第24話 最悪より最悪な未来と、最悪より最強な力(by 霧島 瑠香)
「えへっ……。えへへへっ……」
私は人付き合いが苦手だった。
私が介入した事で相手の気分や、その場の雰囲気を壊してしまいそうだったから。
私は自ら行動を起こす事自体が苦手だった。
いつも、何かをしようとする度に、最悪な未来が頭に浮かんできてしまうから。
それでも大学にまで進学できたのは、偏に私を支えてくれる優しい両親と、何もしないで訪れる最悪が、足掻いた先の最悪よりも、抗いがたく、本当の最悪になる様な予感がしていたからに他ならない。
勉強が好きな訳では無かったが。勉強をしている時間は前に進めている気がして。
勉強をしないで起こる最悪に比べれば。何もしないで、逃げ続けた末に追いつかれた最悪と対峙する事を考えれば、勉強をする事で新しく思い浮かぶ最悪なんて、些細なもので。
——ある意味、勉強に逃げていたとも言えるが。
そしてついに。そのツケが、大学を卒業してもバイト一つできない最悪の未来として、無視できない程に大きく明確なヴィジョンと成り掛けて来た為、両親と離れ、自身を知る人も、支えてくれる人も居ない、遠く離れた土地で大学デビューを図った訳だが……。
「えへっ……。えへへへへっ……」
結果がこれである。
やはり急性過ぎたのであろうか?
せめて両親とのコミュニケーションがもう少し気を遣われないでも、円滑に進む様になってからにした方が良かったのではないか?
――なんて。そんな機会は高校を卒業するまでの期間の間で幾らでもあった。
結局私は絶望と危機感に尻を叩かれなければ、言い訳ばかりして、逃げ続けて、ちっとも前に進めない人間なのだ。
だからある意味、この性格と、いつも最悪な未来を想像してしまう思考回路の相性は悪くはない。
——まぁ、こんな臆病な性格になってしまった原因に、その無駄な想像力が多分に関与している可能性も否めないが。
——しかし、とやかく言って逃げ続けても始まらない。
ここが丁度良い区切りだった。
自分にそう言い聞かせて、初めての一人暮らし。知らない土地での大学生デビュー。
在学中にバイトの経験――、いや、せめてちゃんと話の出来る相手の一人でも作れる様になって置きたいと考え。
夜は寂しさとストレスで枕を濡らし、直ぐに人の視線から逃げようとする体を強引に引き止めて、慣れない表情筋を使って、愛想笑いを振り撒いて。
——そんな日々を送っていた時だった。
私のいつも見ている最悪が。
私の想像の、想定の範囲を越えない筈の最悪が。
どう考えても有り得ない最悪の未来を見せた。
——どう考えても有り得ないのに。
私は咄嗟に両親へ電話を掛けていた。
いつもなら、話すのが苦手な私はメッセージで済ますのだが。
――そもそもこんな荒唐無稽な話。私でさえ信じらられない話を両親にしてどうするつもりなのだろうか?"最悪"連れ戻されて精神病院にでもぶち込まれかねない。
——しかしそんな、想定し得る最悪なんてどうでも良い程に、私は焦っていて。
「あ、あれ……?」
しかし、"想像通り"その電話が通じる事は無かった。
嫌な汗。使い慣れなていない表情筋がピクピクと痙攣する様に、この事態を誤魔化す様に、無理矢理に口角を上げていた。
それは、想定し得る筈も無い。私の頭の中にだけある最悪の形が一つ、形になって現れた結果だった。
「あ、あはははっ……」
携帯端末をポケットにねじ込んだ私はふらふらとした足取りで階段を昇る。
擦れ違った何人かがそんな私の姿を横目で訝しむ。
「ま、窓から離れて、出来るだけ上に逃げた方が良いかも――。なんて―――」
今私がどんな表情をしているかは分からなかったが。
何でそんな事を口にしているのか、誰に話しかけているのかも分からなかったが。
そんな私を見る皆の表情がどのような物なのか、認識する余裕も無かったが。
「きゃぁぁぁ!!」
「な、何なんだよあれ?!」
「グランドの土が盛り上がって……。あれはゴーレムって奴か……?」
次第上がり始めるに騒めき。次々とか体を成し始める想像に歩速が上がり。
私は上階の、狭く、常に解放されつつも、内側からは鍵を掛けられる。法律で必要とされている最低限の窓ガラスしかない様な、堅牢な資料保管室を目指した。
悲鳴が、怪物の鳴き声が、ガラスの割れる音が聞こえる。
だから窓からは離れろって言ったのに。
知らない生徒が何人も蹲っている。
肉体の一部が片を始めてしまっている学生もいる。
下層は更に悲惨だろう。
私を追い越して階段を駆け上って行く者、逆に駆け下りて来る者。
非常サイレンと放送が鳴り響き。
下層では防火扉や防犯シャッターが閉じ始めている筈だ。
全てが無茶苦茶になって行く。
当たり前に続くと思っていた日常が壊れて、これからもっと最悪な未来が待っている。
私の考えていた。私をあれ程怯えさせていた最悪なんて、全然最悪じゃなかったと教えてくれる。
「あは……。あはははははっ……!」
『魂が一定上の格を得ました。新人類として覚醒しました――』
一周回って、全てから解放された気分だった。
体が軽くなり、今までにない速度で階段を駆け上った。
「——そうだ。調理室」
刃物が欲しかった。容器が欲しかった。飲料水が欲しかった。
怪我をした時や、危ない物に触れる時に使える綺麗な布巾も欲しかった。
本当は他にも色々とある工作室に向かいたかったが、あそこは既に下層だ。戻る気はしない。
「開いてる」
扉も窓も。
——いや、窓に関してはブチ破られた言う感じではあったが。
そのまま中にいた生徒が逃げ出して、扉を開けっぱなしにしたのだろう。
床には大量のガラスと羽と血痕。
どう見てももう息絶えている、肉が抉れたり、変な方向に手足が曲がった人間達の亡骸。
「こいつらが――」
床に転がる小鳥の群れ。
自らをガラスで引き裂き、床やガラスとの衝突でその身を散らし。
到底、生存第一の生物がやる事だとは思えなかった。
きっと魔力に狂わされたのだろう。
——多分私も狂わされている。
外の魔力が確実に体内の中へ侵入してきて、その魂を、思考を汚し、奪い取ろうと必死になっているのが分かる。
そして、その魔力達に飲み込まれ、正気や、自分の魂の形を見失ってしまったのが、この鳥達や、外に居た生徒達なのだ。
私はその魔力達に力を示し。服従させ、自らの魂に、自らの力として取り込む為に、小鳥達の生き残りを踏み潰し、息の根を止めつつ。
調理台の影に隠れながら移動して、転がっていたナップザックや鞄に物資を詰めて移動して行く。
「あっ――」
「あ……」
と、調理台の椅子を仕舞い込む空間に隠れていた、短い髪をした小柄でボーイッシュな女子生徒と目が合った。
「——貴方、料理スキル持ってる?」
私は間髪入れずにその隙間へと身を滑り込ませ、その女子生徒に問う。
「料理スキル――?」
「分からないならまだスキルを発現して居ないって事ね――。いいわ、分かった。そこらへんに転がっている、まだ息の有る鳥を何匹か拾って来るから、この包丁で止めを刺しなさい」
「な、何を言って――」
「私達は今後、こういったものを食べないと生きて行けないわ――。でも、こいつらの中には毒が含まれてる。その毒を中和して調理できるスキルを貴方が発現できた場合、安全な場所まで連れて行く。出来なかったら――」
「——やります!やらせてください!」
その返事を聞き届けた私は、フライパンや生板の入ったナップザックを武器兼盾代わりに、危険地帯に出て虫の息の小鳥を掻き集める。
――私の能力では漠然としたあるかも知れない最悪の未来。その死因などが分かったりする程度で。見たい未来や、一秒先の敵の攻撃などは分からなかった。
詰まる所、危険地帯へ出るのは完全に掛けである。
しかし、餓死や魔力中毒による死に比べれば、勝算は高い気がした――。高いと私のスキルが告げていた。
「——はい。これ全部殺して」
小鳥達や、何だか良く分からない、蠢く肉塊を持って帰還した私。
「……はい」
「待って――。そんな中途半端な覚悟じゃだめ。殺して肉にして、喰らって取り込んで。絶対に生き延びるぞって気持ちで殺して……。それとも死にたい――?」
「っ——!はいッ!」
その返事に、覚悟を決める為の掛け声以上の意味は無かったのだろう。
憔悴しきった様子だった彼女は、打って変わって鬼の形相で必死に小さな命を潰して行く。
もしかしたら、転がるあの死体の中に友人が居たのかもしれない。
或いは自分を見捨てて逃げた人達への恨みか、まだどこかで生きているかもしれない家族や大切な人に会いたいと言う想いからか。
「——取れました。調理スキル――」
「そう。良かったわね――。その包丁は貴方に上げるわ。私は他にも予備を拾っているから」
「はい。ありがとうございます」
そこに先程までの怯えや動揺は見られず。この世界の仕組みを理解して、その上で覚悟を決めた顔をしていた。
「私は此処で食料と資材を集めて、事態が好転するまで資料保管室に閉じこもる予定」
「分かりました。お供します」
「——私は 霧島 瑠香。宜しくね」
「私は 小鳥遊 日和と申します。宜しくお願い致します」
低い姿勢のまま頭を下げる小鳥遊さん。
——少なくとも先程までの彼女よりは信頼できそうだった。
「——一応、手あたり次第に必要そうなものを拾って来たのだけれど……。これで足りる?」
辺りに転がっていたボストンバックの中に詰めた、布に巻かれた刃物や、フライ返し、プラスチック製のお皿やコップなどを彼女に見せて行く。
「——大丈夫です。最悪この塩コショウさえあれば、食べられる味にはなる筈です――。それに私のレベル――魂の格が上がれば、調味料無しでも、今までに存在しなかった程に美味しい料理が作れる筈なので……。あっ。火もいりません。私のスキルは"戦場の料理人"なので、フライパンさえあれば、そこに魔力を通して熱を通したのと同等の効果が得られます」
「それは――。凄いですね」
「あははっ。これでも友達と良くキャンプとかしてましたので――」
そう言って彼女の視線が向かう先は――。
「——過不足が無いのであれば行きましょうか」
「はい。改めて宜しくお願い致します」
そこから彼女と私の、狭い資料保管室での共同生活が始まった。
——やはり、彼女の友人はあの場で殺されてしまっていたらしい。
そして、その原因の一端が、その友人を押しのけるように逃げて行った人達にある事も。
滅茶苦茶な状況。友人の死。色々なモノが受け入れられずに彼女はあそこで蹲ってしまっていた様だった。
——家族の話はしなかった。
友人の話も彼女がして来たから聞いたのであって、私から質問をした訳では無いし。
そうやって適度な距離を取りながら、私は物資の調達、彼女は調理を含めた身の回りの仕事をし、お互い協力し合って生き延びた。
——私は初日以来、あれ程鮮明で、予言めいた、予想も出来ない未来を見る事は無かったが。
それでも、自らに芽生えたスキル、"最悪の未来"の御陰で、今キャンパス内で起きているゴタゴタに巻き込まれる等の、想像し得る最悪の事態は回避できていたし。
それに魂の格が上がったからか。"最悪の未来"が新しく芽生えた、魔力を感知できる第六感の様なモノの影響も合わせ、危機察知の様に働く事も多くなり、人が増えたキャンパス内でも、バレずに物資調達が出来る様になっていた。
彼女――小鳥遊さんのスキルの扱いがどんどんと上手くなっており。
今ではヤカンの中に水を生み出し、それを熱してお湯にすると言う芸当迄熟していて。
熱も水も調理に大切な事は分かるが、調理スキルでここまで出来てしまうのは、きっと彼女の心構えが"戦場の料理人"だからなのだろう。
――そんなこんなで、魔力が減り、人が増え、私の予想通り、外に別の地獄が訪れても、私達は隠れ過ごし、私が想像し得る、"その日"が来るのを待って過ごした。
そして、訪れたキャンパス全体を揺らす動揺と混沌の魔力。
「——行きましょうか」
「はい――」
私達はいつか起こるであろう混乱に乗じた逃走を計画していた。
――こんな隠遁生活、いつまでも続く物では無い。
それに――。
「目標は農業地区にある小鳥遊さんの御宅で宜しかったですよね?」
「……はい。宜しくお願い致します」
私の最終確認に頷く小鳥遊さん。
電気も水も通らない、猛暑が続く中を3ヶ月間。そもそも初日を乗り越えられた人間がどれだけいるのか。それからも続いて居るであろう魔物の襲撃は?食料問題は?
ここへ逃げて来た人間は、他人を頼る事しか考えていないクズばかりだったが、クズはクズなりに、その高い生存本能で、集団に身を寄せたのだろう。
そうでなければ今の世界は生き残れない。
協力し合わなければ生き残れない。
自身が成長しなければこの世界を生き抜く事は出来ない。
外から逃げて来た人達が、現実からは逃げずに、そう言った問題と向き合えていれば。今日の様な日は訪れず、私達も喜んでこのコミュニティーに参加していたのだが。
そうしなかったのは正解で。その判断を下せたのも、このスキルの御陰だ。
――今更、小鳥遊さんの家に行ったとしても、そこには何も残っていないか、見たく無い物が残っているだけの可能性が高いだろう。
でも、目の前で友人を失って、人間の汚い部分を見せつけられて、そんな事も分からない彼女では無い。
それに、その表情で、何の覚悟を決めているのかも、何となく想像がつく。
——それでも。過酷な現実が待っていたとしても、自分の中で、一つケジメを付けに行きたいのだろう。
「——道中、真っ当なコミュニティーと出会えればいいんですけどね……」
「あはは――。私は少し、人と関わるのが億劫になってしまいまして――。最悪二人だけで生きて行っても良いかなぁ~。なんて」
頭を掻きながら苦々しい笑みを浮かべる小鳥遊さん。
「——そうですね。今の私達ならそれも可能かもしれませんね」
「はい――。もしもの時は――。変なコミュニティーに期待して、足元を掬われる位なら、それも検討して頂けると助かります」
「——分かりました。良さそうなコミュニティーを見かけても暫くは近くの空き家などを拠点に、二人で暮らしながら、様子見でもしましょうか」
「はいっ!そうして頂けると助かりますっ!」
打って変わって嬉しそうな声で腕に飛びついて来る彼女。
突然のスキンシップに驚く私。
無理をしているのか。壊れてきているのか。それが素なのか。日に日に彼女は明るくて天真爛漫な姿を見せる様にはなって来てはいたのだが。
それでも、お互い濡れタオルで体を拭いているとは言え、猛暑の中を3ヶ月も過ごせばそれなりの匂いになる訳で。
それに元は他人で、こんな状況だ。お互いに一定の距離は取っていた筈なのだが……。
――まぁ、少なくとも、目標を達成しても、死のうとはしていない様な彼女の雰囲気に安堵して。
(そもそも、私って、普通の女子大学生のテンションや関り相方とか知らないし)
言われて見ていれば、女子同士のこう言った突然で過剰なスキンシップも、普通だった気がしなくもない。
――そう自分に言い聞かせて、それによって浮かんで来る最悪の未来を打ち消す。
なんせ、今の私達は一蓮托生。どちらの能力が、存在が欠けてもこの世界では生き残れないのだから。
——それを抜きにしたって、私はもう、負の可能性ごと彼女を切り捨てられない。
そう考えられるだけの余裕と縁が生まれてしまった。
そんな事を考えつつ、纏めた荷物を背負って、周囲から人の気配が消えたのを確認した上で部屋の扉を開けると――。
「——ッ!」
そこには笑顔の少年が立っていた。
気配は無かった。
目にしている今ですら、そこに存在しているのか、私の目が可笑しくなったのかと思うぐらいには存在を感じない。
目の前の映像を、第六感が受け入れない。
本能が、目の前の存在する得体の知れない存在を拒否したがっている。
「見つけた――」
驚いて固まる私の手を、自然と掴む彼。
瞬間。掴まれた流れ込んで来た膨大な彼の魔力に、私の中にあった最悪の未来の悉くが消し去られ。
(——あぁ。そっか、わたし、この人について行けば、もう、最悪の未来に怯えて生きていかなくても良いんだ……)
意識が、足腰が、覚悟が、緊張が。
張りつめて、3ヶ月間、この過酷な世界で、辛うじて私を立たせていたモノが全部。
「――っと、大丈夫?」
「え、えへへっ……」
全てが一瞬で私の中から摺り抜けて行って。
脱力して崩れ落ちそうになった私を、彼はその小く、力強い体を一杯に使って、支えてくれた。




