第6話 自身との和解(by 白原 守)
「シャワーは浴びれて、浴びる本人が不快な温度になると静止。
狭い道も通れて、画鋲が落ちていても、包丁が置いてあっても透過して、踏みそうになったり、手を切りそうになると、足や手を止めてくれる感じ――。
結界外からの煙や匂いは弾くけど、感知できない二酸化炭素やヘリウムガスは防げなそう。と……。
こうなると、多分、弾けるか弾けないかは、攻撃的な魔力を含んでいるかかどうかが第一条件。
これに当てはまらなかった場合に、本人が意識した場合、それを危害の原因として認識出来るものは、認識外にあっても、静止させ、危害が及ぶのを防いでくれる。と言った所ですかね?」
「う、うん……」
「あ、あぁ……」
引いたというか、疲れたというか。
「あぁ。後は、結界を張る対象は人では無くても良い。も追加でしたね」
そうなのだ。
試しに人形を対象にしたら結界が張れて、しかも大きさも、支払う魔力量や、強度を犠牲にする事で大きく出来たのだ。
その途中で分かった事は。
「危険物や悪い魔力とか、何かしらを弾いたり、制止させるにはそれなりの魔力がいるから、張ったり伸ばしたり、受け止める瞬間が一番きつい。
あと、包丁で手を切りそうになった時、手を止めるより、無意識に画鋲を踏みそうになって、空中に足を静止させる方が魔力を消費する。
多分、それで発生する怪我の度合いよりも、物質を止める為に使う力とか、そっちの方が魔力消費量に関係してる気がする。
他にもリンクを繋いだまま、悪意のある魔力が外部から侵入したり、内部からでも外部からでも、あまりに大きな負荷が掛かると、触れていなくても、その地点へ向かって、俺の中から魔力が無理矢理引き出される感覚がして、見えてなくても、結界の何処で、何をされてるのが、ぼんやりとだけど、何となく把握できる」
そうなのだ。主に実験体になった父さんだけでは無く、俺も伸びてしまっているのは、それが原因。
どうやら、結界は張り終えた後も、俺が繋がりを維持していようとすれば、魔力的繋がりが、ラインの様に残るらしく。
ラインが残ったままだと、何かしらを弾いたり、静止させるたびに、体内から不足分の魔力が引き出される仕様だった。
その為、魔力を引き抜かれる度にゾワゾワとして。
魔力が引き抜かれている先。制止や弾きが行われている箇所が何となく分かるのだ。
当然、普通に結界を張っただけでは、最初に魔力が引き抜かれる感覚がするだけで、結界も込めた魔力を消費し切れば消えるだけなのだが。
どうやら母さんが、俺の結界を張る技術を盗めないかと、結界を張る姿を魔力視している最中にそのラインを見つけたらしい。
最初はそのラインを繋ぎ続けることにすら苦労していたのに、その上、追加の実験にまで付き合わされて、この様。
魔力を引き出すのはとても疲れるし。それなりの量を一気に引き出された後は脱力感や、一種の生命本能による警告なのか、痛みとまでは行かない物の、不意に首元に冷たい物を当てられたようなヒヤッとする感覚や、くすぐったさ。他にも、ジェットコースターに乗った時の様な浮遊感等、不快な感覚が織り交ざった様な違和感が何度も体を駆け巡って。
様々な不快感がごちゃ混ぜになって流し込まされた事による感覚的な酔いと、魔力が抜けた事による脱力感。それなりに集中力を必要とする魔力の行使を行い続けた事による神経衰弱が、俺の全身を襲っていた。
「くそっ。魔力はどれだけ残って……」
痛む頭を押さえて、ステータスを確認する。
蓄積魔力値:30
許容魔力値:10→20
生産魔力値:60→70
肉体維持消費魔力値:20→50
外部魔力出力値:50→70
魔力吸収能力値:30→40
魔力抵抗能力値:20→30
——なるほど。
肉体維持に必要な魔力量が一時的に蓄積された魔力を上回っている。
頭痛や倦怠感の一番の原因はこれかもしれない。
俺の場合、感覚的に、身体能力の向上に魔力を消費してるというより、この規格外な体を維持する為に、魔力を消費している様な感じだし。
でも、その感覚が明らかに強くなっている。
多分、これは俺の精神が正気側に傾いたせいだと思う。
痛みを痛みとして感じなかったというか。
悪い奴が友達だったのが、正気に戻って、カタギに戻りたいと言った途端、敵に回られたと言うか。
……正気に近付いてる……?
――いや。そう言われれば確かに。
今回の犠牲者や、まだ生きて、苦しんでいる人の事を考えると――。
まずいまずいまずいまずい。
駄目だっ!今考えては駄目だっ!!心が、体が乗っ取られるっ!!
出て来るなっ!正気に戻るなっ!
眠っていろ役立たずがっ!それが出来ないなら死に晒せっ!
二人の役に立ってるのは俺でっ!二人を守れるのは俺でっ!
そんな俺をお前は拒絶するのかっ!?
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ――」
「守?」
「……大丈夫か?」
母さんが倒れ込む俺の手を掴み、一緒に伸びていた父さんまでもが、心配そうに俺の顔を覗き込む。
——温かい。
許容魔力値:20→5→4→……3(魂が浸食されています。直ちに精神状態を整え、敵対的魔力から距離を置いて下さい)
生産魔力値:70→60→50→……20(生産した魔力の殆どを敵対的魔力に奪われています。非常に危険な状態です。現状を脱してください)
肉体維持消費魔力値:50→100→200→……5000(許容量をオーバーした魔力が溢れ出しています。高濃度の魔力に晒され、肉体が思わぬ変異を起こす可能性があります。直ちに魔力を遠距離へと放出して下さい)
外部魔力出力値:70→60→50→……20(敵対的魔力に依り魔力の操作権が奪われています。取り返して下さい)
魔力吸収能力値:40→200→1000→……10000(魂と肉体が受け入れられる魔力の量を大幅に超えております。双方が破損する恐れがあります。直ちに抑制してください)
魔力抵抗能力値:30→0→-5→……-10(器損傷、侵入した敵対的魔力の手引きにより、内側から抵抗値減少中。正気を保ち、敵対的魔力を体内から追い払って下さい)
まずい。抑え込めたは良い物の、正気を司る俺の摩耗が凄まじすぎた。
その隙に付け込まれた。
何とか、今この瞬間は持ち堪えられては居るが。
ここまで傷つけるつもりじゃ無かった。
外部魔力が次々と流れ込んできて、抑えられない。
純粋な俺の魔力が。魂が塗り替えられて。
耐え切れなくなった肉体から魔力が湯水の様に溢れ出しているの言うのに、自分では思う様に魔力が放出出来ない。
自分の体が、魔力が、何一つ思い通りに動いてくれない。
寧ろ、今となっては、自分以外の奴らの方が……。
っ……!危ないっ!意識がっ!
すんでの所で意識を引き戻してくれたのは、二人の温かい抱擁。
流れ込んで来る温かい魔力が、俺を侵食する敵対的な魔力を多少なり祓ってくれた事で、何とか意識を取り戻せた。
しかし駄目だ。これ以上は駄目だ。
祓われた以上の魔力が、加速度的に俺の体を求めて集まって来ている。
焼け石に水だ。このままじゃこの二人も――。
「ッ——!」
俺は、俺の扱えるなけなしの魔力を掻き集め、二人を拒絶する結界を張る。
「クッ!」
「キャッ!」
吹き飛ばされる二人。
このまま、俺に襲い来る魔力も全て弾き飛ばせてしまえば良かったのだが、そうは問屋が卸さない。
寧ろ、二人を吹き飛ばす事に、扱える魔力の殆どを消費してしまった為、瞬時に結界は外部魔力に依って破壊され、抵抗力を失った俺の体に、我先にと群がって来る。
「くっ、そっ……」
膨れ上がった魔力は肉体から溢れ出る程あると言うのに、全くもって俺の言う事を聞いてくれない。
荒ぶる魔力も、魂の形を具現化したスキルも、俺一人じゃ扱い切れない。
そもそも、これは俺のスキルでは無いのだ。俺に扱い切れる訳が無い。
「うっ。ううううううっ!」
骨が、肉体が変形する痛みに耐えきれず、蹲る俺に、起き上がったバカな親が再び近付こうとしている。
「く、る、な……」
こんな魔力、近付くだけで毒だ。
それに、こんな俺が言うのも何だが、いつまで正気を保てるか……。
「カハッ!」
息も上手く吸えないと思っていたが、どうやら肺に血が溜まっていたらしい。
骨の軋む痛みで意識が遠のく。
もはや自分の形が分からない。
次意識を手放したら確実に……。
——おいっ!俺が悪かったっ!手を貸してくれっ!
俺は必死に、本来の馬鹿正直で、考え無しで、優しすぎる俺に声を掛ける。
このままじゃ、殺しちまうっ!それでも良いのか?!
良くない。
良くないよな?
分かったよ!俺にはお前の存在が必要だ!!
俺はお前の存在を、考え方を、その力を認める!!だから……。
だから力を貸せっ!!
「うっ、ぐっ……」
虫の息とは言え、二人分の抵抗。扱える魔力が、抗力が、生産能力が、息を吹き返す。
「いっ、げぇぇぇぇっ!」
血を吐きながら、死に物狂いで再度張った結界は、先程よりも、消費魔力に対して、効率的に効力を発揮して。
それを嘲笑う様に透過する魔力達。
——あぁ、そうか。同化し過ぎて……。
俺達の魂は、襲い来る魔力を、想いを異物と判断できなくなっていた。
殺したい。壊したい。俺の、私の、僕の、痛みを、苦しみを、悲劇を。
伝えなきゃ。分けて上げなきゃ。教えなきゃ。
俺の、私の、僕達の生きた印を。存在した証を。この世界に刻み込まなきゃ。
——この残酷な世界に復讐しなきゃ。
——君達もそう思うでしょ?
思う。本当にそう思う。
こんな世界、クソ喰らえだ。
人を馬鹿にしたり、傷つけたり、搾取して、食い物にしてる奴が平気でヘラヘラして生きている。
一番犠牲を伴わない人間が、犠牲と大義を叫んで先導し、人を、社員を、兵士を、奴隷を、国民を使い潰す。
大声を上げるのはいつも、大声を上げられるだけの元気と立場がある者達だけだ。本当の弱者が表舞台に立つ事なんて無い。
——適者生存?弱肉強食?それは当然?
あぁ、当然なんだろうさ。なんせ、この世界にある者は有限で、それを奪い合わなきゃいけない訳なんだから。
家畜が、作物が、食べないでくれと言った所で、人には聞こえず、聞こえた所で、それを食べないで生きて行く訳には行かないだろう。——つまりそう言う事だ。
それは誰のせいだ?
その人達のせいか?
確かにそれもあるだろう。本当に慈悲ある心を持ち合わせるなら、死してその呪縛から離れるべきだ。
——ただ、根本。その呪われたシステムは誰が作った?
誰が俺達を害させ、競い合わせる様に作った?
それは世界だ。僕私俺達はそんな世界が許せない。
生命を全て救済して。システムそのものが意味をなさないまでに、世界を破壊し尽くして。
二度と同じ悲劇が生まれない様に。
同じ悲しみが生まれない様に。
誰かが誰かを傷付けてしまわない様に。
俺が、僕が、私が。
この世界を終わらせッ——!!
——うっせーんだよ。
残念ながら俺は、正気の俺とは違って、てめぇらの話とか、主義主張とか、どうでも良いし、聞いて、共感して受け入れてやる程、甘ちゃんでもねぇんでな。
俺は俺のしたい事をするだけだ。
だからお前らは、黙って俺と一緒に死んどけ、な?
優しいお前の、守る為の結界。
俺なりの形で使わせて貰うぜ。
俺を囲む様に出現した、目では見る事の出来ない無数の切っ先。
俺の意思で動かせる様、ラインを繋がれた無数の矛先は、全てが俺の方を向いていて。
——や、やめっ!
やめねーよ、ばーか。敗者は敗者らしく、俺と一緒に退場だ。
無数の透明な切っ先は、赤黒い飛沫を一杯に浴び、姿を現すと同時に、その力の根源を失い、消失した。
——————————
——ふぅん?君、そこまで本気だったんだ。
今わの際か。はたまた魔力だけの存在になったのか。揺蕩う意識の中。
はっ。俺は何時だって、俺を守るのに本気さ。そうだろ?
ただ、自分の命よりも大切だった。自分の心が、魂が、生き様が、尊厳が、どんなものよりも大切だった。ただそれだけの話だ。
——そうだったね。
やっと認めたか。
——素直で愚直なだけが僕の取り柄だからね。
良く言うよ。今まで散々、俺ごと否定してきたくせに。
——それは君も一緒だろう?お互い様じゃないか。
人の考えは受け入れるのに、何で自分の考えは受け入れらんねーんだよ。
——はははっ。何でだろうね。……諦めたくなかったからかな?
……今になっても諦めらんねぇのか?
——そりゃそうさ。他人の苦しみを見て見ぬ振りをするのは許せたら僕達はこんな事になってない。
そりゃそうだ。——んでも、俺達に出来る事には、拾って、守って行ける量には限りがある。もしその量を見誤れば本当に大切なモンが――。
——分かってる。……いいや。今回で分からされたよ。
救いを求めて来る有象無象の手を取って、本当に大切なモノが零れ落ちてからじゃ遅いもんね?
……あぁ。
——分かったよ。君が我慢するなら、僕も少し我慢する。
少しかよ……。
——ふふふっ。どう?素直じゃなくて、いつも正しい君の真似。
おい。止めろ。気持ち悪い。
——ふーん。じゃぁ、僕も歩み寄るのは止めて置こうかな?
……悪かった。
——ふふふっ。君が少し自分の心に素直になって、僕が少し自分の心から目を逸らす。
君が少し譲歩して、僕も少し譲歩する。
これで良いかな?
あぁ。問題無い。
——良かった。じゃぁ、交渉成立だね……。もし約束を破ったら——。
なぁ。素直で優しいお前は何処に行ったんだ?
——さぁ?君に現実を叩きつけられ続けて。終いには僕にしか無いと思っていた大切な物を守るだけの根性を君に見せつけられて。悔しくて悔しくて死んじゃったんじゃない?
はっ。なら、こうやって化けて出ない事を願うよ。
——僕も大っ嫌いな君の前に、これ以上、姿を現すチャンスが無い事を願うよ。
あぁ。じゃぁな。
——うん。また。
いつか混ざって、溶けて、一つになるまで、ね?
さっきから何を、次がある様な。
俺達はこのまま消えるんだろ?
——え?そんなわけないじゃん。
それとも、大切なモノを守れるのは、自分だけだと思ってた?
悪戯っぽく笑う。ガキの俺。
まさか――。
――うん。ちゃんと僕達の魂は結界に封じ込めて守ったよ。
こんな世界で母さん達を残して死ぬ訳には行かないしね。
それはそうだが……。
そんな事が出来たなら、早く言って欲しかった。
それなら俺だって、無駄な覚悟をする必要は……。
——無駄なんかじゃないさ。傷つけない僕の守りじゃ、あれは止められなかったからね。
……なるほど。——でも、あの体で生きていられるもんなのか?それとも、別の何かに宿り直すのか?
——んー。そこらへんは良く分かんないけど。多分、母さん達が上手くやってくれたみたい。
なんだよ。上手くって。
——僕にだって分かんないよー。僕だって君と一緒にここへ閉じ込められてる訳だし……。でも、結界で囲われた魂が肉体から離れて無いのは確かかな?
……なるほど?
——まぁ、なる様には成るし、ならない様にはならないって事で。
……だな。
——じゃ、肉体が魂を受け入れる準備も整ってるみたいだし、そろそろ行こっか?
そう言って、純真無垢な笑顔で手を伸ばしてくるガキの俺。
その表情は無邪気その物だが、結界を行使している奴に従わない限り、ここから出る事は叶わない訳で。
はぁ……。分かったよ。一緒に行こう。
俺は仕方無くその手を取ると、奴の導く光に向かって一緒に歩き始めた。




