第22話 変化と気付きと抵抗の記憶(by 清原 冬花)
「おーらよっ!っと――」
その鍬の一振りで、解放された耕作地を一直線に耕して行く 幸作おじさん。
住宅街をも飲み込んだあの一撃が、所謂生産系スキルの持ち主から繰り出されていたとは驚きだった。
「うん。高濃度の魔力が土壌に良く混ざって、空気中へ殆ど逃げてない――。流石、幸作さんの魂が籠った一撃ですね」
しゃがみ込み、土を触りながらそう話す青年は、分析系スキルを持つ、農学部三年生の野村 顕輝さん。
「はっはっは!そりゃぁそうじゃ!ばあさんたちに作って貰った肥料を無駄にしたと知れたら、何言われるか分かったもんじゃないからの!」
何と後ろ向きな理由。——と言いつつ、無駄にしたく無いと言う所以外は照れ隠しなのだろうが。
「おばあちゃんたちの薬師や錬金術も凄かったですよねー。理屈に捕らわれないと言うか。現実の法則に頼り切っている僕達若者よりも魔力の扱いに長けていると言うか……」
「ま、なんせワシ等は理屈なんかよぉ分からんでも、何か出来そう。上手く行きそう。で、生き抜いてきた世代じゃからな!
——それに、法則に縛られる分、法則を見つけたり、その法則の中で効率よく魔法を使い熟せるおまんらは、その内、直ぐにワシらを追い越しおるに決まっとるからの」
「いえ、そうは言っても、僕が自分の思いを地面に込める感じで。とか、物質から魔力だけを搾り取って抽出する感じで。とか。
少しアドバイスをしただけでそれをやってのける幸作さん達の吸収力と言うか、適応力と言うか、直観力と言うか――、そもそも生物としての格の違いを感じ過ぎて、追い抜ける気がしないのですが……」
「ま、そこは戦争に飢饉と、厳しい時代を根性や理屈のない直感で生き抜いたワシらじゃからな。それに年の功もある。――なぁに、若者には未来もあるさね、ゆっくり成長して行けばええさ」
「いえ、その、僕の分析によると、皆さん、御遣い様の加護を得て、悪い魔力の影響を脱してからと言うもの、食事と大気中から得られる良い魔力の影響だけを受けて、歳を取る所か体が若返っているんですが……」
「――ほう。そうなのか。最近体が軽いのはあの環境から脱せた影響とばかり考えておったが――。そうかそうか。こりゃぁまた、御遣い様に参拝に行かねばならんのぉ」
「参拝所も早く出来ると良いですね」
「そうさなぁ。ワシもこうやって、本来の農作業に戻れて、子ども達も元気に外を走り回れる様になって、御遣い様には感謝しか無いからのぉ」
照りつける夏空を見上げながらも、快適な温度の中で、のほほんと話す二人。
「——今日の遠征は何人連れて帰って来ますかね」
「——まぁ、御遣い様の結界に弾かれる様な輩は御免じゃのぉ」
一転、二人は少し顔を曇らせて呟いた。
――原因は明白。
そう言った輩の存在が、探索班の報告より、浮き彫りになってきたからだ。
特にその傾向は市街地へ向かう程に大きくなり。
これは、農村部程の魔力濃度であれば、悪意ある人間は魔力に、欲望に呑まれ、人の姿を失い、魔物に転じてしまう場合の方が多いのも有るが。
人型であっても。人に見えても油断が出来ないと言うのは――。
人を騙す為に、油断させる為に、近付き利用する為に、人の姿を取っている"悪魔"の存在は、助け合って生きて来たこのコミュニティーの人間には受け入れがたい現実だったろう。
——そう。だからこそ私達は、そう言った存在を、一見人に見えても"悪魔"と定義する事にした。
そして私達がもう既に、人類の枠から外れた、新人類である事も認めた。
そう定義し直す事で、人から変化したモノや、その肉を喰らったモノも混じっているであろう魔物を狩り、その肉を喰らう事も。悪魔を狩る事も。
変わってしまった日常や常識も。新人類の日常であると受け入れた。
その定義を皆に広め、浸透させたのは、相変わらず人前には姿を現さず、天か声を響かせる、御遣い様の御言葉だった。
――私達の救世主であり、守護者であり、信仰を喰らうと言う、神にも似た性質を持った、圧倒的存在。
その口から発せられた言葉と言う事と、どうあっても、それらを受け入れずには生きて行けない世界。
中には、あの日の私達の様に、強制的に現実に向き合わされて、泣き崩れる者もいたが。
御遣い様の――
「それを受け入れられないって事は、今生き残ってる自分を、仲間を、家族を、今まで助け合って生きて来た隣人の存在を否定して生きて行くって事だよ――?
それとも、みんなが外で取って来た魔物の肉や、その残骸や魔力を吸収して育った野菜を食べながら。それを否定しながら、これからを生きて行くつもりなの――?
それなら御免だけど、みんなの空気が悪くなって、貰える信仰の質が落ちる前に、僕の手でこの小さな結界の中の"新世界"から摘出させて貰うよ?」
――と言う、厳しくも現実的な言葉を受け。
周囲の説得と、御遣い様から与えられた時間もあって、皆、考えを改めていた。
――少なくとも表面上にはそう見えたし、心を覗ける御遣い様がそれを見通せない訳も無い。
居るとしても、それは御遣い様が認めて見逃していると言う事なのだから、それはそれで問題は無いだろう。
今の私達にとって問題なのは御遣い様に見捨てられる事だけ。
だって御遣い様はそれ以外の全ての脅威から守ってくれるのだから。
「——それはそれとして、最近また外の魔力濃度が上がり始めたみたいで……」
「なに――?その話はどこから――」
なにそれ。私も聞いていない。
私は二人と少し距離がある、木工師が作ったベンチに腰かけたまま、六感を全てを澄ませて、話に聞き入る。
「僕の調査の結果ですよ。一応、清原家に報告は上げて置きましたけど――」
そこでチラリと、顕輝さんが私を見る。
私は肯定とも否定とも取られない様に反応を示さなかった。
「——御遣い様も状況は把握して居たみたいで。
——考えて見れば当然ですよね。
そう言った魔力から僕達を守ってくれているのは御遣い様なんですから。
僕達を守る為に祓うべき魔力が増えたら、その分、御遣い様の負担が増える訳ですし。それに気付いて居ない筈がないって話ですよね……」
「そうじゃのぉ……」
(――そうなって来ると、今後の魔力濃度の推移如何では、御遣い様の結界も絶対じゃ無いって事?)
私はより意識を尖らせ、話の動向を窺う。
「――それで、その魔力が増えた原因なんですけど、空気中に放出される魔力量が増えたと言うよりは、どうやら地中に吸い込まれる魔力量が減っている感じなんですよね」
「ふむ。そうなると今後も地中への吸収量が減り続けて、逆に以前の様に魔力濃度が上がって行く危険があると言う可能性があると言う事じゃな?」
「それもそうですけど――。なんだか不吉じゃないですか?」
「……そもそも魔力が増え続けるかもしれないと言う時点で不吉なのじゃが――。そう言う話では無いのじゃろう?」
「はい――。と言うのも、初め、地上の魔力濃度が急上昇した際には、遅れて、それに追従するよに地中へ吸収される魔力濃度が上がって行ったんです」
「ほう。お前さんはそんな早くから魔力の動向を探っておったのか」
それには私も素直に感心した。
あれ程にめちゃくちゃな状況で、新しく得た、信憑性も皆無な能力を使いこなし、もしもの時の為に、良く分からない情報を集め続けるとは――。
私はどうにか状況を乗り切ろうと必死で、突如強化された第六感を使いこなす事もできず。頭に走る理解できないノイズを煩わしくさえ思っていたのに――。
とても凡人には真似できそうもなかった。
「はい。戦闘能力を持たない僕にはそれぐらいしか出来なかったですしね――。
それに当時、得た情報があまりにも直感的過ぎて、上手く説明が出来なくて――。
それにスキル自体の性能も、もっと低くて不正確な情報でしたし。何よりそもそも僕自身、スキルの存在そのモノが上手く受け入れられて居なくて――。
でも、無機物が魔力を通しずらかったり、吸収しにくい事ぐらいは分かって居ましたし、皆さんが発する魔力が互いに互いを悪い魔力から守っている事も何となく察していたので、暑さや魔物の脅威を理由に皆さんを屋内の一か所に誘導したりしてましたね」
「なるほど!あれはお前さんの作戦だったのか!」
「まぁ、本当に上手く行けば御の字位の。それも、御遣い様が来なければ崩壊していた程度の、付け焼刃の作戦でしたけどね」
「いやいや、その作戦が上手く行ったからこそ、御遣い様が降臨なされるまで持ち堪えられたのじゃろうて」
「あはは。それは御遣い様にも言われましたが、本当に運が良かっただけで」
「そげな事言っても、スキルは魂の形なのじゃろう――?となれば、得意な分析の力を使ってワシ等を助けたいと言う思いが、お前さんにそのスキルと行動を起こさせたんじゃぁないのかね?」
「あはは……。幸作さん。本当に御遣い様の様なことを言いますね」
「おおっ。そうなのか――?したら、案外、ワシと御遣い様で話したら、話が合うやもしれんのぉ」
腰を伸ばし、ふぉっふぉっふぉ、と笑う幸作おじさん。
それを見てしゃがんだまま苦笑する顕輝さん。
「——して、魔力濃度の話じゃったよな?」
「はい。その件の続きなのですが――。
何が不吉かって、今までは魔力濃度が上がれば、それに追従して、地中が魔力を吸収しようと、遅かれ早かれ吸収量を増やして居たんです。
それなのにここ最近、現状を維持するのに精一杯な程、魔力吸収量が落ちて来ていて、今回の様な事態を懸念していたのですが――。
そしてついに昨日。減り続けていた地中への魔力吸収量が、外界から流れ込む魔力に負け、空気中の魔力濃度が増加し始めていた。
これは――」
「これは?」
私も気付かれぬ様、固唾をのんで見守る。
「多分、地中の魔力濃度が飽和したか、この世界が吸収、処理できる魔力の総量を越えたのだと思われます」
「——そうなると、空気中の魔力濃度は上昇して行く一方と言う事にはなるが――。それは初めから話をしていたじゃろう?それ以上に不吉な事とはなんじゃ?」
「それは――。吸収しきれなくなった魔力を何処にどう溜めているかって話です」
「ほう」
「今でも、その余白に無理矢理ねじ込む様に、少量の魔力を地中は吸収し続けてはいますが――。
その吸い取って処理しきれなくなった魔力に世界のシステムを乗っ取られたり。或いは、魔力を保管していたタンクが一杯になって、今まで魔力を吸収して居た導線から逆噴射したらどうなると思います?いや、そもそも、地球そのものが魔物化する恐れだって――」
「……その事について御遣い様は何か言っておられたのか?」
「そう言った未来に備える為に、今、私達と言う対策の種を育てていると――」
「なるほど――」
全てが全て、初めて聞く内容だった。
——そもそも、あの日。はじめてこのコミュニティに参加した時以来、顔を合わせて居ない御遣い様は当然として。
父様からも母様からも、そう言った話が振られる事はなかった。
(見限られた、かな?)
モヤモヤして。胸が苦しくなって。それでもどこか、期待されていない事に安心する自分が居て。
諦めと、見捨てられる恐怖と。
この期に及んで、そんな事ばかり。自分の事ばかりを考えてしまう自分への自己嫌悪と。
こんな苦しさ、知らない。
知らない筈なのに——。
本当は知っている様な。
何度も味わった事のある様な。
とても怖くて苦しくて。ちょっと自分じゃどうにも出来もなくて。
——多分、思い出しちゃいけない感覚。
(——そう。思い出しちゃいけない感覚なんですよ?)
だから忘れなきゃ。
眠って忘れなきゃ。
(そうそう——。本当に良い子だね……。か弱くて、可愛くて、可哀想で。何よりも大切で、誰よりも守られるべき——)
私は聞いた事のない。
それでも聞き慣れた様な安心感のある言の葉に包まれて——。
(おやすみ。大人になれなかった——。道端の石ころに躓いて起き上がれなくなっちゃった、可哀そうな私)
慈しみに満ちた悪意の無いソレは、私の意識を深淵の底へと引き摺り込み——。
そこはとても暖かく、湧いて出る安心感から、私の意識は誘惑と疑問と葛藤の中でぐちゃぐちゃになった。




