第20話 壊れた世界とこれからのコミュニティー(by 清原 冬花)
「えへっ。えへへへっ」
校長室のロングソファーの上。
黒い影の膝の上でに頭を乗せ、だらしない顔を晒しながら、撫でられている霧島 瑠香。
そんな二人とローテーブルを挟んで対面に座る私達、清原家と、先程の件で共に呼ばれた男。三島 大輝。
「――では、大輝さんの場合は、ご家族の魂がスキルの一部となって、その身に宿っていると……」
母様が要約する様に口を開く。
「そうだねー。彼を守ろうとした家族の魂が、死んだ後も彼を守れる様に、消える寸前に彼の中に、力の一部として飛び込んだみたい。まぁ、一種の守護霊みたいなものかな?
今はカケラって感じだけど、家族のことを思い出しながら力を使ってあげてれば、記憶を取り戻して元の魂の形に戻って行くんじゃないかな?」
「――でもそれ、行く所まで行っても幽霊みたいなもんッスよね?」
おずおずと口を開く大輝さん。
「うん。そうだね。魔力濃度の濃い場所だと珍しくないんだけど……。多分、地上に魔力が溢れ出した“あの日”に目撃した人も多いんじゃないかな?」
「えっと、幽霊を信じてないとかじゃなくて……。体、元に戻せないんスかね?」
遠慮がなさすぎる。
それは流石に望みすぎと言う物ではないだろうか。
「元に戻すって言うかー……。丁度いい器を作って憑依させる感じなら行けると思う。
と言うか、そこまで来たら、肉体に魂が宿ってる普通の生物となんら変わりはないしね」
「成る程ッス」
「勿論、家族との記憶が薄れたり、別のことに興味関心が移る様だと、最悪、魂のカケラが跡形も無く消えちゃう事もあるから、気を付けてー」
「き、気を付けるッス」
「後は処方箋として、魂のカケラが悪い魔力に汚されない様に結界張って置くので、料金代わりに信仰を落としていってくださいー」
「は、ハイッス――!ありがたやー、ありがたやー」
「あははっ。そんな事しなくて良いって。
このキャンパス内の結界が張ってある範囲でなら、君が零した魔力を僕が吸い取って結界を張る力とかに変換するから。
まぁ、それを拒絶しない感じ?おこぼれの魔力ぐらいなら上げても良いかなー。ぐらいに思っててくれれば、僕がそれを勝手に回収するよ」
「成る程。それはお手軽で良いっすね」
「でしょ?僕もこのシステム編み出すのに苦労したんだー」
「へー。神様も苦労するんすね」
「まぁね――。それと神様じゃなくて御使い様だから。僕は良いけど、他の面倒臭い神様とかに見つかったら、そこんとこ間違えると痛い目見るかもよー」
「ひえぇ、おっかねぇっす」
三下の様な言葉遣いが続くが、これが彼なりの敬意の表し方というか、敬語らしく。
そこに敬う気持ちさえ入っていれば、その言の葉に含まれる魔力も“御使い様”の力となる様で。
御使い様本人が良いと言っているのだから、私たちが止められる物でもない。
「と、なると、大輝さんが例外で、他の方々には難しいのでしょうか?」
「んー。こればっかりは一人一人違うとしか言いようがないけど……。彼程簡単じゃないと言うだけで、大抵の、相手を大事に思って、長い時間を一緒に居た人同士なら、時間はかかっても不可能では無いと思う。
お互いに思い合って、同じ時を過ごして、同じ想いを記憶を共有したって事は、それだけお互いにお互いの魔力――。魂の欠片が染み付いてるって事だしね」
「ご助言頂き、感謝致します」
「あ、でも、曖昧な記憶で甦らそうとしたり、どう考えても復活を望んでない人や、相手の人格を自分の良いように捻じ曲げて認識して蘇生させようとすると、どうなるかは分からないから気を付けてね」
「はい。合わせて忠告を徹底させます」
「それだけ聞くと禁術っぽいッスね」
「まぁ、実際、魂の格や周囲の魔力濃度が足りなかったり、濁って居たり、記憶が曖昧だったり。条件が悪い状態で行った死者蘇生の結果が、禁術の由来として受け継がれてるのかもね。
と言うかそもそも、魂を汚染させない為の結界の維持と、欠片を成長させられるだけの魔力濃度の両方の条件を満たして蘇生を試みるのは、一昔前の世界じゃ難しそうだしね」
「――難しい事はよく分かんないッスけど、詰まりは復活させたい相手の事を忘れずに自分を鍛え続ければ、自分の中に宿った相手の魂の欠片も成長して、いつかは元の魂の形を取り戻す――。って事でいいんスよね?」
「まぁ、纏めるとそうだね」
「それだけ分かれば十分ッス!――さっ!そうと決まれば魔物狩りにっ」
「君が死んだら、君を含めて、家族を復活させられる人が居なくなるんだから、その辺り慎重にねー」
「はっ!そうっした!もう俺一人の命じゃ無いんすね……」
「そー言う事、そー言う事」
「では改めて、安全第一で行ってくるッス」
「頑張ってねー」
話の内容に、話し方が全く合って居ない。
聞き逃さない様、気が抜けないのに、無意識に気の抜けてしまう会話。
「――と、それで?まだ聞きたい事とかあるの?」
「はい。昨晩お話しした土地奪還作戦の件なのですが――」
母様から道中聞いた話では、私たちが魔物を殲滅して、その土地の安全を御使い様が結界で確保してくれると言う流れらしいが――。
「先ずは農業区域から攻めて行きたいと思います」
「成る程ー。まぁ無難だねー。あの辺りは強い魔物も少ないし、死角も茂った植物さえどうにかしちゃえばかなり減らせるし。土地が広いから、遠距離攻撃や回避行動も取りやすいしねー」
「加えて、今後の食糧事情を考えるに、肉一辺倒に頼り切ると言う訳にもいきません。
安全な場所で住人が体を動かせる場所を提供するにも、農業系スキルを腐らせない為にも広い土地の奪還が急務かと」
「そうだねー。非戦闘員の人を外に出すわけにはいかないし、かと言って本棟の中だけじゃストレスが溜まるもんねー。
ストレスの蓄積は産出する魔力に悪影響を与えるし、その魔力が自分にも、周囲にも悪影響を与えるから、ストレス管理は指導者の大切な役割だよねー。
それに魔物の食べられない部分崩して撒けば良い肥料になりそうだし。
不用品を安定した食料に変換出来て、食材の種類が増えるって意味でも、皆さんの心理的負荷は減るでしょうねー。
それに農業スキルを用いて、僕の結界内で育った、ここの住人にとっての有害な魔力が、殆ど排除された環境で生育した作物が、普通の作物と同じだとも考えられないですしねー」
適当に話している様で、母様がメモをとっているのを見るに、やはりそこにはヒントが散りばめられているんだろう。
「――して、ご協力頂けますか?」
「んー。今の信仰なら農耕地一帯カバーできるかな……。いや、不測の事態が怖いかな――?んー。取り敢えず半分ぐらいで行ってみますか?」
「はい。そうして頂けると助かります」
「分かりましたー。では今から結界の範囲を伸ばしますねー」
「宜しくお願い致します」
「……うん。終わったよ。これで農地の半分からこっちには魔物が入ってこない筈。
もし入って来ても、ここの結界の中なら僕と感覚が繋がってるから、その時は警告を出すねー。
まぁ、山の奴らが一斉に降りて攻撃を仕掛けて来ない限り、絶対にないだろうけど」
逆を言えば、御使い様の結界も無敵じゃないと言う事か。
「無敵にしたかったら、その分信仰を頂戴ね?」
頭の中を覗かれたのか。顔色魔力色で判断したのか。
「あと守る範囲を狭めれば、その分割ける魔力が増えて強度が上がるから、その辺りも覚えておいてね」
と言う事は、最悪住民を一箇所に集めれば、大体の攻撃は防げると言うことか。
「そう言う事ー」
……完全に思考を読んでいる。
「これは相手の中に流れる魔力を自分の物の様に感じ取れる様になると、分かる様になるよ。
まずは溢れ出した魔力からそこに含まれる感情を事細かに分析出来る様になってからだねー」
本当に彼は何でもできてしまうのでは無いかと思う。
「何でもはできないよー。心を読むのだって、僕の力じゃなくて協力者から教えてもらってるだけだから」
「協力者、ですか」
「うん。協力者。めちゃくちゃ強くて怖くて――。あっあっあっ!嘘!嘘だから!優しくて美しい女神様の様な存在だから!」
――どうやら協力者と言うのは、彼が演じているのではなければ、彼よりも更に上位の存在らしい。
「君たちが上手く向こうのキャンパスを脱走できたのも、道中魔物が対応できるレベルでしか襲って来なかったのも、君に悪夢を見せて足止めしたのも――え?悪夢を見せて足止めしたの?――兎も角、全部その協力者のお陰なんだー」
「なる、ほど、だからあんなにすんなりと――。理解しました。ありがとうございました」
自分自身が止まってしまわない様に貼り付けた、都合の悪い真実を覆い隠すメッキは、もう既に剥がれていて。
彼の言葉はすんなりと私の中に落ちて来て、私達に起こった度重なる幸運の理由を埋めた。
「良いって良いってー。僕も君達みたいな魔力を宿してる人達が欲しかったし、そっちも僕の守護を必要としてる。後は君達がその心を忘れずに生活してくれれば良いだけだからさー。勿論、不用品は弾かせて貰うけど」
御遣い様はその辺りを隠そうともしない。
逆を言えば、その一点だけ守っていれば、私達を守護する気があると言う事だ。
ある意味、どれ程に飾られた言葉よりも信頼出来た。
「はい。そのような事の無い様に精進させて頂きます」
母が口を開こうとした私を押さえる様に答える。
「うんうん。そうだね。そうしてくれると僕も助かるよー。零してくれる魔力は少しでも多い方が良いからねー」
御遣い様がこれ程の力を持ちながら、何故未だに、私達を養ってまで力を追い求めるのかは分からないが。
きっと、この世界にも、上には上がいると言う事なのだろう。
「それに、不測の事態に備えるにはやっぱり力が必要だしね?」
私の内心の疑問に、暈しながらも答えてくれる御遣い様。
「だから、君達もどんどん、魂の格を上げて、落とす魔力の質と量を上げて貰って、良さそうな人がいたら連れて来ても良いよー」
「——それは、孤立している人々や、救助を待つ人々を探しに行く手伝いをして下さると言う事でしょうか?」
抑え込んではいるが、らしくも無く、前のめりな姿勢が滲み出てしまっている母様。
「うん。探索に向かう人には今日と同じように、個別の結界を張って上げる。それに、孤立してる生存者の位置も協力者の能力で分かってるから、その辺りの情報を提供してあげても良いよー」
「感謝いたします」
伏せていた視線をより深く下げる母様。
「あと、外で僕が結界を維持できる範囲は、さっきの農地拡張に魔力を割いたせいで、住宅街までは持たないから、その辺りも宜しくね」
「承知致しました。では、直ちに開拓班と、救助班に人員を配分して――、結界が維持できる範囲内で生き残っている方の居場所を教えて頂いても宜しいでしょうか?」
「うん。いいよー。一応、地図を貸してくれればピン位は打つけど、結界で繋がってる人達には、さっき見たく逐一支持が出せるし、対象も一か所に留まってる人達ばかりじゃないから、基本は現場への直接指示で大丈夫かな?」
「はい。そうして頂けると助かります」
「じゃ、そう言う事で――。あ。そうそう。これだけは言って置かないと」
「何事でしょうか?」
「ええっとね。これから各自力を身に着けて行くにあたっての話だけど。手当たり次第に能力を伸ばすより、自分の強みを伸ばして行った方が良いよーって話」
「——と申しますと?」
「ええっとね。あれやこれやが出来る人材は確かにどんな環境にも適応できて強いけど――、一点突破の相手とは、特にお互いの魂の格が上がれば上がる程、差が出て来て――。
んー。例えば、魔物一匹を倒すとポイントが一貰えたとして、自分の扱えそうな能力全てに1ずつ、今回は仮に十個の能力が有ったとして、十個全部に一ずつ振った人と、一つの能力に十振った人とでは、その時点でかなりの差が出るって話かな?」
「なるほど――。特に集団で活動できる私達からしてみれば、適材適所で、互いを補い様な成長や組織作りを目指して行った方が良いと言う事ですね」
「そう言う事ー。それにさっきは魔物を倒して1ポイントって言ったけど、勿論、魔物の強さによってポイントも違うし、魔力濃度の濃い環境なら身を置くだけでポイントが入ってきたり、勿論、魔力の籠った食材なんかを食べてもポイントは貰えるよ。
――そこに僕の結界による魔力浄化や、調理による魔力変性なんかで、邪魔な魔力を消して、自分達に有用な魔力ばかりを取り込めば、精神を汚染される事なく、より効率的に強化ポイントが得られるって訳」
「なる、ほど――。貴重な情報、感謝いたします」
そう言う事を気にしない相手と認識したのもあるだろうが、メモを書く手が止まらない母様。
そこには話された以上の、いくつかの可能性についても疑問符付きで書き連ねられていて。
「そう言う意味では口に入れる食材を、自分達の魔力を込めて、ある程度、育成方向を決めて生産できる農業、畜産、養殖系スキル——。その食材に魔力を通して加工できる調理や屠殺系のスキルにも期待してるんだー」
「——分かりました。その件も含めて、組織の割り振りと各自への説明を――」
「皆が強くなれば僕の力を含めて、安全がより担保されて、遠征できる範囲が増えて。遠征先で物資や人材を確保できれば、更に組織全体が強くなって――。いつか結界の中でなら、あの日の日常が――、あの日以前では実現できなかった、みんなが幸せになれる世界も実現できるかもね?」
「……はい」
母様の短い返事に含まれる統治者としての複雑な思いと。それでもなお隠し切れない期待の香り。
「じゃぁそこを目指してお互い頑張ろー。って事でかいさーん」
彼の号令で私と母様は部屋を出て。私の連れてきた避難民へ現状の説明や、このコミュニティーでのルール等を伝えていた父様と合流し。
(——結局、霧島さんだけはあの場に残り続けてたし――。御遣い様とはどういう関係なんだろ……)
結局最後まで残り続けた私の疑念を。しかし、読み取って居て返してこないであろう御遣い様に問い質す事は出来なかった。




