第16話 熱帯夜と醒めない悪夢(by 清原 冬花)
「右っ!!四足歩行と思われる巨大な魔力反応が障害物を無視しながら高速で接近中です!」
「どうすればっ!」
「小細工など施している余裕はありません!構えて下さいっ!」
「冬花様!非戦闘員を集めた隊中心部よりオケラ型の大型昆虫が、地中から現れた模様!負傷者多数!」
「"見えています!"敵の交戦意思が消えるまで全力で叩いて下さい!犠牲を気にして居たら皆死にますっ!」
「後方!コンクリート塀を突き破って現れた魔物の突撃よって分断!魔物はイノシシ型だそうです!こちらも負傷者多数!」
「ラプトルの様な素早い爬虫類の群れが負傷者を襲撃っ――!」
「おい!あれ!空っ!なんか段々付いて居て来てないか?!」
「なんだあれ?!トンボがっ!どんどん大きくなって来てやがるっ!」
場は完全な混乱状態。
正直、何人この場を生き延びられるか。
——いや。生き延びたとて、その先が有るのか。
「前進っ!前進ですっ!」
私達に後退の二文字は残されていない。
帰る場所が無いからではない。帰りつけるだけの戦力が、もう既に残っていないからだ。
——だからあるかも分からない希望に縋って進むしかない。
「おい!?負傷者や付いてこれない奴らはっ!?」
「冬花様が前進だと言っておられるだろう!前進だっ!」
「っ――!付き合ってられるかっ!俺は抜けさせて貰うからなっ!」
場がどんどんと乱れて行く。
私を信じ、ついて来てくれた皆が、餌に変わっていく。
「前進っ!ぜんしーん!!」
私は私を信じて付いて来てくれた人達を裏切って、餌にして、残された希望を引き連れて無茶な前進を続ける。
戻るも地獄。進も地獄。
全てはこの世界を甘く見ていた私の責任だ。
私の第六感を信じすぎて、敵の速度と数と気配の隠匿で退路を塞がれて。その瞬間に犠牲を恐れて無計画な進軍を命じてしまった私の落ち度だ。
あの時、多少の痛みを覚悟して退いていれば。なんて反省は、今この場では何の役にも立たない。
「 明!危なっ!くっ!!」
「 ゆっ、悠真っ!?」
滅茶苦茶な戦場の中で、そんな声が聞こえた気がした。
「っ——!!ぜんしーん!!!」
でも止まれない。
私達は止まれない。
「あ、あれ――?この辺りに――。あれ?おかしいな――?」
そうして、多数の犠牲を払って目指した希望は、跡形も無く壊されていて。
背後からは無数の追っ手の足音。
「あは……。アハハハハハッ――!」
———————。
「——ッ!!」
「……?どうされましたか?冬花様?」
「……田園地区に近づくにつれ、魔力濃度が増しています。
これ以上、追っ手の心配も無さそうですし、この辺りで朝まで休憩を取り、疲れを癒しながら、魔力濃度の変化に体を慣らしていきましょう。
それと、屋根の下で休みたい人は多いと思いますが、休憩中も引き続き建物への接近は最小限でお願いします。
建物の倒壊や人的トラブル、陰に潜んだ魔物の襲撃など、リスクが多過ぎますから。
申し訳ありませんが、灯りや匂い、煙につられてくる輩もおりますので、煮炊きもご遠慮頂く様、併せてお伝えください」
「はっ!ではその様にっ!」
首元にマイクの頭部分だけをぶら下げた伝令役の男が、情報を持って後方へと消えて行く。
当然、電子機器の大半が壊れ、そもそも電源の入っていないマイクの頭だけを持っていた所で、何の役にも立たないはずなのだが、彼曰く、あのマイクを使って伝令を行うと、上手く、届けたい人達だけに言葉が届くらしい。
その能力は、人質として離れ離れにされていた学生達の家族と、脱走時に息を合わせる為にも一役買っており。
今も寄せ集めの集団全体へ、魔物に気付かれぬ様に指示を飛ばすのに、とても役立っていた。
「…………」
そんな、非現実的な現象を実現出来るスキルという存在。
だからこそ、今見た。夜中ではあるが、白昼夢の様な存在を、軽く笑い飛ばす事もできなかった。
(予知系のスキルがここに来て覚醒した……?)
無意識に握った手にはびっしりと汗が付いていて。
私はそんな手を開いて、ステータスを覗いては見るが。
やはりスキル欄には、場の雰囲気や、相手の顔色を伺うのが上手い人達が覚醒しやすいスキルである、第六感の文字が表示されたまま。
因みに、一番多かったのは頭脳、耐性も含む、本来存在する身体の機能を強化する様なスキルで。
男子も女子も、所謂〇〇オタクや〇〇バカと呼ばれる様な、専門分野に特化した執着を持っていない者は、無難なスキルとなっていた。
(でも、決意を固めた瞬間、スキルが進化したって話もあるから……)
それこそ、第六感を持っていた文化系の女子生徒が、魔物から身を挺して守ってくれた男子生徒の為に、たとえこの想いが報われなくとも、この人の為に安全で美味しい料理を毎日作ってあげたいと考えて、料理スキルのある他の女子生徒にその感覚を聞きながら、熱心に魔物料理を繰り返し作成していたら、ある日、第六感のスキルが、愛妻弁当のスキルに変わっていたとか……。
尤も、スキルが変わっても、今までの第六感自体が失われる訳では無く。
しかし、スキルが生えたその瞬間、自分でも分かるほど、食材に対する魔力の通りが良くなり。対して、それまで扱っていた第六感の大半が鈍ったとも言っていた。
加えて、その人の為に料理を作る際には自然と想いが籠って、集中力が上がり、より良い物が出来やすく。
それを彼が食べた場合には、他の人が食べた場合に比べて、調子が良くなったり、力が漲ったりもしたそうだ。
因みに、身体強化系を使い熟して、体内の魔力の流れを掴んだ後に。
これ、攻撃魔法にも転用できるんじゃ?と思った子が、身体強化と攻撃魔法を同時に扱える、魔法戦士系スキル転化した例もあるし、その逆もまた然りだ。
その場合、身体強化効率は純粋な身体強化系に劣るし、純攻撃魔法使いよりも魔法性能も落ちる。
ただ、戦場を駆け抜けながら魔法を放ったり、斬撃や衝撃波、それらに魔法を載せて放てる彼らは、彼らなりの強さがあるので、一概にどちらが良いと言う結論には至らず。
詰まる所、身体強化系や第六感系は基礎スキルで、その後に個人個人の生き方や、スキルとの向き合い方で、その人にあった形でスキルが変異する。と言うのが私たちの見解で。
また、スキル化しないと全くそのスキルの模倣が出来ないと言う事は少ないが。スキル化すれば、そのスキル化した行為にかなりのバフが掛かり、スキルの内容が特化する様な形であればある程、その効力は高まるらしかった。
だから私も、この強いストレス環境でスキルが変化したのかと期待したのだが。
「……」
まぁ、ただのストレスから生まれた妄想であったとしても、内容としてはあり得ない物ではなかった。
それに、田園地帯があれ程の惨状になっていたのなら、両親から連絡がなかった事も頷ける。
加えて、実際に、田園地帯に近づくにつれて、魔力濃度も上昇しているし——。
「伝令、各方へ伝え終わりました!」
「ありがとうございます。佐藤さん」
「はっ!して、翌日の予定は?」
「日が上がり切ってから、急がずゆっくりと進軍を開始しましょう。
ここから先は遮蔽物の少ない田園地帯へと入るので、不安定で少数な第六感に頼るよりも、皆さんの目でしっかりと周囲を確認しながら歩いたほうが良いですし。
人間相手であれば兎も角、魔物が相手だと、暗闇であろうが、日の下であろうが、襲ってくる魔物の種類が変わるだけで、襲撃頻度自体は余り変わらないですからね。
こちらが暗闇で視界を捨てるデメリットに対して、皆の疲労状態を鑑みても、このまま強行軍を続けるメリットが少な過ぎます」
「はっ!では皆には起床を急がなくて良い旨も合わせて伝えておきます!」
「えぇ。宜しくお願いしますね」
再び人混みへ消えて行く彼の背中を見送って、漸く一息。
夜だと言うのに、夏の、高温で湿った空気が、汗を乾かす事すら許してくれない。
(ま、腐臭が減っただけ、二ヶ月前よりはマシですかね)
そんな事を考えながら、その場へ腰を下ろした私は、迫り上がった道路のアスファルトの上へ適当に背中を預ける。
周りの皆も似た様なモノだ。
端ないとか、服が汚れるとか。そんな事を言う様な余裕のある。或いは人を引き摺り下ろす事に必死な人間は、ここに居ない。
あの大学のキャンパス内にはかなりの数がいたが……。あの騒ぎをそんな人間達のどれ程が乗り越えられたのかは判らない。
折角の塀や校舎も一部が壊れてしまっていたし。何より、頼りきりだった私達が消えたのだ。あの喚くだけだった連中のどれだけがその補填に当たれば、あのコミュニティは維持できるのか。
いくら兄さんが居るとは言え、あの烏合の衆の未来は暗いだろう。
「…………」
地上の雑多な明かりが消えた夜空は綺麗だった。
集団からは、やっと与えられた纏まった休息に、今まで保護や役割分担という名目で、実質人質として隔離されていた生徒と家族が。恋人が。親しい物同士が。再会を喜んで、声を殺しながらも様々な音と魔力を放出していた。
「…………」
今回の脱走の切っ掛けとなった彼は、今、どうしているのだろうか。
今頃、物資確保中に行方不明に“なっていた”彼女と再会出来ていると良いのだけれど。
——仮令それが、どんな形であっても。
「…………」
未だに私は兄さんが、どう言った気持ちであの場に残ったのか判らない。
いくら優しいとは言え、限度という物は無いのだろうか?
…………。
判らない。
分かりたくもない。
ただ、兄さんの人生は兄さんの物だ。
私が口出しする事では無いし、すべきでも無いと思う。
そうは思ったが——。
——そう思った末に、私はそれでも私の思いを口に出して、それを兄に退けられた。
だからこれはそれだけの話で。
それで終わった話だった。
「……ふぅ」
今日何度目の溜め息だろうか。
ストレスで呼吸が浅くなっているのだろうか?
——どうせ吸い込むなら、山の、涼しくて新鮮な空気にしたいなと自嘲して。
(それにしてもリアルな白昼夢だったな——)
そんな事を考えながら目を閉じて。
——幸か不幸か。木綿で首を締められる様に。熱苦しく、息苦しい程に纏わり付く熱帯夜によって、私が眠り落ちる事は無かった。




