第33話 王都へ戻る道
初めて小説を書くので至らない点多いと思いますが頑張ります。毎日更新を目指してゆるゆるとやります。
森を抜ける頃には、西の空がゆっくりと橙色へ染まり始めていた。
夕日が木々の隙間から差し込み、足元へ長い影を落としている。
悠人たちは来た時と同じ街道を歩いていたが、行きとは空気が違っていた。
誰も無駄話をしない。
森で見つけた古い印。
ノアの慌てた様子。
そして、姿は見えなかったものの、確かに何かが潜んでいるような気配。
それらが全員の胸へ小さな棘のように残っていた。
「……静かだな。」
レオンがぽつりと呟く。
「鳥の声もしない。」
悠人も辺りを見回した。
確かにおかしい。
森へ入った時は、あれほど聞こえていた小鳥のさえずりがいつの間にか消えている。
風も止み、葉擦れの音すら聞こえない。
静かすぎる。
それがかえって不気味だった。
「バルトさん。」
「何だ?」
「普段もこんな感じですか?」
老人はゆっくり首を横へ振る。
「いや。」
「夕方になると鳥が巣へ帰る声が聞こえる。」
「今日は何も聞こえん。」
その言葉を聞いた瞬間、ノアが立ち止まった。
「来る。」
短い一言。
悠人たちの緊張が一気に高まる。
「何が?」
レオンが腰の剣へ手を掛ける。
ノアは森の奥を見つめたまま答えない。
その代わり、耳を澄ませるように目を閉じる。
数秒後。
カサッ。
小さな音がした。
誰かが落ち葉を踏んだような音。
全員が振り返る。
しかし何もいない。
「気のせいか?」
レオンが呟く。
その直後だった。
反対側から同じ音が聞こえる。
カサッ。
カサッ。
今度は二回。
悠人はゆっくり周囲を見渡した。
音だけが近付いてくる。
姿は見えない。
「囲まれてる……?」
その言葉にバルトの顔色が変わる。
「森の獣じゃねえ。」
「こんな歩き方はしない。」
老人が持っていた斧を握り直す。
レオンも剣を抜いた。
悠人は周囲を警戒しながら一歩前へ出る。
すると。
風が吹いた。
一瞬だけだった。
木々が大きく揺れ、落ち葉が舞い上がる。
その隙間から見えた。
黒い影。
木の陰からこちらを見ている。
人の形。
だが輪郭が曖昧で、顔もない。
「いた!」
悠人が叫ぶ。
レオンがすぐに駆け出した。
「待て!」
剣を振るう。
しかし。
影は霧が散るように消えた。
空振りだった。
「くそっ!」
レオンが舌打ちする。
そこへ。
右側。
左側。
前方。
次々と黒い影が姿を現した。
全部で五つ。
いや、六つ。
どれも距離を保ったまま、じっとこちらを見ている。
「何なんだよ、あいつら。」
悠人が息を呑む。
魔物とは違う。
生き物の気配がない。
かといって幻にも見えない。
ノアが小さく呟く。
「近付いてきてる。」
その言葉通りだった。
影はゆっくり。
一歩ずつ。
音もなく距離を縮めてくる。
バルトの額に汗が浮かぶ。
「こんなの初めて見る……。」
悠人は胸の紋様が熱くなるのを感じた。
今までで一番強い反応だった。
鼓動と同じ速さで熱が脈打つ。
そして頭の奥へ、かすかな声が響く。
『逃げろ。』
初代の声だった。
今までとは違う。
はっきりとした警告。
『今は戦うな。』
悠人は迷わなかった。
「走るぞ!」
全員へ向かって叫ぶ。
「王都まで戻る!」
レオンもすぐに頷く。
「バルトさん!」
「分かっとる!」
老人も走り出す。
ノアは最後に一度だけ黒い影を振り返った。
そして、小さく呟く。
「……もう見つかった。」
その意味を聞く余裕は誰にもなかった。
四人は森の出口へ向かって全力で駆け出す。
その背後で、黒い影たちも静かに動き始めていた。
森の中を駆け抜ける足音だけが響いていた。
悠人は先頭を走るバルトの背中を見失わないよう必死についていく。
湿った土は滑りやすく、木の根があちこちに飛び出している。
一歩踏み外せば転倒しかねない。
それでも誰一人として速度を落とさなかった。
後ろを振り返る余裕などない。
「まだ追ってきてる!」
レオンが叫ぶ。
その声だけで十分だった。
影は消えていない。
むしろ距離を詰めてきている。
悠人は横目でノアを見る。
普段なら飄々としている彼女も、今は真剣な表情で森の奥を警戒していた。
「ノア!」
「分かってる。」
短く答える。
「でも戦っちゃ駄目。」
「なんでだ!」
「今は相手を知らない。」
その言葉に悠人は歯を食いしばる。
確かにその通りだった。
相手の正体も能力も分からない。
焦って戦えば不利になるだけだ。
ガルなら間違いなく撤退を選ぶ。
そう考えると、今の判断は間違っていない。
「もう少しだ!」
バルトが叫ぶ。
木々の向こうに街道が見え始める。
あと数十メートル。
森を抜ければ王都へ続く道だ。
その時だった。
ザァッ——。
頭上から大量の葉が降ってきた。
悠人は反射的に腕で顔を庇う。
視界が遮られる。
「しまっ——」
目の前へ黒い影が落ちてきた。
一体。
いや、二体。
人間ほどの大きさ。
輪郭はぼやけているが、腕だけが異様に長い。
影は音もなく悠人へ手を伸ばした。
「悠人!」
レオンの叫び。
だが間に合わない。
そう思った瞬間だった。
ガキィンッ!!
金属がぶつかるような音が響いた。
黒い影の腕が何かへ弾かれる。
悠人は思わず目を見開いた。
自分の胸元。
紋様が青白く光っていた。
淡い光が膜のように身体を包み、影の攻撃を受け止めている。
「何だこれ……!」
初めてだった。
自分の意思ではない。
紋様が勝手に反応した。
影も驚いたように一歩下がる。
その隙を逃さずレオンが飛び込んだ。
「どけぇ!」
横薙ぎの一閃。
しかし剣はまたしても空を切る。
影は霧のように散り、少し離れた場所で再び形を作る。
「くそ!」
「物理攻撃が効かない!」
レオンが舌打ちする。
ノアが悠人の腕を掴んだ。
「走って!」
「でも!」
「早く!」
強引に引っ張られる。
悠人はもう一度だけ影を見る。
六体いた影はいつの間にか八体へ増えていた。
増えている。
その事実に背筋が冷えた。
「出口だ!」
バルトの声が響く。
森の境界を越えた瞬間、不思議なことが起きた。
影たちは一斉に足を止めた。
誰も追ってこない。
ただ森の中からこちらを見つめている。
まるで見えない境界線でもあるかのように。
数秒後。
すべての影は静かに木々の奥へ消えていった。
その場に残ったのは重苦しい静寂だけだった。
悠人は肩で息をしながら森を振り返る。
「……助かった。」
レオンも剣を納める。
「何なんだよ、あいつら。」
誰も答えられない。
ただ一人、ノアだけが森を見つめたまま小さく呟いた。
「封印の外まで来られるようになった。」
その言葉に、悠人の胸はさらにざわついた。
世界は確実に変わり始めている。
それだけは疑いようのない事実だった。
森を抜けても、誰もしばらく口を開かなかった。
王都へ続く街道には避難民を乗せた荷馬車が行き交い、騎士たちが周囲を警戒している。
その光景を見てようやく緊張が少しだけ解けた。
「はぁ……。」
悠人は大きく息を吐く。
胸の紋様は、森を出た途端に静かになっていた。
まるで何事もなかったかのように。
「大丈夫か?」
レオンが顔を覗き込む。
「何とか。」
「さっき光ってたよな。」
「……見えてたのか。」
「ああ。」
レオンは真剣な表情で頷いた。
「剣で助けるつもりだったけど、その前に弾かれた。」
悠人は胸元へ手を当てる。
服の下に刻まれた紋様は熱もなく、普段通りだった。
あれは幻ではない。
確かに自分を守った。
しかし、どうしてそんな力があるのかは分からない。
「店長に報告だな。」
レオンが言う。
「全部話そう。」
「隠しても仕方ない。」
悠人も同意した。
森の異変。
黒い影。
古い印。
そして紋様。
どれも異世界不動産だけでは抱えきれない問題になりつつある。
その時、前を歩いていたバルトが立ち止まった。
「見えてきたぞ。」
王都の南門だった。
高い城壁の前には長い列ができている。
避難民の受付。
荷物の確認。
騎士たちが慌ただしく動き回っていた。
普段なら商人や旅人で賑わう門も、今は張り詰めた空気に包まれている。
「身分証を。」
門番が声を掛ける。
悠人は異世界不動産の身分証を見せた。
「異世界不動産か。」
門番は安堵したように息をつく。
「避難所の運営、ご苦労さまです。」
「ありがとうございます。」
普段なら考えられないことだった。
不動産屋へ騎士が頭を下げる。
それだけ王都の状況は切迫している。
門をくぐると、街の様子も変わっていた。
窓へ板を打ち付ける店。
荷物をまとめる住民。
水や保存食を運ぶ冒険者。
皆、何かに備えている。
「世界が終わる。」
クロの言葉が悠人の脳裏をよぎる。
その時は信じられなかった。
だが今は違う。
少しずつ、その言葉が現実味を帯び始めていた。
「急ごう。」
悠人は足を速める。
異世界不動産の店へ戻れば、ガルたちが待っている。
まずは報告。
そして、次の一手を考えなければならない。
だが彼らはまだ知らなかった。
店では、森の異変とは別の"新たな依頼人"が待っていることを。
異世界不動産へ戻った頃には、空はすっかり夕暮れに染まっていた。
店の窓から漏れる明かりを見ると、悠人はようやく肩の力を抜く。
「帰ってきた……。」
何気ない一言だった。
だが、それだけで胸の奥が少しだけ軽くなる。
店という場所が、自分にとって帰る場所になっているのだと改めて気付かされた。
「お帰りなさい!」
扉を開けるなり、リリが駆け寄ってきた。
「遅かったですね!」
「ちょっとな。」
レオンが苦笑する。
「森で少し厄介なのに遭遇した。」
その一言でリリの表情が変わった。
「怪我は!?」
「俺たちは無事だ。」
悠人が答えると、リリは胸をなで下ろした。
「よかった……。」
店の奥ではミリアが書類を整理していた。
二人を見ると、すぐに異変を察したらしい。
「何かありましたね。」
「ああ。」
悠人は頷く。
「店長は?」
「応接室です。」
その言葉を聞き、四人は奥の部屋へ向かった。
応接室では、ガルが地図を広げたまま腕を組んで座っていた。
「戻ったか。」
「ただいまです。」
悠人は椅子へ腰を下ろすと、森で起きたことを最初から順番に話し始めた。
古い街道。
大木に刻まれた印。
黒い影。
追跡。
そして、自分の紋様が勝手に反応したこと。
途中、一度も口を挟まず、ガルは静かに聞いていた。
報告が終わると、部屋はしばらく沈黙に包まれる。
最初に口を開いたのはミリアだった。
「黒い影……。」
資料棚から一冊の古い本を持ってくる。
何ページかめくったが、首を横に振る。
「一致する記録はありません。」
「俺も初めて見た。」
ガルが短く言う。
レオンも腕を組んだ。
「あれが王都まで来たら厄介だぞ。」
「だから確認が必要だ。」
ガルは地図の森へ印を付ける。
「森の家の管理は予定通り続ける。」
「クロには?」
悠人が尋ねる。
「予定通り管理人を任せる。」
ガルは迷わず答えた。
「店長。」
「危なくないですか?」
「危険だから置くんじゃない。」
ガルは静かに続ける。
「管理物件を放置する方が危険だ。」
その言葉に悠人は納得した。
異世界不動産は、危険だからといって管理を投げ出す店ではない。
住む人がいる限り。
家がある限り。
管理する。
それが店の仕事だった。
「それに。」
ガルは少しだけ笑う。
「クロは逃げん。」
悠人も思わず笑ってしまう。
「一日見ただけで分かるんですか。」
「営業なら分かるだろ。」
確かに、その通りだった。
クロは何かを隠している。
しかし仕事だけは真面目だ。
あの家を任せるなら適任だと思えた。
その時だった。
コンコン。
扉がノックされる。
「失礼します。」
クロだった。
「掃除が終わりましたので報告に来ました。」
もう仕事の報告に来たらしい。
ガルは思わず笑う。
「早いな。」
「管理人ですので。」
クロは真剣な表情で答えた。
「何か異常は?」
「ありません。」
「庭も建物も問題なしです。」
ミリアがメモを取りながら頷く。
「報告書は私が作成します。」
「ありがとうございます。」
見習いではない。
もう立派な管理人だった。
ガルは静かに立ち上がる。
部屋にいる全員を見回した。
「世界の異変は気になる。」
誰も反論しない。
「だが。」
店長はゆっくり依頼書の束を机へ置く。
「明日も客は来る。」
「家を探す奴もいる。」
「売りたい奴もいる。」
「管理を頼みに来る奴もいる。」
その言葉に悠人は自然と背筋を伸ばいた。
「俺たちは何屋だ。」
ガルが尋ねる。
悠人は迷わず答える。
「異世界不動産です。」
「ああ。」
店長は力強く頷いた。
「まずは家を守る。」
「世界を守る話は、そのあとだ。」
その一言に、店の空気がいつもの異世界不動産へ戻っていく。
悠人は小さく笑った。
どれだけ大きな事件が起ころうと、この店は変わらない。
だからこそ安心できる。
だからこそ、明日も頑張ろうと思えるのだった。
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