第13話 支え合う背中と踏み出す一歩(by 白原 守)
暗に市外へは出るなと警告された俺は、ボロボロになったリュックを背負い、トボトボと山道を降りて行く。
因みに、母さんの"目"は、通そうと思えば市外にも通せるのだが、それをやってしまうと、母さんの魔力に反応した別地域の強敵が反応しかねないので、やっていないらしい。
この山の鬼の様に伝承が具現化するのであれば、中には山神様級の気性の荒い奴がいるかもしれないしね。
「……はぁ。それにしても、やっぱり監視付きか……」
『不満ですか?』
母さんの声が魔力に乗って、耳元まで届く。
「いや、不満しかないよ。どうせ、GOサインを出したのも、市の現状が分かってるからでしょ?」
俺にはそんな芸当は出来ないが、こうやって愚痴に載せて魔力を吐けば、後は母さんの方でやってくれる。
『ふふふっ。それはどうでしょう?』
「もうそれが答えなんだよなぁ……」
俺は溜息を吐きつつ山を下る。
ただ、その溜息と愚痴の影で、大切にされていると言う実感に、口元が緩んでしまっている事も、母さんにはお見通しだろう。
——そして、大切にされている事を。素直で無いにしろ、負担と感じずに喜べる。そんな余裕を持てる様になった事が、何より嬉しかった。
なんせ、これでまた一つ、母さん達の笑顔が曇る理由を消す事が出来たのだから。
『ふふふっ、それじゃぁ、これからは、今まで遠慮していた分、もっと甘やかして上げようかしら?』
「いや、穀潰しをここまで文句も言わず育ててくれただけで、十分甘やかし過ぎですからね?これ以上甘やかされたら、本当にダメ人間になってしまいますからね?」
甘さも分量が大切だ。俺見たいなクズには特に。
『あらあら、いくら守さんでも、私の息子を馬鹿にするのは許しませんよ?』
同一人物なのですが、それは。
それと、そろそろ人の心を読んで弄んでくるのは止めて欲しい。
『ふふふっ。読むな、とは言って来ないんですね?』
——言っても無駄だからね。
『もうっ。素直じゃないんですから……』
嬉しそうに霧散して行く母さんの魔力。
「素直じゃない、か……」
素直は僕の専売特許だったはずなのだが。
きっと、何処かの悪い友人に唆されてしまったにせいに違いない。
「——いや、どう考えても違うだろ。全部素直に話したら、今以上に調子に乗りかねない母さんのせいだ」
一人二役。
面白い頭になってしまったモノだ。
——でも、嫌じゃないでしょ?
さぁな。
——もうっ。素直じゃないんですからっ。
「くふふっ」
確かに今のは似ていた。
「飽きなくて良いでしょ?」
——五月蠅くて敵わんな。
「もうっ。本当に素直じゃないんだから……」
そんな取り留めの無いやり取りを繰り返しつつ。
赤い鳥居。
舗装された石畳。
増え始めた、あからさまな人工物。
人の領域へ近づいている証。
「——もう少しだね」
少し緊張を含んだような声。
——だな。
俺は兎も角として。
コイツのそう言った反応は意外と言うか。
「——失礼な。僕だって、そこまで鈍感じゃないよ」
そうか——。何だかんだ此処まで来れば、人を助けられると喜び勇んで、駆けて行くかと思っていた。
「僕を何だと思ってるのさ?」
ジト目で呟く彼。
——でも、そうか。
いや、まぁ、何事も、緊張感を持って挑むに越した事はないが……な。
「……そうだね」
——気まずい沈黙。
山道と合流した鬼頭神社の参道へと足を踏み入れた俺達。
山道と分かれた、右手側へと続く、石畳で舗装された緩い登り坂からは、それなりの魔力が、上方から坂をすべ様に流れ落ちて来ていて。
「向こうに行ったらどうなるかな?」
話題と、何とも言えない空気感に困ったのか、上り坂の先へ目をやり、呟く彼。
しかし、それは、軽率に口にするには余りにも不適切過ぎる。
『連れ戻しますよ?』
ほらな?
「うそうそ!冗談です!さっ!早く降りちゃおっ!」
階段と坂を下り、大きな鳥居を何本も潜って。
その度に、軽い抵抗の様な物を感じて、周囲の魔力濃度が低くなって行くのを感じる。
「鳥居様様だねー」
——だな。
まぁ、鳥居が封じられているのは精々、この参道と、参道の先にある鬼頭神社から溢れ出した魔力分だけであろうが。
それを押さえ込むだけでも、これだけの長さの参道と、これだけの数の鳥居を使って封じ込めているのだから、一つ一つの効力は高が知れている。
「まぁ、溢れ出す魔力の流出を抑えるって意味では、一昔前なら、これで十分だったんじゃない?」
——そうかもな。
この神社自体、地脈?龍脈?霊脈?——兎も角、地中を流れる魔力の噴き出し口を術と建物で無理矢理埋める様に建てられた建物らしいし。
——尤も今は、地中から噴き出す魔力圧力に負けて魔力が噴き出し、浄化も間に合っておらず。
それでも人の張った結界は一定の効力を発揮し続けているのか、神社に。魔力の間欠泉に近付くにつれ、魔力濃度が上がって行き。
神社周辺ともなると、完全に物理法則が魔力に食われ、現実の常識が通用しない、異界と化してしまっているらしいけど。
——当然、近付こうとすれば、先ほどの様に母さんに止められるので、実際に目にした事はないし、そうで無くとも近付こうとも思わないが。
——因みに人工的に封じられていない魔力の間欠泉なら、山中に腐るほどあるが、そこは魔力が垂れ流しになっていて。
魔力が噴き出すと同時に、周囲に拡散し、そこに存在する生物や物質、霊脈へ再び吸収されて行く為、濃度が自然と一定以上にならず、異界化もしていない。
対して、人間が制御しようとして建てた神社があの状況なので、森に住む人間としては、同族が建てた建築物が周囲の環境を乱していて、申し訳ないばかりだった。
それでもまぁ、人間が手を入れていない魔力間欠泉の周囲も、十分に動植物含めた物質が魔物化しやすい場所ではあるし。
今後魔力の噴き出す量が増えたりした場合はどうなるかは分からないが。
そう言う場所には、そう言った高濃度の魔力を栄養源とする主の様なモノが大体存在していて。
そいつが住みやすい様に魔物を間引いたり、魔力の吸収量を調整して、周囲の環境を整えているので、人間が作り上げたシステムよりは信頼できた。
——最悪、そいつが死んでも、次の主が現れるだけだしね。
「あ。見て見てー。お地蔵様が一生懸命魔力を消費して結界張ってるー」
早くも足を止め、しゃがみ込んで「可愛いー」と、御地蔵様を見つめ始める彼に。内心で溜め息を吐きつつ。
「——ほら。山を降りたいと言い始めたのはお前だろ?早く行くぞ」
——ああーん。まだ心の準備がー。
「ふざける余裕があるなら十分だ」
項垂れる彼から体の主導権を奪い取り、山を降り始める俺。
そんな俺は、別段、人里には降りたくないのだが。
——いや。どちらかと言えば他人を他人を助ける暇があるなら、家族と一緒の側に一秒でも長く居たいのだが。
……そもそも、他人が好きではないし。
——しかし、“コイツ”の場合は、俺と混じったり、道中で、特に母さんが人との関わりに苦しめられた事で、他人に対する抵抗感が生まれてしまっただけで。
人を思いやる気持ちが消えたわけではないし、結局は助けに向かう事が目に見えていた。
——そしてその際に、助けが間に合わない様な事態に陥れば、もっと早くに決断していれば良かったと、躊躇した自分を悔い、傷付けずにはいられない事も……。
——多分、母さん達が俺達の遠征を認めた大部分の理由も、ココにあるだろう。
でなければ、あんな過保護全開な——、しかも最近は更に歯止めが効かなくなって来ている母さんが。
いくら自身で市街地が安全だと判断したとしても、不測の事態も考え、俺達だけで山を降りさせる訳がない。
——かと言って、いつかはコイツの前に、コイツが助けなかった。
或いはコイツが動けば助けられたかも知れない人々の悲劇が突きつけられる日も来るかも知れない。
そうなった時に、それでも全力で自分は頑張ったと。
助けられなかった事は残念だが“仕方のなかった事なんだ”と。割り切れるだけの理由と、心の強さを身につけて貰う為に、泣く泣く送り出したのだろう。
——でなければ。
母さんが過保護なだけか、或いはコイツ以上に人を助けたいと言う想いがあるならば、一緒に山を降りて来ていた筈だ。
——考えても見て欲しい。
そちらの方が絶対に俺を守れる確率が上がるし、助けられる人の数も格段に増えるのではないだろうか?
——でもそうはしなかった。
母さんだって人を見殺しにしたい訳じゃないし、俺に危険を冒して欲しい訳でもないだろう。
——でも、全てを選んで守り抜ける程、俺達はまだ強く無い。
そうなれば、どうしても譲れないモノの為、優先順位をつけなければ、動く事もできなくなってしまうだろう。
——そうして動かないのが一番楽だ。
逃げて逃げて。
全てを捨てて。
俺がそうだったから。
俺がそうなりそうだったから。
——でも、それは許されない。
あのまま死んで。自分だけ楽になって。
そんな未来を選ぼうとした俺を、今の俺は許せない。
——そういう所も含めて、今の能力に目覚めた母さんには全てがお見通しだろう。
だからこそ今一度、自身の力と意思で向き合わせたいのだ。
他人を助けたいと言う想いと、それによって発生する家族への負担やリスクの天秤と。
いつか、自分の手が届かない場所で致命傷を負ってしまうぐらいなら、ある程度手の届く場所で。
自身がリスク管理をある程度行えている内に、傷ついてでも強くなって欲しい。と言った様な苦渋の決断と。
母さんはそう言ったモノを乗り越えられるだけの。
自身の下した決断の結果と向き合い、乗り越えられるだけの覚悟強さを。
上っ面な言葉だけでは無く、実体験として、確かな傷として、その身に刻み込み、乗り越えて。
自信と対処法を身につける事で、自分達が守って上げられない時でも、一人で立ち上がれるだけの強さを身に付けて欲しがっているのだと思う。
——その決断を下すのに、母さん達はどれだけ苦しみ抜いたのだろうか?
分からない。
安易に分かると言える程、俺は馬鹿じゃない。
——なんせ、俺達は、母さん達であれば耐えられる様な苦痛を。
母さん達がそう判断して、任せてもらった信頼を。乗り越えられもせず、こんなにも最悪な形で裏切っているのだから。
——そして、その上で母さん達は再び、監視下ではあるが、俺を野に放ってくれた。
一度大きく裏切られ、もう手放したく無いと言う素振りを見せながらも、再び信頼して任せてくれた。
それだけの覚悟で送り出してくれた以上——、俺も一定の成果は出さなければいけないと思っている。
誰の為でもない。俺が守りたいモノの——。俺自身の為に。
母さん達は大切なコイツの心を。
俺は大切な母さん達の心をベットした負けられない戦い。
俺のミッションは、第一に、コイツの身と心を守る事。第二にそれらを可能な限り成長させる事。
失敗すれば最悪。母さん達の心に取り返しのつかない傷を与える事になる。
それだけは避けねばならない。
しかし危険を避けて。それこそ、ここでじっとしているだけでは世界に置いていかれ、追い付けなくなって行くだけだ。
——これもまた天秤。
どこまで攻めて、どこまで守るか——。
——お前は僕の母さんか。
……?何か言ったか?
——ボーッとして転ばないでよって話。
……?最悪結界が守ってくれるんだから、問題無いのでは?
……はぁ。もうそろそろ外に出るよ。
——お前に溜め息をつかれる謂れは無いと思うんだが?
目の前の事ばかり見ていると、足元を掬われるよって話。
……そうだな。お前の事ばかり気にして自分が足を下を掬われていたら訳ないか……。
——何でそんなに素直なんだよ!!
——何でって、事実は事実として受け入れないと、それこそふとした瞬間に足元を掬われかねないし……。
——はぁ。僕の分の素直を返してよ。
物事を見極めるには、捻くれた視線も必要だぞ?
——捻くれたくないっ!
おいおい。俺だって好きで捻くれた訳でも、人が嫌いになった訳でもないからな?
——ふん!そうですよっ!僕が全部君に押し付けて逃げた所為ですよーっ、だっ!
そうだな。客観的事実も大切だな。
——ムキーッ!嫌味で無く真面目に言ってるのが伝わって来て、更にムカつくッ——!
いつか、その人嫌いな所も、捻くれちゃった所も、僕が責任持って治して上げるんだから、覚悟してよねっ!
——いや、寧ろお前が捻くれて、人嫌いにもなって来てないか?
——時に正論は人を傷つけるんだよ?
ほぅ。いつも正論を仕掛けて周囲と衝突していたお前が——いや、悪い。悪気があった訳では——。
もっと最悪だよっ——!
そうやって、騒いでいる内に。
いつの間にか木々を背後に。目の前には田園風景が続く車道の上を歩いていて。
僕が躊躇った一歩を、彼の手の平で踊らされている内に連れ出されていた。
僕が押し付けた嫌いを一身に引き受けた筈の彼が、僕を導く為だけに、僕以上に嫌いな道を、先導を切って歩いていてくれていた。
その先にあるのは、彼の嫌いな、僕のしたいことしか無いと言うのに。
彼は躊躇うどころか、こちらを気遣って前へ進んでいる。
——敵わないな。
初めから分かっていた事ではあるが。
しかし、ここで敵わないと逃げてしまえば、僕は一生僕のままだ。
いつの日か僕は彼の隣を、彼の一部となって歩かないといけない。
今まで押し付けていた荷物を自分で背負って、僕が奪ってしまった幸せを、安心を、自己肯定感を。全てを彼に教え、返して行かなければならない。
自分も助けられず。もう一人のに守ってもらっている様な自分じゃ——、きっと誰も助けられない。
——だから先ず、僕は君を助けるよ。
自分で生み出して、痛めつけて、マッチポンプも良い所だが、それでも開き直って前に進むしか無い。
ある意味それが僕の背負って歩くべき最初の荷物なのだから、“仕方がない”。
僕は僕の為に。もう一人の僕と一緒に幸せを掴む為に、先ずは歩きやすい。舗装された道路を、小さな荷物を背負いながら歩き始めた。




