第18話 容赦なく差し込む現実(by 清原 冬花)
「…………」
朝日だ。
一晩中暑く、眠れても居ないので、全く清々しい気分にはならないが。
寧ろ、ボロボロになった住宅街が目に入って。日常になってしまった非日常に頭が痛くなる。
「――?」
過酷過ぎる現実と太陽に目頭を押さえていると、暗く、人影としか言えない影を視界が捉えた。
しかし、視覚以外の第六感などでは、その存在は感知出来ず。
周囲を見渡し、警備行っている者や、朝日を浴びて目覚め始めた人々の視線を追ってみるが、誰もその存在を気に留める事はない。
色々と疲労が重なっての幻覚かとも思い、目を擦って再び開いてみるが、やはりソレはそこにいる。
それでもやはり存在は感じない。
本当に暗闇に紛れてずっとそこに居たのかもしれないと思える程に動かない。
もし本当にそうなのであれば、比較的無害な存在である可能性もあるが。
――少なくとも、今まで通り、こちらが刺激しない限りは。と言う注釈は入るが。
取り合えず、人知れず“数”が減っていないか、朝の確認も兼ねて点呼を行うべきか?
あとは体調が急に悪くなった様な人もいないか確認して――。
「……?」
そんな事を考えながら、ソレを刺激しない様に、自然に視界の範囲内に収めていると。
その人影に向かって、人ごみの中を。頭をペコペコと下げ、ヘラヘラと笑いながら、真っ直ぐと進む女が目に入った。
女は自然な姿でソレと合流すると、手を引く様にして、人々の輪から外れて行く。
「…………」
そして、荒れた住宅街の隅に消え、姿を眩ます二人。
確かあの女子生徒は、私と同学年の経済心理学専攻の一年生。
名は確か、霧島 瑠香と言った気がする。
名前よりも、その行動が印象に残って居て。
いつも人の視線を気にして、背を丸め、長い黒髪で顔を隠しているにも関わらず、まだ人の視線が気になるのかオドオドして居て。
周りに話を振られたりすると、えへへっ。と不器用な笑みを浮かべながら、煙に撒き、誰にも気づかれない様、ゆっくりと輪からフェードアウトしようとする様な子。
話しかけた事はあるが曖昧に笑うばかりで、会話が成立した覚えがない。
揶揄われたり、一方的に話しかけられている所は見た事があるが、彼女と会話らしい会話をしたと言う人聞いた事がない。
彼女自身、目立たない存在で居たい事はヒシヒシと感じていたが、そのやり方が下手過ぎて、逆に注目を引いていた。
そんな彼女が。
何事にも消極的で、あからさまに人を避けている彼女が、そのナニカの自ら引き、物陰へと消えていった。
それを誰一人気にして居ないと言うのも異常だ。
異常だが――。
(刺激しないと決めた以上、できる事も少ないかな……)
ただ、口が硬く、今の話を聞いた上で平静を装える何人かには話をして置こう。
もしもの時、適切な人間が事の真相を知って居れば、それだけでかなり初動が早まる筈だ。
(取り敢えず、佐藤さんと明さんは確定かな)
前者は言わずもがな、明さんもフワフワ、キャピキャピとしている様で空気を読んで動いているし、無知を演じるのも大得意の筈だ。
(後は――)
根回しを進めている内に、何も知らない皆の準備も整って行って。
「冬花様!皆、準備が整ったとの事です!」
「報告、有難うございます」
私はチラリと、いつの間にか集団の中へ戻って居た霧島さんの存在を確認し。
私は佐藤さんから、彼の持つマイクを通じて、彼の能力をお借りて。
「では皆さん!ここから先は魔境かも知れません!足元から地面を突き破って魔物が姿を表すかも知れないですし、塀や建物の存在など無視して突撃して来る魔物もいるかも知れません!
頭上から、空中から襲われたら?瓦礫の下に魔力感知能力でも感知しきれない様な存在が、擬態して隠れて居たら?数と速度の暴力に晒されたら?
そう言った危険を常に頭に置いて、お互いに僅かな変化も見逃さず、報告し合って、先へ進みましょう!」
「…………」
返事は無い。
確かな頷きだけが返ってきた。
一晩経っても、誰も緊張が抜けて居ない証拠。
それでも休息と、親しい人達との心温まる交友を経て、皆の顔には幾分かの正気と、決め直した覚悟が滲んでいた。
――そして彼女。
私の話を聞き終えた 霧島 瑠香はニヤニヤとした不吉な笑みを浮かべて居て。
「では、繰り返しにはなりますが、各班、敵を避ける際に互いが邪魔にならない程度の距離感を保持して。最悪班ごと本隊から分断される可能性も考慮に入れて、最悪の事態でも混乱しない様、落ち着いて行動して下さい!以上!」
そこには皆を鼓舞する言葉も、気休めの言葉もない。
付いて来いとも言わないし、それが最善だとも言わない。
――ただ、それでも、自分の意思で。私を信じて付いてきてくれる人達が居るのであれば。
「――有難うございました」
「いえ。お役目、ご苦労様でした」
私は佐藤さんへとマイクを返し。
嬉しくない。しかし自己の立場を戒める為にはピッタリな言葉を貰って、先頭に立つ。
そうして各自で、覚悟を決めて始めた進軍は、すぐに魔物の、群れとも呼べぬ、腹を満たすだけに集まった雑多な集団に目をつけらた。
「全軍構えっ!」
しかし、夢の御陰で準備が万端だった御陰か、初撃は難なく往なす事に成功し。
――それでも尚、討っても討っても。それ以上の速度で膨れ上がる集団に皆の消耗が目に見え始めて。
(これだけやってもまだ――)
まだ甘く見ていたと言うのだろうか。
——いや、元々が強行軍だ。短期的な休憩なら兎も角、長期的な遠征には、学生たちについて来た覚醒前の家族達が耐えられるはずが無かった。
そう。甘く見ていたとするならば。選択肢を誤ったとするならば、十分な準備や計画を行う前に、あの空間からこれだけの人数を連れて、脱出を図ってしまった時点の話だろう。
私の判断ミスで"犠牲"の三文字が浮かぶ。
それでも引けない。引ける場所が、身を守れる、皆の状態を安全に回復させられるだけの拠点がない。
予知夢の再来だ。
あの最期よりも、その過程の。一瞬一瞬で消費されて行く皆の命が。それらが潰えて行く膨大な数の"瞬間"が思い起こされ、身を固くさせた。
——それでも私はっ!
夢の中の覚悟を決め直した瞬間——。
「いたぞー!避難民達だー!」
住宅街の屋根の上から突然現れた男性が、後ろを向いて何処かへ指示を飛ばす。
「うぉっー!守り切れー!」
崩壊した住宅街と、魔物の群れの向こうから声が響いて来る。
「こちらには"御遣い様"が付いてるんだ!遠慮なくやっちまえ~!」
無数の矢の様な物が飛んできて、近くの魔物へ的確に突き刺さって行く。
屋根の上に居た斥候の様な男性は、手にした業物に見える短刀で、上空から、地上から這いあがり襲って来る大量の魔物を単身で往なしながら、街並みの中へと消えて行く。
——魔物の群れに動揺が走った。
加えて倒れた魔物の分、手数と勢いも減る。
生まれた反撃の隙。状況は飲み込めないが、責めるなら今だ。
「——総員!後の事は考えるなっ!出し惜しみせず全力で叩き潰せっ!!」
「っしゃー!」
「うおっー!」
「やっちゃうよー!」
目的地までの持久戦である以上、ペース配分を考えて出し惜しみをさせていた面々が。迫る魔物から非戦闘員を守る為に割かれていた戦力が、私の指示を受けて全力で打って出る。
飛ばされた斬撃で魔物が切り裂かれ、殴られた魔物が後ろの魔物も巻き込んで
吹き飛んで行く。
自身の魔力で水を生み出し、加えて空気中の水分まで操って凝縮させ。仲間の魔力を通しやすい様に魔力調整を施した水で、辺りを濡らす水魔法使い。
そこに静電気や声帯電気を増幅して電撃を加える雷撃使いや、分子の振動をコントロールできる魔法使い達が、生み出された水を高温の蒸気に変えたり、土魔法と水魔法の合わせ技でぬかるんだ地面へと嵌った敵を凍らせて凍傷にしたり。
致命傷へと至る率は少なくとも、広範囲に損害を与えて行く。
それは付け焼刃の物では無く、それぞれが半強制的に送り出されたそれぞれの戦場で、自身を、大切な人を守る為に身に着けた技と連携だった。
しかしそんな物が子どもの遊戯に思える程——。
第六感で、遠くから感じ取った、一直線に、地面を途轍もない勢いで、こちらへ向かって駆け抜ける魔力。
そのラインが近づいて来るにつれ、魔物の鳴き声が大きくなり。建物が根元から傾く様に崩れ、一本の道筋を描いて行く。
「回避――!」
しかし、私の命令は杞憂に終わり。私達の眼前で止まったそれは、魔物をも飲み込むふかふかの畝だった。
拘束力に土の自重以上の物は無い様だが。ふわふわになった地面は自重の重そうな相手を、底なし沼の様に飲み込んで行く。
似た様な物は水魔法使いと土魔法使いが力を合わせて魔力と時間を費やせば出来ない事は無いが。如何せんこの規模感とスピードだ。しかも、混じりっけの無い現象と魔力を見るに、やったのは一人。
"格"が違った。
降り注いできた矢の雨にしてもそうだ。
あれ程誤射なく、目視も出来ない地点から的確に。
遠距離攻撃などを行う厄介な敵を一撃で仕留める弓矢は、その威力も正確さも。魔法を扱う私達からしても常軌を逸した一撃だった。
もしあれが一人の腕から放たれた物だと仮定するならば、ゾッとする話だ。
その人物の機嫌を損ねれば、少なくともここに居る人間は、誰一人残らず、近付く事すら許されず、あの一撃で射抜かれて終わるだろう。
次々と射抜かれて行く敵。
均されて行く地面。
疎らになった敵に間を大きな魔力反応が、他の魔力反応を食い散らかしながら迫って来る。
「っ――!総員!太陽の方向より三時!高い跳躍力と、高速でトリッキーに移動する身体能力を持った、高濃度の魔力を含んだの存在を確認!大きさは大型バイクと軽自動車の中間程!辺りの魔物を食い荒らしながら接近中!」
今までも小物の群れに釣られて、大物の魔物が現れる事があり、戦うにしろ、小物の群れを引き裂いて逃走するにしろ、その度にこちらは少なくない損耗を強いられてきた。
加えて今回の敵は素早い。逃げ切る事は不可能だろう。迎え撃つしかない。
しかし、あれに前衛を飛び越えられ、隊の内部から食い荒らされた場合、被害は甚大だろう。
「っ――!」
っと、そうこうしている間に、飛び回るその強敵の姿が、遠目でも見える様になる。
漆黒の長毛に身を包んだ、オオカミのような存在だった。
そして、その動きを目視した今だから確信できる。やはり動いているアレに攻撃を当てるのは不可能だ。
当てられるとすれば、味方が食い付かれたその瞬間。その味方ごと魔法でやるしかない。
集団の中心に着地されたら――。その集団ごと集中砲火の荒しに沈めるしかない。
そこまで覚悟を決めたとて、避けられ、ただの同士討ちに終わる可能性すらあるのだから――。
(くっ――!弓の支援は?!)
こちらを支援してくれている存在も、目的が分からない以上、信頼は出来ないが。
それでも、あれ程高速で移動する相手を、損害なく仕留める術を持ち合わせていない私達は、支援を当てにせざるを得なかった。
(——くっ!次から次へとっ!!)
瞬間、地中から高速でせり上がって来る、高濃度の魔力反応。
不幸中の幸いか、その反応は魔物の集団を狙っている様だが、その牙がいつこちらに向けられるかも分からない。
「総員!太陽の方向より、振動と飛散物に注意!」
ドゴン!
グギャァァ!!
魔物達が、突き抜ける様にして地中から現れた大ミミズに飲み込まれる。
アスファルトなどの飛散物が、周囲にいる魔物を潰して行く。
そうして姿を現した大ミミズは再び地面に頭を叩きつける際にも、そこに居た魔物を飲み込んで。
(——消えた?)
大ミミズはそれで満足したのか本当に何処か地中深くへ消えて行ってしまった。
「魔境――」
誰が言ったか。しかし、それ以上に適格な言葉があるとするならば、地獄ぐらいな物だろう。
この情景を眺めていると、十かが跡形も無く破壊されていた事も含め、やはり夢では無かったのだな、と思う。
その夢との違いは、人間組織との接触があった程度で。
しかし、あの夢が有ったからこそ、今この瞬間、これだけの物を見ても取り乱さずにいられる。
付け焼刃とは言え、作戦を練り、皆に伝える事が出来たからこそ、現状、隊員の誰一人として欠けていない。
夜に強行軍を行わなかったからこそ、こうやって皆が戦い、持ち堪えられるだけの余裕が、不意を突かれない明るさが、人間組織の支援が得られて。
今後どう転がるかは分からないが、感謝しか無かった。
——少なくとも、今の所は。




