第5話(by 白原 守)
「よしっ!行くぞっ!」
「あぁ!来いっ!」
俺は父さんの了解を取って、スキルを放つ。
「…………どう?」
「どう……だろうな?」
俺も父さんも困惑する。
確かにステータス上では魔力を10消費しているのだが……。
「まって……」
先ほどまでニコニコしていた母さんが、細い目元を更に尖らせ、俺達を制止する。
「「…………」」
俺たちが静かに見守る中、母さんが無言で、父さんの方へと手を伸ばす。
「……やっぱり」
そう呟いた母さんは、一度腕を引っ込めると、脈絡も無く、拳を父さんに向かって振り上げて――。
俺は驚く。
父さんが怯む。
ガンッ!
しかし、その拳が父さんに触れる事は無く。
「あ。あははっ……」
俺達が、何が起きたのか、目を白黒させている間に、母さんは力無くその場に崩れ落ちた。
「っ……!母さん!手がっ!」
その拳が擦りむけ、出血している事に気がつき、駆け寄るも、どうして良いか分からない。
「守。これを」
そう言って父さんが渡してきたのは、ティッシュと見覚えのある、子どもの頃に良くお世話になった救急箱。
中には当然、消毒液やガーゼ。テーピング用のテープ等が入っていて。
「ありがとう、父さん……。母さん。ちょっと沁みるよ」
冷静な父さんに助けられ、垂れ下がった母さんの手を持って、消毒を開始するも、母さんからの反応は返ってこない。
「…………」
痛みや刺激による反射的な動きも無く、心配になるが。
俺は淡々と、消毒液ごとティッシュで血を拭って。傷の範囲が広いので、傷口をガーゼで塞いで、テーピングテープで固定して。
――うん。久しぶりだし、他人にやるのは初めてだけど、ちゃんとできた。
「……どう?」
俺は跪いたまま、母さんの顔色を伺う様に見上げる。
「……ありがとう」
俺の掌の上から、母さんの掌がスルッと上に抜けて。
返って来たのは優しい声と、柔らかい、いつも通りの表情。
俺は静かに安堵の息を零した。
「――それで、急にどうしたんだ?南?」
父さんも、俺達に視線を合わせる様に膝を着き、ゆっくりとした声で問いかける。
「突然ごめんなさい。気が動転してしまって……。――いえ。他にも謝らなきゃいけないことがあるわね。先に謝って置くわ。ごめんなさい」
そう言って、神妙な面持ちで話し始める母さん。
それはとても衝撃的な事で……。
「詰まり、魔物も魔力濃度も増え続けていて、魔物に殺されなくても、魔力に取り殺されて、魔物に変異してしまう恐れがあると……」
最後まで話を聞いた父さんは、静かに口を開いた。
「えぇ……。それに、ここで全力を出した時の私の魔力感知範囲は、建物の内部まで詳細に覗くのであれば、半径100m前後。道の上なんかの開けた場所をざっと見るだけなら、半径1km近くをカバーできるわ……。黙っていて申し訳ありませんでした」
母さんが膝を着いて、床に掌を置き、腰を折って深々と頭を下げる。
「……そして、その魔力も、魔物の攻撃も、守の力なら弾き返せるかも知れないと」
俺は助けを求める様に父さんの方を見るが、父さんはしゃがみ込み、腕を組んで、目を瞑ったまま話を続ける。
「はい」
当然の様に母さんは、その姿勢を崩さないままに返事をする。
「……はぁ。もう良い。守が引いて居るだろう」
「はい」
そこで初めて顔を上げる母さん。
しかし、まだ顔を緩めてまでは居なかった。
「……他に隠している事は?」
「……生存者が複数名。今も刻々と数を減らしておりますが、確かに存在しています」
「……余裕があったら助ける。それで良いな?」
父さんは母さんでは無く、俺に聞いて来る。
その意図を理解できない俺では無い。
「――いいえ。俺は知らない誰かの命よりも、二人の安全の方が大事です。なので、基本的に不確定要素となる他人は助けません」
しっかりと、二人の目を見て言い切る俺に、二人が驚いた様に。どこか悲しそうに息を呑み。
それでいて最後には、俺と同じ様に、覚悟を決めた視線をこちらに向ける。
「――分かった。私達の第一優先は互いの安全。余程の理由が無い限りは人助けはしない……。これで良いな?」
「あぁ」
「えぇ」
父さんの言葉に、俺と母さんで頷く。
「――そうと決まれば、先ずは守のスキルがどこまで通用するかだな」
「そうね。――守、さっきの結界が最大出力?」
「ううん。最大では無いけど、最小でも無い。――最小でもう一回やってみて良いかな?」
父さんの方を見て確認する。
「あぁ」
「ちょっと待って、私にお願いして良いかしら?」
「う、うん」
俺は押しのけられた父さんを横目に、母さんへ消費魔力1の結界を張る。
「そのまま。ちょっと待っててね」
一瞬体に温かい。安心する様な熱が走る。
「母さん、スキル使った?」
「あら、なんで分かったの?」
「今までも何回か体に、あったかい、安心する様な熱が体を走る事があって――。今のタイミング的に、母さんの魔力だったのかな?って」
「そう、なのか?私には全然分からん」
「あら。息子と違って、夫は私の愛を感じ取れないみたい」
「い、いや、そんな事は!」
慌てる父さん。
「ふふふっ。冗談よ。――でも、このスキルは相手にも感じ取られる可能性があるって事ね」
「そうだね。感度の高い相手だと、見つかってなくても、スキルを使った事で警戒されたり、居場所が特定されちゃうかも」
「それは気をつけた方がいいな」
気を取り直した父さんは、腕を組み直しながら誤魔化す様に頷く。
「これからの運用は気をつけるとして――。結界の内側から外側に魔力で干渉するのは問題なさそうね」
「なるほど。外からの魔力を弾くなら内側からも弾かれるかも知れなかったか……。いや、申し訳ない。全く頭に無かった」
「ふふふっ。魔力の存在をあまり感じ取れないと、頭から抜けてしまいますよね」
「そうだな……。はぁ。俺が鈍感だと言われていたのは、こういう所にも理由があったか」
「そうですね。私の魅了の魔力が効いていなさそうな相手が、一番私にアタックしてきて。ましてや、落とされてしまったなんて、思いもしませんでした」
「ん?!南は、そんな物を使っていたのか?!あ、いや、それならあのモテようも……」
「あははっ。魅了の魔力に振り回されない相手だからこそ、純粋に母さんを好きになって、落とせたって話でしょ?」
「あらあら、貴方。私、息子の方に鞍替えしてしまおうかしら」
「い、いいや!認めん!南は私のモノだ!」
「キャッ!」
「はいはい。お熱いですね」
俺は母さんを抱き寄せる父さんと、その胸で嬉しそうにしている母さんを見て呆れ顔で首を振り。
「それはそうと、勢い良く抱き寄せても大丈夫そうだね」
「あっ……」
何も考えていなかったのか、父さんの顔が青くなる。
「大丈夫ですよ。私が先ほど結界内に腕を伸ばして確かめたじゃ無いですか。
――多分、結界に触れる魔力の流れを見る限り、敵対的な魔力だけを弾くみたいです。
言うなれば、魔力抵抗能力を体から剥がして具現化した様な物ですね。
攻撃的な魔力を含んでいなければ、物でも何でも透過するようです」
「そっか。そうだよね。じゃなきゃ窒息死しちゃうし、音も聞こえないもんね」
「確かに」
頷くか狼狽えるばかりの父さん。
「それじゃぁ、勇さん?私の事、本気で殴ってみて?」
「む、無理だっ!」
母さんに完全に弄ばれている。
「とりゃっ!」
「おっ!」
そんな母さんに向かって投げつけた枕は、空中で何かにぶつかったように静止して、球面を滑る様にして床へと落ちる。
「んー。怪我をする様な物でも無いし、攻撃の意思も無かったから、当たると思ったんだけど……」
「んー。理由は断定できないけど、多分、それを私か、結界を張ってる守が攻撃と認識したからじゃ無いかしら?」
突然枕を投げつけられたにも関わらず、文句を言うどころか、呆気感とした顔で考察を進める母さん。
「じゃぁ、今度は俺にも同じのを掛けて……。母さん。俺が目を閉じたら、適当なタイミングで枕を投げてみて」
「分かったわ」
「…………」
ぼすっ、ぼすっ。
枕が2回、何かに当たる音がして目を開ける。
「認識してなくても行けそうだね」
「そうね。一応、不意打ちで二つ投げて見たけど、これで大丈夫なら、大抵の攻撃は防げそうね」
「じゃぁ後は……。そこにある霧吹きを俺に向けて噴射してくれない?」
「お?おぅ」
父さんが窓辺にあった、観賞植物用の霧吹きを手にして、こちらに向ける。
「いくぞ」
水を放射するだけなのに、銃でも打つぐらいの力の入り用。
母さんならともかく、俺にでも抵抗があるらしい。
「いいから早くやっちゃって」
シュッ。
「これは……」
「……濡れて無いね」
「凄いわ。本当に何でも防げちゃいそう……」
水滴が濡らす事で露わになった半球面へ目を向けながら、皆が口々に感嘆の声を上げる。
「じゃぁ、その霧吹きをこの円の内側で撃って?」
「えっ?」
「いいからいいから」
「……分かった」
おずおずと近づき、霧吹きを構える父さん。
シュッ。
「……えっ」
「意外……」
「分かってて言ったんじゃないのか?」
若干一名不服そうな人物が居るが。水滴は俺に当たる前に、その場で静止した様に、床へと落下した。
「結界内での攻撃も、ある程度は無効化させるっ、と」
いつの間にかメモを取り出し纏めてている母さん。
「あと他には……。毒物は透過するかとか?」
メモを片手に、ボールペンを頬に当てて、天井を見ながら恐ろしい事を口ずさむ母さん。
多分、この天然は本物だ。
「一応アルコールならあるが……」
「それが毒物になるなら酸素も毒物じゃない?薬も使い方や量を間違えれば毒だし」
「結界内にアルコールを撒いて、外から火を近づけたら引火するのかしら?」
「「…………」」
当然、最後の呟きは母さんのモノだ。
「後は二酸化炭素や窒素は結界を透過していそうだけど、それを中に充満させて酸欠にする事はできるのかしら?
あ、あと、一酸化炭素は少量でも毒な訳だけど、目には見えないし、魔力で感じ分け出来るわけでもないし、結界で弾けるのかしら?
他には結界を張っておシャワーは入れるのかしら?水は弾いちゃう?弾かないなら、その状態で熱いお湯にしたり、冷たい水にしたら――」
「「…………」」
話し合いの結果、安全の為にも、できる限り安全な方法で、確かめられそうな事は確かめて見る事にした。




