第39話 山奥の管理物件
ゴゴゴゴゴ……。
巨大な石門は低い地響きを立てながら開き続ける。
長い年月、一度も動かなかったはずの門。
その隙間から吹き出す冷気が、森の木々を揺らした。
悠人は思わず息をのむ。
「勝手に……開いてる。」
「誰も触ってないですよね。」
「ああ。」
ガルは短く答えた。
その視線は門ではなく、周囲の石柱へ向けられていた。
「門じゃない。」
「結界が限界なんだ。」
ミリアも石柱へ駆け寄る。
一本ずつ魔力を確かめる。
「魔力残量は一割以下……。」
「これでは封印を維持できません。」
「修復できるのか?」
悠人が尋ねる。
ミリアは首を横に振った。
「ここまで劣化すると現地だけでは無理です。」
「王都の工房から資材を運ぶ必要があります。」
つまり、すぐには直せない。
その間にも門は開き続ける。
ガルは門の前まで歩いた。
地面には太い鎖が何本も埋め込まれている。
どれも錆び、半分以上が切れていた。
「管理不足じゃない。」
クロが静かに言う。
「寿命です。」
全員がクロを見る。
「この結界は、三百年ごとに大規模修繕が必要でした。」
「昔、管理人から聞きました。」
悠人は驚く。
「三百年?」
「はい。」
「でも、その修繕は行われなかったんです。」
「なぜ?」
「分かりません。」
クロは静かに首を振った。
「気付いた時には、もう管理人は一人だけでした。」
その一言が重く響く。
これほど巨大な施設を、たった一人で守っていた。
限界が来るのも当然だった。
その時だった。
「店長。」
レオンがしゃがみ込む。
門の前の土を指差した。
「足跡だ。」
悠人も近付く。
新しい。
まだ雨にも流されていない。
「管理人さん?」
「いや。」
ガルは即座に否定した。
「一人じゃない。」
足跡は複数ある。
少なくとも五人以上。
しかも全員が門の中へ向かっている。
帰ってきた足跡は、一つもない。
森に沈黙が落ちた。
「全員……中へ?」
リリが小さく呟く。
悠人の背中に冷たい汗が流れる。
調査員。
管理人。
全員が門の中へ入り、そのまま戻っていない。
「営業。」
ガルが振り返る。
「はい。」
「これは家の内見と同じだ。」
「まず安全確認。」
悠人は思わず苦笑する。
こんな巨大な石門を前にしても、店長の考え方は変わらない。
「分かりました。」
「物件確認ですね。」
ガルは小さく頷いた。
「その通りだ。」
そして店長は、ゆっくりと石門の闇へ一歩踏み入れた。
異世界不動産の、新たな"管理物件"の調査が始まる。
石門をくぐった瞬間。
外の空気が変わった。
ひんやりとした冷気が肌を撫でる。
「寒い……。」
リリが肩を震わせる。
「外とは気温が違いますね。」
悠人はランタンを掲げた。
石造りの通路。
幅は十メートルほど。
天井は高く、等間隔に石柱が並んでいる。
床には古い石畳。
何百年も前に造られたとは思えないほど、きれいな状態を保っていた。
「管理状態は悪くない。」
ガルが壁をなぞる。
「雨も風も入らん。」
「建物自体は丈夫です。」
ミリアも頷く。
しかし、その表情は明るくない。
「問題は管理設備です。」
壁には青白く光る魔石が埋め込まれていた。
そのほとんどが消えている。
残っている光も弱々しい。
「照明設備も寿命ですね。」
「交換が必要です。」
悠人は思わず営業目線で考えてしまう。
修繕費。
資材。
工期。
普通の物件なら見積書を作るところだ。
「営業。」
ガルが小さく笑う。
「今、見積もりを考えただろ。」
「……少しだけ。」
レオンが吹き出した。
「職業病だな。」
張り詰めていた空気が少しだけ和らぐ。
その時だった。
クロが足を止める。
「店長。」
「床です。」
全員が視線を落とす。
石畳の上に、白い粉が散らばっていた。
ミリアが指先で触れる。
「石です。」
「天井の一部が崩れています。」
悠人が上を見る。
確かに、小さな亀裂がいくつも走っていた。
「このまま放置すると危険ですね。」
「応急処置が必要です。」
ガルは短く頷く。
「帰りに印を付ける。」
「優先順位も決める。」
異世界不動産らしい会話だった。
冒険ではない。
施設管理。
修繕計画。
それが彼らの仕事だ。
しばらく進むと、大きな広間へ出た。
部屋の中央には円形の台座。
その上には巨大な水晶が浮かんでいる。
しかし。
水晶は半分以上が黒く変色していた。
「結界核。」
ミリアが息を呑む。
「第六管理区画の中枢です。」
ガルが近付く。
水晶へ手をかざす。
その瞬間。
パキッ。
小さな音が響いた。
水晶の表面に、新しい亀裂が一本走る。
同時に。
ゴゴゴゴゴ……。
施設全体が大きく揺れ始めた。
「まずい!」
ミリアが叫ぶ。
「結界核が崩壊を始めています!」
悠人は慌てて辺りを見回す。
その時。
広間の奥の暗闇で、何かがゆっくりと立ち上がった。
人影。
いや、人ではない。
石でできた巨大な腕が、暗闇から姿を現す。
続いて肩。
胴体。
そして二つの赤い光が灯る。
それは瞳だった。
レオンが剣を抜く。
「また守護者か……!」
ガルは静かに前へ出る。
「違う。」
「今度は管理人じゃない。」
巨大な石像は、何百年もの眠りから目覚めるようにゆっくりと頭を上げた。
そして低い声が広間へ響く。
「……侵入者。」
異世界不動産へ、新たな管理物件の番人が姿を現した
広間に重い声が響く。
「……侵入者。」
石像の赤い瞳が、一人ずつ悠人たちを見つめる。
ゴゴゴ……。
巨大な体がゆっくりと動き始めた。
高さは五メートルほど。
地下都市アークで戦った封印の番人ほどではない。
だが、その体を覆う岩肌には無数の魔法陣が刻まれていた。
「防衛ゴーレムです。」
ミリアが素早く分析する。
「管理施設を守るための自動防衛装置。」
「まだ動くのか。」
レオンが剣を構える。
「三百年以上前の代物だろ?」
「魔力が残っていれば動きます。」
クロが静かに答えた。
その時。
ゴーレムの瞳が青く光る。
『身分確認。』
『管理証を提示してください。』
全員が固まる。
「……え?」
悠人は思わず声を漏らした。
今までの守護者とは違う。
いきなり攻撃してこない。
ガルはコートの内側から、一枚の金属製のプレートを取り出した。
古びた銀色の管理証だった。
「異世界不動産。」
「管理責任者、ガル。」
ゴーレムは静かに管理証を見つめる。
瞳が何度か点滅した。
『照合中。』
数秒後。
『確認完了。』
赤かった瞳が青色へ変わる。
ゴーレムは武器を下ろした。
『管理責任者を認識。』
『ようこそ、第六管理区画へ。』
悠人は思わず力が抜けた。
「戦わないんですね。」
「管理施設だからな。」
ガルは当然のように答える。
「住人を斬る管理人はいない。」
「なるほど……。」
確かに不動産らしい。
ゴーレムはゆっくりと頭を下げた。
『報告します。』
『結界維持率、九・三%。』
『修復期限、既に超過。』
『管理員、一名行方不明。』
『応援調査員、五名行方不明。』
『施設崩壊まで推定七十二時間。』
広間が静まり返る。
「七十二時間……。」
悠人が小さく呟く。
つまり三日後には、この施設は完全に崩壊する。
「修復は間に合うか?」
ガルが尋ねる。
『現有設備では不可能。』
『結界核交換が必要です。』
ミリアが青ざめる。
「結界核なんて王都にも予備はありません。」
「新しく作るしか……。」
その時だった。
ゴーレムの瞳が再び点滅する。
『追加報告。』
『行方不明者一名の生命反応を確認。』
全員が顔を上げる。
「生きてるのか!」
レオンが叫ぶ。
『はい。』
『地下保守区画にて確認。』
『ただし。』
ゴーレムは少しだけ間を置いた。
『救助成功率、三・八%。』
その数字に、誰も言葉を失った。
ガルだけは静かにゴーレムを見つめる。
「案内しろ。」
『了解。』
ゴーレムは重い足音を響かせ、広間の奥へ歩き始めた。
悠人たちも後を追う。
三日後には崩壊する管理施設。
生存者は一人。
成功率は、わずか三・八%。
それでも異世界不動産は進む。
管理物件に取り残された住人を、見捨てるわけにはいかなかった。




