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異世界不動産 ~事故物件専門の不動産屋で働くことになりました~  作者:


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第36話 もう一人の訪問者

翌日の朝。


異世界不動産では、昨日の調査結果をまとめる作業が行われていた。


ミリアが机いっぱいに書類を広げる。


「調査報告です。」


「足音の一つは、廊下と点検用通路による共鳴現象。」


ガルが頷く。


「建物の不具合として修繕可能だな。」


「はい。」


ミリアは次の書類をめくる。


「ですが、点検用通路の足跡については原因不明です。」


「調査継続を推奨します。」


「妥当だ。」


ガルは判を押し、報告書を閉じた。


「営業。」


「はい。」


悠人が返事をする。


「売却は保留。」


「依頼人にもそう説明します。」


「はい。」


営業としては早く売ってあげたい。


しかし、不安を残したまま契約するわけにはいかなかった。


異世界不動産は、売れれば終わりの店ではない。


安心して暮らせる家を引き渡すことが仕事だった。


その時。


カラン。


店のベルが鳴る。


「いらっしゃいませ。」


リリが笑顔で迎える。


入ってきたのは三十代くらいの男性だった。


旅人のような服装。


肩には大きな鞄を掛けている。


「すみません。」


男性は少し緊張した様子で頭を下げた。


「家を探しているんですが。」


悠人は立ち上がる。


「ようこそ、異世界不動産へ。」


男性を応接スペースへ案内する。


「ご希望をお聞かせください。」


「静かな家がいいんです。」


男性は笑う。


「仕事が物書きなので。」


「なるほど。」


悠人はメモを取る。


「ご予算は?」


「多少高くても構いません。」


「庭付きならなお嬉しいです。」


条件を聞きながら、悠人の頭に一軒の家が浮かんだ。


昨日の屋敷だった。


立地。


広さ。


庭付き。


条件はぴったりだ。


ただ一つ。


足音の問題だけが残っている。


「実は一件、条件に合う物件があります。」


悠人が慎重に切り出す。


「ですが。」


「少し確認中の現象があります。」


男性は興味深そうに身を乗り出した。


「どんな現象です?」


「夜に足音が聞こえるという報告です。」


普通なら、この時点で断られる。


悠人はそう思っていた。


しかし。


男性は笑った。


「面白そうですね。」


「え?」


「静かな家なら多少音がしても気にしません。」


悠人は思わず固まる。


レオンも横で苦笑した。


「珍しい客だな。」


「仕事柄、変わった話は好きなんです。」


男性は名刺を差し出した。


『作家 シオン』


「小説を書いています。」


悠人は名刺を見つめる。


事故物件へ興味を示す作家。


営業としてはありがたい。


だが同時に、不安もあった。


本当に安心して住める家だと確認できるまでは、紹介するべきではない。


その時だった。


店の扉が勢いよく開く。


「大変です!」


息を切らしたエマが飛び込んできた。


顔は真っ青だった。


「昨夜……。」


「また足音がしました!」


店内の空気が一変する。


しかも。


「今度は。」


エマは震える声で続けた。


「誰かが階段を下りてきたんです。」


その一言で、昨日までの調査結果は大きく揺らぎ始めた。


店内が静まり返った。


悠人はゆっくりエマへ椅子を勧める。


「落ち着いてください。」


「お茶をお持ちします。」


リリが慌てて奥へ向かう。


エマは何度か深呼吸をしてから話し始めた。


「昨日、皆さんが帰ったあとです。」


「家の戸締まりを確認して帰ろうと思っていました。」


「その時、また二階から足音が聞こえたんです。」


コツ。


コツ。


コツ。


昨日と同じ音。


しかし今回は違った。


「階段まで来たんです。」


エマは震える手を握り締める。


「私は玄関にいました。」


「足音が廊下から近付いてきて……。」


「階段を一段ずつ下りてきました。」


店の全員が真剣な表情になる。


「姿は?」


ガルが短く尋ねる。


「見ていません。」


「怖くなって外へ飛び出しました。」


それなら昨日の調査では確認できなかった。


「玄関の鍵は?」


ミリアが聞く。


「閉めました。」


「確認しましたか?」


「はい。」


「ちゃんと閉めました。」


侵入者なら鍵の問題も調べる必要がある。


悠人は昨日の間取りを思い出していた。


一階。


二階。


点検用通路。


隠し部屋。


そして足跡。


何かがまだ繋がっていない。


その時だった。


「失礼ですが。」


応接スペースで話を聞いていたシオンが静かに口を開いた。


「一つ、気になったことがあります。」


悠人たちは男性を見る。


「階段を下りる音は。」


「本当に階段だったのでしょうか。」


「どういうことです?」


悠人が尋ねる。


シオンは少し考えてから答えた。


「古い家は音が反響します。」


「二階の音が一階へ移動したように聞こえることがあります。」


ミリアも頷いた。


「あり得ます。」


「木造住宅では珍しくありません。」


エマの表情が少しだけ和らぐ。


「じゃあ……。」


「聞き間違い?」


「その可能性もあります。」


悠人は営業としてシオンへ頭を下げた。


「ありがとうございます。」


「参考になります。」


シオンは少し照れたように笑う。


「仕事柄、古い建物を調べることが多いので。」


ガルが立ち上がる。


「営業。」


「はい。」


「もう一度現地を確認する。」


「今日ですか?」


「ああ。」


「昼のうちに終わらせる。」


「分かりました。」


エマも立ち上がる。


「私も行きます。」


「もちろんです。」


悠人は頷いた。


するとシオンがおずおずと手を挙げた。


「あの……。」


「もしご迷惑でなければ。」


「私も見学していいでしょうか。」


レオンが吹き出した。


「普通は怖がるんだけどな。」


「興味の方が勝ちまして。」


ガルは少し考えたあと頷く。


「構わん。」


「ただし勝手な行動はするな。」


「ありがとうございます。」


こうして異世界不動産の一行に、思いがけない同行者が加わることになった。


悠人は苦笑する。


「今日は少し賑やかな調査になりそうですね。」


誰も知らなかった。


この"見学"が、屋敷の謎を解く大きなきっかけになることを。


一時間後。


悠人たちは再び王都西地区の屋敷へ到着した。


昨日と変わらない静かな住宅街。


子どもたちの遊ぶ声が聞こえ、事故物件とは思えないほど穏やかな空気が流れている。


「昼間は普通の家ですね。」


シオンが屋敷を見上げる。


「ええ。」


悠人は頷いた。


「だからこそ原因を突き止めたいんです。」


ガルが玄関の鍵を受け取り、中へ入る。


「昨日と変わった場所がないか確認する。」


「はい。」


全員が手分けして調査を始めた。


悠人は居間。


レオンは庭。


ミリアは二階。


リリはエマと一緒に家具の確認。


シオンは悠人の許可を得て、一階の廊下を観察していた。


しばらくして——。


「悠人さん。」


シオンが声を掛ける。


「少しいいですか。」


「何かありました?」


「この床です。」


指差した先は玄関から居間へ続く廊下だった。


「ここだけ少し沈みます。」


悠人も同じ場所へ立ってみる。


確かに、わずかに床がしなる感覚がある。


「昨日は気付きませんでした。」


「荷重で木材が動いているのかもしれません。」


シオンは床へしゃがみ込んだ。


そして耳を近付ける。


「……。」


数秒後。


「中が空洞です。」


悠人は目を見開く。


「またですか。」


「ええ。」


どうやら一階の床下にも空間があるらしい。


その時。


二階からミリアの声が響いた。


「店長!」


全員が階段へ集まる。


ミリアは廊下の窓を開けていた。


「見てください。」


窓の外。


屋敷の壁沿いに細い雨どいが伸びている。


そのすぐ横。


二階の窓枠には、小さな擦り傷がいくつも残っていた。


「新しい傷です。」


ミリアが指先でなぞる。


「誰かがここを上り下りした跡があります。」


「外から?」


レオンが身を乗り出す。


「雨どいを使えば不可能ではありません。」


ガルは外を見下ろした。


確かに器用な人間なら登れる高さだ。


「つまり。」


悠人が口を開く。


「誰かが外から侵入していた?」


「可能性はある。」


ガルは静かに頷いた。


幽霊ではない。


少なくとも足跡の正体は人間かもしれない。


その瞬間。


ガタンッ!!


一階から大きな物音が響いた。


「!」


全員が顔を見合わせる。


今、一階には——


エマとリリしかいない。


「リリ!」


悠人は階段を駆け下りた。


居間へ飛び込む。


そこには尻もちをついたリリと、驚いた表情のエマがいた。


そして部屋の隅では、一脚の椅子が倒れていた。


「大丈夫!?」


悠人が駆け寄る。


リリは何度も頷いた。


「だ、大丈夫です!」


「でも……。」


震える指が天井を指す。


「今。」


「誰かが走りました。」


二階で調査していた全員が、一斉に天井を見上げた。


その瞬間だった。


コツ。


コツ。


コツ。


昨日よりも速い足音が、二階の廊下を駆け抜けていった。


コツ、コツ、コツ――。


足音は二階の端から端まで一気に駆け抜けた。


「行くぞ!」


ガルが先頭で階段を駆け上がる。


レオンが続き、悠人も息を切らしながら後を追った。


二階へ飛び出す。


誰もいない。


廊下には静寂だけが残っていた。


「逃げられたか?」


レオンが周囲を見回す。


「いや。」


ガルは廊下の突き当たりで立ち止まる。


「窓だ。」


窓が少しだけ開いていた。


風がカーテンを揺らしている。


「さっきまで閉まっていました。」


ミリアが言う。


「鍵も掛けたはずです。」


ガルは窓の外を確認する。


雨どい。


庭。


塀。


そして――。


「いた。」


短く呟く。


悠人も窓から身を乗り出した。


庭の向こう。


塀を飛び越えようとしている黒い人影が見えた。


「人だ!」


悠人が叫ぶ。


レオンは迷わず窓枠へ足を掛ける。


「追う!」


「待て!」


ガルの制止より早く、レオンは庭へ飛び降りた。


軽やかに着地し、人影を追って走り出す。


「悠人!」


「正面へ回れ!」


「はい!」


悠人も一階へ駆け下り、玄関から外へ飛び出した。


住宅街の角。


黒いフードを被った人物が必死に逃げていく。


「止まってください!」


もちろん止まらない。


角を曲がる。


市場を抜ける。


人混みを縫うように走る。


「速い……!」


悠人は営業であって冒険者ではない。


すぐに息が上がる。


しかし、その時だった。


ドンッ。


逃げていた人物が誰かとぶつかった。


「おっと。」


低い声が響く。


ぶつかった相手は、大柄な男だった。


黒い髪。


逞しい体格。


見覚えのある背中。


「店長!」


ガルだった。


いつの間にか先回りしていたらしい。


逃走者は慌てて方向を変える。


だが反対側にはレオンが立っていた。


「終わりだ。」


逃げ道はない。


黒いフードの人物は観念したように立ち止まる。


ガルが静かに近付いた。


「フードを取れ。」


数秒の沈黙。


やがて、その人物はゆっくりとフードを外した。


現れたのは、二十代前半ほどの青年だった。


怯えた表情で何度も頭を下げる。


「す、すみません!」


「逃げるつもりだったんです!」


悠人は思わず首をかしげる。


「どういうことです?」


青年は震える声で答えた。


「俺……。」


「泥棒じゃありません。」


「昔、この家で大工見習いをしていたんです。」


その場にいた全員が息を呑んだ。


思わぬ人物の登場に、屋敷の謎は新しい局面を迎える。

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