第14話 現状確認と、最強への一歩目(by 白原 守)
「……まだ多いか……?いや、でもこれ以上は……」
山を降る程に下がっていった空気中の魔力濃度は、結局、麓に着く頃には、普段俺達が暮らしている山の中腹よりも、1/10。いや、数十分の一以下にまで下がってしまっていた。
昔は毒としか思っていなかった魔力だが。大量の魔力を受け入れ、自覚、無自覚に関わらず、それらを大量に消費する様になっていたこの体には、丁度酸素不足の様に働いていて。
「これだけ絞ってトントンか……」
力を抑える為に、更に無駄な魔力を消費すると言う悪循環。
非効率に非効率を重ね、結果的に、生命維持を図る為、かなりの能力が削られてしまった。
性格には分からないが、多分、元の数十分の一程度の身体能力しか出せていない。
それでも人の身以上の物ではあるかも知れないが、この非現実的な体を、現実を騙して維持するには不十分で。
これに加えて、スキルも殆ど使えないと来たものだから困った物。
今魔物の相手をしろと言われたら正直厳しい。
——と言うか、刻一刻とこの場に存在しているだけで、命を削られて行く――世界に存在を否定され、存在そのものを消され、削られて行くような感覚をひしひしと感じた。
(周囲の魔力濃度が減るって言うのは、こう言う事なんだな……)
初日に魔力濃度が減りはじめて、魔物達が死んだり、動きが鈍った理由が体感的に理解できた気がする。
(後は、この飢餓感も……)
生命維持の為に、世界から自分の不完全さを隠蔽する為に、体が魔力か、魔力の変換できるエネルギーを欲していた。
そこに魔力を多く含んだ、ほぼ無抵抗の歩く肉が現れたら、魔物が食いつくのも無理はなかった。
(いや、本能で生きる奴らは、魔力濃度が足りてても、自身の“魂の格”を上げる為に他者を襲うから、これとはまた違うかもしれないが……)
それでも今の状況が争い難い欲求を生み出しているのは間違いない。
水の中に頭まで浸けられて、空気を求めるなと言う方が無理な注文なのだ。
そして今は生存ギリギリの呼吸だけは許されている感覚。
言うなれば、水責めの拷問だ。
目の前に魔力を多く含んだ物や、体内で魔力に変換しやすい肉の様な有機物が存在すれば、ある程度理性のある者でも、食いついてしまうのは容易に想像ができた。
(キツイねー)
キツすぎる。
外部魔力圧力が減ったせいで、余分に魔力は体外へ流れ出ていってしまうし。
現実に存在し得ない肉体の存在を維持するだけでも魔力を消費すると言うのに。
そこに魔力濃度の低い、より安定した物理世界の法則を誤魔化す為の追加魔力が要求されて。
極め付けは大幅に下がった魔力吸収能力。
外部に吸収すべき魔力が無いのだから当然ではあるが。
仮に、無理矢理。力を込めて魔力吸収力を上げたところで。
それによって増える魔力の吸収量よりも、消費する魔力量の方が多くつくのは目に見えているので、この方法も使えない。
魔力によるごり押しでは無く、根本的に魔力吸収率を上げる事が出来れば、また変わって来るのかもしれないが。
それは特訓や他者を喰らう等の行為を通じて、魔力を自身の魂に馴染ませ、魂の格を、その方向にじっくりと高めて行く他無く。
いずれにせよ、今すぐこの場でどうこう出来る問題では無かった。
(まだ山沿いだから良いが、これだと山のそばを離れられないぞ……?)
(そうだねー。これ以上身体能力を下げるのも難しそうだし、費用対効果的にも焼け石に水だよねー)
寧ろ、焼け石に水どころか。
こちらもこれ以上は、魔力吸収力の件と同じで、力を抑えるのに必要な魔力が、抑えられる魔力の消費量を上回りかねなかった。
(詰み、だな)
纏っていた魔力と高い身体能力のおかげで、最近気にもしていなかった真夏の暑さが俺を襲う。
抑えた力と足りない魔力によって削られた力が、増えた外的要因により、更に減らされ。
「うぐっ……」
眩暈がした。
瞬間、集中力が途切れたせいで、魔力で押さえ込んでいた本来の力が解放されて行き、体内の残存魔力が勢いよく減る。
(これ以上は不味いよ!)
(だな……)
ふらつく体を制御が効く内にゆっくりと藪の中へ倒し。
服や、魔力の保護を失った体が擦り切れるのも無視して、山の道無き斜面を這い登る。
(まるで水場を求めて陸を移動する魚だな)
まるで、と言うか、水を魔力に変えただけで、姿、行動もまんまそれだが。
『はぁい、私の魔力ですよ。吸ってー、吐いてー』
どこからとも無く漂ってきた母さんの魔力が俺を包み込むと同時に、俺は本能的にソレを必死に吸い込んで。肺や腸までを駆使してまで取り込んで。
「——っ!げほっ!ぐほっ!」
唾液が気管に入って盛大に咽せた。
『はいはい、落ち着いて吸ってくださいね?その辺りまであれば幾らでも魔力は送れますから……』
心強い限りだった。
――――――――。
「……。ふぅ……」
あれから暫く。漸く容態が落ち着いた俺はその場へと座り込み。
「ありがとう、母さん。本当に助かった」
『それは良かったです』
「……これも母さん達が山を降りない理由なのか?」
『これも。と言うよりは、殆どの理由がこれですね。
地上に降りたらただの木偶の坊な私も、魔力濃度の高い山中からであれば、こうやって魔力を飛ばして支援ができますし』
「そうか……」
本当に心強い支援だった。
『口調、崩れてますよ?』
「……そっか」
雰囲気を意図的に壊す様な、母さんの悪戯っぽい雰囲気に付き合いつつ。
「……さて、それじゃぁ、そろそろ」
『再挑戦ですか?』
「……ううん。ちょっと修行するだけ」
『物は言い様ですね』
「今後、山の中も含めて魔力濃度がどっちに転ぶかも分からないしね。だったら低濃度の魔力の中で暮らす練習もしないとなって」
『そうですね……』
と、考えている振りをしている母さんだが。その辺りも含めて俺を下界に送り出したのだろうし。
そもそも、魔力欠乏に陥った俺を、救援手段があるにも関わらず、しばらく見守ってくれていた時点で、交渉の芽は十分にあるだろう。
——と言うよりも、交渉や提案その物を求めている気がする。
……いや、考えて見れば当然か。俺はこれから、そう言ったものが必要な。
俺が今まで逃げて来たソレの中に、自ら足を踏み入れようとしているのだから。
それを見守る親としては、事前のテストを行いたくなるのも道理だった。
「後はまぁ、力尽くでの修行も良いけど、比較的魔力濃度の高い所で、中に魔力を封じ込めた分厚い氷みたいな結界を張って、そこからラインを通して足らない分の魔力を吸収して見ようかな?って――。
他にも体内の魔力が外部に溢れにくい様に、こっちも事前に体を囲う結界を用意したり――」
俺は母さんを安心させる為に、思い付いた作戦を挙げ連ねて行くが。
「――でも、実際にやってみないと費用対効果や継続時間は分からないし、最初から上手く行くとも思ってないから、こっちに修行が必要かな。
――それに、この作戦が上手く行っても、長期的な魔力不足――、世界の魔力濃度がまた下がり始めた時の抜本的対策にはならないから、結局は体を低濃度な魔力環境に慣らして行くしか無いのかなって」
そこまで言い切って。
多少であれば無茶をするべき合理的理由を導き出して、母さんの反応を伺う様に待つ。
『――うううっ。あんなにも馬鹿の一つ覚え見たいに、後先考えず、目の前の問題に正面からぶつかる事しか出来なかった息子がここまで――』
ふざけている様で、その感慨は本物なのだろうが。
「母さん。真面目に」
俺は敢えてそれを無視して話を進める。
『――はぁ……、本当はここで一度説得して、帰って来てもらう予定だったんですけど――。
分かりました。そこまで言うのであれば、多少の無茶も容認しましょう。
しかし、多少、ですからね?危険と判断すれば手が出ますからね?』
何とも頼もしい宣言である。
「うん。ありがとう」
――守りたいモノに、手を出さず。傷付く姿を見守る。
それが如何に過酷な事かは分からないが。
俺は、その与えられたチャンスと覚悟に、結果で返す以上の答えは見つけられなかった。
『——一応聞いて置きますが。こちらには戻って来る気は無いんですよね?』
俺の魔力を読み取って、俺の覚悟の方向性は理解して居るであろう母さんが、それでも最終確認を行って来る。
「うん。やっぱり、暫くは戻らない。今後何が起こるか分からないし、そうで無くても、山から離れて遠くの様子を見に行くなら、環境の変化や一人暮らしにも慣れなきゃだだろうし。
取り敢えずは慣れた山で、魔物を狩りつつ、少しずつ山を下りて行って、活動できる魔力濃度を下げて行って……。
境内に近いこの辺りなら、魔物も多いだろうし……。多分、今も母さんの魔力で惑わせて、追っ払ってくれてるだけなんでしょ?」
『……分かったわ。まぁ確かに、魔力濃度の低い境内の外へ出て来る様な魔物なんて、魔力濃度の濃い環境から追い出された、その程度の魔力濃度下でも生きて行ける大した存在でも無いモノが多いけれど――』
「分かってるって。あんまり神社の方には近づかないから――。
それに、もし、イレギュラーな存在がこの辺りを徘徊し始めても、母さんなら気付けるし、僕の行動も含めて、どうとでも料理できるでしょ?」
『…………ふふふっ。そうね。言われてみれば、守の言う通りだわ』
返答までに少し間は有ったが、その辺りは気にしない事として。
「そうだよ!家の母さんは最強なんだから!」
その間を、決して気休めでは無い、本心からの言葉で補強して。
『最強……。最強ねぇ……。——そうね。守にそう言って貰えるなら、言葉負けしない様に、母さん達ももう少し頑張っちゃおうかしら?』
「えぇ……。それじゃぁまた差が開いちゃうじゃん。もっと可愛い息子に歩調を合わせてよ」
『ふふふっ。悔しければ追いついて見なさい?追いつけないなら、黙って震えて大人しく、丸くなって守られて居なさい?親と言う偉大な存在に』
嘲笑う様なそれは、明確な挑発。
「——分かった。いいよ?その喧嘩、買ってあげる。その代わり、母さん達が負けたら――」
『あらあら、たらればの話をする余裕があるなんて、守くんは流石ですね?おでこに、良く出来たねシールでも貼って上げましょうか?』
「クッ……!母さん達だってっ……!」
言い返そうとして見るが、現在進行形で世話をかけっぱなしな俺達が、現在を含めた過去からそれを探すのは不可能に近いし。
将来的な話をするにも、未だに強くなり続けて、歳を取っている筈なのに、寧ろ若返り始めている母さん達に、老後の話が通じるとも思えない。
「——と、兎に角!僕が母さん達を追い抜いて、最強になった暁には覚悟しておいてよね!」
『ふふふっ。そうねぇ。そうならない為に、私達も頑張るわぁ~』
そうして、母さんから多少の自由を勝ち取った俺達は、日夜、試行錯誤し、様々な訓練に励む事となるのだった。




