第34話 夜になると足音が響く屋敷
初めて小説を書くので至らない点多いと思いますが頑張ります。毎日更新を目指してゆるゆるとやります。
翌朝。
異世界不動産の店内には、焼きたてのパンの香りが漂っていた。
「おはようございます!」
リリが元気よく扉を開ける。
両手には紙袋が二つ。
「今日は少し早く起きられたので、みなさんの分も買ってきました!」
「助かる。」
ガルは短く礼を言い、紙袋を受け取る。
レオンはさっそく一つ取り出し、大きな口でかぶりついた。
「うまっ。」
「まだ朝礼前ですよ。」
ミリアが呆れたように言う。
「腹が減って仕事はできん。」
「食べながら言われても説得力がありません。」
いつものやり取りに、悠人は思わず笑った。
昨日まで黒い影に追われていたとは思えないほど、店には穏やかな朝が戻ってきていた。
ガルは食べ終えた紙袋を畳みながら口を開く。
「今日の予定を確認する。」
全員が自然と店長へ視線を向けた。
「森の家はクロが管理を続ける。」
「定期報告は三日に一度。」
ミリアが手帳へ書き込む。
「分かりました。」
「異変があればすぐ連絡。」
「はい。」
ガルは今度は悠人を見る。
「営業。」
「はい。」
「今日は売却相談だ。」
そう言って一枚の依頼書を机へ置いた。
悠人が手に取る。
依頼内容は簡潔だった。
【売却相談】
王都西地区 二一三番地
築三十五年 二階建て
売却希望
備考
『夜になると二階から足音が聞こえる』
「事故物件ですか?」
悠人が尋ねる。
「その可能性が高い。」
ガルが答える。
「まだ調査前だ。」
レオンが身を乗り出した。
「今回は普通の仕事だな。」
「普通か?」
悠人は依頼書を見ながら苦笑する。
「夜中に足音がする家だぞ。」
「最近と比べれば普通だ。」
確かにそうだった。
氷雪城。
地下都市。
世界の異変。
それらと比べれば、一軒家の調査は不動産屋らしい仕事と言える。
「まずは依頼人の話を聞く。」
ガルが言う。
「思い込みだけで事故物件と決めつけるな。」
「はい。」
悠人も頷いた。
事故物件とされる家でも、実際には建物のきしみや動物が原因だったことは少なくない。
営業として、一番やってはいけないのは先入観だった。
その時。
カラン、と入口のベルが鳴る。
「失礼します……。」
入ってきたのは五十代くらいの女性だった。
淡い青色のワンピースを着ているが、その表情はどこか疲れ切っている。
「こちらで家の相談ができると聞きまして。」
悠人はすぐ立ち上がった。
「もちろんです。」
営業用の笑顔を浮かべ、応接スペースへ案内する。
「異世界不動産へようこそ。」
女性は深く頭を下げた。
「私はエマと申します。」
「今日は実家のことで相談があって来ました。」
「売却でしょうか?」
「はい。」
エマは静かに頷く。
「父が亡くなってから空き家になってしまって……。」
その声には寂しさが滲んでいた。
悠人はゆっくりメモを開く。
「場所を伺ってもよろしいですか?」
「西地区の二一三番地です。」
依頼書と一致した。
偶然ではない。
今日の依頼人だった。
「何か問題があると聞いています。」
悠人が慎重に尋ねると、エマはしばらく俯いていた。
そして、小さく息を吐く。
「最初は気のせいだと思っていました。」
「ですが……。」
震える手で湯飲みを持ち上げる。
「夜になると、必ず二階を誰かが歩くんです。」
店内の空気が静まり返る。
ガルは腕を組んだまま目を閉じる。
レオンは依頼書へ視線を落とした。
ミリアは静かに記録を始める。
悠人は女性の表情を見つめた。
嘘をついているようには見えない。
営業としての勘がそう告げていた。
「詳しく、お話を聞かせてください。」
異世界不動産の新しい依頼が、静かに幕を開けた。
応接室には静かな空気が流れていた。
リリがお茶を運び、そっとテーブルへ置く。
「どうぞ。」
「ありがとうございます。」
エマは小さく頭を下げた。
湯飲みを両手で包むように持っているが、その手はかすかに震えている。
悠人はメモ帳を開いた。
「順番にお聞きします。」
「はい。」
「屋敷には現在、誰も住んでいないんですね。」
「ええ。」
エマは頷く。
「父が亡くなってから半年になります。」
「最初は私が管理していました。」
「掃除や換気も?」
「週に一度は通っていました。」
悠人はメモを書き続ける。
空き家管理が行われていたなら、建物の状態はそれほど悪くないはずだ。
「足音に気付いたのは?」
「一か月くらい前です。」
「最初は昼間でした。」
「昼間?」
レオンが首をかしげる。
「ええ。」
「二階で誰かが歩いているような音がして……。」
「泥棒かと思って見に行きました。」
「でも誰もいなかったんです。」
「その後から夜も?」
「はい。」
エマは静かに答える。
「夜になると決まって。」
「コツ……。」
「コツ……。」
「ゆっくり廊下を歩く音が聞こえるんです。」
部屋が静まり返る。
リリも思わず身を縮めた。
「一人で聞いたんですか?」
悠人が尋ねる。
「いいえ。」
「近所の方も聞いています。」
「だから誰も借りたがらないんです。」
売却どころではない。
借り手も付かない。
空き家のまま固定資産税だけが掛かる。
不動産としては深刻な問題だった。
「建物の築年数は?」
ミリアが質問する。
「三十五年ほどです。」
「増改築は?」
「ありません。」
「修繕歴は?」
「屋根を十年前に直しました。」
ミリアは静かに頷き、書類へ書き込む。
「建物自体に大きな問題はなさそうですね。」
「そうなんです。」
エマは少しだけ安心したような表情を見せた。
「工務店にも見てもらいました。」
「床鳴りではないと言われました。」
「ネズミは?」
レオンが聞く。
「調べてもらいました。」
「いませんでした。」
「風で音が鳴ることも?」
「それも違うそうです。」
一つずつ可能性が消えていく。
悠人は腕を組んだ。
営業としては原因を決めつけたくない。
だが、普通の建物の問題では説明できないのも事実だった。
「最後に一つ。」
悠人はエマを見る。
「その家で亡くなった方は?」
エマは静かに首を横へ振る。
「父は病院でした。」
「家では誰も亡くなっていません。」
事故物件ではない。
少なくとも法律上は。
それなのに足音だけが聞こえる。
「現地を確認しましょう。」
悠人が立ち上がる。
「今日ですか?」
「はい。」
「原因が分からないままでは売却方法も決められません。」
ガルも頷いた。
「営業の言う通りだ。」
「まず家を見る。」
「話はそれからだ。」
エマの表情が少しだけ明るくなる。
「ありがとうございます。」
「誰も信じてくれなくて……。」
悠人は笑顔で答えた。
「私たちは不動産屋です。」
「家のことで困っている人を放ってはおけません。」
その言葉を聞き、ガルは小さく頷いた。
営業らしい返事だった。
「準備しろ。」
店長が立ち上がる。
「現地へ向かう。」
レオンは嬉しそうに伸びをした。
「久しぶりに普通の調査だな。」
「普通かどうかは行ってみないと分かりません。」
ミリアが冷静に返す。
「確かにな。」
リリも慌てて立ち上がった。
「わ、私も行きます!」
「もちろん。」
悠人は笑う。
「今日は全員で調査だ。」
異世界不動産の面々は、それぞれ荷物を手に取り店を出る。
王都西地区。
築三十五年の二階建て。
夜になると足音が響く屋敷。
その依頼が、彼らを待っていた。
王都西地区は、城の南側とは違う落ち着いた住宅街だった。
石畳の道の両側には一軒家が並び、庭先では子どもたちが遊んでいる。
パンを焼く香りや洗濯物を干す住民の姿もあり、どこにでもある穏やかな街並みだった。
「平和ですね。」
リリが周囲を見回す。
「だから余計に目立つんだ。」
レオンが前方を指差した。
一軒だけ、人の気配がない家があった。
木製の二階建て。
白い外壁は少し色あせているものの、崩れている様子はない。
庭の草も短く刈られ、手入れはされている。
空き家とは思えないほど綺麗だった。
「ここです。」
エマが門の前で立ち止まる。
「父が大切にしていた家です。」
悠人はゆっくりと建物を見上げた。
屋根に割れはない。
壁にも大きな傷はない。
窓ガラスも全部残っている。
見た目だけなら、すぐにでも売り出せそうな家だった。
「管理状態はいいですね。」
ミリアも頷く。
「売却前の清掃だけで済みそうです。」
「問題は足音か。」
ガルが門を開ける。
ギィ、と蝶番が静かに鳴った。
庭へ入る。
花壇には季節の花が咲いている。
誰かが最近まで世話をしていたことが分かった。
「エマさんが?」
悠人が尋ねる。
「はい。」
「父が大切にしていたので。」
その言葉に、悠人は少しだけ微笑んだ。
家だけではなく、思い出も守ろうとしている。
だからこそ、この家を安心して次の人へ引き継ぎたいのだろう。
玄関の前へ立つ。
エマが鍵を取り出した。
「失礼します。」
ガチャリ。
鍵が回る。
扉を開けると、ひんやりとした空気が流れ出てきた。
長く人が住んでいない家特有の静けさ。
だが、湿気やカビの臭いはほとんどない。
「定期的に換気してますね。」
ミリアがすぐに気付く。
「はい。」
エマは少し照れたように笑った。
「父に怒られそうなので。」
「家は空気を通さないと傷むって。」
「その通りです。」
ガルが短く答える。
「家は人が住まなくても手を掛ければ長持ちする。」
悠人は玄関から室内を見回した。
廊下。
居間。
台所。
どれも丁寧に掃除されている。
家具もそのまま残されていた。
「売却するなら家具は?」
「必要な物だけ持ち出します。」
エマが答える。
「残せる物は残したいです。」
「分かりました。」
悠人は営業として頭の中で売却後のイメージを組み立て始める。
建物の状態は良い。
立地も悪くない。
事故物件でなければ十分に買い手は見つかる。
その時だった。
コツ。
全員が動きを止めた。
小さな音。
二階からだった。
コツ。
コツ。
ゆっくり歩くような足音。
リリが悠人の後ろへ隠れる。
「き、聞こえました……。」
「ああ。」
レオンも天井を見上げる。
昼間だ。
しかも、まだ日も高い。
エマが言っていた「夜だけ」ではない。
ガルは静かに二階への階段を見る。
「営業。」
「はい。」
「原因を確認する。」
「分かりました。」
悠人はゆっくりと階段へ足を掛けた。
その後ろをレオン。
さらにガルが続く。
ミリアは一階を確認し、リリとエマを玄関近くで待機させる。
異世界不動産の現地調査が、本格的に始まった。
ギシッ。
階段を一段上るたび、古い木材が小さく軋む。
悠人は手すりへ軽く手を添えながら慎重に二階へ向かった。
後ろにはレオン。
さらに少し間を空けてガルが続く。
「音は止まったな。」
レオンが小声で言う。
確かに、さっきまで聞こえていた足音は消えていた。
二階へ到着する。
廊下は真っすぐ奥まで続き、左右に三つの部屋が並んでいる。
窓から昼の日差しが差し込み、薄暗さはない。
「誰もいませんね。」
悠人が周囲を見回す。
気配はない。
人が隠れられそうな場所も見当たらなかった。
「まず一部屋ずつ確認だ。」
ガルの指示で調査を始める。
最初は寝室。
家具はそのまま残されているが、埃は少ない。
窓の鍵も閉まっていた。
異常なし。
二部屋目。
書斎。
本棚には古い本が並び、机の上にはインク壺とペンが残っている。
こちらも特に問題はない。
「最後だな。」
廊下の一番奥。
小さな扉の前へ立つ。
エマが一階から声を掛けた。
「そこは父の趣味部屋です!」
悠人はドアノブへ手を掛ける。
ゆっくり回す。
カチャ。
扉はあっさり開いた。
部屋の中には木工道具が並んでいた。
棚。
椅子。
削りかけの木材。
どうやら家具作りが趣味だったらしい。
「綺麗に使ってますね。」
悠人は感心する。
その時だった。
コツ。
全員が振り向く。
今度は廊下から聞こえた。
「そこだ!」
レオンが飛び出す。
しかし廊下には誰もいない。
コツ。
今度は階段の方。
レオンが駆け寄る。
また誰もいない。
「なんだこれ。」
悠人も廊下へ出る。
音だけが家の中を移動している。
まるで誰かが自分たちを避けるように歩いている。
「営業。」
ガルが床へしゃがみ込んだ。
「見ろ。」
悠人も同じようにしゃがむ。
床板を軽く押してみる。
ギィ……。
小さく軋んだ。
もう一枚。
ギシッ。
また音が鳴る。
ガルはゆっくり立ち上がる。
「レオン。」
「踏んでみろ。」
レオンが廊下を普通に歩く。
コツ。
コツ。
乾いた音が響いた。
悠人は目を見開く。
さっき聞いた足音と、ほとんど同じだった。
「床鳴り……?」
ミリアも二階へ上がってくる。
床を調べ、静かに頷いた。
「湿度で木材がわずかに動いています。」
「それと、この廊下だけ補修されています。」
「補修?」
エマが驚く。
「そんな話は聞いてません。」
ミリアは床板を指差した。
「木材の種類が少し違います。」
「昔、一部だけ張り替えた跡があります。」
ガルは腕を組んだ。
「原因はこれか。」
しかし、その時。
コツ。
また足音が鳴る。
今度は誰も歩いていない。
全員が止まっている。
それなのに。
コツ。
コツ。
足音はゆっくりと廊下を進み——
悠人たちの目の前で、ぴたりと止まった。
部屋の空気が一瞬だけ冷たくなる。
レオンが小さく息を吐いた。
「……床鳴りだけじゃねえな。」
ガルも静かに頷く。
「ああ。」
「もう一つ原因がある。」
悠人は廊下の奥を見つめた。
事故物件の調査は、まだ始まったばかりだった。
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