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異世界不動産 ~事故物件専門の不動産屋で働くことになりました~  作者:


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第47話 王城からの依頼

影の屋敷の一件から五日後。


異世界不動産には、珍しく依頼のない朝が訪れていた。


悠人は店内の窓を開ける。


春の風が静かに吹き抜けた。


「平和ですね。」


「そうだな。」


レオンは新聞を読みながら答える。


「事故物件が動かない日は静かだ。」


「動かれる方がおかしいんですよ。」


悠人が苦笑すると、リリとクロも小さく笑った。


ミリアは机で報告書を書いている。


影の屋敷の管理契約書。


定期巡回の日程。


点検項目。


完全に不動産会社の仕事だった。



カラン。


店の扉が開く。


入ってきたのは、一人の女性だった。


白い騎士団の制服。


腰には細身の剣。


胸元には王家の紋章。


「失礼します。」


店内の空気が少し変わる。


王城の人間だ。


女性騎士はガルへ向かって一礼する。


「王城より参りました。」


「近衛騎士団所属、セシリアです。」


「王城?」


悠人は思わず聞き返した。


「はい。」


「国王陛下から正式な依頼です。」


リリが目を丸くする。


「国王様から?」


「はい。」


セシリアは革製の筒から、一通の封書を取り出した。


赤い封蝋。


王家の紋章。


間違いなく正式な書状だった。


ガルは静かに受け取る。


封を切り、中へ目を通す。


数秒後。


静かに書状を閉じた。


「営業。」


「はい。」


「王城へ行く。」


「また事故物件ですか?」


悠人が尋ねる。


ガルは短く答えた。


「ああ。」


「今回は。」


「王城そのものだ。」


店内が静まり返る。


「え?」


悠人は耳を疑った。


「王城が事故物件?」


そんな話は聞いたことがない。


国の中心。


最も安全であるはずの場所。


そこが事故物件になっているという。


セシリアは少し困ったように微笑む。


「正式には事故物件ではありません。」


「ですが。」


「誰も住めない部屋があります。」


ガルは立ち上がる。


「行くぞ。」


異世界不動産史上最大の依頼。


その舞台は、王国の中心だった。


その日の午後。


悠人たちはセシリアに案内され、王城へ到着した。


巨大な白亜の城。


高い城壁。


美しく整えられた庭園。


王都のどこからでも見える、この国の象徴だった。


「すごい……。」


悠人は思わず見上げる。


「初めて来ました。」


「普通は来ない。」


ガルが歩きながら答える。


「縁がない場所だ。」


正門を抜けると、近衛騎士たちが一斉に敬礼した。


「ガル殿。」


「お待ちしておりました。」


その姿に悠人は目を丸くする。


「店長。」


「知り合いなんですか?」


「昔な。」


それだけだった。


詳しくは話さない。


レオンは横で小さく笑っている。


「店長。」


「昔、いろいろやってたからな。」


「気になる言い方ですね……。」



一行は王城の奥へ案内される。


豪華な廊下。


赤い絨毯。


壁には歴代国王の肖像画。


使用人たちが忙しく行き交っていた。


しかし。


城の東棟へ入った瞬間。


空気が変わる。


静かだった。


人がいない。


明かりも少ない。


「この辺りです。」


セシリアが立ち止まる。


目の前には、大きな木製の扉。


金色の装飾が施された立派な部屋だった。


だが。


扉には何本もの封印用の鎖が巻かれている。


「ここが事故物件ですか?」


悠人が尋ねる。


「はい。」


セシリアは静かに頷いた。


「『東の客室』と呼ばれています。」


「百年以上。」


「誰も一晩過ごせません。」


「理由は?」


ガルが短く尋ねる。


「夜になると。」


「部屋の中から誰かがノックするんです。」


コン。


コン。


コン。


まるで答えるように。


扉の向こうから、小さな音が響いた。


全員の動きが止まる。


「今……。」


悠人の顔が引きつる。


「昼ですよね?」


セシリアも青ざめる。


「本来は。」


「夜しか鳴らないはずです。」


コン。


コン。


コン。


再び静かなノックが響く。


ガルは鎖の巻かれた扉を見つめ、小さく息を吐いた。


「営業。」


「はい。」


「予定変更だ。」


「今から内見する。」


悠人は思わず天井を見上げた。


「昼でも事故物件は待ってくれないんですね……。」


その言葉と同時に。


扉の向こうから、今度はゆっくりとドアノブが回り始めた。


ギィ……。


ドアノブがゆっくりと回る。


鎖で何重にも封じられているはずなのに。


内側から誰かが開けようとしている。


悠人は思わず後ずさった。


「店長。」


「誰かいます。」


「ああ。」


ガルは落ち着いたまま扉の前へ立つ。


セシリアが慌てて制止した。


「お待ちください!」


「危険です!」


「この部屋へ入った者は、全員翌朝には倒れているんです!」


「死者は?」


ガルが尋ねる。


「……いません。」


「なら入れる。」


「えっ?」


悠人は思わず聞き返した。


「店長、その判断基準なんですか。」


「死なないなら調査できる。」


「いや、倒れるのも十分危険です。」


レオンが吹き出した。


「新人の言うことももっともだ。」



ミリアは扉へ近付き、封印を調べる。


「この鎖。」


「封印じゃありません。」


「違うのか?」


「はい。」


「外から閉じ込めるための物ではなく。」


「中から開かないように固定しているだけです。」


「つまり。」


悠人は嫌な予感がした。


「中の人は。」


「出たがっている?」


ミリアは静かに頷いた。



ガルは鎖へ手を掛ける。


セシリアの表情が変わる。


「待ってください!」


「開けてはいけません!」


「百年間。」


「誰も開けなかった部屋なんです!」


ガルは静かに答える。


「だから原因が分からない。」


「調べる。」


ガチャリ。


一本目の鎖を外す。


続いて二本目。


三本目。


重い金属音が廊下へ響く。


コン。


コン。


ノックの音が止んだ。


代わりに。


部屋の向こうから、小さな声が聞こえた。


「……やっと。」


少女の声だった。


「来てくれた。」


悠人たちは顔を見合わせる。


「女の子?」


リリが小さく呟く。


クロも静かに耳を澄ませる。


「泣いています。」



最後の鎖が外れる。


ガルはドアノブへ手を掛けた。


「開ける。」


誰も止めなかった。


ゆっくりと扉が開く。


ギィィ……。


部屋の中は驚くほど綺麗だった。


家具には埃一つない。


窓からは夕日が差し込んでいる。


そして。


窓際の椅子へ、一人の少女が座っていた。


年は十五、六歳ほど。


金色の長い髪。


白いワンピース。


静かに本を読んでいる。


まるで普通の令嬢だった。


少女は本を閉じると、悠人たちへ微笑んだ。


「こんにちは。」


「百十二年ぶりのお客様ですね。」


その笑顔には、どこか寂しさが滲んでいた。


しかし。


悠人の視線は少女ではなく、その後ろへ向いていた。


壁に掛けられた大きな時計。


その針だけが。


百十二年前の日付で止まっていた。

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