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異世界不動産 ~事故物件専門の不動産屋で働くことになりました~  作者:


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第6話 天空神殿

第6話 天空神殿


氷雪城での依頼が終わってから三日後。


悠人は異世界不動産の事務所で一枚の依頼書を眺めていた。


正確には眺めていたのではない。


現実逃避していた。


机の上に置かれた紙には大きくこう書かれている。


『天空神殿調査依頼』


その文字を見た瞬間から嫌な予感しかしなかった。


監視塔。


毒沼屋敷。


氷雪城。


これまで担当した物件を思い返してみても、まともな案件が一つも存在しない。


そして今度は天空神殿である。


もう名前からして危険だ。


普通の建物であるはずがない。


「何か言いたそうだな」


向かいの席からガルが顔を上げた。


いつもの無表情である。


悠人は依頼書を持ち上げた。


「確認なんですけど」


「何だ」


「うちは不動産屋ですよね?」


「そうだ」


「ですよね」


そこまでは良い。


問題はその先だった。


「じゃあ何で空飛ぶ神殿を調査するんですか?」


「建物だからだ」


あまりにも当然のように言われた。


悠人は思わず天井を見上げる。


最近、この職場の常識について考えるのをやめつつある自分が怖い。


ソファで寝転がっていたレオンが笑った。


「空にあろうが地下にあろうが建物は建物だろ?」


「その理屈で押し切るんですね」


「今さら何を言ってる」


確かに今さらだった。


毒沼のど真ん中に建っている屋敷を不動産扱いしている時点で手遅れである。


ミリアも紅茶を飲みながら資料を覗き込む。


「でも天空神殿かぁ」


珍しく少し真面目な顔だった。


「知ってるんですか?」


「昔から有名な遺跡だよ」


そう言って資料を指差す。


天空神殿。


王国南部の山岳地帯上空に存在する古代遺跡。


数百年前から空に浮かび続けている謎の建造物であり、今なお誰が建てたのか分かっていない。


近年になって異変が発生。


周辺へ近付いた飛行魔物が姿を消し、調査に向かった冒険者も消息不明になっているらしい。


そして最も大きな問題。


神殿そのものが少しずつ高度を下げていることだった。


「落ちるんですか?」


悠人が尋ねる。


「その可能性がある」


ガルが頷いた。


「それって大問題じゃないですか」


「大問題だな」


「調査より避難じゃないですか?」


「依頼内容は調査だ」


相変わらずである。



数日後。


王国南部の山岳地帯。


悠人は人生最大の後悔をしていた。


空を飛んでいる。


しかも巨大な飛行魔物の背中で。


吹き付ける風は容赦なく、少しでも力を抜けば振り落とされそうだった。


下を見る。


やめた。


即座に視線を戻した。


遥か下方には山脈が広がり、その間を流れる川が糸のように細く見える。


落ちたら助からない。


絶対に助からない。


「高い高い高い高い!」


「騒がしいな」


前方でレオンが呆れたように振り返る。


「平気なんですか!?」


「別に」


「何でですか!?」


「慣れだ」


その慣れがどこで身につくのか聞きたい。


いや、聞きたくない。


たぶんろくな答えが返ってこない。



やがて雲の向こうに巨大な影が見えてきた。


悠人は思わず言葉を失う。


神殿だった。


想像以上に大きい。


白い石造りの建造物が雲海の上へ浮かんでいる。


無数の柱。


崩れた塔。


長い回廊。


まるで神話の中からそのまま現れたような光景だった。


美しい。


本当に美しい。


しかし。


同時に妙な違和感があった。


近付けば近付くほど胸の奥がざわつく。


誰かに見られているような感覚。


歓迎されていないような感覚。


理由は分からない。


だが本能が警告していた。


ここは危険だと。



神殿へ降り立った瞬間、その違和感はさらに強くなった。


静かすぎるのだ。


風は吹いている。


だがそれ以外の音が何もない。


鳥もいない。


虫もいない。


生き物の気配そのものが消えている。


悠人は周囲を見回した。


白い石畳は長い年月を経て風化している。


柱の一部は崩れ落ち、ところどころに巨大な亀裂が走っていた。


まるで何かと戦った跡のようだった。


「嫌な感じですね」


思わず呟く。


ガルも珍しく否定しなかった。


「ああ」


短い返事。


それだけで十分だった。



神殿の内部へ足を踏み入れる。


薄暗い。


だが不思議と視界は悪くない。


壁面には巨大な壁画が描かれていた。


翼を持つ人々。


空に浮かぶ都市。


光に包まれた塔。


どれも現代では存在しないものばかりだった。


悠人が見上げていると、ミリアが興味深そうに壁画へ近付く。


「これ、かなり古いね」


「何が描かれてるんです?」


「たぶん昔の文明かな」


そう言って指差した先には、王のような人物が描かれていた。


しかしその壁画は途中で途切れている。


正確には破壊されていた。


何者かによって。


まるで歴史そのものを消そうとしたかのように。


悠人の背筋に冷たいものが走った。


その時だった。


カラン。


どこかで音が鳴る。


全員が振り向いた。


誰もいない。


だが確かに聞こえた。


金属が転がるような音。


神殿のさらに奥から。


カラン。


再び鳴る。


静寂の中で不気味なほど大きく響いた。


ガルがゆっくりと剣の柄へ手を置く。


レオンも笑みを消した。


そして悠人は思う。


今回も絶対に普通では終わらない。


そんな確信だけがあった。

カラン。


再び音が鳴った。


静まり返った神殿の中で、その音だけが妙に鮮明に響く。


悠人たちは自然と足を止めた。


誰も口を開かない。


風の音すら届かない空間の中で、転がる金属音だけが奥へ奥へと誘うように続いている。


「……行くんですか?」


悠人は嫌そうな顔で尋ねた。


「依頼だからな」


ガルは短く答える。


聞くまでもなかった。


この人たちは絶対に引き返さない。


たとえ前方に魔王が待っていたとしても、「建物の調査だ」と言って進みそうである。


悠人は小さくため息をつきながら後を追った。


長い回廊を進む。


左右には崩れた礼拝堂や居住区らしき部屋が並んでいた。


しかしどの部屋にも人の痕跡は残っていない。


家具は朽ち果て、壁画は削られ、まるで誰かが意図的に歴史そのものを消し去ったかのようだった。


やがて一行は巨大な扉の前へ辿り着く。


高さは十メートル近い。


白い石で造られた両開きの門には、複雑な紋様が刻まれていた。


その中心にあるのは翼を持つ王の姿。


しかしその顔だけが削り取られている。


「顔がない……」


悠人が呟く。


その瞬間だった。


ガルの表情が僅かに変わった。


レオンも眉をひそめる。


ミリアも黙り込んだ。


その反応に悠人は気付く。


何か知っている。


しかし聞く前に扉が開いた。


重々しい音を立てながら。


その先に広がっていた光景を見て、悠人は息を呑む。


骨だった。


床一面が骨で埋め尽くされている。


人骨。


魔物の骨。


見たこともない巨大生物の骨。


数百年分の死がそのまま積み重なったような光景だった。


空気まで重い。


思わず足が止まる。


「何なんですかここ……」


返事はない。


代わりにミリアが広間の中央を指差した。


そこには巨大な円形の穴があった。


底が見えない。


光さえ飲み込むような闇。


そして。


ドクン。


悠人の身体が震えた。


鼓動。


心臓の鼓動のような音が穴の奥から聞こえてくる。


ドクン。


ドクン。


ドクン。


嫌な汗が背中を流れた。


監視塔。


毒沼屋敷。


氷雪城。


どれも異変の中心には封印があった。


そして今、この場所にも何かがいる。


そう直感できる。


ミリアが穴を覗き込み、小さく呟いた。


「変だね」


「何がです?」


「封印がない」


その言葉に空気が変わった。


ガルが穴を見つめる。


レオンも笑みを消した。


今までの封印は誰かが閉じ込めていた。


だが今回は違う。


封印そのものが存在しない。


まるで最初から閉じ込める必要がなかったかのように。


その時だった。


ドクン――!


今までより遥かに大きな鼓動が神殿全体へ響き渡る。


床が揺れた。


柱が軋む。


天井から石片が落ちる。


そして。


闇の奥で何かが動いた。


悠人は見た。


暗黒の中でゆっくりと開く二つの赤い瞳を。


それは生物の目ではなかった。


まるで巨大な星が二つ浮かんでいるような圧倒的な存在感。


見ただけで理解する。


勝てない。


そんな次元ではない。


『ようやく見つけた』


声が響いた。


耳ではない。


頭の中へ直接流れ込んでくる。


『勇者』


レオンが目を細める。


『魔王』


ガルが無言のまま立つ。


『大魔導士』


ミリアが杖を握る。


そして最後に。


赤い瞳が悠人を捉えた。


『――器』


悠人は固まった。


意味が分からない。


しかし。


ガルたちの表情が変わった。


今まで見たこともないほど真剣に。


「新人」


ガルが低い声で言う。


「はい?」


「今すぐ逃げろ」


悠人は言葉を失った。


ガルが逃げろと言った。


それはつまり。


今まで遭遇したどんな相手より危険だということだった。


穴の奥から巨大な白骨の腕が現れる。


その瞬間。


神殿全体が悲鳴を上げるように震えた。


そして悠人はまだ知らない。


この存在こそが、監視塔、毒沼屋敷、氷雪城――すべての異変の先にいる存在だということを。


そして。


自分自身がその存在にとって特別な意味を持つことを。

カラン。


再び音が鳴った。


静まり返った神殿の中で、その音だけが妙に鮮明に響く。


悠人たちは自然と足を止めた。


誰も口を開かない。


風の音すら届かない空間の中で、転がる金属音だけが奥へ奥へと誘うように続いている。


「……行くんですか?」


悠人は嫌そうな顔で尋ねた。


「依頼だからな」


ガルは短く答える。


聞くまでもなかった。


この人たちは絶対に引き返さない。


たとえ前方に魔王が待っていたとしても、「建物の調査だ」と言って進みそうである。


悠人は小さくため息をつきながら後を追った。


長い回廊を進む。


左右には崩れた礼拝堂や居住区らしき部屋が並んでいた。


しかしどの部屋にも人の痕跡は残っていない。


家具は朽ち果て、壁画は削られ、まるで誰かが意図的に歴史そのものを消し去ったかのようだった。


やがて一行は巨大な扉の前へ辿り着く。


高さは十メートル近い。


白い石で造られた両開きの門には、複雑な紋様が刻まれていた。


その中心にあるのは翼を持つ王の姿。


しかしその顔だけが削り取られている。


「顔がない……」


悠人が呟く。


その瞬間だった。


ガルの表情が僅かに変わった。


レオンも眉をひそめる。


ミリアも黙り込んだ。


その反応に悠人は気付く。


何か知っている。


しかし聞く前に扉が開いた。


重々しい音を立てながら。


その先に広がっていた光景を見て、悠人は息を呑む。


骨だった。


床一面が骨で埋め尽くされている。


人骨。


魔物の骨。


見たこともない巨大生物の骨。


数百年分の死がそのまま積み重なったような光景だった。


空気まで重い。


思わず足が止まる。


「何なんですかここ……」


返事はない。


代わりにミリアが広間の中央を指差した。


そこには巨大な円形の穴があった。


底が見えない。


光さえ飲み込むような闇。


そして。


ドクン。


悠人の身体が震えた。


鼓動。


心臓の鼓動のような音が穴の奥から聞こえてくる。


ドクン。


ドクン。


ドクン。


嫌な汗が背中を流れた。


監視塔。


毒沼屋敷。


氷雪城。


どれも異変の中心には封印があった。


そして今、この場所にも何かがいる。


そう直感できる。


ミリアが穴を覗き込み、小さく呟いた。


「変だね」


「何がです?」


「封印がない」


その言葉に空気が変わった。


ガルが穴を見つめる。


レオンも笑みを消した。


今までの封印は誰かが閉じ込めていた。


だが今回は違う。


封印そのものが存在しない。


まるで最初から閉じ込める必要がなかったかのように。


その時だった。


ドクン――!


今までより遥かに大きな鼓動が神殿全体へ響き渡る。


床が揺れた。


柱が軋む。


天井から石片が落ちる。


そして。


闇の奥で何かが動いた。


悠人は見た。


暗黒の中でゆっくりと開く二つの赤い瞳を。


それは生物の目ではなかった。


まるで巨大な星が二つ浮かんでいるような圧倒的な存在感。


見ただけで理解する。


勝てない。


そんな次元ではない。


『ようやく見つけた』


声が響いた。


耳ではない。


頭の中へ直接流れ込んでくる。


『勇者』


レオンが目を細める。


『魔王』


ガルが無言のまま立つ。


『大魔導士』


ミリアが杖を握る。


そして最後に。


赤い瞳が悠人を捉えた。


『――器』


悠人は固まった。


意味が分からない。


しかし。


ガルたちの表情が変わった。


今まで見たこともないほど真剣に。


「新人」


ガルが低い声で言う。


「はい?」


「今すぐ逃げろ」


悠人は言葉を失った。


ガルが逃げろと言った。


それはつまり。


今まで遭遇したどんな相手より危険だということだった。


穴の奥から巨大な白骨の腕が現れる。


その瞬間。


神殿全体が悲鳴を上げるように震えた。


そして悠人はまだ知らない。


この存在こそが、監視塔、毒沼屋敷、氷雪城――すべての異変の先にいる存在だということを。


そして。


自分自身がその存在にとって特別な意味を持つことを。

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