第24話 隠居老人の正体
「ゼノス?」
悠人はその名前を繰り返した。
聞き覚えはない。
だが周囲の反応は明らかにおかしかった。
ノアは固まっている。
レオンも珍しく真面目な顔だ。
ガルに至っては眉間に皺を寄せていた。
「誰なんだ?」
悠人が聞く。
すると。
「知らん方が幸せじゃ」
レオンが真顔で答えた。
「怖いこと言うな」
「実際そうだ」
ガルまで同意する。
ますます気になる。
ゼノス本人は楽しそうに紅茶を飲んでいた。
完全に他人事である。
「そんな有名人なの?」
リリが首を傾げる。
ノアがようやく口を開いた。
「有名というか」
少し間を置く。
「伝説」
店内が静まる。
ゼノスは咳払いした。
「やめんか」
「事実」
ノアは即答した。
容赦がない。
「三千年前から生きてる?」
悠人が聞く。
「生きとる」
ゼノスが答えた。
あまりにも自然だった。
まるで「今日は晴れじゃな」くらいの気軽さで言う。
リリが椅子から落ちた。
「えええええ!?」
今さらだった。
最近のメンバーならそこまで驚かなかったかもしれない。
だがリリは普通の少女である。
反応としては正しい。
「三千年前って」
悠人も頭を抱える。
「何でそんな人が不動産屋に来るんだ」
「家を探しに来たと言うたじゃろ」
ゼノスは本当に不思議そうだった。
嘘をついているようには見えない。
そこが一番困る。
「王城に住めばいいだろ」
レオンが言う。
「断った」
「何で」
「面倒じゃ」
即答だった。
納得できるような、できないような理由である。
するとゼノスがふと店内を見回した。
そして。
セレスを見つける。
「ああ」
小さく呟く。
「お前もおったか」
セレスの表情が変わる。
今度は彼女が立ち上がった。
「知ってるの?」
「知っとる」
ゼノスは頷く。
「お前の先祖もな」
店内が静まり返る。
セレスが持ってきた古代地図。
三千年前から続く探索。
王家の秘密。
全てに繋がる話だった。
「教えて」
セレスの声は真剣だった。
「何で私たちは悠人を探していたの?」
誰も口を挟まない。
ゼノスなら知っているかもしれない。
そんな期待があった。
しかし。
老人は困ったように頭を掻く。
「半分しか知らん」
「半分?」
「わしも全部は聞いておらん」
意外な答えだった。
三千年前から生きているのに。
「ただ」
ゼノスは悠人を見る。
その目は今までと少し違った。
冗談を言う老人の目ではない。
長い年月を生きてきた者の目だった。
「お前さんを探しておった理由なら予想はつく」
悠人は黙る。
自然と全員の視線が集まる。
ゼノスは少しだけ考えた。
そして静かに言う。
「保険じゃ」
誰も意味が分からなかった。
「保険?」
ミリアが聞く。
ゼノスは頷く。
「世界が壊れた時のな」
その言葉と同時に。
悠人の胸の紋様が微かに熱を持った。
一瞬だけ。
本当に一瞬だけ。
だがゼノスは見逃さなかった。
老人の目が細くなる。
そして。
「やはりか」
小さく呟く。
その声は、まるで長年探していた答えを見つけたようだった。
「保険?」
店内に沈黙が落ちる。
セレスも。
ガルも。
ノアも。
誰もすぐには意味を理解できなかった。
ゼノスだけが紅茶を飲んでいる。
まるで世間話でもしているような顔だった。
「世界が壊れた時の保険って何だよ」
悠人が聞く。
ゼノスは肩をすくめた。
「そのままの意味じゃ」
「分からん」
「じゃろうな」
老人はあっさり認める。
そして椅子にもたれた。
「三千年前」
静かな声だった。
「世界は一度終わりかけた」
店内の空気が変わる。
地下都市で見た映像。
空を覆う亀裂。
崩れかけた世界。
全員が思い出していた。
「あの時代の人間は必死じゃった」
ゼノスは続ける。
「生き残るために」
「未来を残すために」
「何でもやった」
ノアが黙って聞いている。
珍しく口を挟まない。
「封印もそうじゃ」
老人は言う。
「記録もそう」
「血筋もそう」
そこでセレスを見る。
「お前たちもその一つじゃな」
セレスは息を呑む。
「私たちが?」
「そうじゃ」
ゼノスは頷く。
「未来へ繋ぐための仕組みじゃ」
それは王家の使命を意味していた。
三千年間続いた探索。
失われた記録。
理由も知らず続けられた命令。
全てが繋がる。
「じゃあ」
セレスが聞く。
「悠人は何なの?」
ゼノスは少しだけ黙った。
そして。
「知らん」
全員がずっこけそうになった。
「そこ大事だろ!」
レオンが叫ぶ。
「知らんものは知らん」
ゼノスは開き直った。
「ただな」
そこで表情が少し真面目になる。
「一つだけ分かる」
老人の視線が悠人へ向く。
「お前さんは失敗作ではない」
悠人が固まる。
地下都市で聞いた言葉。
記録の中の青年も言っていた。
実験ではない。
複製でもない。
その言葉と同じだった。
「誰かの代わりでもない」
ゼノスは続ける。
「それだけは確かじゃ」
店内が静まる。
悠人自身も理由は分からない。
だが。
その言葉は妙に胸へ残った。
「まあ難しい話は置いておこう」
ゼノスが急に立ち上がる。
空気が一変した。
「家じゃ」
「は?」
「家を探しに来たんじゃろうが」
全員が一瞬理解できなかった。
そうだった。
この老人は客だった。
本来の目的を完全に忘れていた。
「いや」
悠人が額を押さえる。
「本当に探すのか?」
「当たり前じゃ」
ゼノスは真顔だった。
「わしは本気じゃぞ」
不思議と嘘には見えない。
ガルが小さく笑う。
「新人」
「何だ」
「仕事だ」
今日二回目だった。
悠人は深いため息を吐く。
「予算は?」
「ある」
「希望地域は?」
「王都近郊」
「日当たりは?」
「良い方がいい」
完全に普通の客だった。
さっきまで三千年前の話をしていたとは思えない。
リリが慌ててメモを取り始める。
ミリアは苦笑していた。
セレスも少しだけ肩の力を抜く。
そして。
ノアだけがゼノスを見つめていた。
老人は気付いている。
だが何も言わない。
数秒後。
二人だけに聞こえるような小さな声で言った。
「まだ思い出せんか」
ノアの瞳が揺れる。
「何を」
「全部じゃ」
ゼノスはそれだけ言った。
そして何事もなかったように椅子へ座る。
ノアは黙り込んだ。
悠人はその様子を見ていたが、深くは聞かなかった。
今はそれよりも。
目の前の客の方が優先だ。
異世界不動産は営業中なのである。
しかしその頃。
王都から遠く離れた北方の雪原では、一人の男が立ち止まっていた。
黒い外套。
傷だらけの大剣。
そして金色の瞳。
男は空を見上げる。
何かを感じ取ったように。
「見つかったか」
低い声だった。
雪が舞う。
男はゆっくりと笑った。
「なら俺も動くか」
その足元には古い紋章が刻まれていた。
三千年前に滅んだはずの紋章が。




