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異世界不動産 ~事故物件専門の不動産屋で働くことになりました~  作者:


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第7話 封印少女アリシア

第7話 封印少女アリシア


気が付くと、悠人は冷たい石畳の上に立っていた。


頭上を見上げても空はない。


そこに広がっているのは巨大な岩盤だけだった。


天空神殿から落下したはずなのに、目の前に広がる景色はまるで別世界だった。


巨大な地下空間。


崩れた建物。


朽ちた塔。


無数の街路。


どこまでも続く廃墟の街。


淡い青色の結晶が各所で光を放ち、昼とも夜ともつかない幻想的な明るさを作り出している。


「……何だここ」


思わず呟く。


返事をする者はいない。


当然だった。


周囲には人影一つ見当たらない。


聞こえるのは風にも似た微かな音だけだった。


悠人は改めて周囲を見回す。


街だった。


間違いなく。


しかも王都に匹敵するほどの規模がある。


建築様式は現代のものと大きく異なっていた。


尖塔のような建物。


空中回廊。


壁面に刻まれた見たことのない文字。


まるで古代文明の遺跡そのものだ。


「天空神殿の地下にこんな場所があるなんて聞いてないぞ……」


いや、そもそも天空神殿の存在自体が十分おかしい。


今さら何を言っているのかと自分でも思う。


それでも異様だった。


あまりにも大きすぎる。


そして不自然なほど静かだった。



慎重に歩き始める。


崩れた建物の中には家具らしきものが残されていた。


食器。


本棚。


机。


生活の痕跡だ。


だが住人だけが存在しない。


まるである日突然、街から人間だけが消えてしまったような違和感があった。


監視塔を思い出す。


毒沼屋敷もそうだった。


氷雪城も。


この世界の異変にはどこか共通点がある。


誰かが消える。


何かが封じられる。


そして異常だけが残る。


悠人は無意識に肩を抱いた。


地下空間の空気は冷たくない。


それなのに妙な寒気がする。



しばらく歩くと街の中心らしき場所へ出た。


そこで悠人は足を止める。


巨大な扉があった。


黒い金属で造られた重厚な門。


高さは三十メートル近い。


街の中央に鎮座するそれは、まるで都市そのものを守る城門のようだった。


扉一面に複雑な紋様が刻まれている。


見たことのない文字。


だが不思議なことに読めた。


『第五封印区画』


嫌な予感しかしなかった。


今までの経験上、封印と名の付く場所にろくなものはない。


監視塔。


毒沼屋敷。


氷雪城。


全部そうだった。


だからこそ、今すぐ引き返したかった。


引き返せるなら。



その時だった。


『……誰?』


声が聞こえた。


悠人は反射的に振り返る。


誰もいない。


街路も建物も静まり返ったままだ。


しかし確かに聞こえた。


若い少女の声だった。


『そこにいるの?』


今度ははっきり聞こえた。


扉の向こう側からだ。


悠人は思わず額を押さえた。


嫌な予感しかしない。


本当に嫌な予感しかしない。


今までの経験が全力で警鐘を鳴らしている。


こういう時に返事をすると大抵ろくでもないことになる。


だが無視するのも気が引けた。


声は明らかに助けを求めている。


少なくとも今のところは。


「……いるけど」


慎重に返事をする。


すると向こう側が静かになった。


数秒の沈黙。


やっぱり返事しなければ良かった。


そう思った時だった。


『本当に!?』


少女の声が弾んだ。


『良かった……』


その声音には安堵が滲んでいた。


思わず悠人も少しだけ警戒を緩める。


だが次の瞬間。


ガコン


重い音が響いた。


悠人の顔が引きつる。


続いてもう一度。


ガコン


ガコン


巨大な扉のどこかで錠前が外れる音が響いている。


「ちょっと待って」


『うん?』


「今何した?」


『開けた』


即答だった。


悠人は天を仰ぐ。


最近、本当にこういう展開が多い。



長い年月閉ざされていたのだろう。


巨大な扉が軋みながらゆっくり開いていく。


内部から冷たい空気が流れ出した。


暗闇


その奥に人影が見える。


小柄な影だった。


やがて扉が完全に開く。


悠人はその姿を見て思わず息を呑んだ。


少女だった。


年齢は十六歳前後だろうか。


銀色の長い髪。


透き通るような白い肌。


そして赤い瞳。


どこか現実離れした美しさがある。


しかし悠人が目を引かれたのは容姿ではなかった。


その瞳だ。


まるで何千年もの時間を見てきたかのような、深い色をしていた。


少女もまた悠人を見ていた。


そして次の瞬間彼女の表情が凍り付く。


驚愕。


困惑。


信じられないものを見たような顔。


それは初対面の人間へ向ける反応ではなかった。


「……そんな」


小さく呟く。


震える声だった。


「ありえない……」


悠人は首を傾げる。


何だろう。


自分の顔に何か付いているのだろうか。


少女は一歩近付いた。


赤い瞳が真っ直ぐ悠人を見つめる。


「あなた……どうして」


言葉が続かない。


まるで確認したいことが多すぎるようだった。


そして彼女は震える声で尋ねた。


「その魂は……どうしてまだそこにあるの?」


悠人は意味が分からなかった。


だが地下都市アークで初めて出会った少女は、自分のことを知っている。


そんな確信だけがあった。

「その魂は……どうしてまだそこにあるの?」


少女の問い掛けに、悠人はしばらく言葉を失った。


意味が分からない。


魂と言われても困る。


生まれてこの方、自分の魂について考えたことなど一度もなかった。


「えっと……」


何と答えるべきか悩む。


だが少女は答えを待っていなかった。


信じられないものを見るような目で悠人を見つめている。


その視線には驚きだけではない。


どこか懐かしさにも似た感情が混じっていた。


「まさか……本当に」


少女は小さく呟いた。


その声は震えている。


悠人はますます困惑した。


初対面のはずだ。


少なくとも自分は会った覚えがない。


だが相手の反応を見る限り、そうではないらしい。



しばらく沈黙が続いた。


先に口を開いたのは悠人だった。


「とりあえず聞いてもいいですか」


少女が顔を上げる。


「何?」


「あなた誰ですか」


当然の疑問だった。


すると少女は少しだけ目を瞬かせたあと、小さく笑った。


「そうだよね」


その笑みはどこか寂しげだった。


「私はアリシア」


静かな声だった。


「この都市の最後の管理者」


管理者。


その言葉に悠人は周囲を見回した。


崩壊した都市。


誰もいない街。


長い年月を感じさせる廃墟。


どう見ても管理されているようには見えない。


「最後の……?」


「うん」


アリシアは小さく頷く。


その表情に冗談を言っている様子はなかった。



二人は広場の中央にある石段へ腰を下ろした。


アリシアの提案だった。


話したいことがあるらしい。


悠人としても聞きたいことは山ほどある。


何より、この地下都市について何か知っている人間が初めて見つかったのだ。


「ここはアーク」


アリシアが静かに語り始める。


「今から三千年以上前に滅んだ都市」


三千年。


さらりととんでもない数字が出てきた。


「三千年前?」


「そう」


「それなのに君は生きてるのか?」


問い掛けた瞬間、アリシアは少し困ったように笑った。


「たぶん」


「たぶん?」


「私もよく分からないの」


全然安心できない答えだった。



だが不思議だった。


話しているうちに、悠人の警戒心は少しずつ薄れていく。


アリシアから敵意を感じない。


むしろ逆だった。


彼女はどこか怯えているように見えた。


まるで自分の方が見捨てられることを恐れているような。



「ところで」


悠人はふと思い出した。


「第五封印区画って何なんだ?」


その瞬間だった。


アリシアの表情が変わる。


笑顔が消える。


空気まで少し重くなったような気がした。


「それを知ってるの?」


「扉に書いてあった」


アリシアは黙り込む。


長い沈黙。


やがて彼女はゆっくりと視線を伏せた。


「本当は誰にも知られてほしくなかった」


その声はひどく小さかった。



「この都市は封印のために作られたの」


「封印?」


「うん」


アリシアは遠くを見るような目をする。


「世界を守るための封印」


悠人は思わず眉をひそめた。


監視塔。


毒沼屋敷。


氷雪城。


そして第五封印。


ここまで来ると偶然とは思えない。


すべて繋がっている。


そんな予感がした。



「何を封印していたんだ?」


問い掛ける。


だがアリシアはすぐに答えなかった。


代わりに悠人を見つめる。


赤い瞳が真っ直ぐ向けられる。


「先に聞きたいことがある」


「何だ?」


「あなた、自分が何者か知らないの?」


今度は悠人が黙る番だった。


何者かと言われても困る。


異世界へ来てしまった普通の会社員。


今は異世界不動産の新人社員。


それ以外に説明のしようがない。


「普通の人間だけど」


そう答える。


するとアリシアは目を閉じた。


そして小さくため息をつく。


「やっぱり覚えてないんだ」


その言葉が妙に引っ掛かった。


覚えていない。


まるで昔知っていたはずだと言わんばかりだ。



その時だった。


地面が揺れた。


最初は小さな振動だった。


だが次の瞬間には明確な揺れへ変わる。


石畳が震える。


周囲の建物から砂が落ちる。


悠人は反射的に立ち上がった。


「地震か?」


「違う!」


アリシアの顔色が変わる。


今までで初めて見る焦った表情だった。


彼女は空を見上げた。


正確には地下空間の天井を。


その表情から血の気が引いていく。


「そんな……」


かすれた声が漏れる。


「もう見付かったの……?」



次の瞬間。


都市全体へ轟音が響いた。


遥か遠方。


街の外壁付近で巨大な爆発が起きる。


衝撃波が吹き抜け、建物の窓が一斉に砕け散った。


悠人は目を見開く。


何かいる。


都市の外に。


とてつもなく危険な何かが。



アリシアは震える声で呟いた。


「封印の番人が……来た」


「番人?」


「逃げないと」


彼女は悠人の腕を掴む。


その手は驚くほど冷たかった。


「今の私たちじゃ勝てない」


悠人は遠くの暗闇を見る。


そこには巨大な影が立っていた。


建物よりも大きい。


人ではない。


魔物とも違う。


まるで古代神話から抜け出してきた巨人のような存在だった。


そしてその黄金色の瞳が、真っ直ぐこちらを見下ろしている。


まるで侵入者を見付けたと言わんばかりに。


地下都市アークの静寂は終わった。


そして悠人はまだ知らない。


その番人が、自分の存在に反応して目覚めたことを。

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