第11話 長い長い初めてと、その終わり(by 白原 守)
「ここが父さん達の秘密基地だ」
「へぇ。もう何十年も前のでしょ?木の机とか、案外そのまま残ってるもんなんだね?」
俺は好奇心半分。何か潜んでいないかと警戒しながら、それを二人に感じさせない様に、石窟の中を覗き、奥へと結界を伸ばして行く。
確かに母さんの能力は有用だが、母さんの目を欺ける存在が居る事も、ここまでの道程で得られた教訓の一つなので、警戒しないに越した事はない。
「あぁ。俺も驚いた。人が入らなきゃ、本当に荒れないもんなんだな」
「凄いですね……。家の方だと秘密基地なんてすぐ、湿気や海風で全部ボロボロになっちゃてましたけど……。
うわぁ~。ひんやりとして気持ち良いですね。下土も乾いていて、湿度もそれ程無い様ですし、これならもうちょっと暑くなっても行けそうですね」
石窟の中に入りながら呟く母さん。
「まぁ、あの時代は冷房なんて贅沢だったしな。夏は皆で良くここに集まって、涼んだものだよ」
「へぇ。あんなにキャンプを渋ってたお父さんと同じ人の話?」
「それは……。便利を覚えると人は戻れなくなるものなんだよ……」
「そうなの母さん?」
「キャンプは不便を楽しむものでしょう?」
「だってよ、父さん」
「……そうだな」
——よし。少なくとも、結界の中に違和感は無いな。
穴の入り口から奥の方にまで広げた結界。
これで最悪、洞窟が突然崩落したとしても、結界で時間稼ぎをして、生き埋めになる前に外へ出られる筈だ。
話しながら内部に結界を張り終えた俺は、二人と共にキャンプの準備へかかる。
石窟の中はテントが張れる程に広かったので、中に張ってしまった。
結界が有るので、内部で火を焚いても良かったのだが、換気にも魔力を使うし、
それに今は初夏だ。幾ら日の暮れた、涼しい石窟の中とは言え、火を焚けば当然暑くなるし、食材や食べ残しの処理、終わった後の火の始末だってしないといけない。
その他、諸々を考えても――何より外は夜風が気持ち良かった。
ただ家族三人。夜空の下で、久々のキャンプを堪能したかっただけだとも言える。
——こんな気持ちになれる日が来るとは思わなかった。
犠牲になった方達には申し訳無いが、俺も、道中で出会ったおばあちゃん寄りの人物なのかもしれない。
——いや、父さん達が、自分が大切だと宣う存在が、危険な目に合ったと言うのに、この力を得て喜んでいた時点でそれ以下か。
あの喜びは確かに、僕の物で、俺の物でもあった。
周りが見えていなかった訳では無い。それ以上の幸福に負けてしまった。
繕って目を逸らしても何時か耐え切れずに。一番堪えなければいけない場面で綻びるだけ。
そう思って吐いた内心が、拒絶無く、自分の中へ落ちて、溶けて行く。
僕を拒絶した言葉ではない。彼もそう理解してくれたのだろう。
——そうだ。お互いに、拒絶せずに向き合って。意見を出し合って、時にぶつけ合って。譲歩しながらも手を取り合って、現実に立ち向かう。
——理想だった。自分との関係性も、この時間も。何もかも。
——いや、何もかもは言い過ぎたな。悪かったよ、僕。
そうだよな。犠牲は少ない方が良いに決まってる。でも、起きてしまった事はどうしょうも無いし、全てを拾える程、俺達は強くない。
少しでも多くを救いたいなら――、まずは母さん達を完璧に守れるようになって、それからだな。
優先順位。現実が見える様になった僕に通じる様に成った言葉。
——いや。俺の言葉が届く様になっただけか。
——長かった。本当に、長かった。
この一日が無ければ俺達はどうなっていたのか。
もしかしたら、丁度この崖の上から飛び降りて、ここで赤い花を咲かせていたかもしれない。
父さんの思い出の地が、悲劇の地に変わっていたかもしれない。
それを先導して、僕を追い詰めたのは俺だ。
結果的に、そうはならなかったが、それはただの運でしかない。
——沢山の命を消費し、悲劇を生み出した現象ではあるが。
僕として許せない理不尽ではあるが、俺は確かに、この現象に感謝していた。
——誰かから見れば許せない様な理不尽で。誰かから見れば、天から舞い降りた祝福で。
——逆に、今後。この現象のせいで二人を失えば、俺は掌を返して、怒り狂って、魔力や魔物の仲間入りを果たすかもしれないし、そんな事は分からない。
俺達に出来るのは、そうならない様に歩くだけ。
手を取り合って、協力し合って。お互いの目的を果たすだけ。
もっと確実に、より多くを救いたいなら。自分の意志を押し通したいなら、それに見合った力を身に着けるだけ。
——そうだろ?相棒。
返事は帰って来ない。
必要なかった。
なんせ、初めから俺達は一つで。
やっとそれを思い出せたのだから。
————————————
――首を落として運んで来た鶏達の血は、道中で蝶達に啜られた事もあり、殆どが抜けていた。
因みに、首を落とした方が良いと言ったのも、落としたのも母さんだ。
最初は鶏の大きさも相まって、ドバドバと溢れ出してきた血に、父さんの二人でドン引きした。
いや、決して、終始楽しそうだった母さんに引いた訳では無い。
そう。決して。
——今思えば、あのあたりから母さんの口数も戻って行った気がする。
空元気もあったのだろうが、やはり人の多い場所は、今の俺達家族に良くないと確信した瞬間だった。
「いやぁ。蚊もヒルもブヨも気にしなくて良いキャンプは楽しいなぁ……」
「そうねぇ。しょうがないとは分かって居ても、居ないならいないに越した事はないものねぇ」
先程の発言とは打って変わって、結界の便利さに毒されている母さん。
「「「ふぅ……」」」
キャンプ用コンロに火をくべ、その上で温まったお湯で入れた白湯を呑んで、折り畳みチェアに腰かけながら、一息吐く俺達。
「「「…………」」」
ザワザワザワ。
風で枝葉が擦れ合う音がして、合間合間に月明かりが零れる。
もう空は完全に夜へと染まっていた。
「……そろそろ行けるんじゃないか?」
バーベキューコンロの蓋を取ろうと、腰を浮かす父さん。
「まだ早いですよ、勇さん」
母さんはそれを横目で見ながら、しかし、椅子に深く腰を鎮めたまま指摘する。
「むっ。そうか……。まぁ、南がそう言うなら、そうなんだろうな……」
そう言って、すごすごと席へ腰を戻す父さん。
「「「…………」」」
キャンプ用コンロの中でパチパチと燃える火の音が心地よかった。
「……明日から薪用の木を乾かすようにしましょうか」
「そうだな。ガキの頃、キャンプごっこで湿気った木の枝や落ち葉を集めて燃やした事が有ったが……、あれは酷いもんだった」
「ふふふっ。それはそうでしょうね」
どうやら父さん達も同じ道を通ったらしい。
当然だが、俺もやった事が有る。
完全に悪ガキの火遊びだったので、ここで口に出すような事はしないけど。
「「「…………」」」
無言の時間が心地よい。
何だか、下の街もキャンプファイヤーの様に赤く燃えている気がするが、あまり気にならない。
……気にしたくない。
疲れた。
正直、もう、向こうには。人の居る場所には余り戻りたくない。
二人がどう思っているかは知らないが。
少なくとも、住宅街から離れるにつれ。人の気配が無くなるにつれ。顔の緊張が解け、口数が増えて行ったのを俺は知っている。
なにより、あの世界は母さんに負担を掛けさせ過ぎる。
当分は遠慮させて頂きたいモノだった。
「……あ。そう言えば、守が寝た後、結界はどうなるんだ?」
「え?今更?」
「分かって聞いてこなかったんじゃないんですか?」
俺と母さんが首だけ動かして、父さんの方を見る。
「い、いや。最悪、交代で番をすれば良いと思ってはいたんだが……。流石に虫に集られないのが、こうも快適だと……」
「本気を出せば、分子の振動を弱めたり、水分を凝縮したりして、湿度と温度も調整できるよー。
あ、運動エネルギーを止めて奪うだけで、温めたり加湿までは出来ないけど」
「本当か?!」
上体を起こして身を乗り出して来る父さん。
「そこまですると魔力消費凄いし、調整が面倒だからやらないけど」
「そ、そうか……」
そう言って、再び深く椅子の中に沈んで行った。
「多分、認識の拡張が大事なんだよね」
「……何の話だ?」
「スキルの話」
「なるほど……」
「母さんのだって、自分のスキルをこう応用したら出来る!って思ったから出来る様になったわけでしょ?」
「そうねぇ。卵が先か、鶏が先かは分からないけど、そう言う事にはなるわねぇ」
「僕も、結界って言う前提を崩さなければ……。ああ言う事も含めて、色々と応用が効いた訳だしさ」
「……そうだな」
「母さんの場合は、魔力その物を操って、感知する力。僕の場合は結界を張って、指定したモノを拒む力。父さんのは……」
「自分の力を増幅させる力か……?」
「ん~……。それでも良いけど、何だか幅が狭くない……?まぁ、出来る幅が狭い方が、魔力があっちこっち行かず、集中できて効率的なんだろうけど……」
「そう、なのか?」
「ん~……。これは感覚的な話だから、何とも……。
ただ、あれもこれも出来るってなると、少し迷うでしょ?迷う分エネルギーを消費するし、そっちには力を注がないぞ!って思うにも、割かないようにしなきゃって言う、無駄な抑制のエネルギーを使う事になるし」
「まぁ……、そうだな」
「でも、初めからこれしか出来ない!この道しか通れない!ってなれば……。
——ええっと、水道管に例えると、水道管の耐久力や径の合計が僕達が一度に扱える最大の水量――魔力量だとして、出来る事の種類の多さが、水道管の分岐の多さだったとすると……。この道だけに水を流したい!って思った時に他の道を塞がなきゃでしょ?」
「そうだな」
「と、なれば、当然、他の道を塞ぐのに、塞ぐための力がいる訳で、その分、魔力や集中力を浪費してる感じかな?」
「おぉ。何となく分かった気がするぞ!」
やっとピンときたらしい。
「うん。まぁ、多分、そんな感じ。
——それに、分岐の無い一本道なら、その一本道だけ強化して行けば良いからね。分岐を増やしている人と比べれば、出来る事は少なくても、出来る事に関してはエキスパートに成れる、筈」
これは流し込まれた知識では無く、感覚的なモノでしか無いので、確かな事は言えないが、俺の例えに感心する様な母さんの反応を見るに、見当違いと言う事も無い筈だ。
「なるほどなぁ……」
「——それで、話を戻すけど、父さんのスキルの名前は、守りの誓い。内容は確か……、守ると誓った対象の為に動く時、肉体維持消費魔力を著しく上げ、身に着けている物と身体の性能を消費魔力に応じて強化するこの、大切な物を守る。って感じだったよね?」
「よく覚えてるな……」
「まぁ、父さんの事だし、大事な事だし、覚醒してから聞いたのもあるかな――?
まぁ、その辺りは取り敢えず置いて置くとして、この、大切な物を守る。って制約は魔力的な効率や、最大出力と連動しているだけの部分だから良いとして――」
「いや。一番重要な部分なんだが?」
「んー。そっちに重きを置くと、大切な物を守る為に〇〇出来る力。って言うスキルを新しく生やさないといけなくなると思うんだよね」
「それじゃぁ駄目なのか?」
「駄目、じゃないけど……。その……。髪や目の色を変質させてしまうぐらいのストレスを受けても発現しないとなると……。相当に厳しいと思う」
俺は極力ぼかして伝えるが、実質、守りたい対象が目の前で死の瀬戸際を彷徨っていたり、苦しんでいても新しい能力が発現しなかったんだぞ?と言っている様な物だ。
正直、あまり口に出して伝えたい内容では無かった。
「なるほど……。となると、今のスキルの拡大解釈が、能力の幅を広げる道になる訳か……」
あまり気にした様子の無い父さん。
「う、うん。だけど、新しいスキルが生える可能性も、低いけど、あると思う」
「……例えばどんな?」
「例えば、僕なんかは、元々人との違いと言うか、壁を感じていて……。他にも理想と現実の壁とか、自分を守る為に人それぞが持っている壁の存在とか。
父さん達の事も、そう言う、目に見えない壁を張って、世間のアレコレから守って、負担を減らしてあげたいな、とか。お互いの衝突を減らせたらな、とか。自分の事も囲って、全部から逃げてしまいたいな……。とか。
――その見えない壁を僕が良くイメージしていて、存在していなくても存在を感じていて。それを自由に。自分の大切な物を守る為に使える様になりたい。って思ってたから、スキルとして結界が発現したと思うんだ」
「——守はずっとそんな事を……」
「んんっ――!本題はそこじゃ無いからね……?
——詰まり、出来るイメージや、具体的な感覚が必要かもしれないって事。
——母さんのスキルも身に覚えはあるんじゃない?」
「ふふふっ」
笑って誤魔化す母さん。
「なるほど?母さんも昔から霊感みたいなモノがあった訳か……」
まぁ、納得してくれたならそれで良いや。
「——詰まる所、父さんは体を張る以外で、僕達を守る方法を、具体的に。感覚的に思い浮かべられる様になれば、その現象を魔力で実現できるかもしれないって事」
「なるほど。それがスキルな訳か」
「多分だけど――、そうなんじゃないかな……?
慣れ親しんだ、こべり付いた感覚と。願望。それを纏める具体的なイメージ。多分、この三つが成立して初めて発現するから、スキルは魂の具現化だって情報が流れて来たんだと思う」
「なるほどなぁ……。と、なると、新たにスキルを発現するのは……」
「やっぱり難しいだろうね……。なんせ、慣れ親しんだ感覚が必要な訳だし……。
それに、もし新しいスキルが発現しても、一番初めのスキルが一番自分にしっくり来ていたって事だろうし。
もし、父さんが僕達と同じようなスキルを新しく得ても、その効率は僕達に比べて、かなり落ちるんじゃないかな……」
「結局は、こんな世界になっても、配られた牌で戦うしか無いって事か」
「そうだね……。弱肉強食だとか、そう言う所も含めて、あんまり変わっては居ないのかもね……。
ただ、敢えて今までの世界との違いを上げるなら、精神が肉体に――物理法則に干渉できる様になったって位かな?
まぁ、昔から心霊現象とか、それっぽい現象はあった訳だし、干渉の程度と対象地域が広がっただけなのかもしれないけど」
「と、なると、全国各地が心霊スポットって事か?いやはや勘弁してもらいたいモノだな」
瞬間、嫌な気配が辺りを包んだ気がした。
「勇さん――?」
風が止み、対照的に、ざわざわと揺れを増す木々。
「ん?なんだ?」
気付かない父さん。
母さんには何か見えているのか、父さんの背後の方へ視線をやりつつ、緊張した表情。
瞬間、父さんの目の前に木の枝が突き刺さる。
落ちて来たのではない。突き刺さったのだ。俺の結界を貫通して。
「——あまりそう言う事は言わない方が良いかと。元来、山は神聖な場所ですし、魔力濃度が増した事で、力を付けたり、目覚めた存在も居りますから……」
母さんは顔を顰め、しかし、視線は父さんの背後の何もない空間から動かさず。
様子を見る様に。然るべき時には行動に移せるように、緊張した面持ちで話す。
魔力は感じ取れなくとも、周囲の物理的な異常と、母さんの表情には、父さんを真剣にさせるだけの物があった。
「そ、そうか……。そうだな。申し訳なかった」
何処に向けてでも無く、頭を下げ謝る父さん。
木々の揺れが止まる。
森の中だと言うのに、異様な程の静寂。
瞬間――。
「ふふふっ」
子どもとも、大人とも、女性とも男性とも取れぬ無邪気な声が。声量の割に、異様な程に鮮明に、耳へ届く。
張りつめていた空気が解けるのが分かった。
ざわざわざわ。
コロコロコロ。
リーン、リーン。
風と音が戻って来た。
確かに、道中でも、それらしいモノを見た事はあったが。
——そういえば、その内何回かは、父さんだけ反応して居なかった様な気もする。
「「申し訳ございませんでした」」
俺と母さんも今一度頭を下げて。
取り敢えず、石窟の前に食べ物をお供え物をして寝ると、次の日の朝には綺麗に無くなっていて。
獣がやったのかどうかは分からないが、俺達はそれから毎日お供え物を捧げる事に決めた。
——因みに、蟹も鶏もめっちゃ美味かった。
少なくとも、次の獲物候補である、歩くキノコとの遭遇が楽しみになるぐらいには。




