を持って居なかったとしても、数の暴力と隠れた悪意には……。案外母さんと父さんが居ればどうにかできてしまうかも知れないが、懸念材料は少ないに越した事は無かった。


 「一層の事、私が全てを洗脳できてしまえれば良いのですが……。そう言う意味では、少人数の場所は狙えますね」


 さらりと怖い事を言う母さん。

 しかし、こういった状況では、そう言った判断も必要だろう。

 母さんの能力は、二心も見抜けるので、心強いばかりである。


 「——なら本家だな」


 すっぱりと言い切る父さん。

 

 本家――清原(きよはら)家はその名の通り、清原市に住んでいて知らぬ人は居ない程の大地主で、その家は、庭付き池付き松の木付き。由緒正しい和風建築平屋建ての一軒家。


 白原(しろはら)家はそこから何代か前に分かれた分家だが、清原(きよはら)の家自体が、本家を継ぐもの以外の清原(きよはら)の名乗りを許していないので、その影響か、分家がそれなりに存在し。

 分家だからどうこう。と言う事自体、清原(きよはら)家が嫌うので、あまり関りも無ければ、社会的地位も一般的。本当に他人の様な関係なのである。


 ただ一つ。唯一関りがある場面があるとすれば、本家に適格な後継者が生まれなかった場合位か。

 その場合はこの土地で長らく暮らしてきた、身元のハッキリしている分家の人間が継ぎの候補として挙がる場合が多く、実際に今代の家長も、清原(きよはら)家の者が婚約、結婚をして、取り込む形で他の分家から引き抜いて来たとの話だった。


 因みに、この場合、適格かどうかは、政治、経済、会社、地域運営能力などに加え。

 何より、この土地を愛し、土地に住む住民達を愛し。時に厳しく、しかし常に愛と誇りを持って。この、開拓時代から代々引き継いできた土地を発展させ、守り抜ける、公明正大な人物である事が求められる。


 当然、身内贔屓する人間などは以ての外で、それが分家と本家が関わりの薄い一因でもあるのだが。

 他にも、所有する土地は代々、家長にのみ全てを引き継がせる事が決まっていたり、権力を分散させない決まりごとが幾つもあり。

 その決まりを守れる人物を先代が見極め、引き継いできたからこそ、市長をも抜いて。

 皆承知の上なので、全く影になってはいないが、影の権力者となっているのである。


 当然、土地を持って居るだけでは無く、学業施設や賃貸物件、商店に物流、不動産管理会社など、幅広く経営にも手を伸ばしていて。

 駅の誘致から、住宅街、オフィス街の発展、学業地としての興業に、それらと地元を繋ぎ、土地を活性化させて行く手腕。

 間違いなく、誰よりもこの土地の発展に寄与していて。だからこそ、この土地で清原(きよはら)家の名前を知らない者は存在せず。

 なんなら、近隣の市にも勢力を伸ばしている為、他地域でも名前が知られていたりする。


 そんな人間の家に殴り込むのは、いくらこの世界が混沌に包まれた今とは言え……。


 「今の世界は精神力の強い人に有利に働く様だし――。失敗しても成功しても、後が怖い、かな?」


 そんな人間。並の精神力をしているとも思えないし。初めは上手くっても、後から……。とか。そもそも襲いに行った時点で格上になっていて、返り討ちに会うなんて展開もあり得るかもしれないと、思案顔で呟く俺。


 「なら、他に何処かいい場所は有るか?」


 「ん~……。いっその事、山の中とか?僕の結界があればどこでも一定程度の安全性は保てるし、外に出るにしても、母さんの探知があれば、山の中で獣や魔物に不意を突かれるって事も少なそうだし……」


 「そうか。鬼頭山(きとうざん)か……。まぁ、確かに切り立った岩肌に、昔の石窟が点在してはいるが……」


 そう呟きながら母さんの方へ目をやる父さん。


 「そうですね……。火の手の心配も少なく、人と会う可能性も低い。この様子では市内の食べ物の殆どもダメになっているでしょうし、何より、"色々"と腐敗が始まりますもんね……」


 「だな……。今後の人々や、市全体がどう動くかも分からないしな……。混沌に巻き込まれる位なら、いっそ、と言うのは理に適っているのかもな」


 「そうね……。別に永住するかどうかを今決める必要は無いわけだし、変化を乗り切るまでの一時的な拠点と考えれば……。

 それに、魔力の御陰で、私達の身体も、かなり丈夫になっていると思いますし、多少の山暮らしであれば、耐えられなくも無さそうですもんね」


 「——試してみる価値はあるな」


 「ですね……。後は、食材が山の中で取れれば良いのですが……」


 「ん~……。もうそこは、魔物を狩って食べるしかないんじゃないかな?」


 「もしもの時は、そう、だな……」


 顔を顰めながら決断する父さん。


 「私達の身体も丈夫になっていますし、多少の毒ならいけますって」


 母さんの方がアグレッシブで助かった。


 「そうと決まれば、準備しよっか!キャンプセットって、外の物置だっけ?」


 俺は乗り気で無さそうな父さんの背中を押す様に勢い良く立ち上がる。


 「あぁ。寝袋から炭までなんでも有るが……」


 「大丈夫ですよ、(いさむ)さん!森の中なら、キノコが変異した歩くキノコ型の魔物とか、イノシシや魚の魔物が居るかもしれないですし。そうなれば、案外、普通の物より美味しかったりするかもしれませんよ?」


 目新しいものはゲテモノ料理でも、目を輝かせて食い付く母さんには、父さんの気持ちなど分かるまい。


 俺だって、歩いてるキノコとか、人喰ってるかもしれないイノシシとか。味どうこうじゃなくて、普通に食いたくねーもん。

 いや、勿論、必要とあらば食べるけどさ。


 「いやー!家族でお泊りキャンプって何年振りだろうね?楽しみになって来たよ!」


 父さんを奮い立たせる為のオーバーリアクションであるが、嘘では無く。

 こんな状況で不謹慎ながらも、俺も久々のキャンプに内心、ウキウキしていた。


 因みに、実際のキャンプのあれこれは母さんの方が得意で、父さんは、ゲジゲジとかなら兎も角、耳元で飛び回る蚊とかが大っ嫌いなタイプだ。


 それに今は梅雨が明けたばかりの時期。

 俺としても、魔力で蚊が死に絶えている事を願うばかりだった。


 「ふふふっ。そうね。まだ(まもる)が小学生になったばかりの時だったかしら?」


 「あの時は河原でテントを張って、鮎釣りもしたよな……。——よし!久々に釣り竿も用意するかっ!」


 過去の情景を思い浮かべて、やっと奮い立ったのか、ソファーから重い腰を上げる父さん。


 「荷物どうしよー」


 「取り敢えず台車に積んで……。車は厳しいわよね?」


 「この荒れようじゃな……。水道管やガス管が破裂して道的にも厳しそうだし、魔物も闊歩しているし。そもそも魔力の影響でそもそも動くかどうか……。いや、万が一動いても急に爆発するかもしれないしな。使うのは止めて置こう」


 「じゃぁ押して行くしかないねー」


 「それに、車に積めないなら、台車じゃなくて、荷車の方が良いかしら?」


 「あの空でも重い荷車を?!この距離――いや、山道も有ると考えると……」


 「良かったわね?貴方が斎藤さんから引き取った荷車が役に立つ日が来て」


 「うぐっ……。だからあれは引き取ったんじゃなくて、押し付けられて……」


 「さぁ!今こそ、その荷車が、庭の片隅を占拠していた、ただの漬物石じゃ無かった事を証明する時よ!頑張って!(いさむ)さん!」


 「うん!頑張って!お父さん!」


 「う、うむぅ……。——よぉし!筋力も上がってるしなッ!これぐらい余裕のよっちゃんよ!!」


 「流石、(いさむ)さん!」


 「父さん、カッコいいー!」


 良く分からない掛け声で奮い立った父さんの気力を奪わない様、賞賛の言葉を浴びせながら荷物を積んで行くが、その山が大きくなるに連れ、父さんの元気は萎んで行き。


 「はい、(いさむ)さん。シャベル」


 「……何に使うんだ?」


 「道中は武器に。向こうに行ったら、トイレを掘ったりとか?」


 「はぁ……。分かったよ」


 「ぼ、僕も、リュック一個分は背負うからさ」


 「私は鉈で行くわねっ!……ふん!」


 楽しそうに鉈を振って見せる母さんに二人で苦笑しながら、俺達の短い様で、長い旅は始まった。

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