第3話(by 白原 守)
「——ッ!シャ!これでやっと俺も二人の役に立てるっ!」
こんな状況だと言うのに。
外はきっと不幸に塗れてて、問題も山積みだと言うのに。
不謹慎だと分かって居ても、俺は湧き上がる感情を抑えきれなかった。
蓄積魔力値:180
許容魔力値:10
生産魔力値:60
肉体維持消費魔力値:20
外部魔力出力値:50
魔力吸収能力値:30
魔力抵抗能力値:20
スキル:守護の結界(対象を守る為の結界を張る。範囲、耐久力は外部魔力出力値により変化する)
これが俺の頭の中に表示されたステータスだった。
因みに覚醒していない平均的一般人のステータスは
蓄積魔力値:10
許容魔力値:30 心の耐久力
生産魔力値:8 自身で生み出す心の原動力
肉体維持消費魔力値:8 寝ていたり、絶望して居たりすると減り、脱力状態になる
外部魔力出力値:4 言葉、呪詛、罵詈雑言、歌唱などに想いを込める能力
魔力吸収能力値:2 感受性
魔力抵抗能力値:1 打たれ弱さ
と言った形らしい。
俺の場合はどうやら、元々高かった感受性を基に、散々叩かれたお陰で精神的打たれ強さが上がり、仕事を辞めた後は自己を責める事で生産魔力値が上がり、それを放出する為に外部魔力出力値や肉体維持消費魔力値が上がった様だった。
――それと、許容魔力値を見る限り、明らかに俺は狂乱状態な訳だが。
「はぁ……」
そんな俺を見て、呆れた様な、それでいて安堵した様な息を吐く二人。
「良かったですね」
「あぁ。良かった」
二人の、これ程までに純粋な笑顔を見るのは久々で。
——俺はこのままでも良いな。と思った。
多分、許容魔力値以外が高いのも、ほぼほぼ正気じゃないからだろうし。
このアドバンテージが二人を守る力になるのは確かだ。
——なにより、今の俺が正気で無いなら、正気に戻ってしまったらどうなるのか。それを確かめるのが一番恐ろしかった。
結局俺は俺が――。
生産魔力値:60+10
あぁ。分かった。分かったからもう止めろ。この安定した狂気が一番なんだ。
この場で発狂して自殺しても戦力が減るだけだし、二人を物理的であれ、精神的であれ傷付けたら目も当てられない。——そうだろ?正義漢の俺。
生産魔力値:60
——よし、落ち着いた。
落ち着いても、言い訳に逃げている自分への自罰の言葉は減らないが、これで安定してるなら、これで良い。
「——取り敢えずシャッターを下ろそうか」
父さんがスリッパを履いて割れたガラス戸に近づき、シャッターを下ろす。
それにどこまでの効果が有るかは分からないが、少なくとも視線は生垣とシャッターとで二重に切れるし、割れてしまったガラス戸をそのままにして置くよりは確かにマシだろう。
「——で、どうする?」
とは父さんの言葉。
「取り敢えず二階に行って、窓から外の状況を見てみない?」
母さんが小首を傾げながら提案する。
どうやら母さんもいつもの空気に戻ってくれた様だ。
——尤もそれが、狂気の世界で成立して良いものなのかどうかは、俺にも分からないが。俺は二人が良いならそれで良かった。
「あ。俺の部屋からは良く見えないかも。カラスみたいな鳥が道路側のガラス窓に突っ込んできて血まみれになってるから」
「——それじゃぁ、窓も開けない方が良いかもな」
「そうだね。弾丸みたいな速さだったから、窓を開けてたら嘴で貫かれて死んでたかも」
「——だな」
俺の発言に父さんは何か言いたげだったが、それを飲み込んで、戦闘を歩く様にして二階へ上る。
「——あ。そうだ。俺。守護の結界って言うスキル、手に入れたんだけど」
「——どんなスキルなんだ?」
階段を登りながら振り向いた父さん。
「そのまんま対象を指定して結界を張る能力らしいよ。どれぐらいの強度かは試してみないと分からないけど」
「そうか――。私は守りの誓いと言うスキルだった。何でも誰かを守ろうとした時に、その決意と魔力消費量に応じて身体能力が上がるらしい」
「なるほど……」
となると、自然に視線は最後尾を歩いていた母さんに視線が行く。
「私ですか?私のスキルは――魔力探知ですね」
「えっ」
意外だった。のほほんとした母さんだから、もっと回復とか、そう言う系のスキルかと思っていた。
それは父も同じようで少し驚いたような顔をしていて。
「ふふふっ。このスキル、凄いんですよ。魔力濃度の濃い物体や生き物は、ある程度の距離や遮蔽物を通してでも存在を確認する事が出来ます」
「おぉ!」
父さんはその有用性の気付いたのか嬉しそうに声を上げる。
「と言っても、私の外部魔力出力量が低いので、障害物が多いと、あまり遠くの物は見れませんが――。二階からなら塀などの障害物も減りますし、ちょっと高い位置からソナーみたく飛ばしてみようなと」
「ビビビ」と言って、額の前でピースした両手を掲げて見せる母さん。
思わず俺も父さんも「ふふふっ」と吹き出してしまう。
「——因みに、それは人も見えるのか?」
改まって聞く父さん。
「——魔力の濃度差がサーモグラフィーの様に見えるとだけ」
「——そうか」
父さんはそれ以上聞かなかった。
話から察するに、多分、まだ生きている人がいるのかとか。どれだけの人が死んでしまっているのかだとか。そう言うのも分かってしまうのだろう。
それに、この口ぶりだと、母さんは既に一度試している筈だ。
試した上で。状況を知った上で、誰彼を助けに行こうなどと言う話もせず、こうやってゆっくりと慎重に動こうとしている俺達に歩幅を合わせている。
——俺には出来るだろうか。大切な人達を守る為とは言え、人が殺されて行くのを、ただ見ているだけなんて。
過去の俺なら――正気の俺なら絶対に出来ないな。今すぐにでも家を飛び出して救出に向かっているだろう。
優先順位もリスク評価も無茶苦茶。これではどちらが正気なのか分からなくなる。
正気が狂気の塊だなんて、社会から弾き出されるのも当然の評価だった。
「——酷いな」
道側日当たりの良い角部屋。俺の部屋と廊下を挟んで向かい側にある父さん達の部屋から、ガラス戸を挟んで眼下を見るには、その前に広がるベランダが邪魔だった。
それでも酷い。そう言い切れる程の惨状が外には広がっていて。
幸いにも火の手は上がって居ないようだったが、もう、外に出ていて無事な人は居ないだろうなと、一目で確信できる地獄絵図。
——一周回って安心した。
ここまで希望の芽も無く滅茶苦茶にされていれば、俺の中に眠る正義漢も飛び出して行ったりはしないだろう。
「——どれぐら居る?」
父さんが、何がとは言わずに、母さんへ問い掛ける。
「道路には沢山。数えるのが億劫になるぐらい――。間違っても出ようなんて思わないで下さいね?」
その言葉は父さんに向けている様で、一番は俺に伝えているのだろう。
「分かってるって。こんな状況じゃ、何も出来ない事ぐらい、俺にも分かるって」
まぁ、分かった上で行動する馬鹿が居るんだから、親としては目が離せないわな。と申し訳なく思うが。
「——でも、ずっとこのままって訳には行かないよね」
電気や水は何時まで通り続けてくれるのか。
食糧だって無限じゃないし、いつ助けが来るかなんて――。
「取り敢えず、テレビでも点けて見るか」
父さんが大人部屋にあったテレビを点ける。
ザッ、ザッ、ザッ。ザザザザ——。
「——駄目だな」
チャンネルをくまなく回してみて、最終的にテレビの電源を落とす。
「あ。ちょっとまって」
ポケットからスマホを取り出し、ラジオアプリを……。
あれ……?
「電波が無い?」
「まさか――」
父さんも母さんもスマホを取り出す。
「——魔力の影響かも」
母さんがポツリと零した。
確かに。頭の中に流し込まれた知識の中には、元々、この世界の魔力濃度は低かったとある。
それは、地殻に生物の生命活動で生まれた命のカケラ、感情の、魂の残滓、魔力と呼ばれる物質を集め。閉じ込めて高濃度にしてから、他の世界に垂れ流していたからだと言う。
そして今、この世界は魔力を垂れ流される側となった。
その結果、魔力濃度は急激に上昇し、人々の悪意や悪夢、恐怖や欲望がが魔力によって具現化して、形を成し、魔物として世界を徘徊している。
これが俺達の知る、この世界の現状だった。
因果応報と言う奴だろうか。
まぁ、やらなくてもやられたかもしれないし、そもそも世界同士のいざこざなんて知った事では無いが。
「まぁ、心霊スポットで電話が通じなくなったり、逆にかかってきたりもするって言うから、その可能性は十分にあるね」
与えられた情報から推察するに、幽霊や心霊現象の類も、多分、魔力の影響なのだろう。
そうなれば、そう言った魔力濃度の濃そうな場所で起こっていた現象と似た事が起こっても可笑しくは無い。
「あっ……」
母さんが口に手を当てハッとする。
「どうした?」
「——お隣の山田さんの家、多分、全滅してたんだけど……」
全滅。母さんが気付いた時には死んでいたと言う事だろう。
「空気中の魔力が……多分、死体に宿って、歩き始めた……。あんまり死体の損壊が酷いと宿らないみたいだけど――」
つまり、敵が今以上に増える恐れもあるって事か。最悪だ。
「魔物同士で争ったりはしてないか?」
「——うん。してる。してるけど、弱くて食べやすい人間を優先して襲ってるみたい」
「——なら減るまで待つか」
それに頷く母さん。
それはやはり見殺しにすると言う事で。
——多分、父さん達の中での優先順位は初めから決まっていたのだろう。
でなければ、俺がスマホの電波を確認する前に、誰かに連絡を取ろうとして、先に気が付いていた筈だ。
そうしなかったのは――。面倒事を。守るべき対象を危険に晒したくないから。
自分の事だけで精一杯なのに、職場や知人に電話を掛けて助けてくれなんて言われた日には敵わない。
もし、助けないで逆恨みをされて報復を受けたらどうする?
相手が死んでいても、生きていても。魔力が蔓延するこの世界なら、恨みを買わないに越した事は無い。
それに世界中で同じことが起きているなら、相手がこちらを助けられる状況だとも思えない。
だとするならば、初めから縁を持たないのは正しい選択だと、今の俺なら理解出来た。
それを二人は理解した上で行動に移したのだ。
言葉も交わさず、それぞれの判断で、その苦渋を外にも漏らさず。
俺を、この家族を守る為に、それ以外の友人知人、親族までもを切り捨てたのだ。
出来るのか?俺に。
おい、ガキの俺よ、見て、聞いているか?これが本当の覚悟って言う奴だ。
胸が痛む。吐きそうだ。
こんなの。二人とも全然幸せじゃない。
「——大丈夫?」
母さんが心配そうに俺の顔を覗き込んだ。
「ううん。何でもない――。って言うのは流石に無理があるかな?こんな惨状を見てたらちょっとね」
別の言葉で顔色の理由を誤魔化す。
「——そう。無理はしないでね」
母さんの心配そうな顔。
――そうか、考えて見れば、元の正義漢で優しい振りをしている俺では、この言葉でも十分なダメージか。
判断を誤ったかもしれない。
「それより二人とも!俺のスキルを確認してくれよ!」
俺は話題を変える為、カーテンを閉じて、明るい声で話した。




