第20話 帰還者たち
初めて小説を書くので至らない点多いと思いますが頑張ります。毎日更新を目指してゆるゆるとやります。
王都へ向かう街道は思った以上に賑わっていた。
荷馬車が行き交い、商人たちの声が聞こえる。
地下都市で過ごした時間が濃すぎたせいか、それだけで別世界のように感じた。
「平和だな」
レオンがぽつりと言う。
「本当に」
悠人も同意した。
巨大な怪物もいない。
封印もない。
世界滅亡の危機もない。
それだけでありがたい。
もっとも、後ろを歩くノアの存在だけは平和から程遠かったが。
兵士たちは未だに一定以上近付こうとしない。
遠巻きに様子を窺っている。
ノア本人は気にしていないようだった。
道端の花を眺めている。
「お前」
悠人が声を掛ける。
「何?」
「終焉の魔女って有名なんだな」
「有名だよ」
当たり前のように答える。
「三千年くらい」
「規模がおかしい」
普通は歴史の教科書レベルだ。
本人が歩いているのが異常なのである。
その時、前方から馬の蹄の音が聞こえてきた。
かなりの数だ。
隊長の表情が変わる。
「来たか」
街道の先から騎馬隊が現れる。
統一された白銀の鎧。
王国騎士団だった。
先頭の女性騎士が馬を止める。
二十代後半くらいだろうか。
凛とした雰囲気を持つ美人だった。
だが今はそんなことを気にしている場合ではない。
彼女は馬から飛び降りると、一直線にこちらへ向かってきた。
そして。
「ガル様!」
怒鳴った。
全員が固まる。
ガルだけが目を逸らした。
嫌な予感しかしない。
「四十三日です!」
女性騎士は怒っていた。
本気で。
「連絡なし!」
「失踪!」
「捜索費用莫大!」
一つ一つの言葉が重い。
ガルが珍しく小さくなる。
「いや、その……」
「言い訳は後で聞きます」
即座に切り捨てられた。
レオンが吹き出す。
「お前も苦労してるな」
「笑うな」
珍しくガルが本気で嫌そうだった。
だが騎士の怒りは終わらない。
今度はレオンへ向く。
「あなたもです!」
「え、俺?」
「勇者が行方不明になれば国が騒ぎます!」
「ごもっともです」
即座に降参した。
悠人は少し安心する。
どうやら怒られているのは自分だけではないらしい。
その時だった。
女性騎士の視線が悠人へ向く。
「そして」
嫌な予感がした。
ものすごくした。
「あなたです」
「俺?」
「はい」
完全にこちらを見ている。
悠人は首を傾げた。
初対面のはずだ。
怒られる理由が分からない。
女性騎士は一枚の紙を取り出す。
そして見せた。
そこには大きな文字でこう書かれていた。
【異世界不動産 臨時休業のお知らせ】
悠人は固まる。
さらに紙がもう一枚。
【店主行方不明につき休業中】
そしてもう一枚。
【家賃の支払いについて至急相談希望】
嫌な汗が流れた。
女性騎士はにっこり笑う。
今までで一番怖い笑顔だった。
「王都で一番探されていたのはあなたです」
「なんで!?」
思わず叫ぶ。
「苦情が百三十七件来ています」
その場で膝から崩れ落ちそうになった。
地下都市の崩壊。
奈落の巨人。
初代魔王。
どれよりも現実的な恐怖だった。
「百三十七……」
「しかも増えています」
「増えてるの!?」
「現在進行形で」
終わった。
完全に終わった。
レオンが肩を震わせている。
笑いを堪えているらしい。
ガルは同情するような目で見ていた。
ノアだけは。
「頑張れ」
他人事だった。
「お前も店員だろ!」
「私は封印されてた」
無敵の理論だった。
悠人は空を見上げる。
青空が眩しい。
帰ってきた。
無事に生きて帰れた。
地下都市から脱出できた。
本来なら喜ぶべきなのだろう。
だが今の彼には。
王都へ帰る方が怖かった。
「百三十七件……」
悠人は遠い目をした。
地下都市で命懸けの戦いを終えた直後だというのに、現実は容赦がない。
「ちなみに内訳は?」
聞かなければよかった。
本当に。
女性騎士は手元の書類をめくる。
「物件案内の延期が四十八件」
「はい」
「契約関係が二十三件」
「はい」
「店舗への問い合わせ三十六件」
「はい」
「家賃関連が十五件」
「……はい」
「その他苦情十五件です」
しっかり合計百三十七件だった。
逃げ場がない。
レオンがついに耐え切れず吹き出した。
「はははっ!」
「笑うな」
「いや無理だろ」
肩を震わせながら言う。
「地下で世界の秘密に触れて帰ってきたら苦情百三十七件だぞ?」
確かに字面だけ見れば酷い。
だが当事者は笑えない。
ガルが小さく咳払いをした。
「店はどうなってる」
女性騎士は答える。
「閉まったままです」
「荒らされたりは?」
「それはありません」
少しだけ安心した。
異世界不動産はまだ残っているらしい。
その時だった。
「残ってるどころじゃないですよ」
騎士が妙な顔をする。
「むしろ増えてます」
「何が?」
嫌な予感しかしない。
「お客です」
全員が首を傾げた。
「店主失踪の噂が広がりまして」
「うん」
「今なら物件が空くんじゃないかと」
「なんでそうなる」
「あと店主が遺跡で宝を見つけたという噂もあります」
「見つけてない」
「ドラゴンを倒したという噂も」
「倒してない」
「王女と婚約したという噂もあります」
「してない」
どんどん話がおかしくなっていく。
誰が流したんだ。
絶対にろくでもないやつだ。
横を見る。
ノアが口笛を吹いていた。
「おい」
「何?」
「お前じゃないだろうな」
「違うよ」
目が泳いでいた。
絶対何か知っている。
その時、街道の先に巨大な城壁が見えてきた。
王都だった。
高い白壁。
見張り塔。
大勢の人々。
地下都市へ向かう前と変わらない光景。
なのに妙に懐かしく感じる。
「帰ってきたな」
ガルが呟く。
誰も否定しなかった。
色々あった。
本当に色々ありすぎた。
もう二度と地下都市なんて行きたくない。
悠人は心の底からそう思う。
だが。
胸の紋様が微かに熱を持った。
一瞬だけ。
本当に一瞬だけ。
悠人は足を止める。
誰にも気付かれないほど小さな変化だった。
だが確かに感じた。
遠く。
ずっと遠く。
王都のさらに向こう。
何かが呼んでいるような感覚。
「どうした?」
ガルが振り返る。
「いや」
悠人は首を振った。
今は気のせいだろう。
そう思うことにした。
王都の門が開く。
騎士たちが道を空ける。
久しぶりの帰還だった。
そして。
異世界不動産の店主はまだ知らない。
店へ戻った瞬間、百三十七件どころでは済まない騒動が待っていることを。
さらに。
王都の片隅では、一人の少女が異世界不動産の看板を見上げながらこう呟いていた。
「やっと見つけた」
銀色の髪が風に揺れる。
その手には古びた地図。
そして地図の中央には――
悠人の名前が記されていた。
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