第23話 騙し騙し、騙されて(by 清原 冬花)
――ワタクシはそもそも指導者になる事は望んでいなかったし、アイツら――ワタクシの両親にもその気はなかったと思う。
それどころか、やる気のある兄さんにすら、適性的に厳しいと感じたのか、あまり無理はして欲しくなさそうな雰囲気で……。
――ソレを感じ取ってしまったが故に、良い子ちゃんなだけのお姫様を守る、アタシが生まれたのだけれど。
――まぁ、理由なんてどうでも良い。
“私”は兎も角、少なくとも“アタシ”は期待されていない事に安心を覚えたし。
私から小難しい考えを奪って、ぬるま湯の様な人生に引き摺り込んだのもアタシで。
アタシはこれからもそうやって、生きて行く。それだけが重要な事実だった。
そうする事がアタシの役割で。生まれた意味で。
アタシはソレに――。か弱く、気高く、無垢で美しいお姫様を守ると言う行為にやり甲斐を感じていた。
だから――。頑張っても、頑張らなくても、あの人達は私達以上に適性のある人物を見つけて、本家に取り入れてしまうから、と。
頑張ると言う行為は、その時に双方へ与える傷を大きくするだけの行為だからと、アタシの都合が良い様に私の思考を誘導して、不都合な部分は濁して、鈍らせて。
――勿論、それはアイツらの口から直接発せられた言葉ではなかったが。
“正しい”を探し疲れ、弱った私の思考にモヤをかけて封じ込め、アタシの良い様に動かすのは簡単な事だった。
それにもし直系から継ぐ様な事が有っても、それは私では無く、本気で後継ぎとして頑張っている兄さんであるべきだ。
そうでなければ、本気で頑張っている兄さんに失礼だ。
——仮令兄さんが後継ぎとして頑張る理由に、そうやって私が逃げられる道を作る事が目的として含まれていたとしても。
優しい兄さんの願いを叶える為には必要な力だから。
兄さんもそれを望んでいるのだから、私が邪魔するべきではない。
(そうでしょう――?)
だからこそ。私は程々の努力で生きて。
周囲にもそれを望まれ、名家の出としては、のびのびと育てられて。
何時か清原の名を捨てて、何処かに嫁いで行くのだろうなとも、幼心に感じていて。
今の今まで、清原家の名を汚さない程度の努力で、それとなく生きて来た。
それとなく生きる様に、無駄に傷付かない様に、アタシが誘導してきた。
兄さんの様に本気で打ち込んだ事など無い。
父様や母様の様に信念がある訳でもない。
見限られて当然だし、そもそも期待などされていない。
当然、私も私自身に期待なんてしていなかった。
——いなかった筈なのに。
(——悔しい)
私の強い想いにアタシは震えた。
それ以上はいけないと。
皆が、家族が、それぞれ本気で次々と生まれる問題に立ち向かって行く中、私は蚊帳の外。
——分かってる。この世界で未だにスキルの方向性が決まらないと言う事は、そう言う事だ。
自分で、信念を持って、本気で生きようとする道すら見つけられていない。半人前ですらない。未熟者の証明だ。
父様は指導者として、皆を導く声に魔力を載せ。
それに聞き従う者には士気と行動を補助する魔力を付与し、逆に敵対的な者には意思を挫き、手足に纏わり付く、呪詛の様なデバフ系スキルとして効果を発揮する、"指導者の声"と言うスキルを所持していた。
対して母様はそれを。父様を。指導者を補助する様な、強奪、分配系のスキル。
——指定する対象者の魔力を可能な限り奪い取り、自身の中で浄化し。自身の中の魔力と合わせて指定する対象者へ受け渡す、"徴収分与"のスキルが発現していて。
それぞれの生き様が、覚悟が宿った様なスキルだった。
応用性には乏しいが、極めて行けばその分、御遣い様が言って居た様に、代用の利かない、唯一無二のスキルに、存在に成り上がって行くだろう。
——対して私が所持しているスキルは、状況を飲み込めていない。或いは覚悟の決まっていない、それでも勘の良い者が初めに習得しやすい、いくらでも代用が効く有り触れたスキル。第六感。
――それはまだ良い。
――いや、清原家の人間としては良くないが。
それでも、いずれ出て行くだけの凡人の私が、目の前に居る二人の様に、初めから決まった形のスキルを。覚悟を所持していなかった事も受け入れられた。
――が、今、この時に至ってはどうだろう。
汎用的なスキルを所持していた人間も――。生き様を決めていなかった人間も、当然、時間と共に、自身の置かれた状況を飲み込み、自分自身の生き方と向き合って、覚悟を決め、それぞれのスキルを発現して行く。
それなのに私のスキルは未だに第六感のまま。
半人前になる事すら出来ない。自分で自分の生き方も決められない未熟者。
清原家の名前が無ければ相手にもされず、魔物にやられて野垂れ死ぬか、商業キャンパスに残された奴らの様に、捨て置かれるだけの存在。
見限られて当然だった。
——当然なのに。今更なのに。
(悔しい——)
人並みに欲しい物は、必要な物は与えられ、何でもそつなく熟して生きて来た私が初めて抱く感情。
——いや、周りの皆がそうやって生きてくれた居たからこそ、仕方がない事だと、普通の事だと目を逸せて居ただけの事象。
でも新しい世界では。
皆が其々の信念と生き様を持って歩く世界では、私が知らず知らずの内に、私自身に掛けた、私の心を一時的に楽にする為だけの、その場しのぎな欺瞞の魔法など、簡単に解けてしまった。
皆が本気で生きる中で、これからも私だけは目標もなく生き続けないと行けないの?
(羨ましい)
私は大切なものが世界の理不尽に奪われそうになった時、それを見守るしか無いの?
(悔しい)
今回だって、自分の思考や精神状態すら測れず、皆を無理心中の旅に連れ出して。
――そんな自分じゃ、いつか見限られる所か捨てられるわよ?
(——怖い)
――そう。貴方が羨ましがっているのは目標のある人生なんかじゃ無いわ。その道中で得られた力だけよ。
(違う)
貴方が悔しがっているのは、奪われる事をただ見てる事しか出来ないからじゃ無いわ。己を守ってくれる存在が目の前で第三者に奪われる事が悔しいの。
(違う——)
貴方が真に恐れているのは、自分を守ってくれる庇護者が居なくなる事。
自分の命を、存在を、生活を保証して守ってくれる存在がいなくなるのが恐ろしいだけ。
(違うッ——!)
認めなさい――?良いじゃ無いですかそれで。
人間一皮剥けばみんな同じ様なものです。
みんな自分の理想を、心を守る為に生きていて。自分の信念を、ぶつかる、都合の悪い相手に力尽くで押し付けて、傷つけて、時に殺して押し進んでいるだけ。
貴方の場合はそれが、空っぽで、可愛くて、可哀想な自分を守って生きて行くって言う、ペラッペラな——。それでも誰よりも飾って居ない、皆が持つ、剥き出しの本能だったってだけ——。
目標が無いと生きてはゆけない——?
あるじゃ無いですか。貴方にはこのどうしようも無く、可愛くて可哀想な自分を守って行きたいと言う、真っ当で、揺らぎない理由が。
崇高で無いと生きていちゃいけない——?
そんな事はない筈です。なにしろ皆一皮剥けば、皆自分の大切な“心”を守る為に他者を傷つける事も厭わない、こんなにも見苦しい同類達なのですから。
美しく無いと生きてゆけない——?
決してそんな事はない筈です。現に私達はこんなにも生き汚く、それでも生き延びて来たんですから。
(——それともこの場で死んでみせますか?)
——それは嫌だ。
それは怖い。
私は私が傷つく事が何よりも。
私の可愛い。大切な大切な私が脅かされる事が何よりも。
私を傷つけない為なら、そんな可愛く大切な私ですら欺けてしまう程。
大切だからこそ、必要とあらば、外の世界は怖いんだよと、窓におどろおどろしい絵画を貼り付けて、安全で優しい心の世界に、無知で無邪気な私を閉じ込めて。
——もし避けられないその時を迎えてしまったら。
(その時は、無知と幸福に包まれたまま、一緒に死にましょうね?)
——と言っても、それはずっと未来の話で。
私はその来るべき未来を引き伸ばす為なら——。
(現実に気付き掛けて駄々を捏ねる私を、優しい夢の中で殺してあげられるなら、無知な人々をも巻き込んで一緒に無理心中してあげます)
——そう。それが私に潜む、もう一つのスキル、“優しく包み隠す者”だった。
――――――――――――――――――――――――――――
(――ふぅ。やっと完全に眠ってくれましたわ)
自分で起き上がる事も出来ないと言うのに、暴れ回って自傷して。まったくお転婆なお姫様である。
(さて――)
今後も世界の状況が悪化の一途を辿るなら、するべき事は――。ワタクシが求める居場所は決まっている。
(善は急げ、ですわね)
何をもって善とするかは人によって違うだろうが。
ワタクシにとっての善は、可愛い私を、可愛いまま大事に保管する事――。
自傷したり、現実に傷付けられてボロボロになってしまうぐらいなら。無垢を失ってしまうぐらいなら、眠らせてでも、自由や意識を奪ってでも、できるだけ綺麗で無垢な、私の可愛いお姫様を維持する事。
それが出来ないぐらいなら、汚れたワタクシと一緒に、綺麗なまま殺してあげる事。
――そして、私、私の目の前には、私の愛しい愛しいお姫様を汚さずに、その生命を、存在を生き永らえさせられる可能性がぶら下がっている。
それならば行動しない理由がなかった。
――仮令、その行動の結果、最悪な失敗を引き、此処の皆を道連れにしたとしても。
それは私のお姫様が苦悩するべき事で。そんなお姫様はワタクシの手で眠らされていて。
詰まる所、私の知った事ではなかった。
「――となると、ワシ等が御遣い様へ報いるには――」
「――御遣い様を助ける事は、そのまま自分達を助ける事へ――」
未だに話を続ける二人。
しかし、ワタクシの優先順位を書き換えるような内容でも無さそうだった。
――であれば、私にとって、それはただの雑音で。
数多ある内の人影をした障害物に過ぎない。
興味を失った私は席を立つと、目的地へ――御遣い様が居るであろう校長室へと歩みを向ける。
無謀な特攻――。と言い切れる程でも無い。
勝算と言うには低すぎたが、それでも御遣い様の普段の振る舞いは把握して居たし、心が読める筈の御遣い様が"ワタクシ"の存在や行動を野放しにしている時点で、ある程度許されると見て良いだろう。
少なくとも、声を掛けた段階で即殺とう言う展開は少ない様に思えた。
——まぁ、飽く迄そう思えただけで、どうなるかは相手の機嫌と匙加減次第ではあるが。
——それでも挑戦する価値はある。それ程に、彼の懐の下と言うのは魅力的だった。
(それに、前例もある様だし――)
少なくとも、あの日以降も、霧島 瑠香は御遣い様の庇護下に置かれていた。
それどころか、新たに興味を示され、その姿を見る事を許された人物もいる様で。
——明言はしていなかったが、多分、先程の男。野村 顕輝もその一人だろう。
他にも、白衣姿の女や、この前、オオカミの様な犬を連れていた森川 結菜、他にも専属の料理人等が何度も校長室の有る6階へ出入りする姿を目撃されている。
——そう。何度も呼ばれているのだ。私と違って。
しかし、前例がある以上、ワタクシにも、そうなれる可能性がある訳で――。
「冬花様。如何成されましたか――?」
そう問うて来るのは、本棟6階。屋上を除けば最上階の校長室がある階層。
そこへ登る階段の前に立ちふさがる、 夕凪 真奈美だった。
そのスキルは全ての嘘を暴き、白日の下に晒すと言う、暴露。
相手が嘘を吐かない。或いは吐かせない限り発動はしないが。その分、ある程度格上であっても、自身がその言葉に疑いを持って居なくとも、余程の事が無い限りは発動する、特化型スキル。
警備隊の中では戦闘力こそ最弱だが、それでもリーダーを任される程に公平公正で、スキルに頼らなくとも違和感に気付ける程の観察眼と第六感を持つ人物。
他の階段は基本シャッターと物を積んだバリケードで閉じられているし――。
(ッチ――。外れですね)
もっと扱いやすい人物が警備に当たって居れば良かったのだが。
これより上の階層。6階は完全に御遣い様の領域。
御遣い様は警備も階層も校長室も、それ程興味は無さそうだったが。
これは御遣い様の意向と言うより、両親の、御遣い様神格化計画の一部である様で。
当然、元々ここに寝泊まりしていたと言う両親は、現在、一階層下の――現在私がいる5階の別部屋を利用している。
——因みにワタクシは両親とはまた別部屋だ。
と言うか、一班組が集団で眠る講堂の中に何食わぬ顔で放り込まれている。
ここに来て、完全にワタクシと清原家の権力を切り離す積りなのだろう。
故に、両親が扱う情報も知らなければ、御遣い様へ面会する機会も権限も無い。
5階には他にも資料室や、警備隊の控室や会議室、中央指令室や、非常師の食糧庫等、一階に魔物が侵入しても組織を維持出来る様、重要な施設が詰められている。
因みに4~3階がワタクシ達、一班の住民が寝泊まりする区域で、2階は1階に魔物が侵入した際の第二防衛ライン兼、調理場や共有休憩スペース。食堂や音楽室、多目的ホールなどを利用した娯楽施設となっている。
魔物の侵入を許し、殆どの窓ガラスや大扉が魔物に破壊される等、悲惨な状況になっていた1階は、搬入した魔物や食材、資材の一次加工場や一時倉庫となっていて、補修を施したとは言え、随分開放的な有様だった。
——まぁ、その分、大型物品の出搬入には困らないので、物も使い様だな、とは思ったが。
(そんな事よりも――)
「——御遣い様と少々お話がありまして……。そこを通して頂けませんか?」
「ふむ……。御遣い様から許可は頂いているのですか?」
御遣い様は最上階のあの場に居ようとも、結界内に居る誰とでも言葉を交わせるので、目の前にいる人物が警備隊長でなければ欺けたのだが。
「いえ……。しかし、私がここを訪れても拒否してこないと言う事は、通っても良いと言う事なのでは――?」
「……少なくとも御遣い様から私に、貴方を通して良いとの御言葉は無いですね」
ワタクシの屁理屈を真正面から同じ理論で叩き潰す彼女。
「——分かりました。出直します」
「そうして頂けると助かります」
飽く迄事務的に、一般住民に対応する様な態度。
そこに礼儀は有るが、敬意がある様には見えず。
嘘を寄せ付けないスキル。堅物。聡明で公正公平な人物。
今のワタクシでは扱いにくい事の上無く、警備が他の人員へと変わるまで様子を見る他無かった。




