第21話 強制と共生(by 清原 大悟)
「ふぅ……」
キャンパスの門を背に、皆を送り出した私——清原 大悟は小さくため息を吐く。
「お疲れ様です」
一歩下がった位置で、共に探索班を送り出した妻が、一歩踏み出し横に来て、タオルを手に声を掛けてくれた。
今までは、疎らとは言え、人前であまり私的な雰囲気を出す事はしていなかったのだが。
御遣い様と言う強大な庇護者の存在と、三島 大輝と言う青年の言葉を受け、皆にも私達が只人である事を隠さない方針へと舵を切る事になり。
「助かる――。いや、それにしても暑いな」
今は真夏の昼間。当然の事である。
「ふふふっ。そうですね。御遣い様の結界様様です」
そう。結界の外、門を出ると容赦ない暑さが――本来の暑さが私達を蝕むのだ。
それに、濁った様な、纏わり付く様な、精神を侵食して来ようとする様な、悪意を隠す気も無い魔力達も――。
一吸いしただけで、頭が痛くなり、意識が朦朧とする。
「探索班には申し訳無いが、戻らせて貰おう」
「そうですね。せめてもの救いは彼らにも同じ結界が張られている事ですが……」
それでも外で危険な目に合うのも、過酷な現実を目にするのも彼らだ。
それに、もし、万が一にでも、道中で結界が壊れてしまえば――。
「大悟さん。大丈夫ですよ。御遣い様の力は本物ですし、彼らも、自分達の結界がこの土地の結界と連動している事を知っている以上、無茶はしない――御遣い様がさせない筈です」
妻が信頼する御遣い様。
その姿を私は。私を含めた殆どの者が見た事はない。
今は尤も上等な部屋である校長室を明け渡しているので、そこに向かえば、その姿を拝めるのかもしれないが。
私的な好奇心で、コミュニティー全体を危機に陥らせる可能性がある様な行為を行える程、私も馬鹿じゃない。
「さっ、大悟さん?」
妻が私の手を引き、結界の中へ引き入れる。
門外の警戒をしていた、清原家に引き入れられる、学生以前の私を知る古参の住人が、何も言わずにニヤニヤしていた。
――後で私的に一発入れてやっても良いかもしれない。
彼らが私達を笑う権利を得たと同様に、これは、過大なる責任から一部でも解放された私の権利だ。
久々の、何のしがらみも無い、学生時代の様な対等な喧嘩を思い浮かべて、少し心が躍る。
「ふふふっ。楽しそうですね」
「あぁ、良い疲労感だ」
昼夜問わず警戒を怠れない状況。
娯楽所か衛生まで二の次にせざるを得ない程、逼迫した食料事情。
束の間の休息すら碌に取られてくれない、魔力や猛暑。
――御遣い様から与えられた知恵の一つで後程判明した事だが。
どうやら私達は、本棟に引き籠り、各々から溢れる、互いを庇い合う魔力で、建物内を満たす事で、お互いを保護していたらしく。
建物の外に出た物が体調不良に陥りやすかったのも、これが原因らしかった。
ただ、それは御遣い様の扱う結界と比べれば格段に劣るもので。
魔物を退ける事は愚か、弱い者が発する高濃度の魔力は、より魔物を惹きつけ。
暑さや悪意ある魔力も、致死量とは行かないまでも、不快感は拭いきれないレベルで存在し、確実に私達の士気と健康を蝕んでいた。
今はそう言った、各人から溢れ出す、互いを思いやる魔力や、御遣い様への感謝の魔力を、結界を通じて御遣い様が吸収し、効率よく運用する事で、安全と快適が保たれていた。
「半日前までは、当然の悪環境だったのにな……」
「もう戻れそうにありませんね」
皆も夜中から叩き起こされたと言うのに、今も元気に、魔物の撃退で使われた一階と、今まで出来ていなかった外の整備を続けていて。
探索班だってそうだ。避難民とのちょっとした交流と、報告、用意された昼食に近い朝食を食べて、再び出て行ってしまった。
――しかし、その表情は皆一様に明るく。希望に満ちていて。
私達では無しえなかった光景だった。
「今夜は魔物肉のバーベキューらしいですよ」
「おぉ。良いな。バーベキューなんぞ、室内では出来なかったからな」
「外にいるだけで気分が悪くなりましたし、匂いや光で魔物を呼び寄せてしまうかも知れなかったですからね」
少し遠い目をする妻。
人を率いる象徴としては、私と言う存在の方が有利だったのであろうが。
そんな私では無く、私の手綱を握っていた妻の前に御遣い様が姿を現したのは、当然の帰結だろう。
寧ろ、人を見る目があるとさえ言える。
――まぁ、その御遣い様は、人の心すら覗き見る力を持って居る様なので、こちらも当然と言えば当然の話なのだが。
「——御遣い様から追加の要求は無いのか?」
「——いいえ。残念ながら」
「そうか……」
分かりやすく要求されれば、対応もし易いと言うモノなのだが。
「我々の垂れ流す魔力がそんなに美味いものなのか?」
「さぁ――。しかし彼の御人は、少なくとも本気で私達の力を高める事に関心を持って居る様に思えます」
「それがお互いの為になると……」
「はい」
我々としては一方的に理を貪っている気がしてならないが。
その分感謝して生きれば、御遣い様にとって、より質の良い魔力が私達の身体から採取でき。存在の格が高まれば、垂れ流される魔力の質も量も上昇するとの事で、お互いに理があると言うのが、御遣い様の言い分だった。
「——御神殿でも作って見るか?」
「そうですね。建築士も、現場親方も、木材石材職人もいますし――。まずは拝殿から作り上げて、満足する仕上がりになった後に、本殿を作ってはどうでしょう?
今の御遣い様には住む場所よりも、より明確で濃厚な祈りの魔力の方が重要そうですし」
「そうか――。そうだな。一度目で今の校長室よりも良い空間を作り出せるとも思えないしな。それなら形だけでも参拝場所を作って、皆に祈って貰う方が良いか」
「——それと。彼の御人から、石材職人が居るのであれば、彼の格と技術を優先的に上げて、外に露天風呂を作って見てはどうかと言う提案もありました」
「……なるほど。今は皆、魔法の水で濡らした濡れタオルで体を拭いている状況だからな」
指摘されるまで気付かなかった。
世界がこんな事になってしまってからまだ三ヶ月程度しか経って居ないと言うのに。過酷な状況に身を置き過ぎて、過去の日常を失念していた。
「水はその都度魔法で出しても良いが、養殖、田園地域を開放して川や湧水から引けば、その水を魔法で浄化するだけで、より効率的に水資源が得られるとも――」
「なるほど。水路を引くのにも石材遣いのスキルが有用なのだな……」
魔法は有用だが、無限に使える訳じゃない。
モノによっては使える人物も限られる他、人によって、魔力消費量に対して起こせる奇跡の費用対効果にも幅がある。
少数の人物に頼りきりになれば、いつかその歪みが反乱や崩壊と言った形で牙を向く事になりかねないし、農業同様、重要リソースを得る方法は、可能な限り分散した方が良いだろう。
「それに、石材は、通りやすい道や、大きくて丈夫な壁を作る事も出来ますし、御遣い様の結界に頼り切らない防衛を考える上でも重要かと。——今後、個人的な住居などを作るにも役立ちそうですしね」
なるほどな。やはり私の妻は私以上に色々と考えている――。
「——どちらにしろ、今日の探索と、結界の張られた農業区の開放が終わってからだな」
「ですね――。それに、魔力を吸って育った木材を含めた動植物は、色々な方向に進化したり、その結果、石材以上の硬度を持った素材も多いようですので、その辺りを加工できる人材の確保も急務です」
「確かに。魔物に攻撃を通すなら、以前の世界で作られた刃物よりも、同じ硬度の魔物の骨を加工した刃の方が通りが良かったりもしたからな」
「その辺りも、骨に含まれた魔力などが関係している様ですね。同じ硬度でも、含まれている魔力次第では、防御向きの物、攻撃向きの物、魔法の発動を効率的に行える様、補助してくれる物等、様々な様です」
「それも調理師の様に、自らの流した魔力と加工対象の魔力を混ぜ合わせて、含まれる魔力の指向性を調節したり、能力の底上げが出来たりするのか?」
「はい。料理を含めた加工系としては、そのような能力が発現する可能性が高いと伝えられております」
「なるほど……」
これは本当に生産職が重要になりそうだ。
戦闘職は一騎当千になるかも知れないが、それは飽く迄その人一人の戦闘力。
それに頼り切れば、食糧や水の件と同様に、その歪みが最悪な時に、最悪な形で牙を向きかねない。
それに比べて道具はどうだろう。
皆が身を守る術と武器を持てば、大抵の問題は数の暴力で解決できてしまう気がする。
詰まる所、統治者はそれ以上の力を求められる訳だが……。
「御遣い様自ら提案したと言う事は、それで起きる問題よりも、皆が力を得て格を上げる方が利益が大きいと見たのだな……」
「或いは問題を起こさせないだけの。起きたとしても簡単に鎮圧できるだけの確信があるのかも知れません――。彼の御方には人の心を読み、居場所を探り、魔力で記憶と知覚と思考を狂わす存在もいる様ですから――」
そんな力があれば、我ら全員。いや、この市全体を傀儡の人形として、支配下に置けば良いだけの気もするが。やはりそれには莫大な維持コストが掛かったりもするのだろう。
そなると、自ら従順に従ってくれて、魔力を落としてくれる存在の方が都合が良いのかもしれない。
「——はぁ。このまま平穏に、共生関係が続いてくれれば良いのだが……」
「そうなる様、努力していきましょうね。と言うのが御遣い様の御言葉です」
「ならなくなった場合を想像もしたくないな……」
「相手もそう思ってくれていると良いですね……」
そう。結局我々に残された選択肢は共生と言う名の従順。
彼の御方の御心一つでいくらでも転落し得る存在だ。
「強くならなきゃな――」
「その気持ちすら利用されている気はしますが――。私達に選択肢は有りませんからね」
その通りだ。無駄な事を考えている暇が有ったら、目標に向かって手を動した方が良い。手を動かしながらでも考える事は出来るのだから。
それに、弱者が強者と半強制的な共生関係を結ばされるのは、今に始まった事では無い。
それの力が権力から発生するモノでも、資産から発生するモノでも、能力から発生するモノでも。弱者は強者に逆らえず。
弱者から徹底的に搾取するか、或いは、自身を支える、地盤となる弱者と共に高みへ登るかは強者の匙加減でしかない。
そう言う意味では、現状、私達は良い強者の下に付けたのだろう。
少なくとも、あれだけ搾り取って置いて、結局は有事に何も出来ていない国に搾り取られて居るよりかは、こちらが無意識に排出していた魔力と引き換えに、現状の庇護と自由を提供されているだけマシ――いや、かなり上等だ。
今後切り捨てられるかもしれないが、それは国であろうが、社会であろうが、会社であろうが。自分がいくら貢献していようが変わらずに存在する可能性ではあるし。
そう割り切れば、頑張った分だけ、領地や行動範囲。安全性に便利な道具等から得られる利便性など、様々な恩恵を自分達自身で享受できる分、やる気も上がると言うモノだった。
そしていつかは――。
「悟は上手くやっていますかね……」
「私達の子だ。きっと大丈夫さ――」
こんな気休めを吐かなくて良い様な。確信を持って同じ言葉を発せられる様な世界にして行きたいなと。して行くんだと誓った。




