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異世界不動産 ~事故物件専門の不動産屋で働くことになりました~  作者:


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第45話 影の屋敷

「営業。」


「はい。」


「行くぞ。」


ガルは迷うことなく建物の影へ歩き出した。


「えっ、本当に入るんですか?」


悠人は影を見る。


ただの影ではない。


黒い水面のように揺れている。


どう見ても入りたくない。


「事故物件ですから。」


ミリアが小さく笑う。


「調査しないと始まりません。」


「最近、その言葉を聞くと嫌な予感しかしないんですけど。」


レオンが肩を叩いた。


「慣れろ。」


「無理です。」


いつものやり取りに、リリがくすりと笑う。



執事の老人は影の前で立ち止まった。


「どうぞ。」


「足元をお気を付けください。」


「影に足元ってあるんですか?」


悠人が恐る恐る片足を伸ばす。


影へ触れた瞬間。


波紋が広がった。


ズブリ。


足が沈む。


「うわっ!」


慌てて引き抜こうとするが、抵抗はない。


まるで水の中へ入ったようだった。


「大丈夫です。」


執事は穏やかに微笑む。


「危険はございません。」


「その言葉、信用できないんですよね。」


悠人はぼやきながら、一歩踏み出した。


視界が黒く染まる。


身体がふわりと浮いた。


次の瞬間。


眩しい光が目へ飛び込んできた。



「……え?」


悠人は思わず立ち尽くく。


目の前には巨大な屋敷が建っていた。


先ほどまで見ていた三階建ての建物ではない。


白い石造りの大邸宅。


噴水。


庭園。


色鮮やかな花々。


空には夕焼けが広がっている。


「別世界……。」


リリが小さく呟く。


クロも辺りを見回した。


「外と季節が違います。」


確かに。


王都は秋だった。


しかしここでは春の花が咲いていた。


暖かな風まで吹いている。


「空間が切り離されています。」


ミリアが静かに分析する。


「外とは時間も環境も一致していません。」


悠人は屋敷を見上げる。


「これ全部。」


「建物の中なんですか?」


「はい。」


執事は深く一礼した。


「こちらが、本来のお屋敷でございます。」


「外から見えている建物は。」


「ほんの入口に過ぎません。」


悠人は頭を抱えた。


「入口が三階建てで。」


「本体はお城ですか……。」


「よくあることだ。」


ガルが当然のように答える。


「いや、ありません。」


即座に否定した。


レオンが吹き出す。


「新人も少しは慣れてきたな。」


「慣れたくありません。」



執事は玄関の扉を静かに開く。


「主人がお待ちです。」


その言葉と同時に。


ギィィ……。


屋敷の奥から、どこか懐かしいオルゴールの音色が聞こえてきた。


悠人は胸に小さな違和感を覚える。


初めて来た場所のはずなのに。


この音を、どこかで聞いた気がした。


オルゴールの音色に導かれるように、一行は屋敷の中へ足を踏み入れた。


玄関ホールは息をのむほど広い。


真っ赤な絨毯。


白い大理石の床。


二階へ続く大階段。


天井からは巨大なシャンデリアが吊り下がっている。


「……すごい。」


悠人は思わず見上げた。


「王城より立派じゃないですか。」


「建物自体は非常に価値が高いですね。」


ミリアが壁を調べる。


「素材も失われた古代技術です。」


「売れば高そうですね。」


悠人が何気なく言うと、執事は困ったように微笑んだ。


「それが難しいのでございます。」


「誰も最後まで住めません。」


事故物件である理由は、まだそこにあった。



執事に案内され、応接室へ入る。


長いテーブル。


暖炉。


本棚。


どこも埃一つない。


まるで今も誰かが暮らしているようだった。


「本当に誰もいないんですか?」


悠人が尋ねる。


「主人だけでございます。」


執事は静かに答える。


「使用人は私一人。」


「他の者は?」


「百年前に全員辞めました。」


「百年?」


悠人は思わず聞き返す。


「はい。」


「主人が変わらないものですから。」


「……。」


誰も突っ込めなかった。


百年働く執事も十分おかしい。



その時。


コン。


コン。


二階から足音が聞こえた。


全員が階段を見る。


ゆっくりと一人の女性が降りてくる。


銀色の長い髪。


黒いドレス。


年齢は二十代前半ほどに見える。


透き通るような白い肌。


その姿には気品があった。


女性は階段を下り切ると、一行へ優雅に一礼する。


「ようこそ。」


「影の屋敷へ。」


静かな声だった。


「私は、この屋敷の所有者。」


「エレナと申します。」


悠人たちも挨拶を返す。


「異世界不動産の佐藤悠人です。」


「店長のガルです。」


簡単な自己紹介を終えると、エレナは少しだけ寂しそうに笑った。


「百年ぶりのお客様です。」


「本来なら歓迎のお茶をお出ししたいのですが……。」


そこで言葉が止まる。


「その前に、一つだけお願いがあります。」


ガルが短く答える。


「内容は。」


エレナは窓の外へ目を向けた。


庭園では色とりどりの花が風に揺れている。


穏やかな景色だった。


だが、その表情は曇っていた。


「この屋敷を。」


「売ってください。」


悠人は目を丸くした。


「え?」


「この屋敷の持ち主なのに?」


「はい。」


エレナは静かに頷く。


そして、小さな声で続けた。


「私は……。」


「この屋敷から、一歩も外へ出られないのです。」


部屋の空気が、一瞬で張り詰めた。


応接室が静まり返る。


「外へ出られない?」


悠人は思わず聞き返した。


エレナは静かに頷く。


「正確には、この屋敷の敷地から出られません。」


「門へ近付くことはできます。」


「ですが、一歩でも外へ出ようとすると……。」


そこで言葉を切る。


「戻されます。」


「戻される?」


「はい。」


「気付けば、いつも屋敷の玄関に立っています。」


悠人は眉をひそめた。


「転移魔法ですか?」


ミリアは首を横に振る。


「違います。」


「転移なら魔力反応があります。」


「でも、この屋敷にはありません。」


「つまり原因不明。」


レオンが腕を組む。


「厄介だな。」



ガルは部屋の中を静かに見回していた。


壁。


窓。


暖炉。


天井。


何かを探しているようだった。


「店長?」


悠人が声を掛ける。


ガルは暖炉の前で足を止めた。


「埃がない。」


「え?」


「百年誰も来ていない。」


「なのに屋敷が綺麗すぎる。」


悠人は辺りを見回す。


確かに。


家具は磨かれ。


床も光っている。


庭も手入れされていた。


「執事さんが掃除を?」


悠人が尋ねる。


執事は穏やかに微笑んだ。


「もちろん私も掃除いたします。」


「ですが。」


「屋敷そのものが、自ら修復しております。」


「自分で?」


リリが目を丸くする。


「そんな家あるんですか?」


「初めて見ます。」


クロも静かに呟いた。



エレナは申し訳なさそうに頭を下げる。


「この屋敷は、生きています。」


「傷付いても直ります。」


「汚れても綺麗になります。」


「誰も住んでいなくても、百年間ずっと変わりません。」


悠人は言葉を失った。


売れない理由がもう一つあった。


家が勝手に生きている。


普通の人が住めるわけがない。



その時だった。


ガタッ。


応接室の椅子が一人でに動く。


続いて本棚。


暖炉の火。


カーテン。


屋敷全体がゆっくりと揺れ始める。


「またですか……。」


エレナが小さく呟く。


「屋敷が。」


「機嫌を悪くしました。」


「家に機嫌があるんですか?」


悠人は思わず声を上げる。


その瞬間。


ドォン!


屋敷全体が大きく揺れた。


天井から埃が落ちる。


シャンデリアが激しく揺れる。


執事は慌てる様子もなく一礼した。


「申し訳ございません。」


「主人以外のお客様が来ると、時々こうなるのでございます。」


悠人は頭を抱えた。


「つまり。」


「この家、人見知りなんですか?」


「その表現が一番近いかもしれません。」


エレナは苦笑した。


ガルは静かに立ち上がる。


そして壁へそっと手を当てる。


しばらく黙っていたが、小さく呟いた。


「そういうことか。」


「店長?」


悠人たちが振り向く。


ガルは壁から手を離し、静かに言った。


「この屋敷。」


「売りたくないらしい。」


その一言で、全員が壁を見つめた。


まるで返事をするように。


トン。


壁の向こうから、小さく音が返ってきた。


異世界不動産史上、最も頑固な"住人"との交渉が始まろうとしていた。

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