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異世界不動産 ~事故物件専門の不動産屋で働くことになりました~  作者:


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第44話 王都の大事件

第六管理区画から戻って三日後。


異世界不動産には、久しぶりに穏やかな朝が訪れていた。


悠人は店先を掃除している。


リリは花壇へ水をやり、クロは店内の棚を整えていた。


ミリアは書類整理。


レオンは椅子に座って新聞を読んでいる。


そしてガルは、いつものようにカウンターでコーヒーを飲んでいた。


平和だった。


「こういう日もあるんですね。」


悠人が笑う。


「毎日事故物件じゃないんだ。」


「その方が店としては正常だ。」


ガルは静かに答える。


確かにその通りだった。



カラン。


店の扉が開く。


入ってきたのは、一人の若い男性だった。


高級そうな服。


革靴。


肩から大きな鞄を提げている。


「すみません。」


「異世界不動産はこちらでしょうか。」


「はい。」


悠人が応対する。


「物件をお探しですか?」


男性は首を横へ振った。


「いえ。」


「建物を売りたいんです。」


「売却ですか?」


「はい。」


珍しい依頼だった。


今までは事故物件の調査や管理ばかり。


物件売却の相談は初めてである。


悠人は男性を応接室へ案内した。



「どのような建物でしょう。」


男性は鞄から書類を取り出す。


「王都中央区。」


「三階建て。」


「元商業施設です。」


悠人は目を丸くした。


王都中央区。


一等地だった。


「そんな場所なら普通の不動産屋でも売れますよね?」


男性は苦笑する。


「売れません。」


「理由があります。」


その一言で空気が変わる。


レオンが新聞を畳んだ。


ミリアも手を止める。


ガルだけは静かにコーヒーを置いた。


「理由は。」


短く尋ねる。


男性は小さく息を吸う。


そして静かに答えた。


「建物が。」


「毎晩、一階ずつ消えるんです。」


店内が静まり返った。


「……消える?」


悠人は聞き返す。


「はい。」


「朝になると元へ戻っています。」


「でも夜になると。」


「また一階ずつ消えるんです。」


悠人は意味が分からなかった。


幽霊ならまだ分かる。


呪いでも分かる。


だが。


建物そのものが消える。


そんな事故物件は聞いたことがない。


ガルは立ち上がる。


「営業。」


「はい。」


「現地確認だ。」


新たな依頼。


それは今までで最も不可解な事故物件だった。


その日の午後。


悠人たちは依頼人に案内され、王都中央区へやって来た。


「うわ……。」


悠人は思わず声を漏らす。


大通りには人が溢れ、露店が並び、馬車が行き交っている。


王都で最も栄えている場所だった。


「こんな場所に事故物件があるなんて。」


「だから困っている。」


依頼人は苦笑した。


「営業が終わるたびに店が消えるなんて噂になってしまって。」


「周りの店も迷惑しています。」


しばらく歩くと、一軒の建物が見えてきた。


三階建ての石造り。


外壁も新しく、大きなガラス窓が並んでいる。


事故物件には見えない。


「普通ですね。」


悠人が建物を見上げる。


「見た目はな。」


レオンも腕を組む。


「夜までは。」


依頼人が入口の鍵を開ける。


店内へ入る。


広い一階。


商品棚。


カウンター。


階段。


どこもきれいに掃除されていた。


「異常ありませんね。」


悠人が周囲を確認する。


ミリアも魔力を探る。


「呪いなし。」


「結界なし。」


「魔法反応もありません。」


「封印施設でもない。」


クロも静かに頷く。


「普通の建物です。」


ガルは一階から三階まで歩き回る。


壁。


床。


柱。


窓枠。


一本ずつ確かめていく。


まるで本当に建物の点検だった。


「店長。」


悠人が声を掛ける。


「何かありますか?」


ガルは床へしゃがみ込んだ。


「これ。」


床板の継ぎ目を指差す。


ほんのわずか。


木材の色が違う。


「張り替えてあります。」


依頼人が頷いた。


「消えた時に壊れるので。」


「毎回修理してるんです。」


「毎回?」


「はい。」


「毎晩です。」


悠人は頭が痛くなった。


修理代だけでも相当な金額になる。


「売りたくなる気持ちも分かります。」


「でしょう?」


依頼人は疲れ切った笑顔を見せた。



日が傾き始める。


外は夕焼けに染まり、人通りも少しずつ減ってきた。


「もうすぐです。」


依頼人が時計を見る。


「毎日、日没と同時に始まります。」


悠人は固唾を呑む。


リリもクロの後ろへ隠れる。


レオンは壁にもたれ、腕を組んだ。


ガルだけは静かに建物の中央へ立つ。


そして。


王都へ夜の鐘が鳴り響いた。


ゴォォォン――。


その瞬間。


建物全体が小さく震える。


「来ます!」


依頼人が叫ぶ。


悠人は目の前の柱を見つめた。


次の瞬間。


柱が。


壁が。


床が。


まるで霧になるように、ゆっくりと透け始めた。


「なっ……!」


建物が、本当に消え始めていた。


「消えてる……!」


悠人は目を見開いた。


目の前の柱がゆっくりと透けていく。


壁も。


床も。


天井も。


一階全体が白い霧へ溶けるように姿を消していった。


「全員外へ!」


ガルが指示を飛ばす。


悠人たちは急いで建物の外へ飛び出した。


通りの向かい側まで退避する。


そして振り返る。


「……。」


誰も言葉が出なかった。


一階だけが消えている。


二階と三階は空中に浮いたまま。


落ちる気配すらない。


まるで見えない土台が存在するようだった。


通行人たちは驚きもしない。


「ああ、始まったか。」


「今日は少し遅いな。」


日常会話のように話している。


悠人は目を丸くした。


「みんな慣れてる……。」


「毎日だからな。」


依頼人が苦笑する。


「最初は大騒ぎでした。」


「今では王都名物ですよ。」


「そんな名物いりませんよ。」


悠人は思わず突っ込んだ。



ミリアが建物へ魔力を飛ばす。


しかし。


首を横へ振った。


「やっぱり分かりません。」


「魔法ではありません。」


「呪いでもありません。」


「建物自体は存在しています。」


「でも、一階だけが別の場所へ移動しています。」


「移動?」


悠人が聞き返す。


ミリアも困ったような表情になる。


「説明できません。」


「空間そのものが重なっています。」


その時だった。


ガルが静かに地面を見ていた。


「営業。」


「はい。」


「影を見ろ。」


悠人は建物の足元を見る。


影だけは三階建てのままだった。


消えたはずの一階まで、影には映っている。


「おかしい……。」


クロも小さく呟く。


「影だけ残っています。」


その瞬間だった。


影が揺れた。


水面へ石を落としたように波紋が広がる。


悠人は思わず一歩下がる。


「店長。」


「ああ。」


ガルは剣へ手を添えた。


影の中央が盛り上がる。


黒い水面から何かが浮かび上がってくる。


最初に現れたのは黒い革靴だった。


続いて脚。


胴体。


腕。


最後に、一人の老人がゆっくり姿を現す。


黒い燕尾服。


白い手袋。


背筋を真っすぐ伸ばした執事だった。


老人は周囲を見回し、悠人たちへ深く一礼する。


「お待ちしておりました。」


穏やかな笑顔だった。


「異世界不動産の皆様。」


悠人は息を呑む。


「俺たちを知ってる……?」


老人は静かに微笑む。


「もちろんです。」


「主がお会いしたいそうです。」


「主?」


老人はゆっくりと、影の中へ視線を向ける。


「この屋敷の、本当の所有者でございます。」


その瞬間。


建物の影が大きく揺れた。


まるで別世界への入口が開くように。


ガルは迷わず一歩前へ出る。


「営業。」


「はい。」


「内見だ。」


悠人は苦笑しながら頷いた。


どんな世界でも。


異世界不動産の仕事は変わらない。


まずは、物件を見ることから始まるのだった。

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