第43話 管理人の内見
翌朝。
異世界不動産の馬車は再び東の山へ向かっていた。
御者席にはガル。
荷台には悠人、レオン、ミリア、クロ、リリ、そして管理人候補のノエルが座っている。
「管理人になる前に、実際に住む場所を見てもらう。」
ガルが手綱を握りながら言った。
「住めない場所を勧める気はない。」
「よろしくお願いします。」
ノエルは静かに頭を下げた。
悠人は思わず笑う。
「今回は完全に内見ですね。」
「本業だ。」
ガルが短く答える。
ようやく不動産屋らしい仕事だった。
◇
昼前。
一行は第六管理区画の管理小屋へ到着した。
応急修繕を終えた小屋は、前回来た時よりずっと明るく見える。
崩れていた屋根は直され、窓も新しくなっていた。
「すごい……。」
ノエルが目を輝かせる。
「山小屋というより、一軒家ですね。」
「二部屋あります。」
悠人が案内する。
「台所はこちらです。」
「井戸は裏庭。」
「畑も使えます。」
リリが嬉しそうに庭を案内する。
「ここで野菜が育てられますよ!」
「春になると花も咲きます。」
クロが静かに付け加えた。
ノエルは庭を見回し、嬉しそうに笑う。
「思っていたより暮らしやすそうですね。」
悠人は安心した。
第一印象は悪くない。
◇
続いて管理小屋の裏へ案内する。
石畳の道。
結界柱。
そして第六管理区画へ続く巨大な石門。
ノエルの表情が少し引き締まった。
「あれを管理するんですね。」
「毎日ではありません。」
ミリアが説明する。
「結界柱の点検は週に一度。」
「石門周辺の巡回は毎朝です。」
「異常があれば店へ報告。」
「なるほど。」
ノエルは真剣に頷く。
仕事の説明を受ける姿は、とても落ち着いていた。
その時。
ゴーレムが石門の前へ現れる。
重い足音を響かせながら近付いてきた。
『管理責任者、確認。』
『来訪者を認識。』
ノエルは少し驚いたものの、逃げることはなかった。
「この方は?」
『第六管理区画管理補助機構。』
ゴーレムは静かに頭を下げる。
『管理人候補へ挨拶します。』
その姿を見て、悠人は少し安心する。
少なくとも、この施設は管理人を受け入れる準備ができているようだった。
しかし、その直後だった。
ゴーレムの青い瞳が一瞬だけ赤く点滅する。
『警告。』
『結界外周に未確認反応。』
ガルの表情が変わる。
「場所は。」
『西側結界柱付近。』
『距離、約四百メートル。』
レオンが剣へ手を掛ける。
「また設備トラブルか?」
ゴーレムは数秒沈黙したあと、静かに答えた。
『不明。』
『反応は……人型です。』
その言葉に、一行の空気が再び張り詰めた。
「人型?」
悠人は思わず聞き返した。
ゴーレムは西側の森へ視線を向けたまま答える。
『はい。』
『生命反応を一件確認。』
『管理登録なし。』
「管理人じゃないのか?」
レオンが尋ねる。
『現在の管理人登録は空席です。』
『該当者なし。』
ガルは短く指示を出す。
「確認する。」
「営業。」
「はい。」
「ノエルさんを頼む。」
「分かりました。」
悠人はノエルの隣へ立つ。
リリとクロもその場へ残った。
ガル、レオン、ミリア、そしてゴーレムが森へ向かう。
静かな山に足音だけが響く。
◇
十分ほど待った頃だった。
森の奥から話し声が聞こえてきた。
「……助かった。」
「危ないところだった。」
やがて木々の間から現れたのは、一人の青年だった。
二十代前半ほど。
服は泥だらけで、肩には大きな荷物を背負っている。
顔には疲れが浮かんでいた。
「大丈夫ですか?」
悠人が駆け寄る。
青年は安心したように座り込んだ。
「道に迷ってしまって。」
「山を越えようと思ったら、崖が崩れて。」
「旅人か。」
ガルが尋ねる。
「はい。」
青年は頷く。
「薬師です。」
「各地の村を回って薬を売っています。」
荷物の中には乾燥薬草や小瓶がぎっしり詰まっていた。
ミリアも中を確認する。
「本物ですね。」
「危険物はありません。」
青年は周囲を見回した。
「ここは……?」
悠人は少し笑う。
「異世界不動産の管理物件です。」
「一般の人は立ち入り禁止なんですよ。」
青年は慌てて頭を下げた。
「すみません!」
「知りませんでした!」
「まあ。」
レオンが笑う。
「普通は知らねえよ。」
場の空気が少し和らぐ。
◇
その時。
ノエルが青年の荷物へ目を向けた。
「あの。」
「薬師さんなんですよね?」
「はい。」
「山で採れる薬草にも詳しいですか?」
「もちろんです。」
青年は笑顔で答えた。
「それが仕事ですから。」
ノエルも嬉しそうに笑う。
「実は管理小屋の周りにも薬草畑があるんです。」
「本当ですか?」
青年の目が輝く。
「見てもいいですか?」
悠人はガルを見る。
ガルは少し考えてから頷いた。
「構わん。」
「ただし。」
「管理区域から離れるな。」
「はい。」
青年は深く頭を下げた。
こうして、一行は思いがけない来訪者を迎えることになった。
だが誰もまだ知らない。
この偶然の出会いが、第六管理区画の未来を大きく変えることになるとは。
青年は管理小屋の裏庭を見回し、感心したように頷いた。
「いい畑ですね。」
「薬草もよく育っています。」
ノエルが少し照れくさそうに笑う。
「まだ管理人じゃありませんけど。」
「もし働くことになったら、大事に育てたいです。」
青年は薬草を一本手に取る。
葉の色。
茎の太さ。
香りを確かめる。
「管理が丁寧です。」
「このままなら十分育ちます。」
「本当ですか?」
「ええ。」
青年はにこりと笑った。
「少し手入れを続ければ、村へ卸せるくらいにはなりますよ。」
その言葉にノエルの表情が明るくなる。
山で暮らしながら薬草を育てる。
管理人として働きながら生活もできる。
少しずつ未来が見えてきた。
◇
ガルは青年へ地図を渡した。
「街道はこっちだ。」
「この道を真っ直ぐ行けば王都へ戻れる。」
「ありがとうございます。」
青年は深く頭を下げた。
「助かりました。」
「今度お礼に薬を持ってきます。」
「気を付けて帰れ。」
レオンが軽く手を振る。
青年はもう一度礼を言うと、山道を下っていった。
やがて姿が見えなくなる。
悠人は小さく息を吐いた。
「無事でよかった。」
「迷子一人で済んだな。」
レオンが笑う。
「最近にしては平和だった。」
「それでいいんですよ。」
悠人も苦笑した。
◇
帰る前に、ガルはノエルへ銀色の鍵を差し出した。
「持て。」
ノエルは驚いた顔になる。
「え……?」
「正式採用だ。」
短い一言だった。
ノエルは目を丸くする。
「本当に……私でいいんですか?」
「ああ。」
「ここを見て。」
「逃げなかった。」
「仕事も理解した。」
「十分だ。」
ノエルは両手で鍵を受け取る。
その目には涙が浮かんでいた。
「よろしくお願いします。」
深々と頭を下げる。
こうして、第六管理区画には新しい管理人が誕生した。
悠人は管理小屋を見上げる。
古い建物。
静かな山。
そして、新しい住人。
事故物件を売るだけではない。
守る人へ場所を託す。
それもまた、異世界不動産の大切な仕事だった。
帰り道。
悠人は少しだけ誇らしい気持ちになっていた。
今日は誰も戦わなかった。
誰も傷付かなかった。
それでも一件の依頼を無事に終えることができた。
そんな日があってもいい。




