第40話 地下保守区画
ゴーレムの後を追い、一行は広間の奥へ進んだ。
重い石扉が音もなく開く。
その先には下へ続く長い階段があった。
「地下ですか。」
悠人がランタンを掲げる。
階段は深く、底が見えない。
「保守区画は地下にあります。」
ゴーレムが機械的な声で説明する。
「結界核や管理設備の点検は、すべて地下施設で行われます。」
「管理人もそこへ?」
ガルが尋ねる。
『生命反応は地下最深部です。』
一行は階段を下り始めた。
石壁には青白い魔石が埋め込まれている。
だが、そのほとんどは消えかけていた。
明かりは弱く、長い影が床へ伸びる。
十分ほど歩く。
ようやく階段が終わった。
そこには巨大な地下通路が広がっていた。
左右には無数の鉄扉。
天井には太い配管。
壁には古代文字が刻まれている。
「まるで地下工場ですね。」
悠人が感心する。
「管理施設だからな。」
レオンも辺りを見回した。
「修理するための設備なんだろ。」
ミリアは配管へ近付く。
「魔力循環管です。」
「結界核へ魔力を送っています。」
しかし。
配管のあちこちから青い光が漏れていた。
「漏れてる。」
悠人が呟く。
「はい。」
「配管も寿命です。」
ミリアは顔を曇らせた。
「これでは魔力が途中で失われます。」
だから結界が弱くなっていた。
原因が一つずつ見えてくる。
その時だった。
ピコン。
ゴーレムの瞳が点滅する。
『警告。』
『地下保守区画に異常反応。』
『接近中。』
ガルが立ち止まる。
「何が来る。」
『保守用自動機械。』
『現在、暴走状態。』
「またか。」
レオンが苦笑する。
悠人も思わず笑ってしまう。
「最近、本当に多いですね。」
「管理不足だからだ。」
ガルは短く答えた。
その直後。
ガシャーン!!
通路の奥で鉄扉が吹き飛んだ。
煙の中から現れたのは、小型の機械だった。
人ほどの大きさ。
六本の脚。
前方には大きな工具のような腕。
「修理用……?」
悠人が首をかしげる。
『保守機械一号。』
ゴーレムが答える。
『通常は配管修理を担当します。』
「普通に見えますけど。」
そう言った瞬間。
機械の赤い目が点灯した。
『異物確認。』
『分解を開始します。』
ブイィィィン!!
工具の刃が高速回転を始める。
悠人の顔色が変わった。
「分解って……。」
レオンが剣を抜いて笑う。
「新人。」
「お前も工具扱いされるらしいぞ。」
機械は六本の脚で床を蹴り、一気に突進してきた。
異世界不動産の、新たな「設備トラブル」が始まる。
保守機械は一直線に突っ込んできた。
ギュイィィィン!!
工具の刃が火花を散らしながら高速で回転する。
「危ない!」
悠人は反射的に身を引いた。
刃先が目の前をかすめ、石壁へ当たる。
ガガガガガッ!!
分厚い石壁が紙のように削られていく。
「切れ味がおかしい!」
悠人が思わず叫ぶ。
「あれで修理してたんですか!?」
「昔の技術は豪快だからな。」
レオンが笑いながら前へ出る。
剣を振るう。
キィン!!
鋼と鋼がぶつかる高い音。
保守機械は二、三歩後ろへ下がっただけだった。
「硬ぇ!」
「工具だからな。」
ガルが短く答える。
「壊れにくく作る。」
妙に納得できる理由だった。
保守機械は赤い目を点滅させる。
『部品破損確認。』
『修理開始。』
「え?」
悠人が首をかしげた次の瞬間。
床へ落ちていた金属片が勝手に浮き上がる。
カチン。
カチン。
機械の腕が器用に動き、壊れた外装をその場で修復していく。
「自己修理!?」
ミリアが驚く。
「魔力で自己修復しています!」
「面倒だな。」
レオンが顔をしかめる。
壊しても直る。
これではきりがない。
その時。
クロが機械の背中を見ていた。
「店長。」
「後ろです。」
ガルは一瞬だけ視線を動かす。
保守機械の背面。
小さな青い魔石が埋め込まれていた。
周囲だけ装甲が薄い。
「制御核。」
ミリアも気付く。
「そこを止めれば動きません!」
「了解。」
ガルは静かに前へ出た。
保守機械が再び突進する。
ガルは避けない。
ギリギリまで引き付ける。
そして。
一歩だけ横へ。
巨体がすれ違う瞬間。
ガルの拳が保守機械の背中へ叩き込まれた。
ゴンッ!!
鈍い音が地下通路へ響く。
パリン。
青い魔石が砕け散る。
『制御……停止……。』
保守機械は二、三歩ふらつき、その場で動きを止めた。
静寂。
「終わった。」
悠人が大きく息を吐く。
「店長。」
「毎回それで終わらせますよね。」
「壊れた部品を直す。」
ガルは当然のように答える。
「直らなければ交換だ。」
「考え方が完全に不動産屋ですね。」
悠人は苦笑した。
その時だった。
ゴーレムが地下通路の奥を指差す。
『保守区画入口まで残り五十メートル。』
『生命反応、継続確認。』
全員の表情が引き締まる。
管理人はまだ生きている。
異世界不動産の一行は再び歩き始めた。
しかし、その時。
通路のさらに奥から――
「……誰か。」
かすかな声が聞こえた。
生存者だった。
「……誰か。」
かすれた声だった。
悠人たちは顔を見合わせる。
「生きてる!」
悠人が駆け出そうとする。
「待て。」
ガルが肩へ手を置いた。
「周囲を確認してからだ。」
「はい。」
悠人は慌てて立ち止まる。
営業として、お客様を助けたい気持ちはある。
だが、店長の判断はいつも正しい。
まず安全確認。
それが異世界不動産の基本だった。
ゴーレムが通路を照らす。
『前方、安全。』
『罠、異常反応なし。』
ガルが頷く。
「行くぞ。」
全員で奥の部屋へ入る。
そこは広い保守室だった。
壁一面に魔法陣。
巨大な配管。
工具棚。
中央には修理台が置かれている。
その脇で、一人の老人が壁にもたれ掛かっていた。
白髪。
長い髭。
作業着は破れている。
「管理人さん!」
悠人が駆け寄る。
老人はゆっくり目を開けた。
「……来てくれたか。」
弱々しく笑う。
「異世界不動産……。」
「はい。」
悠人は安心した。
意識ははっきりしている。
ミリアがすぐ治癒魔法を使う。
淡い光が老人を包む。
「命に別状はありません。」
「衰弱しています。」
「水を。」
リリが水筒を差し出す。
老人は少しだけ口に含み、大きく息を吐いた。
「助かった……。」
ガルが静かに尋ねる。
「何があった。」
老人は地下通路の奥を見る。
「あれだ。」
「あれ?」
悠人も視線を向ける。
暗闇の中。
巨大な扉が閉ざされていた。
老人は震える声で続ける。
「結界核を直そうとした。」
「だが遅かった。」
「地下の保守設備が全部暴走した。」
「調査員たちは?」
レオンが聞く。
老人は静かに首を振る。
「避難させた。」
「全員、非常通路から外へ出した。」
「え?」
悠人は目を丸くする。
「じゃあ行方不明じゃ……。」
「通信が切れただけだ。」
老人は苦笑する。
「山を下りる途中で道が崩れてな。」
「連絡できなかった。」
その場の空気が一気に軽くなる。
「全員生きてる!」
リリが嬉しそうに声を上げた。
ゴーレムも静かに報告する。
『情報更新。』
『調査員五名、生存確認。』
『現在、山麓管理小屋へ避難中。』
悠人は胸をなで下ろした。
これで最悪の事態は避けられた。
しかし。
老人の表情は晴れなかった。
「安心するのはまだ早い。」
そう言って、奥の巨大な扉を見つめる。
「問題は。」
「この先だ。」
ゴゴゴゴ……。
地下全体が再び揺れた。
巨大な扉の隙間から、黒い霧がゆっくりと漏れ始める。
ミリアの顔色が変わる。
「店長。」
「あれは……。」
ガルは静かに剣へ手を添えた。
「ああ。」
「第六管理区画の本当の管理対象だ。」
悠人は唾を飲み込む。
ここまで見てきたものは、すべて前座だった。
異世界不動産の本当の仕事は、今まさに始まろうとしていた。




