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魔物が溢れた現代で  作者: おっさん
清原家とこれからの世界
15/23

第15話 崩壊した秩序と逃走劇(by 清原 冬花)

 日も落ち切り、電灯の明かりと言うモノが久しくなった。

 星と月明かりだけが心許無く足元を照らす、崩壊した住宅街の夜。 


 「——追手の気配が完全に感知範囲外へ消えました。撒けたのだとは思いますが、念の為、各自警戒は緩めず、すぐにでも動ける様な体勢で、休憩を御願いします」


 清原大学 商業キャンパス 経済学部一年生の私、清原(きよはら) 冬花(とうか)の声で、上級生を含めた、数十人の集団が、緊張で張りつめていた息を吐き出す。


 ——それでも、私の言葉通りに。いや、きっとそれを言葉にしていなくとも。

 ここ二月近い期間、この世界を生き延びて来た彼らが、本当の意味で警戒を緩める事は無く。


 本当に優秀な人達で。

 信頼できる人達で。

 私はそれ以外の人達を切って、今、ここに居る。


 「——先導、助かった」


 そんな私に、同学部、三年生。私と兄と同学年、同学部の 佐藤(さとう) 悠真(ゆうま)さんが声を掛けて来た。


 「——いえ、これが私の役目ですから」


 そう。これは全て私が選んだ選択で。

 そうすると決めた以上は、私が果たすべき役目だ。


 「アイツも意地を張ってないでこっちについてくれば――」


 「いいえ。兄は意地を張っていた訳ではありません。兄は兄で、清原家の御役目を。自身の思う最善の為に、あのキャンパスへ残ったのです」


 「そうは言うがな――。……いや、これ以上は野暮ってもんか。悪かったな」


 「いえ、お気になさらず。——それに、貴方も、あの勉強馬鹿な兄の代わりに、私に付いてくれたのでしょう?」


 「代わり――?何言ってんだ。俺がアイツの代わりになる訳ねーだろ?アイツはアイツだし、俺は俺だ。代わりなんていないし、勝手な想いを代弁する気もなーよ。

 俺はただ居たくてここに居る。それだけだ」


 兄は本当に良い友人を持ったものだ。

 ――いや、きっと双方、友人だとは認め合わないだろうけど。


 それでも、ビジネスな、清原家と言う肩書き抜きで、兄さんや、引いては私を含めて、分け隔てなく、気に掛けてくれる様な、剛毅で、心優しい人間を、私は他に一人しか知らなかった。


 「ちょっと、悠真(ゆうま)ー。冬花(とうか)ちゃんがこまってるでしょー?——ごめんね、冬花(とうか)ちゃん。この馬鹿が恩着せがましく」


 「なっ!そんな気はっ――!」


 「はいはい。体力持て余してる様な、不器用でデリカシーが無いだけの優しい怪物は、また誰かを傷つける前に、向こうにでも行って、警戒でもしてなさい」


 「う、うむ……。分かった……」


 前科に心当たりがあったのか、とぼとぼと歩き始める彼。

 その視線はちらちらとこちらに向けられていたが、私の横に立つ 鈴原(すずはら) (あかり)さんによって、シッシと、隊列の隅へと追いやられる。


 「——えへへっ。改めてごめんね、冬花(とうか)ちゃん。アイツも不器用なだけで悪気は無いんだけどさ――」


 そう言って困ったように笑う(あかり)さん。


 「大丈夫ですよ。分かって居ますから」


 彼の幼馴染で、恋人で。彼同様に気遣いの出来る、明るくて、優しい人。

 彼が先陣を切って場を掻き乱し、不器用な部分を彼女が埋める。本当に、ぴったりな組み合わせで。きっと、幼馴染故に身に付いた身の振り方なのだろう。


 多分、この人がいなければ、私は彼にアタックしていたと思う。

 逆に二人とも男性であったならば、どちらを取るか悩んだかもしれない。


 ——いや、その場合でも、二人の間に私が入れるとは思えないけれど。


 それぐらいには、私は二人の事を気に入っていた。


 「流石冬花(とうか)ちゃん!心がひっろーい!」


 そう言って抱き着かれても全く悪い気はせず。

 寧ろずっとそうして居て欲しいぐらいだった。


 「——と、あんまり過激な事してると、またアイツに後からグチグチ言われちゃうから離れるね」


 「ふふふっ。あのさっぱりした性格の悠真(ゆうま)さんがですか?信じられません」


 「いやいや、あれでアイツ、結構女々しい所あるのよ――?この前私が他の男子どもとゲーセンに駆り出した時だって――」


 そうやって、私の深い所には触れず、それでもこちらの気分が沈まない様に、元気付ける様に、明るい話題を提供してくれる(あかり)さん。


 「——と、ごめんごめん。冬花(とうか)ちゃんも休憩しなきゃなのに、ちょっと話し過ぎたわね――。あー、やんなっちゃう。これじゃぁ、私もアイツの事言ってられないわー。——んじゃ、五月蠅い私はこの辺りで退散させて頂きますので、どうぞごゆっくりー!」


 そう言って、何も考えていない様でありながら、その足は、別の沈んでいるグループへ向いていて――。


 引き続き警戒を続けてくれている悠真(ゆうま)さんに、皆の心の調子を見極めて、グループからグループへ渡り歩く(あかり)さん。


 「——ふぅ」


 そんな彼らの気遣いに感謝しつつ、適当な瓦礫に腰を下ろして、一息つかせて頂く私。


 勿論、探知の手を緩める事は出来ないが。それでも歩き疲れた脚と、変化し続ける局面と共に回し続けた思考を休めるには十分な時間だった。


 「…………」


 そうして、休めた事で生まれた頭の余白で、これまでの事を振り返る。


 突如、世界に魔力と言うモノが溢れた事。

 それを取り込んだモノの一部が変異し、魔物になった事。


 その魔物達に対抗するべく、皆で戦った事。

 戦った者の中から、魔物の魂の、魔力の欠片を取り込み、魔力に適応した新人類としてスキルに覚醒する者が現れ始めた事。


 そして、覚醒出来なかった。世界の変化に適応できなかった心の弱い者達が、魔力に侵され、魔物や成り損ないとなって、死んで行った事。


 ——その後も。魔力の波が引いて行った後も大変だった。


 電気、水道回りは使用できないし、電子基板を利用している様な精密機器も殆どが壊れ。魔力濃度が下がった今でも電波は通じないし、そこかしこで火災は起きるし。


 何より致命的だったのが食事だ。

 食べられる様なモノが、皆、魔物か成り損ないへと変化しており、とても口に運ぶ気にはなれなかった。


 それでも、食べない訳には行かないと口に運ぶ者が出て来て――。何人かは自身の魔力を乱され、発狂したり、魔物化してしまった。


 しかし、その内に、調理研究会などに属していた者達が覚醒した、自身の魔力を込めて調理する事で、料理を美味しく仕上げる様なスキルが、食材に含まれる有毒な魔力の解毒に有効だと言う事が分かり、敷地内に転がる魔物や成り損ないの肉を喰らう事で、私達は世界の荒波の第一波を乗り切った。


 ——第二派は人間だった。

 

 巨大な塀や、様々な設備のある大学には、大勢の人が詰めかけた。


 当然だ。外では魔力濃度が下がったとは言え、未だに魔物が徘徊しているし、略奪や火災、崩壊しかけた家屋が耐えきれなくなって崩壊する音など、様々な脅威の情報が嫌でも耳に入って来て。

 危険で不安定な外から、綺麗な寝床と、塀に守られた設備がある大学へ、と言う発想に人々が至るのは時間の問題だった。


 そして、大学はそんな人々を受け入れた。

 これが間違いの始まりだった。


 秩序を乱す目的の者が紛れ込んだ。

 心の弱い、変異しやすい者が。或いはすでに変異して、それを隠していた者が紛れ込んだ。

 自分の権利ばかり主張する人々が紛れ込んだ。

 

 何より――。


 「…………」


 私は黙って周囲で疲れ果てた様子の学生たちを見る。


 皆、あの日、仲間を、大切な人達を守る為、最前線で戦っていた人達だ。


 そんな彼らは強くなり、それからも、声の大きな人達や、自分の身を守る事だけに必死になった人々によって最前線に立たされ続ける事となり。また一人、また一人と姿を消し。

 貴重な料理や生産系スキルを持つ者も酷使され。その犠牲者の殆どが、逃げて来た人々でなく、心の強い。自分達の居場所を守ろうと戦った学生達だった。


 そして、そんな学生たちの噂を聞いて、更にそれに頼ろうと集まってくる人間が増える。


 ——そしてついに最前線で戦っていた一人が耐えられなくなり。心を壊し、逃げ込んできた人々を恨んで、魔物化した。


 そんな状態になった彼は――。それでも私達を襲わなかった。

 声の大きいモノばかりを狙い、暴れ、校内は滅茶苦茶になり。

 私達は彼を、あの化け物を討つ様にと、何もしないで踏ん反り返っている奴らに命令された。


 私達は、それに同意する振りをして――。以前より計画していた脱走計画を実行に移す事にした。


 場は混乱していたし、何より現場の最前線に纏めて突き出された私達だ。

 実力もあの場では最高クラス。その上、あんな姿になってしまった彼は、それでも私達に危害を加えようとしてこない。

 それどころか、更に暴れて、その背中で、早く行け。と言っている様だった。


 そんな状況であったからこそ、これ程までに纏まった人数で逃走する事も容易で。相手側に居た何人かの覚醒者も道中で完全に撒く事が出来ていた。


 「ふぅ……」


 そんな中、私の兄はあの場に残った。

 

 私が切り捨てる判断をした者達を、彼は、清原(きよはら) (さとる)は、清原家次期当主として捨て置けないとして、居残った。


 私に、彼らを守り、導く任を託して。


 「ほんと馬鹿……」


 小さく呟く私。


 あんな、地元を、互いを愛する気など無い連中など、清原家の精神に則ったとしても、切り捨てられるべき存在だ。


 ——いや、則るならこそ、切り捨てるべき存在なのだ。


 清原家は地元を愛し、地元住民を愛し。共に歩む者には最大限の愛でもって応える。

 しかし、敵には、裏切り者には容赦しない。

 それが例え、本家内部の人間であってもだ。


 そんな厳しい規律を守って来たからこそ、今の清原家がある。

 今の清原市がある。

 

 それでも兄は残った。

 

 無口で、勉強馬鹿で不器用で。それでも優しい。

 悠真(ゆうま)さんと同類の、ただのお人好しだから。


 「はぁ……」


 母様には何と報告しよう。

 

 ——まぁ、考えた所で、ありのままを話す他無いのだが。


 (と、言うか、母様達は無事なのかな……?)


 ——いや。私達程度が無事な時点で、あまり警戒はしていないが。

 

 ただ、私達兄弟の存在はさて置き、苦しめられ、消費される学生たちの元へ救援を送って来なかった時点で、あまり余裕が無いのも確かだろう。


 私達が脱走を計画しつつ、それを実行に移さず、理不尽に耐えていた理由も、自身達だけであれば兎も角、その脱出に巻き込む、自分達の家族を含めた大切な人達が傷付く事を恐れたからだ。


 そして、その安全な逃避は、いつか接触してくるであろう清原家の息のかかった人間によって、達成されるはずだった。


 ——まぁ、結局、その願いは届かず。今回の強行軍には、その家族も含まれることとなり、あれだけ混乱した場の力を借りても、追っ手を撒く事にすら手間取っていた訳だが。


 ……と、悲愴と疲労と緊張で固まっていた皆の表情も多少緩み、口数も増え始めていて。


 ——良い事だが、もうひと踏ん張り、ここで緊張を絶やす訳にも行かない。


 「——さて。皆さん、そろそろ行きましょうか」


 立ち上がる私の姿と声に、僅かな皆の緩みも引き締まり、静まり返る。


 まだ田園地帯は見えてこない。向こうの状況も把握できてはいない。


 取り敢えず目指すは、私の住む家ではあったが、そこが原形を留めて居るかすらも分からない。


 追っ手を撒く為、魔物を押し付けたりして遠回りしている事も有るが。

 三か月ほど前までは毎日のように通っていた距離が、敵の存在と舗装されていない道筋で、これ程過酷な物になるとは思っても見なかった。


 「——向こう、不審な魔力反応があります。人か魔物かの判断は付きませんが、迂回する旨の報告を全体へ」


 道中は足音以上の音を出さぬ様、細心の注意を払って。

 私達は崩壊した街を、感傷に浸る間もなく通り過ぎた。

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