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異世界不動産 ~事故物件専門の不動産屋で働くことになりました~  作者:


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第5話 氷雪城

「入居者全員凍死」


依頼書に書かれた文字を見た瞬間。


佐藤悠人は静かに天井を見上げた。


最近よくこうしている。


現実逃避である。


監視塔。


毒沼屋敷。


そして次は氷雪城。


異世界不動産の仕事は、どう考えても不動産屋の仕事ではなかった。


「帰りたい……」


「まだ出発してないぞ」


レオンが笑う。


「出発前だから言ってるんです」


悠人は真顔だった。



氷雪城。


北方の雪原地帯に存在する巨大な城。


十五年前までは王族の保養地だったらしい。


しかしある夜。


城全体が突然凍結。


使用人。


護衛。


貴族。


滞在していた全員が死亡した。


以来、放棄。


誰も近付かなくなった。


「そんな場所を売るんですか?」


悠人が聞く。


「依頼だからな」


ガルは平然と答えた。


「買う人いるんですか?」


「知らん」


「ですよね」


少し安心した。


誰も買う気がないらしい。



数日後。


馬車を降りた悠人は言葉を失った。


白い。


どこまでも白い。


空も。


大地も。


山も。


全部雪だった。


そしてその中心。


巨大な城が立っている。


まるで氷の彫刻だった。


白銀の塔。


凍り付いた城壁。


陽光を反射して青く輝いている。


美しい。


だが。


近付きたくはなかった。


「綺麗ですね」


思わず呟く。


「そうだな」


ガルも珍しく否定しない。


「ただし住みたくはない」


「同感です」


初めて意見が一致した。



城へ向かう。


吹雪が強い。


悠人は厚着をしている。


それでも寒い。


耳が痛い。


鼻が痛い。


指先の感覚がなくなりそうだ。


一方で。


ガルは平然。


レオンも平然。


ミリアは楽しそうだった。


「寒くないんですか?」


「慣れだな」


レオンが答える。


「何に慣れたらこうなるんです?」


「色々だ」


全く参考にならない。



城門へ到着する。


巨大な鉄門。


しかし完全に凍り付いていた。


厚い氷が何重にも覆っている。


悠人は思った。


開かない。


絶対に開かない。


だが。


ガルが手を置く。


ミシッ。


バキバキバキッ!!


氷が砕けた。


門が開く。


悠人は見なかったことにした。


この職場では常識を考えるだけ無駄である。



城内へ入る。


外より寒かった。


理由は分からない。


分かりたくもない。


大広間は完全に氷の世界だった。


床も壁も天井も凍っている。


シャンデリアですら氷柱になっていた。


まるで時間そのものが停止したような空間。


「すごい……」


悠人は思わず見上げた。


すると。


何かが視界に入る。


人だった。


氷の中に人がいた。


男性。


驚いた表情のまま凍り付いている。


悠人の顔色が変わった。


「うわっ!」


後退る。


氷漬けの死体。


しかも一つではない。


周囲に何体もある。


使用人。


兵士。


貴族。


皆そのまま残っていた。


「一瞬だったんだろうな」


レオンが呟く。


「何がです?」


「凍るまで」


全然慰めになっていなかった。



調査を続ける。


食堂。


客室。


図書室。


どこも同じだった。


凍結。


そして死体。


まるで城全体が巨大な墓場だった。


だが。


奇妙なことがあった。


腐敗していない。


十五年経っているはずなのに。


昨日死んだように綺麗なまま。


「変ですね」


悠人が言う。


ミリアが頷いた。


「魔法だね」


「やっぱりですか」


「うん」


嫌な予感が強くなる。



その時。


カツン。


音が響いた。


全員が振り向く。


誰もいない。


しかし。


また聞こえる。


カツン。


カツン。


カツン。


まるで誰かが歩いている。


氷の床を。


ゆっくりと。


近付いてくる。


悠人は嫌な汗をかいた。


「聞こえました?」


「ああ」


ガルが答える。


「誰ですかね」


「さあな」


それが一番怖い。



音は二階から聞こえていた。


四人は階段を上る。


静かだ。


足音だけが響く。


やがて長い廊下へ出る。


そして。


そこで見た。


廊下の奥。


白い少女が立っていた。


長い銀髪。


青い瞳。


白いドレス。


十代半ばほどに見える。


だが。


足元がなかった。


宙に浮いている。


「幽霊ぃぃぃぃ!!」


悠人は反射的に叫んだ。


人生初遭遇だった。


遭遇したくなかった。



少女は無言だった。


ただ静かにこちらを見る。


敵意はない。


怒りもない。


感情が見えない。


そして。


ゆっくりと手を伸ばした。


指差した先。


城の最上階へ続く螺旋階段。


「……あっち?」


悠人が聞く。


当然返事はない。


少女は小さく頷いたように見えた。


次の瞬間。


雪のように消えた。



静寂。


悠人は恐る恐る三人を見る。


「見ましたよね?」


「ああ」


「見たね」


「見たな」


全員見ていた。


幻覚ではない。


残念ながら。



ガルは階段を見上げる。


レオンも真剣な顔になる。


ミリアは何か考え込んでいた。


「どうしたんです?」


悠人が聞く。


ミリアが答える。


「似てる」


「何にです?」


「監視塔と毒沼屋敷」


その言葉で空気が変わった。


悠人も思い出す。


封印。


地下。


顔のない影。


毒人形。


全部繋がっている気がした。



四人は最上階を目指す。


一段ずつ階段を上る。


上へ。


さらに上へ。


吹雪の音が大きくなる。


空気が冷たくなる。


そして。


最上階の前で全員が足を止めた。


巨大な氷の扉。


その向こうから。


ドクン。


音が響いた。


まるで心臓の鼓動。


悠人の顔色が変わる。


嫌な予感しかしない。


監視塔の時も。


毒沼屋敷の時も。


同じだった。



ガルが扉へ手を掛ける。


ゆっくり押す。


氷が砕ける。


重い音と共に扉が開く。


そして。


悠人は絶句した。


部屋の中央。


巨大な氷柱。


その中に少女が眠っていた。


先ほどの幽霊と同じ顔。


同じ銀髪。


同じ姿。


しかし。


本当に恐ろしいものは別にあった。


氷柱のさらに奥。


巨大な影。


何十メートルもある。


人ではない。


怪物だった。


閉じられていた赤い瞳が。


ゆっくりと開く。


その瞬間。


部屋全体が震えた。


そして怪物は初めて声を発した。


――――グォォォォォォォ……


地鳴りのような咆哮が城中へ響き渡る。


悠人は心の底から確信した。


今回も絶対に普通では終わらない。


そして氷雪城に隠された真実が、今まさに目覚めようとしていた。

怪物の赤い瞳が開いた。


その瞬間だった。


轟音。


部屋全体を揺らす咆哮が響き渡る。


壁の氷が砕ける。


天井から雪が降る。


悠人は思わず耳を塞いだ。


「うわぁぁぁぁ!!」


恐怖で足が震える。


巨大だった。


あまりにも巨大だった。


氷柱の奥に眠る怪物は、軽く見積もっても二十メートル以上ある。


竜にも見える。


獣にも見える。


どちらでもないようにも見える。


ただ一つだけ確かなことがあった。


絶対に戦いたくない。



しかし。


怪物は動かなかった。


赤い瞳だけがこちらを見ている。


まるで観察しているようだった。


「封印されてる?」


悠人が呟く。


ミリアが頷いた。


「そうみたい」


「助かった……」


心からそう思った。


だが。


次の瞬間。


パキッ。


小さな音が響く。


氷柱に亀裂が入った。


悠人の顔色が変わる。


「助かってなかった!」



パキパキパキッ。


亀裂が広がる。


氷柱全体へ。


怪物の身体を閉じ込めていた巨大な氷が崩れ始めた。


レオンが舌打ちする。


「まずいな」


「まずいですね!」


「珍しく意見が合った」


そんな話をしている場合ではなかった。



その時。


氷柱の中の少女が目を開いた。


青い瞳。


透き通るような色。


ゆっくりと周囲を見回す。


そして。


悠人たちを見る。


「……誰?」


小さな声だった。


生きている。


悠人は目を丸くした。


十五年前から氷の中にいたはずなのに。



少女は状況を理解していないようだった。


しかし。


怪物を見た瞬間。


顔色が変わる。


「だめ」


初めて感情が見えた。


恐怖だった。


「逃げて」


少女が叫ぶ。


「封印が……」


言葉は途中で途切れた。


轟音。


巨大な氷柱が砕け散る。



怪物が動いた。


ゆっくりと。


本当にゆっくりと。


それだけなのに。


圧力が凄まじい。


空気が重い。


呼吸が苦しい。


悠人は本能で理解した。


今までの相手とは違う。


顔のない影。


毒人形。


比較にならない。



怪物が前足を振り上げる。


その瞬間。


ガルが前へ出た。


ドンッ。


衝撃。


怪物の爪が止まる。


悠人は目を疑った。


巨大な爪。


家ほどの大きさがある。


それを。


ガルは片手で受け止めていた。


「……え?」


思わず声が漏れる。


だが。


誰も説明してくれない。



「新人」


レオンが振り返る。


「はい!?」


「少女を連れて下がれ」


「俺ですか!?」


「他にいないだろ」


確かにいなかった。


全員戦闘態勢だ。


悠人しかいない。



少女へ駆け寄る。


近くで見ると幼い。


十四歳ほどだろうか。


身体は冷たい。


だが生きている。


「立てます?」


少女は小さく頷いた。


「……うん」


「じゃあ逃げましょう」


即答だった。



その時。


怪物が咆哮する。


吹雪が発生した。


部屋全体が白く染まる。


視界ゼロ。


何も見えない。


「まずっ!」


悠人は少女を庇う。


冷気が身体を襲う。


普通なら凍傷。


いや。


即死してもおかしくない。


しかし。


悠人は気付かなかった。


寒くない。


冷たいはずなのに。


思ったほど苦しくない。



毒沼屋敷。


監視塔。


数々の死地。


そして。


氷雪城。


知らぬ間に身体が変化していた。


環境への適応。


毒への耐性。


身体能力の向上。


そして今。


極寒への耐性まで獲得し始めていた。


本人だけが知らない。



吹雪が収まる。


すると。


少女が驚いた顔で悠人を見ていた。


「……平気なの?」


「何がです?」


「今の」


「寒かったですよ」


少女は首を傾げた。


普通の人間なら死んでいる。


だが本人は気付いていない。



その頃。


ガルたちは怪物と戦っていた。


いや。


遊んでいるようにしか見えなかった。


レオンが怪物の頭へ飛び乗る。


ミリアが巨大な魔法陣を展開する。


ガルが正面から殴り飛ばす。


殴り飛ばす。


殴り飛ばしていた。


悠人は見なかったことにした。



しかし。


怪物も強い。


傷が再生する。


吹雪を発生させる。


氷柱を生み出す。


城全体が揺れていた。


「逃げないと」


少女が呟く。


「封印が壊れたら全部終わる」


「全部?」


「北方全部」


悠人は聞かなかったことにしたかった。



その時だった。


少女の首元で何かが光る。


青い宝石。


悠人はそれを見た瞬間。


妙な違和感を覚えた。


どこかで見た。


監視塔。


毒沼屋敷。


同じような光を。


「それ……」


少女が宝石を握る。


悲しそうな顔。


「これが封印なの」


悠人は理解した。


理解したくなかった。


「まさか」


「うん」


少女は頷く。


「私が鍵」


嫌な予感しかしない。



怪物が再び咆哮した。


天井が崩れ始める。


城そのものが限界だった。


「帰ろう!」


悠人は叫ぶ。


「でも」


「後はあの人たちに任せましょう!」


少女は振り返る。


ガル。


レオン。


ミリア。


怪物相手に押していた。


どう見ても異常だった。


「……うん」


少女も納得した。



出口へ向かう。


その途中。


巨大な氷柱が落下した。


真上から。


直撃コース。


少女は動けない。


悠人は咄嗟に飛び出した。


考えるより先だった。


氷柱を押す。


普通なら無理。


人間に止められる重さではない。


だが。


止まった。


一瞬だけ。


その間に少女を突き飛ばす。


次の瞬間。


氷柱が落下した。


轟音。



土煙が舞う。


少女が叫ぶ。


「お兄ちゃん!」


しかし。


煙の中から悠人が出てきた。


服はボロボロ。


だが生きている。


本人も驚いていた。


「……あれ?」


何で生きているんだろう。


本気でそう思った。



やがて。


四人と少女は城の外へ脱出した。


その直後。


氷雪城が崩れ始める。


巨大な城は轟音と共に崩壊した。


雪煙が舞う。


長い年月続いた封印は終わった。



帰りの馬車。


少女は眠っていた。


ミリアが隣に座っている。


ガルは依頼書を書いていた。


レオンは欠伸をしている。


そして悠人は。


腕の筋肉痛に苦しんでいた。


「痛い……」


「無茶するからだ」


レオンが笑う。


「俺死ぬかと思いました」


「生きてるだろ」


「それが不思議なんですよ!」


全員が少しだけ笑った。



しかし。


誰も知らなかった。


崩壊した氷雪城の地下深く。


さらに古い封印が存在していたことを。


そして。


監視塔。


毒沼屋敷。


氷雪城。


三つの封印が壊れたことで。


何かが目覚め始めていたことを。


それは人間でも魔族でもない。


遥か昔。


世界から消えたはずの存在。


やがて訪れる大戦の火種だった。

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