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異世界不動産 ~事故物件専門の不動産屋で働くことになりました~  作者:


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48/48

第48話 止まった時間

百十二年前。


時計の長針も短針も、その日付を指したまま止まっていた。


「時計が……。」


悠人は思わず近付く。


古びた時計ではない。


埃一つなく、今にも動き出しそうな美しい置時計だった。


それなのに。


針だけが動かない。


少女は静かに微笑む。


「気になりますか?」


「はい。」


悠人は素直に頷いた。


「壊れているんですか?」


「いいえ。」


少女は首を横へ振る。


「止めたんです。」


「私が。」


その一言で部屋の空気が変わった。



ガルは部屋の中を見回す。


壁。


床。


天井。


窓。


どこにも異常はない。


ミリアも魔力を探る。


「呪いではありません。」


「幽霊でもありません。」


「魔法も使われていません。」


「じゃあ何で……。」


悠人は少女を見る。


百十二年間。


この部屋で生き続けていた。


普通ではありえない。


少女は本を机へ置く。


「私はエリス。」


「昔、この王城に住んでいました。」


「昔?」


「百十二年前です。」


悠人は思わず苦笑する。


「それが昔すぎるんです。」



セシリアが一歩前へ出る。


「失礼ですが。」


「あなたは……人間なのですか?」


少女は少し考えたあと、小さく笑った。


「私にも分かりません。」


「気が付いたら。」


「ずっと、この部屋にいました。」


その答えに誰も言葉を返せなかった。



ガルは窓際まで歩く。


窓を開ける。


夕方の風が部屋へ流れ込む。


外には王都の景色。


普通の部屋だ。


「外へ出たか。」


少女は寂しそうに首を横へ振った。


「出られません。」


「扉を出ると。」


「気付けば、また椅子へ座っています。」


悠人は思わずエレナを思い出した。


影の屋敷。


あの時と似ている。


「また閉じ込められてる……。」



その時だった。


コチッ。


小さな音が響く。


全員が時計を見る。


止まっていたはずの長針が、一目盛りだけ動いた。


「動いた!」


悠人が声を上げる。


しかし。


時計は再び止まる。


エリスは静かに時計を見つめていた。


「また少し。」


「時間が進みました。」


その言葉には、どこか嬉しそうな響きがあった。


ガルは時計の前へ立つ。


そして、小さく呟く。


「そういうことか。」


「店長?」


悠人が振り向く。


ガルは時計から目を離さず言った。


「止まっているのは。」


「時計じゃない。」


その言葉に、一同は息を呑んだ。


「時計じゃない……?」


悠人は首をかしげた。


ガルは止まった時計へ近付き、静かに文字盤へ触れる。


「この時計は正常だ。」


「壊れていない。」


「でも。」


悠人は針を見る。


「止まっています。」


「ああ。」


ガルは短く頷く。


「時計が時間を刻めないだけだ。」


「この部屋では。」


ミリアがゆっくり部屋を見回した。


「時間そのものが乱れています。」


「だから時計も進めない。」


「じゃあ。」


「百十二年間。」


悠人は少女を見る。


「この部屋だけ時間が止まっていた?」


エリスは静かに首を横へ振った。


「少し違います。」


「時間は流れています。」


「でも。」


「外へ出て行かないんです。」


誰も意味を理解できなかった。



エリスは窓の外を見る。


夕焼けに染まる王都。


「毎日。」


「同じ夕方なんです。」


「朝にならない?」


「はい。」


「夜にも。」


「昼にも。」


「ならないんです。」


悠人は言葉を失った。


百十二年間。


同じ夕方を繰り返している。


そんな部屋が存在するのか。



レオンは腕を組む。


「だから。」


「泊まった奴は倒れるのか。」


ミリアも頷いた。


「体だけは外の時間で動きます。」


「でも部屋は夕方のまま。」


「時間の流れが噛み合わない。」


「その反動で体調を崩しているんです。」


「なるほど。」


悠人はようやく納得した。


呪いではない。


時間の異常だった。



ガルは少女へ尋ねる。


「最後に覚えていることは。」


エリスは少しだけ目を閉じた。


「誰かを待っていました。」


「誰を?」


「……思い出せません。」


「約束だけ覚えています。」


「約束?」


エリスは静かに頷いた。


「『夕方までに帰る』って。」


部屋が静まり返る。


百十二年間。


少女はその約束だけを信じて待ち続けていた。


だから時間も。


夕方のまま止まってしまった。


悠人の胸が少し痛くなる。



その時だった。


コン。


扉が小さく鳴る。


誰も触れていない。


コン。


コン。


今度は窓が鳴った。


そして。


部屋中の時計という時計が、一斉に動き始める。


カチ。


カチ。


カチ。


ミリアの顔色が変わる。


「店長。」


「時間が動き始めました。」


ガルは静かに頷く。


「ああ。」


「待っていた相手が。」


「近付いている。」


その瞬間。


廊下の奥から、ゆっくりと誰かの足音が聞こえてきた。


百十二年間、一度も聞こえるはずのなかった足音が。


コツ。


コツ。


静かな廊下へ足音が響く。


誰も話さない。


足音はゆっくりと部屋へ近付いてくる。


セシリアは思わず剣へ手を掛けた。


レオンも一歩前へ出る。


しかし。


ガルだけは動かなかった。


「店長?」


「ああ。」


「敵じゃない。」


短い一言だった。



やがて。


コン。


部屋の扉が静かに叩かれる。


百十二年間。


誰も訪れることのなかった部屋。


その扉が、今初めて外側からノックされた。


エリスの身体が小さく震える。


「……来た。」


その声は震えていた。


嬉しさと。


信じられないという気持ちが混ざっている。


ガルは静かに扉を開けた。



廊下には、一人の老人が立っていた。


王城の庭師だった。


年齢は八十を超えているだろう。


白髪交じりの髪。


深い皺。


震える手。


老人は部屋を見るなり、その場へ膝をついた。


「お嬢様……。」


涙声だった。


エリスは目を丸くする。


「……誰?」


老人は苦しそうに笑う。


「覚えておられませんか。」


「私は。」


「庭師見習いだったトーマスです。」


その名前を聞いた瞬間。


エリスの表情が変わった。


「トーマス……?」


遠い記憶が少しずつ戻ってくる。


庭で花を植えていた少年。


毎日笑っていた少年。


そして。


ある日の夕方。


「そうだ……。」


エリスは小さく呟いた。


「約束。」



老人は涙を拭う。


「花を摘みに行って。」


「夕方までに戻りますと。」


「約束したんです。」


「ですが。」


「王都の外で事故に遭い。」


「戻れませんでした。」


治療。


戦乱。


復興。


気が付けば何十年もの歳月が流れていた。


それでも老人は忘れなかった。


約束を。


「ずっと。」


「謝りたかった。」


その言葉が終わった瞬間だった。


カチ。


止まっていた時計が動き始める。


一秒。


また一秒。


静かに時を刻み始める。


夕焼けだった窓の外も、ゆっくりと夜へ変わっていく。


百十二年間止まっていた夕暮れが、ようやく終わった。



エリスは涙を流していた。


「帰ってきてくれた。」


「約束。」


「守ってくれた。」


老人は何度も頭を下げる。


「遅くなって。」


「申し訳ありません。」


エリスは静かに首を横へ振った。


「ううん。」


「待ってて良かった。」


その笑顔は、百十二年間で初めて見せる、本当の笑顔だった。



部屋の空気が変わる。


重苦しさが消えていく。


ミリアが小さく息を吐く。


「時間の歪みがなくなりました。」


「事故物件ではなくなりましたね。」


ガルは静かに頷く。


「ああ。」


「原因は未練だった。」


悠人は窓の外を見る。


夜空には星が輝いている。


この部屋にとっては、百十二年ぶりの夜だった。


「また売れるようになりますね。」


悠人が笑う。


ガルも小さく頷く。


「営業。」


「はい。」


「依頼完了だ。」


異世界不動産は今日もまた、一軒の"住めない家"を、人が住める場所へ戻した。


それが、この店の仕事だった。

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