第19話 希望の朝日(by 清原 冬花)
「グワゥ!!」
戦いの最中、減り始めた残党と呼ぶに相応しい魔物達を前に、狩るべき獲物が減ったからか、漆黒の巨体が私達の前へ着地する。
何故不意を打たずにそんな事をしたのかは分からないが、逃す事の出来ない絶好のチャンスに違いは無い。
「撃てっ!」
遠距離攻撃の集中砲火。
蒸気と雷撃と石礫と。様々現象が対象物を覆い隠す。
(やった――!)
少なくとも、そこから獲物が飛び出す素振りは見えない。
望むは討伐。時点で、行動不能か、戦闘意欲を失わせるだけの深手。
「やめーっ!」
確実に仕留める為には、注ぎ込む火力は多ければ多いほど良いが、皆の魔力も無限では無い。
各方面からの襲撃も疎らになったとは言え、未だに存在する。前衛だけで耐えるのも、直ぐに限界が来た。
ここらが潮時だと判断して、攻撃の中止を命じる。
——しかし。
「ッ――!!」
大量の魔力を含んだ煙にかき消され、姿も魔力反応も、朧ではあったが。
しかし、一瞬。確かにその場に立つ、無傷のソレを確かに捉えた気がした。
「砲撃さいか――」
「あっ!待って!待ってください!」
煙の中から女性の声。
私は振り下ろそうとした手と号令を止める。
そうして煙の中から現れたのは――。
「驚かせてしまってすみません……。お詫びと言っては何ですが、怪我をしている方は居ませんか?私ならある程度の傷は治せるので……」
漆黒のオオカミの前で申し訳なさそうに宣う、小柄で、短い髪を左右で纏める、活発そうな女の子だった。
「あっ!ええっと、この子が居ると話しにくいですよね……?ごめんね、レオ。向こうで魔物の相手をしてあげてて?」
「ヴゥアゥ!」
女性の声を聞いて、颯爽と、隊に張り付く魔物の残党を狩りに向かう黒オオカミ。
皆は驚いていたが、こちらのやり取りは把握していたのか、手を出す者はおらず。
「それで、ええっと――。私は清原大学 獣医学部 2年生の森川 結菜と申します――。貴方が清原 冬花さん。ですよね?」
その姿で私よりも年上とは驚いたが。
残党が次々に数を減らして行く中、それを気にした様子も無く、彼女は私に問いかけて来る。
「はい。確かに私が清原 冬花です」
私の返答を聞き「よかった……」と胸を撫で下ろす彼女。
ここが戦場でなければ――。いや、この戦場こそ、彼女達の日常になってしまっているのかもしれない。
「私達は"御遣い様"と清原家の命で、ここまで貴方達を迎えに来ました」
「——なるほど」
御遣い様とは聞き慣れない単語だが、母様達が関わっているのなら信頼して身を任せる他無かった。なんせ、私達はその助力を求めてここまで来たのだから。
――それにそもそも。悲しい事実だが、彼女達の提案に頷けずに居れる程、私は身の程知らずでは無かった。
「とりあえず詳しい話は――」
「はい。この場を切り抜けてからですね――。先ほども言いましたが、私は治癒魔法が使えるので、ある程度の怪我なら治療も出来ます。
移動に難がある様な方がいらっしゃいましたら、どうぞお声掛け下さい」
ペコリと小さな頭を下げる彼女。
“痛いの痛いの飛んでいけ”が出来る子は居たが、それは治癒魔法と呼ぶよりは、鎮痛魔法で。
彼女にもその子と似た雰囲気――魔力を感じるが、生物の身体構造に詳しく、実際に治療にも関わっている彼女だからこそ、治癒魔法として発現したのだろう。
「分かりました――。先導は貴方が?」
「はい。もうそろそろ、幸作おじさんが――」
彼女がそう言うと、ふかふかとしていた畝の中を、もう一度魔力が通って押し固められ。畝の中で藻掻いていた魔物は地面の下へ完全に埋め固められてしまった。
「この上を歩いて行けば一直線で私達の本隊と合流出来ます」
当然の事の様に微笑みながら案内をしてくる森川さん。
「ありがとうございます――。佐藤さん。次の指示を皆へ」
「はい」
私の指示を受け取った佐藤さんはそれを皆へ伝えて行き。
準備の整った私達は、その固められた地面の上を歩いて進む。
住宅街を飲み込む様にして作られた一本道は圧巻だった。
同時に、これだけの事が一個人で行えてしまう事実に恐怖した。
そして多かれ少なかれ、私達も同じ力と可能性を持つ存在。
“新人類”その意味が。
もう私達が普通の人間に。過去の、普通の暮らしには戻れない事が、今更になって、事実として叩きつけられた気分だった。
(はははっ。そんな事、初めから分かってた筈なのに)
誰かの泣き声が聞こえる。
皆、今まで、どれだけ過酷な行軍を続けて来ても。
魔物の殺気を浴び、実際にその牙を突き立てられてたとしても、歯を食いしばって耐えて来たと言うのに。
周囲にはレオと呼ばれたオオカミや。屋根の上からは、移動しながら、先程見かけた斥候の様な男性が、周囲を警戒してくれて居て。
きっと先程、弓矢で魔物を的確に殲滅してくれた誰かも目を光らせているだろう。
そして実際、魔力の糸で傷口を縫合し、正しい位置で折れた腕を押さえ、骨を接着して見せ、何人かの浅くない傷を治してくれた彼女。
そして、魔物の急襲に怯える事なく、足元も気にしないで歩ける程に開け、舗装された道筋。
――学生が、子どもが、ううん。今まで普通に生きて来た大人だって。
張り詰めて居た心のダムが決壊するには十分な安心感だった。
生きる事に、大切なモノを守る事だけに必死で、見る余裕もなかった。
――そう理由付けして、この状況を脱すれば、普通の、いつもの、退屈で、でもどこか温かくて。
そんな日常が、失ったモノが返ってくるかも知れないと。そうであって欲しいと願い続けて居たのかも知れない。
――しかしその現実は、道を進むにつれ次々と合流してくる、私たちから見てみれば、途轍もない魔力量を持ち。それでも尚警戒を緩めない人々を見れば、幻想だと分かってしまう。
治癒魔法を使う、優しそうで小柄な少女ですら、合流してくる人々から与えられる、耳打ちの報告には顔を真剣にさせ。
道の脇にできた死体の道。そこに群がり貪り食う魔物達を遠目で客観視すれば。
それらを警戒し、私たちを守る様に囲う彼らを見れば。
これだけ破壊し尽くされ、変わってしまった世界を一度正面から捉えて仕舞えば、もう現実からは目を逸せない。
「さっ。着きましたよ」
導かれたのは自然キャンパス。
商業キャンパスから逃げて来た私達は本能レベルで固くなってしまって。
――しかし、その門の前に見つけた人影に、私はそれ所では無くなる。
「冬花」
「冬花さん?」
「かあ、さま。とう、さま――」
並ぶ様に門の前へ立つ二人。
――今分かった。
私が死に物狂いで。強行軍で家を目指したのは。
あの夢を見た後でも目標を変えずに、それどころか心の何処かでは急いて居たのは。
皆の安全や限界を考えて等と、それらしい、しかし粗を探せば幾らでもボロが出る様な論理で家を目指して居たのは――。
清原家の看板を気にする余裕も無く。
私は、二人に吸い寄せられる様にふらりふらりと歩みを進める。
――良いのだろうかこんな“奇跡”が起こってしまって。
――良いのだろうか。誰よりもこの奇跡を“信じずに”、皆を壮大な無理心中に突き合わせてしまった私へ、こんな救いが齎されて。
――良い筈がない。なんせ、私の後ろをついてきてくれた人々にも失ったモノが。子どもが、親戚が、親兄弟が、恋人が、親友がいた筈だ。
それなのに、そんな人達を。自分一人で出て行く勇気がないからと巻き込んで、殺しかけて。
増して、感動の再会を見せつける?
冗談じゃ無かった。指導者の血筋云々以前の問題だ。
――そう。そうである筈なのに――。
「父様っ!母様っ!」
一度加速を始めた足は止まってくれない。
足をもつれさせ、転びそうになっても止まらない。
涙で何も見えなくなっても。慣れ親しんだ。何よりも求めた温もりは見失なえない。
——兄さんはコレよりも、他人を、自分の役割を選んだ。
その事実が、私は許せなかったのだ。
——母様達だって、同じような事をしているのに。
とことん私は指導者には向いていないと分かった瞬間でもあった。
「もう。年頃の娘が、端ないんですから――」
そう言って、その胸に飛び込む私を優しく受け止めてくれる母様。
父様はそんな私を慈しむ様に見つめて頷くと、先導者の顔に戻り。
「まずは今回の件に協力頂いた皆々様方。心より感謝申し上げる」
皆の方へと向き直った父様と共に、私を胸に抱いたままの母様も頭を下げる。
その言葉と謝意に、私たちを護衛してくれた人達からは「良いって事よ!」「困った時はお互い様じゃ!」等と、明るく励ます様な声が上がる。
「そして。ここまで足を運んで下さった避難者方――。この様な自体に適切に対処してこその指導者のであるにも関わらず、支援どころか、連絡一つ取れずにいた為体――。これは一重に私の不徳が致す所。本当に申し訳なかった」
その謝罪に、私へついて来てくれた隊の反応は様々で。
「――正直、いっつも偉そうにしてんのに、なんで助けに来てくんねーんだよって思ったよ」
その中を割って出たのは、特に注目して居なかった、一人の男子生徒。
「ほら、俺の横を良く見てみろ。父ちゃんもかーちゃんも、姉ちゃんもいねぇ。目的もなくフラフラしてた所を、ここのお人好し共に引っ張られて来たからここに居るがよぉ。正直、生き残っちまった後悔しかねぇ」
「――申し訳ない」
頭を下げる父様。
「――んでもよ。そんな奴らに混じって、流されて戦ってたらよ。こんな俺でも誰かの力になれるんだって。家族みんなに守られた様な俺でも、誰かを守れるんだって分かってな――」
「…………」
「――ま、まぁ上手く言えねぇけどよ。亡くしちまったもんは忘れられないし、ずっと後悔するかもだけどよ――。それを他人のせいにして、目を逸らして、今ある大切なモンを守る事に全力を注げない様な奴等は、ここにはいねぇよ――。なぁ?」
男の声に、バラバラだった皆が頷く。
「――って事みたいだからな。
特権階級しておきながら、こういう時に守ってもらえなかった事には憤慨してるが、俺達も守れる事ばかり考えて、自分達の大切なモンを守るだけの力を身につけてこなかった。だから、ここは一つ、お互い様って事でどうだ?」
男を含めた皆の視線が父様へと刺さる。
「恩に着る」
再び両親の深いお辞儀。
「それによぉ――」
そんな二人を気にした様子もなく続ける男。
「ぶっちゃけ、こんな世界だし、死んだ人間ぐらい蘇らせられるんじゃね?」
「ッ――!」
二つの派閥を巻き込んで、全ての場の空気が凍る。
それ程に不道徳で。死者に対して侮辱的で。
しかし、誰もが思って居た。いや、願って居たが口には出さなかった言葉。
「――どうでしょう。“御使い様”」
父様が頭を垂れたまま呟く。
「――えぇ?それ、今僕に振るの?」
響き渡る声。しかし姿は見えず。
私達の隊は混乱し、護衛をして居た人々は膝を突いて頭を下げる。
「はい。お答え頂けないでしょうか?」
「……ここまでお膳立てさせられたら、答えない訳にも行かないでしょ?」
少し不機嫌そうな声。
父様はそれに無言で返す。
「――はぁ。分かったよ。こう言う、目的意識を持った“信仰”はこっちの在り方まで歪められそうだから嫌なんだけど……」
何が起こっているのか分かって居ないのは、私たちだけの様だった。
「結論――。場合による」
場合による――?
場合による?!
「場合によってはできるって事なのか?!」
先ほどの男が叫んだ。
「うん。できるよ。特に君の家族になら出来る可能性が高い」
「う!うぉぉぉぉ!!」
歓喜とも号泣とも取れる声をあげて崩れ落ちる男。
「その為には亡くなった人の事を強く想いながら、自らの格を上げて、僕を信仰してね?」
その言葉の意味も真偽も分からなかったが。
疲れ果てた人々の心に火を灯すには、十分過ぎる火力だった。




