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異世界不動産 ~事故物件専門の不動産屋で働くことになりました~  作者:


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第2話 旧勇者軍監視塔

第2話 旧勇者軍監視塔


「帰りたい……」


佐藤悠人は馬車の荷台で膝を抱えながら呟いた。


本日二十三回目である。


最初の頃はレオンも面白がって数えていたが、十五回を超えた辺りで飽きたらしい。


今では誰も反応しない。


「本当に帰りたい……」


二十四回目。


やはり反応はない。


馬車は山道を進んでいた。


ガタガタと揺れる荷台。


冷たい風。


曇り空。


そして前方には今回の目的地。


旧勇者軍監視塔。


遠目に見えていた時はただの大きな塔だった。


しかし近付くにつれて分かる。


あれは普通ではない。


黒い。


ただの石造りの建物なのに妙に黒く見える。


まるで長い年月をかけて何かが染み込んだような色だった。


「なあ」


レオンが欠伸をしながら言った。


「まだ着かないか?」


「あと少しだ」


御者台に座るガルが短く答える。


「暇だな」


「俺は暇じゃないです」


悠人は即答した。


「命の危機を感じています」


「そんな大袈裟な」


「行方不明者十三人ですよ!?」


「そうだな」


「普通は軍が出る案件ですよね!?」


「昔出た」


「帰ってきたんですか?」


「帰ってこなかった」


悠人は頭を抱えた。


やはり帰りたい。



監視塔の麓に到着したのは昼過ぎだった。


馬車から降りた瞬間。


悠人は言葉を失った。


大きい。


思っていた以上に大きかった。


十階建てのビルほどある。


古びた灰色の石壁。


割れた窓。


崩れた外壁。


蔦が絡みつき、まるで巨大な墓標のようだった。


風が吹く。


カラカラと何かが転がる音がした。


誰もいない。


鳥の声も聞こえない。


妙だった。


山の中なのに静かすぎる。


「何か変ですね」


悠人が呟く。


ミリアが周囲を見渡した。


「確かに」


「ですよね?」


「魔物がいない」


「え?」


「普通ならこの辺にいるはずなんだけど」


そう言われて気付いた。


異世界に来てから何度か魔物は見ている。


街道沿いにもいた。


森にもいた。


しかしここにはいない。


一匹も。


まるで避けているみたいだった。


「嫌な情報増やさないでください」


「ごめんね」


ミリアは申し訳なさそうに笑った。


全然安心できない。



塔の入口へ向かう。


巨大な木製の扉。


片方は外れて地面に倒れていた。


誰かが壊したのだろうか。


いや。


何かが壊したのかもしれない。


考えるのをやめた。


怖くなるからだ。


「入るぞ」


ガルが言う。


「待ってください」


悠人は手を挙げた。


三人の視線が集まる。


「どうした」


「確認なんですが」


「何だ」


「俺、戦えませんよ?」


沈黙。


レオンが笑った。


「知ってる」


「知ってるじゃないですよ!」


「安心しろ」


「できません」


「俺たちがいる」


「それもっと不安なんですけど」


ガルはともかく。


レオンは軽い。


ミリアは優しい。


しかし二人とも全然危機感がない。


行方不明者十三人の場所に来ているとは思えなかった。



塔の中へ足を踏み入れる。


ひんやりしていた。


外より寒い。


石造りの床には埃が積もっている。


古い机。


壊れた椅子。


散乱した書類。


まさに廃墟だった。


「まずは一階を確認する」


ガルが言う。


「何を確認するんです?」


「売れるかどうか」


「売る気あるんですね……」


悠人は少し感心した。


いや。


感心している場合ではない。



探索を始めて十分。


特に異常はなかった。


廃墟。


それだけだ。


行方不明者十三人なんて嘘なのではないかと思い始める。


その時だった。


「ん?」


悠人は壁に何かを見つけた。


傷。


大きな傷だった。


人間の背丈ほどある。


まるで巨大な爪で引き裂いたような跡。


「何ですかこれ」


ガルが近付く。


少しだけ眉を動かした。


「古いな」


「それだけ?」


「二十年以上前だ」


「分かるんですか?」


「何となく」


何となくで分かるものなのだろうか。


悠人にはさっぱり分からない。


しかし。


妙な違和感はあった。


傷の周囲だけ石が溶けている。


普通の爪痕ではない。


何か別の力が働いたような跡だった。



二階へ向かう。


螺旋階段を上る。


ギシギシと嫌な音が響く。


落ちないだろうな。


悠人は本気で心配になった。


二階には寝室らしき部屋が並んでいた。


軍の施設だった名残だろう。


簡素なベッド。


棚。


机。


それだけ。


しかし。


一つだけおかしな部屋があった。


扉が内側から壊されている。


しかも。


木材には無数の傷。


「……何か閉じ込められてた?」


悠人が呟く。


レオンが扉を眺めた。


「逆じゃないか?」


「逆?」


「中の奴が出ようとした」


ぞわり。


背筋に寒気が走った。


「冗談ですよね?」


「どうだろうな」


やめてほしい。


本当にやめてほしい。



さらに調査を進める。


三階。


四階。


異常なし。


いや。


異常だらけなのだが。


幽霊も出ない。


魔物もいない。


静かすぎる。


それが逆に怖かった。


まるで何かが息を潜めているような感覚。


悠人はずっと感じていた。


誰かに見られている。


そんな気配を。


「なあ」


レオンが言った。


「どうした?」


ガルが振り返る。


「新人」


「はい?」


「顔色悪いぞ」


「そりゃ悪いですよ」


悠人は即答した。


「怖いんで」


「正直だな」


「普通怖いでしょう!」


「まあそうか」


レオンは笑った。


どうやら本当に慣れているらしい。



そして。


五階へ上がろうとした時だった。


悠人の足が止まる。


「どうした?」


ミリアが聞く。


「……今」


「ん?」


「誰かいました」


全員が振り返った。


悠人が見ていたのは廊下の奥。


ほんの一瞬だった。


人影が見えた気がした。


黒い影。


誰かが立っていた。


しかし今は誰もいない。


「気のせいじゃない?」


ミリアが言う。


「かもしれません」


悠人もそう思いたかった。


だが。


嫌な汗が止まらない。



五階に到着する。


その瞬間だった。


ガルが足を止めた。


「どうした?」


レオンが聞く。


ガルは無言で床を指差した。


そこには。


足跡があった。


新しい。


明らかに新しい足跡。


埃の上にくっきりと残っている。


悠人の顔が引きつった。


「誰かいますよね?」


「いるな」


ガルが答える。


「いますよね?」


「いる」


「帰りません?」


「駄目だ」


即答だった。


足跡は廊下の奥へ続いている。


まるで誰かが歩いたように。


そして。


十歩ほど進んだところで。


消えていた。


「……は?」


悠人は目を擦る。


見間違いじゃない。


本当に消えている。


足跡が。


何もない場所で。


突然。


「嫌なんですけど」


心の底からそう思った。


そしてその時。


廊下の奥にある部屋から。


何かが落ちる音が響いた。


ドン――。


全員が顔を上げる。


静寂。


誰も動かない。


だが。


確かに聞こえた。


何かがいる。


この塔の中に。


悠人は無意識に唾を飲み込んだ。


そしてガルは静かに言った。


「調べるぞ」


行きたくなかった。


本当に行きたくなかった。


だが。


異世界不動産の仕事に逃げ道はなかった。

「調べるぞ」


ガルの一言で、その場の空気がさらに重くなった。


悠人は廊下の奥を見つめる。


さっき音がした部屋。


割れた扉が半開きになっている。


中は暗く、ランタンの灯りも奥までは届かない。


「本当に入るんですか?」


「仕事だからな」


レオンが当然のように答えた。


「俺、今日が初出勤なんですけど」


「そうだったな」


「新人研修とかないんですか?」


「現場が研修だ」


「ブラック企業だ!」


叫んでも誰も止まらない。


ガルが先頭に立ち、ゆっくりと部屋へ足を踏み入れた。


レオン、ミリアと続き、最後に悠人が震えながら入る。


室内には崩れた本棚が並んでいた。


床には無数の本。


腐って読めなくなった紙束。


そして部屋の中央には、大きな机。


机の上だけが不自然に綺麗だった。


埃一つ積もっていない。


「……誰か使ってる?」


悠人が呟いた。


その瞬間だった。


ギィ……


背後で扉が勝手に閉まった。


「ひっ!」


悠人は飛び上がる。


慌てて振り返る。


誰も触っていない。


風も吹いていない。


それなのに扉だけがゆっくり閉じていた。


「閉まったな」


ガルは平然としていた。


「いや、もっと驚いてくださいよ!」


「よくある」


「よくあってたまるか!」


レオンは笑いながら扉を押す。


普通に開いた。


「ほら」


「余計怖いんですよ!」



部屋の奥を調べていたミリアが、小さく声を上げた。


「これ見て」


全員が集まる。


床板の一部が割れていた。


その隙間から、冷たい風が吹き上がっている。


ガルが膝をつき、石を落とした。


カラン。


カラン。


カラン。


かなり深い。


数秒後、ようやく音が止まった。


「地下か」


「地下ありますよね?」


「あるな」


「資料には地下未調査って書いてありましたよね?」


「だから調べる」


「帰りません?」


「駄目だ」


今日だけで何度目の却下か分からない。



床板をどけると、隠し階段が現れた。


石造りの古い階段。


下は真っ暗で何も見えない。


悠人は嫌な予感しかしなかった。


というより、ここへ来てから嫌な予感しかない。


ガルがランタンを掲げる。


「降りる」


その一言で探索再開。


レオンが二番目。


ミリアが三番目。


悠人が最後になった。


「最後って余計怖いんですけど」


「前でもいいぞ」


「最後で」


前は前で嫌だった。


階段を下りるたび、空気が重くなる。


冷たい。


湿っている。


どこか鉄の臭いが混じっていた。


十段。


二十段。


三十段。


まだ続く。


「深くないですか?」


「深いな」


ガルが答える。


それだけだった。



地下室へ到着した。


そこは予想外に広かった。


石柱が並ぶ巨大な空間。


壁際には錆びた鎧。


折れた槍。


朽ちた旗。


勇者軍の紋章が描かれている。


「倉庫か?」


レオンが呟く。


ガルは首を横に振った。


「違う」


「じゃあ何です?」


「牢獄だ」


悠人の背筋が凍る。


ランタンの灯りを向ける。


確かに鉄格子があった。


壊れている。


だが残っている。


そして壁には――


爪痕。


無数の。


「……何がいたんですか」


誰も答えない。



その時だった。


カラン。


奥で何かが転がった。


全員が振り向く。


暗闇。


何も見えない。


しかし。


カラン。


また音がする。


今度は近い。


悠人は思わずレオンの後ろへ隠れた。


「何ですかあれ」


「分からん」


レオンの表情から笑みが消えている。


それだけで十分怖かった。


次の瞬間。


暗闇から白いものが転がり出た。


ゴロゴロ。


ランタンの前で止まる。


頭蓋骨だった。


「ぎゃああああ!」


悠人の叫び声が地下に響いた。


レオンが拾い上げる。


「人間だな」


「触るんですか!?」


「骨だからな」


「そういう問題じゃない!」



頭蓋骨の転がってきた先を照らす。


そこには崩れた壁。


そして、人ひとり通れる穴が開いていた。


ガルが近づく。


しゃがみ込む。


穴の中を覗いた。


「部屋がある」


「まだ奥あるんですか?」


「あるな」


「もう十分じゃないですか?」


「仕事だからな」


悠人は泣きそうだった。



穴を抜けた先。


そこは円形の部屋だった。


中央には大きな魔法陣。


床いっぱいに描かれている。


文字は読めない。


しかしミリアだけが顔色を変えた。


「これ……」


「知ってるんですか?」


「古い封印術式」


「封印?」


「何かを閉じ込める魔法」


悠人は周囲を見回す。


嫌な予感しかしない。


封印。


地下。


牢獄。


爪痕。


全部繋がっている気がした。


「その何かって」


恐る恐る尋ねる。


ミリアは首を振った。


「分からない」


その時。


ピシッ。


乾いた音が響いた。


全員が魔法陣を見る。


床に一本の亀裂。


ゆっくりと広がっていく。


「……あ」


悠人が声を漏らす。


ピシ。


ピシピシ。


さらに亀裂が増える。


ミリアが珍しく真剣な声を出した。


「ガル」


「ああ」


「急いだ方がいい」


「そうだな」


悠人だけ話についていけない。


「何ですか?」


誰も答えない。


代わりに。


ゴゴゴゴ……


地下全体が揺れ始めた。


天井から砂が落ちる。


石柱が軋む。


そして。


魔法陣の中央から、黒い霧がゆっくりと立ち上った。


「うそだろ……」


悠人は後ずさる。


霧は人の形を作る。


腕。


足。


胴体。


顔。


ぼんやりとした影が完成した。


それは静かに四人を見つめていた。


レオンが剣に手を添える。


ガルは一歩前へ出る。


ミリアは杖を構えた。


そして悠人は。


一目散に逃げようとして、足元の瓦礫につまずき盛大に転んだ。


その拍子に、近くの石柱へ思い切り肩をぶつける。


ドゴンッ!


鈍い音が響いた。


次の瞬間。


石柱が崩れた。


そのまま連鎖的に天井の一部が崩落する。


巨大な岩が黒い霧へ直撃した。


轟音。


土煙。


しばらくして静けさが戻る。


悠人は恐る恐る顔を上げた。


黒い霧は消えていた。


レオンが口を開く。


「……運がいいな」


ガルも頷く。


「ああ」


ミリアもほっとした表情を浮かべる。


「助かったね」


当の本人だけが状況を理解していなかった。


「え?」


「何かしました?」


「いや」


レオンは肩をすくめた。


「転んだだけだ」


「ですよね」


悠人は安心した。


まさか偶然が封印の残滓を押し潰したなどとは夢にも思わない。


そしてガルは静かに言った。


「今日はここまでだ」


「帰れる!」


悠人はこの日初めて心から笑った。


だが、その誰も知らない。


崩れた魔法陣のさらに下。


まだ誰にも見つかっていない空間で、何かが静かに目を覚まし始めていたことを――。

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