第12話 新しい日常と、これから(by 白原 守)
世界が変わってしまった日から数日。
「おはよー」
「おぉ、起きたか」
「ご飯、出来てますよ」
良い匂いで目覚めた朝。
拠点は変わっていないが、石と木で石窟の奥にちょっとした祭壇を作って。
そこに供えられる捧げものは、ふとした瞬間に無くなっていた。
当然結界の中なので、何かが侵入すれば分かる筈だし、何なら俺の許可のない存在は入れない筈なのだが、当然の様に無くなっている。
勿論、無くなる瞬間を見た事は無いし、見ようと試みた事も無い。
なんなら、トタンなどの拾ってきた廃材で祭壇を小屋の様に囲って、普段は見えなくしているまである。
「「「今日も一日安全であります様に」」」
俺達は今日の安全を祈願して、森の恵みに感謝して、食事の一番目を取り分けて捧げる。
それにどこまで意味があるのかは分からないが、俺達が取って来て、調理した物を、毎回、残す事なく食べてくれる存在が居るのであれば、それはそれで張り合いがあって、悪い気はしなかった。
——因みに歩くキノコは当たりはずれがあった。当然である。
加えて、一番美味かったキノコには毒があった様で、こんな体になった後でさえ。——相手の毒性が増していると言うのもあるのだろうが――当たってしまった。
しかし、そんな事が気にならないぐらい美味くて、母さんは少量を出汁に使ったりして、上手い事、料理に取り入れている。
対して、物理的、科学的毒では無く、魔力的な毒は母さんが食材に触れながら、その魔力を抽出し排除したり、自分の魔力と混ぜ込んで無毒化。
或いは消化吸収しやすい魔力に変換して調整してくれている様だった。
——と言うか、殆どの食材にその処理が必要まで有る。
でも、考えて見れば、それは当然の事で。
なんせ、ほぼ全ての物に魔力が含まれ、まして、それが魔物由来の食材だ。
魔力を多く含まない訳が無く、そこに含まれる魔力の全てが俺達に友好的な訳では無い。
一日目の食材も、母さんが知らず知らずの内に裏で下処理を済ませてくれていただけだった。
試しに一度、母さんが大丈夫そうだと言った、以前と同じ鶏肉を、魔力的な毒抜き無しで炙り、食べてみたが……。
食材としては不味くはない。でも、以前ほど美味くもない。
胃に流し込んだ後も異物感があって、拒絶感があって、胃がむかむかして。
向こうも、こっちも吸収する事を拒んでいる様な、そんな感じ。
そんな物が排出されるまでずっと腹の中にあるのだから、気にならない訳が無かった。
——因みに、これは母さんが食べて良いと言った物である。と言う前提を忘れてはいけない。
物によっては、浸食されたり、思考を誘導されたり、最悪乗っ取られるかも知れないと、母さんは言っていた。
つまり、魔力を含んだものを食べると言うのは、そのまま、そこに含まれる魔力を取り込むのと同じ行為なのである。
同種でも、個体によって体内の魔力濃度、敵対魔力の含有量やその性質、多く偏っている部位などには――傾向はあっても――かなりの個体差がある。
これは、個体ごとの戦闘能力にも反映されていて、ツッツキが強い鶏モドキは首や嘴に魔力が偏っている場合が多し、蹴りが多ければ当然、爪や足に偏っている。
能力の低いモノは、魔力量自体低い傾向にあるが、そこに含まれる敵対的な魔力の含有率は一律では無いので、場合によっては、攻撃的な個体でありながら、自分を倒した強者を認め、潔く取り込まれる者もいるし、逆に弱くてもはねっ返りで、死んだ後まで抵抗してくるような魔力を持つ者もいる。
そして一番最悪なのは、食われ、強者の中に忍び込む事で、内側から浸食しようとして来る魔力の持ち主だ。
当然、これらの見分けなど、母さんの様な力を持って居ない限り、そうそう判断の付くモノではない。
一応、自分達で難なく狩れている以上、相手の方が魔力量的に格下である場合が多いし、丸々一匹食べる様な事をしなければ、他の食材の魔力と相殺し合ったりして毒が弱まったりもするそうだが……。
母さんが居なかったらと思うと、ゾッとした。
——他の人々はどうやって食事を取っているのだろうか?と考えてやめた。
もしかしたら毒抜きの出来る、調理師の様なスキルを持つ者が存在しているやも知れないが、その魂の形から逆算するに、生存率は低そうであるし、居たとして、圧倒的に数が足りていないのは目に見えていた。
そんな能力のない人達の間で、例え善意であったとしても、強い人が弱い人の為に狩って来た、強い人では乗り越えられる様な毒を含んだ、弱い人には猛毒の食材を与えてしまったらどうなるだろうか?
そうでなくても、それらが運悪く相乗効果的に蓄積して、精神が蝕まれて行ったり。乗っ取られないにしろ、思考が偏って行ったり――。
そう言った懸念は、人の集まるコロニー程、深刻になって行くだろう。
まだ発狂したり、明確に敵対するぐらいなら良い。
元は善性でコロニーに参加したとしても、そう言った毒で、隠れて裏からコロニーを破壊するような人格にすり替わってしまったらと思うと――。
それに、コロニーが大きくなれば、その魔力や肉に惹きつけられて俺達が道中避けて回った様な怪物達も引き寄せる事になるだろう。
考えれば考える程に、集団で生きるには向かない世界で。
弱者に厳しい世界だった。
「…………」
「どうしたの?ボーッとして」
俺の発する魔力が何となく良くない色をしていたのだろう。
父さんと話しながら先を歩いていた母さんが、歩速を緩めて俺に並んだ。
「——ううん。何でもない……。ただ、もっと強くなれたら、僕のしたい事、もっとできるかな?って」
母さんに嘘は通じないし、そもそも家族にそんな不誠実な事はしたくないので、明言を避けながらも、伝わるように話す。
「そう……。——そうね。強くなれば、したい事、全部できる様になるかもしれないものね?」
最初は少し深刻そうに。それでも最後には明るい雰囲気で笑い掛けてくれる母さん。
「おっ。なんだなんだ?私だけ仲間外れか?」
父さんも下がって来て、母さんとは反対側の、俺の傍に付いて歩き始める。
「父さんにはもっと強い魔物を狩って貰わなきゃなって話」
「そうですよ、勇さん。貴方には私達を養う義務があるんですから」
「おっ。なんだなんだ?挑戦状か?今日はもっと格上を探しに行くか?」
「そうだよー。父さんに強い魔物をどんどん狩って貰って、母さんにどんどん美味しく調理して貰って、それを僕が食べて強くなるんだー」
「おぉ。それは良い事だな」
「そうね。親なんて使ってなんぼなんですから。どんどん利用して、誰にも負けないぐらいに強く育って下さいね?」
「うん!」
あれから父さんは結局、小細工無しの自己身体能力強化特化へと舵を切っていた。
初めは色々と考えていた様だが、魔物と戦って、俺達との生活の中で色々と引き摺っていたモノが吹っ切れたのか。
一度、自分の役割を決めてからの成長率は、特化型と言う事だけあって、俺達の比では無かった。
まず単純に、戦闘中は俺の結界なんているのか?って位に硬くなる。
この間はティラノサウルスの様な、二足歩行の大型爬虫類と戦っていたが、俺の結界が衝撃吸収材にもならなかった。
尻尾の振りで一撃で粉砕。そのまま振り抜かれて――。
挑んだ時点で、ある程度想定していた事態とは言え、それを父さんは見事肘打ちで相殺して見せた。
圧倒的体格差。魔力の無い世界では有り得ない光景。
――因みに、ラインを繋いだままの結界が割れた原因は、単純に俺が一瞬で出力出来る魔力量の限界値を、相手の攻撃力が越えたからだ。
想定していた事態とは言え、俺は何処かで、この結界が破られる事など無いとも考えていたのだろう。
故に、表面上は取り繕えど、戦闘中でも上手く、冷静にやり切った父さんとは違い、戦闘が終わった後も、俺は内心狼狽え続け、焦った。
その結果新しく生まれたのが、敢えて境界面の硬度を弱く設定た、弾力性のある結界。
これなら瞬時に、一か所の面で100%の衝撃を魔力で受けきる必要がなく、数秒にも満たない時間とは言え、分散して、効果的に衝撃を吸収する事が出来た。
0.01秒で魔力を100要求されるのと、1秒で100要求されるのでは、時間当たりにして、要求される魔力出力能力に10倍の差が出る。
それでも、偶に結界を引き延ばし、父さんへ攻撃を届かせる化け物が居たが、そこまで勢いが殺されていれば、不意を突かれても強化された反射神経と身体能力で、父さんが反応出来るだけの時間を生み出せ、また、より父さんの受け止めるべきダメージが減る。
問う言うか、そこまでされても、実質無傷な場合が多かった。
逆を言えば、そこまでして、父さんに攻撃を届かせ得る化け物がゴロゴロしていると言う事実確認でもあったが。
当然、防御力特化、攻撃力特化、速度特化、遠距離特化、透明化や毒、仲間を引き連れていたり、魔力汚染などを扱う絡め手特化など、様々な敵がいて。
戦場次第では簡単にこちらを殺せてしまう相手もいたので、それは母さんの判断で事前に回避していた。
因みに、俺と母さんには事前に、ラインを切った硬い結界を何重にも張っている。
これは、父さんの結界に、俺の瞬間魔力出力限界を超える魔力が注がれた際に、父さんの結界と一緒に、俺達の結界までもが解けてしまう事態を防ぐためだ。
それに、一度、火を噴く八足のクマと出会った事が有るのだが、俺とラインを繋いだままの結界は範囲攻撃に弱い。
当然だ。その魔力の支払い先が俺に集中していて、三人で同じ攻撃を受けた場合、単純に瞬間的に支払う魔力量が三倍になってしまうからだ。
三倍になって、一瞬でも魔力出力が相手の攻撃力を下回ってしまうと、一斉に結界が壊れてしまう。
最悪、全滅だ。
だからこそ、この様な措置を取っているし、何なら俺達は戦場から距離を取って隠れてもいる。
母さんの索敵能力もあるし。いや、それを欺いたり、感知範囲外からこちらの対応を許さぬ勢いで現れる化物もいるので、絶対に安心とは言えないが。
逆にその緊張感が、父さんの力を更に高め、手早く敵を倒すのに一役買っていた。
ここまでして押し付けられている、危険と言う名の理不尽ではあったが。
その理不尽さを正しく理解しているからこそ。その理不尽に対抗する想いを力に変換できる父さんは強かった。
その強い父さんが、獲物を狩って、運んで、解体して。
母さんが索敵して、戦場を選んで、調理して。時に魔物を操って同士討ちさせたり、自爆させて。
俺が道を作ったり、不可視の結界で罠を張り、敵の動きを止めたり、串刺しにしたり。
そうして得た食事を通して。或いは魔物を倒した際に空気中へ放出される魔力を吸収して、俺達は更に強くなり。
強くなった力で強敵に挑み、得た力で簡単に気なんかを伐採出来る様にもなって。
ゴミ捨て場や、車の墓場などから無理矢理部品を引き剥がしたり、素手で金属いた同士を握りつぶして圧着して見たり。
そうして得た力と道具で、日々、俺達の新たな日常は豊かになって行き。
ついに、大抵のモノには抗える力と余裕を得た俺は。
「……行くのね」
「うん。もう二月近く経って、街も安定し始めただろうしね。情報収集も兼ねて、良さそうなモノも有ったら拾って来るよ」
「おう。期待してるぞ。行ってこい」
「父さんも、母さんの事、宜しくね」
「あぁ。危険があれば木霊達が教えてくれるし、山神様も見守ってくれているからな。安心して行ってこい」
流石に、いくら鈍感な父さんでも、この山の伝承が形を成した最強の鬼を、単騎、無傷で打ちかませる程に、魂の格を上げた頃には、霊的存在が見える様になった。
まぁ、それでも、気分で、伝承の数だけ、山が取り込んだ魂の数だけ、姿をコロコロと変える山神様には、触れる事も叶わないが。
そうして、俺はそんな父さんの一撃を凌ぐだけの結界は張れないが、母さんの魔力なら結界で弾く事が出来る。
逆に父さんは母さんの魔力からは逃れられないので、ある意味三竦みではあるが。
その三竦みがお互いの利点を生かして山狩りをしているんだから襲われる側も堪った物では無く。
今では山神様とも友好的?に接しているせいで、敵対者自体、この山には殆どいない。
そこから俺達に脅威になり得る存在以外を差し引き、さらに友好的な木霊や霊魂。それに、近くをこちらをこちらへ挨拶する様に転がる小石から大岩、木の上や木陰からこちらを見る、森の動物や小鬼などの妖怪達を足せば、俺達の敵はこの山に居ないと言っても過言では無かった。
だからこその外出。
——いや、常に外ではあるけれども。
そう言える程に、この山全体が俺達の家……。いや、家族の様になっていた。
代わりに、狩れる獲物は減ってしまったけれど、俺達は魂の格を上げたお陰で、今では辺りの魔力を吸収するだけで、相当無茶をしなければ存在を維持できるだけのレベルには達しているし。
逆を言えば、これ以上、魂の格を上げたければ、ここで途方もない時間を掛けて魔力を吸収し続けるか、別の場所――、人里に降りて狩れる対象を探すしかない。
そう言う意味でも、今回の外出は理に適っていた。
父さんと母さんが付いてこないのは――単純に俺の我儘だ。
その我儘が通るぐらい、二人に認めて貰える存在に成れたと言う事だ。
俺は、それが今、一番誇らしい。
「——じゃぁ、ちょっと行って来るね――。って言っても、数日は戻って来ないかもしれないけど」
「大丈夫よ。私の"目"が届く範囲なら、ね?」
——訂正。
俺は全く信用されていないらしい。




