表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界不動産 ~事故物件専門の不動産屋で働くことになりました~  作者:


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
46/48

第46話 屋敷との交渉

「売りたくない……?」


悠人は思わず聞き返した。


ガルは静かに頷く。


「この屋敷は意思を持っている。」


「だから所有者を外へ出さない。」


「そんなことが……。」


悠人は壁を見つめた。


普通の家ではないとは思っていた。


しかし、建物そのものに意思があるなど想像もしなかった。


「店長。」


「家と話せるんですか?」


「話せない。」


「じゃあどうするんです?」


「交渉する。」


悠人は頭を抱えた。


家と交渉。


また訳の分からない仕事が始まるらしい。



ガルは玄関ホールへ移動した。


誰も何も言わず後に続く。


広いホールの中央で立ち止まると、ゆっくりと床へ手を置いた。


「管理責任者、ガル。」


静かな声が屋敷へ響く。


「異世界不動産。」


「物件調査に来た。」


返事はない。


数秒の沈黙。


その時だった。


カタッ。


玄関の扉が勝手に閉まる。


続いて窓も閉じた。


「返事しましたね。」


ミリアが小さく呟く。


「聞こえている。」


ガルは続ける。


「所有者の退去希望を確認した。」


「理由を聞きたい。」


また静寂。


すると。


ギシ……。


床がゆっくりと軋む。


壁が小さく震える。


シャンデリアが揺れた。


まるで屋敷全体が考えているようだった。



突然。


玄関ホールの壁へ文字が浮かび上がる。


淡い金色の光。


一文字ずつゆっくり現れる。


『イヤダ』


悠人は目を丸くした。


「しゃべった!」


「文字だけどな。」


レオンが笑う。


続いて新しい文字が現れる。


『ヒトリニナル』


エレナが小さく息を呑む。


「……。」


執事も静かに目を閉じた。


屋敷は売られたくないのではない。


エレナがいなくなることを恐れていた。



悠人は屋敷を見回す。


百年間。


誰も来ない。


誰も住まない。


それでも屋敷は壊れず、主人だけを守り続けた。


「寂しかったのか。」


思わず呟く。


その瞬間。


壁の文字がゆっくり変わる。


『サビシイ』


リリが胸へ手を当てた。


「返事した……。」


クロも静かに頷く。


「感情があります。」


ガルは壁へ近付き、小さく笑った。


「そうか。」


「なら話は早い。」


悠人は嫌な予感しかしなかった。


店長が笑う時は、大抵何か思い切ったことを言う。


そして予感は当たる。


ガルは屋敷へ向かって静かに告げた。


「売らない。」


その一言に、全員が驚いてガルを見た。


「えっ!?」


悠人の声が屋敷中へ響いた。


「売らない?」


悠人は思わず聞き返した。


「依頼は売却ですよね?」


「ああ。」


ガルは落ち着いたまま頷く。


「だが。」


「売る必要はない。」


「え?」


依頼内容がひっくり返った。


悠人だけでなく、依頼人のエレナも驚いている。


「でも私は……。」


「この屋敷から出られません。」


「だから売ってしまえば。」


ガルは静かに首を横へ振った。


「問題は屋敷じゃない。」


「お前だ。」


エレナは目を丸くする。


「私……ですか?」


「百年間。」


「一度も出ようとしなかったな。」


その言葉にエレナは黙ってしまう。


「確かに最初は出ようとしました。」


「でも。」


「何度やっても戻される。」


「だから諦めました。」


「それから百年。」


「誰にも相談しなかった。」


静かな声だった。


責めるような言い方ではない。


事実を確認しているだけだった。



ガルは壁へ手を置く。


「お前も同じだ。」


屋敷へ話しかける。


「主人を守る。」


「それだけ続けた。」


壁が小さく揺れる。


まるで頷くように。


「結果。」


「二人とも百年間閉じ込められた。」


屋敷は返事をしない。


代わりに壁へ文字が浮かぶ。


『マモル』


「分かってる。」


ガルは短く答える。


「だが。」


「守ることと閉じ込めることは違う。」


その一言で屋敷は静かになった。



悠人は壁の文字を見つめる。


少しずつ。


本当に少しずつ。


文字が変わっていく。


『デモ』


『ソトハ』


『アブナイ』


エレナは寂しそうに笑う。


「この子は昔から心配性なんです。」


「子?」


悠人が聞き返す。


「私が建てた家です。」


「だから。」


「ずっと家族みたいなものなんです。」


百年前。


エレナはこの屋敷で暮らしていた。


家族も。


使用人も。


友人もいた。


しかし時が流れ。


皆いなくなった。


残ったのは。


エレナと屋敷だけだった。



その時。


ガルは執事へ視線を向ける。


「一つ聞く。」


「はい。」


「今の所有者は誰だ。」


執事は迷わず答えた。


「エレナ様でございます。」


「名義変更は?」


「百年間、一度も行われておりません。」


ガルは小さく頷いた。


「なら簡単だ。」


悠人は嫌な予感しかしない。


「店長。」


「何を考えてるんです?」


ガルは当然のように答えた。


「売却ではない。」


「管理契約だ。」


店内……いや、屋敷の空気が一瞬止まる。


「この屋敷は売らない。」


「異世界不動産が管理する。」


その提案に、屋敷全体が大きく揺れた。


まるで驚いたように。


屋敷全体が静まり返る。


「異世界不動産が……。」


「管理する?」


エレナは信じられないという表情でガルを見る。


ガルは静かに頷いた。


「ああ。」


「所有者は変えない。」


「屋敷も残す。」


「管理だけ引き受ける。」


悠人も少しずつ店長の考えが分かってきた。


「つまり。」


「売却じゃなくて管理委託契約ですね。」


「ああ。」


「事故物件専門だからな。」


レオンが笑う。


「結局いつもの仕事か。」


ミリアも納得したように頷いた。


「定期点検。」


「設備確認。」


「異常発生時の対応。」


「今までと変わりません。」



エレナはゆっくり屋敷を見回す。


百年間。


ずっと一人だった。


この屋敷だけが、自分を守り続けてくれた。


「……本当に。」


「いいんですか?」


ガルは短く答える。


「ああ。」


「家は住んで終わりじゃない。」


「管理してこそ価値がある。」


その言葉にエレナは小さく笑った。


「不思議な不動産屋さんですね。」


「よく言われる。」


レオンが肩をすくめる。



その時だった。


玄関ホールの壁が淡く光る。


金色の文字がゆっくり浮かび上がる。


『イイ』


続いて。


『アリガトウ』


屋敷全体がふわりと震えた。


先ほどまでの重苦しい空気は消えている。


暖かな風が窓から吹き込んできた。


ミリアが驚いた顔になる。


「空間が安定しています。」


「拒絶反応が消えました。」


クロも静かに頷く。


「屋敷が安心しています。」



エレナは玄関へ歩く。


百年間。


何度も失敗した扉。


静かに手を掛ける。


「開きます。」


執事が扉を開いた。


外には王都の街並みが見える。


エレナは恐る恐る一歩踏み出した。


悠人は固唾をのんで見守る。


今までなら。


ここで玄関へ戻されるはずだった。


しかし。


何も起こらない。


エレナはゆっくり二歩目を踏み出す。


三歩。


四歩。


王都の石畳の上へ立った。


「……出られた。」


その声は震えていた。


百年ぶりの外の空気。


王都の風。


夕焼け。


すべてが初めて見る景色のようだった。


思わず空を見上げる。


涙が一筋、頬を伝う。



悠人は少しだけ笑った。


「売らなくてよかったですね。」


「ああ。」


ガルも短く頷く。


「原因は建物じゃなかった。」


「管理方法だった。」


異世界不動産は今日もまた、一軒の事故物件を救った。


建物を壊すことも。


売ることもなく。


そこに住む人と、住まいの両方を守るという形で。


これが。


異世界不動産の仕事だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ