第30話 異世界不動産、緊急会議
初めて小説を書くので至らない点多いと思いますが頑張ります。毎日更新を目指してゆるゆるとやります。
王都の空に現れた巨大な瞳は、それだけで人々から言葉を奪った。
避難所となった旧商業ギルド本部の中でも、誰もが窓の外を見上げている。
泣いていた子供が泣き止み、大人たちも声を失っていた。
恐怖という感情は、時に叫び声すら奪う。
悠人も同じだった。
背筋を冷たい汗が流れていく。
あの瞳は明らかに異常だった。
大きいからではない。
強そうだからでもない。
見られている。
そんな感覚があるのだ。
まるで自分の存在を最初から知っていたかのように。
「……気のせいじゃないよな」
隣にいたレオンが珍しく真面目な声で言う。
「何が」
「こっち見てる」
悠人は答えなかった。
答えられなかった。
同じことを思っていたからだ。
巨大な瞳は王都全体ではなく、もっと狭い範囲を見ている気がした。
そして、その中心にいるのが自分だという嫌な確信もあった。
「全員、中へ入れ」
ガルの声が響く。
店長の一言で空気が動く。
騎士たちも避難民の誘導を再開し始めた。
立ち止まっていても仕方がない。
空を見上げ続けたところで何か解決するわけではないのだ。
「リリ」
「は、はい!」
「窓から離れろ」
「わ、分かりました!」
緊張した声が返ってくる。
それでもちゃんと動いている。
見習いとしては十分すぎる働きだった。
「ミリア」
「こちらです」
「建物の結界はどうなってる」
「最低限なら維持できます」
ミリアは魔道具を確認しながら答える。
彼女は元々、契約や事務仕事だけではなく魔道具の知識も豊富だった。
こういう非常時には頼りになる。
「完全防御は?」
「無理です」
即答だった。
ガルも予想していたらしい。
ため息だけで済ませる。
あの空の異常を前にして建物一つでどうにかなるとは誰も思っていない。
その時だった。
入口の近くで椅子へ座っていたカイルが立ち上がる。
肩の傷は応急処置を終えている。
だが顔色は悪い。
「話がある」
低い声だった。
その場にいた全員が自然と集まる。
避難民たちも遠巻きに様子を見ていた。
北方から戻ってきた男。
そして恐怖を知っている男。
今の王都で最も情報を持っている人間の一人だった。
「北で何があった」
ガルが聞く。
カイルは少しだけ沈黙した。
何から話すべきか考えているようだった。
やがて重い口を開く。
「三日前」
避難所が静かになる。
「俺は封印跡地を調べていた」
北方の封印。
以前ゼノスと話していた場所だ。
壊れていたはずの封印。
中は空だったという話も聞いている。
「最初は異常はなかった」
カイルは続ける。
「だが夜になって気付いた」
その目が少し険しくなる。
「足跡があった」
「足跡?」
レオンが聞き返す。
カイルは頷いた。
「一つだけだ」
「人間か」
「違う」
即答だった。
「人間なら安心できた」
その言葉に誰も笑わない。
カイルがそんなことを言う時点で冗談ではないからだ。
「大きかった」
「どのくらいだ」
ガルが聞く。
カイルは床を見る。
そして自分の足で大きさを示した。
およそ一メートル。
店内が静まり返る。
人間の足ではない。
魔物としても異常な大きさだった。
「追跡した」
カイルは続ける。
「二日間」
それが彼の失敗だったとでも言うように。
苦い顔をする。
「そして見た」
窓の外。
空に浮かぶ巨大な瞳を見る。
「あれをな」
誰も言葉を失った。
つまり。
あれは突然現れたわけではない。
既に北方にいた。
そして今、王都の空へ現れた。
「待て」
悠人が聞く。
「じゃああれは生き物なのか」
カイルは首を横に振る。
「分からん」
正直な答えだった。
「だが一つだけ言える」
その声がさらに低くなる。
「俺は勝てない」
空気が凍った。
カイルは強い。
それは短い付き合いでも分かる。
ガルも。
レオンも。
ミリアも。
みんな理解していた。
そんな男が勝てないと言う。
それがどれほど重い言葉か。
その時。
避難所の奥からバタバタと足音が聞こえた。
リリだった。
顔色を変えて走ってくる。
「店長!」
「どうした!」
「お、お客さんです!」
全員が固まった。
こんな状況で。
お客さん?
リリ自身も混乱している。
「落ち着け」
ガルが言う。
「誰だ」
リリは息を整えた。
そして。
「家を探してるそうです!」
数秒の沈黙。
その後。
レオンが吹き出した。
「この状況でか!?」
「家を探してるそうです!」
リリの報告を聞いた瞬間。
避難所の空気が止まった。
ガルは無言。
ミリアも無言。
カイルに至っては表情すら変わらない。
そして。
「ぶっ……!」
レオンが吹き出した。
「待て待て待て!」
腹を抱えながら笑い始める。
「今か!?」
「今です!」
リリも半分泣きそうだった。
「空が割れてるんだぞ!」
「知ってます!」
「化け物も出てるぞ!」
「知ってます!」
「それで家探しか!」
「だから困ってるんです!」
避難所にいた人々までざわつき始める。
確かにそうだ。
普通なら避難する側である。
わざわざ不動産屋を探して来る状況ではない。
だが。
悠人は逆に少し冷静になった。
考えてみれば。
自分たちは不動産屋だ。
客が来たなら話くらいは聞くべきだろう。
「どこにいる」
悠人が聞く。
「応接室です」
「応接室なんてあったか?」
「私が勝手に決めました!」
リリが胸を張る。
変なところで成長している。
ガルが額を押さえた。
「とりあえず行くぞ」
全員で移動する。
避難所の一角。
元会議室だった場所だ。
簡易的な応接室として使われている。
そして中に入った瞬間。
悠人は足を止めた。
見覚えがあった。
いや。
正確には見覚えがあるような気がした。
そこに座っていたのは若い男だった。
二十代前半ほど。
黒髪。
整った顔立ち。
質素な旅装束。
どこにでもいそうな青年。
しかし。
妙な違和感がある。
「お待たせしました」
ミリアが営業用の笑顔で言う。
もはや職業病だった。
青年は立ち上がる。
そして軽く頭を下げた。
「突然すみません」
礼儀正しい。
少なくとも変人には見えない。
最近の客と比べればかなり普通だった。
「依頼内容は」
悠人が聞く。
青年は少し考える。
そして。
「静かな家を探しています」
「なるほど」
「できれば人が少ない場所で」
「ほう」
「空が見える場所がいいです」
その言葉にノアが反応した。
ほんの僅かだった。
だが悠人は見逃さなかった。
ノアが青年を見ている。
じっと。
観察するように。
「予算は?」
ミリアが聞く。
青年は少し困った顔をした。
「お金はありません」
「ありません?」
「ありません」
即答だった。
レオンが顔をしかめる。
「じゃあ無理だろ」
普通はそうだ。
家は無料ではない。
慈善事業でもない。
だが青年は慌てない。
「代わりに情報を渡せます」
「情報?」
「皆さんが知りたいことです」
その瞬間。
部屋の空気が変わった。
青年は窓の外を見る。
黒い亀裂。
そして巨大な瞳。
「あれについて」
誰も喋らない。
青年は静かに続ける。
「私は知っています」
ガルが目を細めた。
「何者だ」
青年は少し笑う。
不思議な笑みだった。
敵意もない。
悪意もない。
だが。
何かを隠している。
そんな笑み。
「旅人です」
「嘘だな」
ガルが即答した。
青年は否定しない。
代わりに悠人を見る。
真っ直ぐ。
まるで最初からそれが目的だったように。
「初めまして」
静かな声。
「第一観測者」
悠人の心臓が止まりそうになる。
ガルが立ち上がる。
レオンも動く。
カイルの手が剣へ伸びる。
だが青年は平然としていた。
まるで全部分かっているかのように。
「安心してください」
青年は言った。
「私は敵ではありません」
「信用できるか」
ガルが低く唸る。
青年は少し考える。
そして。
「では証拠を見せます」
そう言って右手を上げた。
次の瞬間。
部屋の中央に光が現れる。
立体映像。
地下都市で見たものとよく似ていた。
避難所にいた全員が息を呑む。
映し出されたのは地図だった。
王国全土の地図。
そして。
北方に存在する巨大な赤い光点。
王都上空の黒い亀裂。
さらに。
海の向こう。
砂漠の奥。
大陸の果て。
次々と光点が現れていく。
全部で七つ。
青年は静かに告げた。
「始まりました」
その声には冗談の欠片もなかった。
「七つの封印が同時に解放されています」
部屋が静まり返る。
そして青年は最後にこう言った。
「あと三十日です」
悠人の胸の紋様が強く輝く。
まるでその言葉に反応するように。
「三十日後」
青年は真っ直ぐ悠人を見た。
「この世界は終わります」
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