第一話アルバイト募集
1話 アルバイト募集
「今月の家賃、どうしよう……」
佐藤悠人は、天井の染みを見つめながら呟いた。
六畳一間。
築年数不明。
夏は暑く冬は寒い。
家賃だけはしっかり取られるアパートだ。
財布の中には二千三百八十円。
銀行口座には一万二千四百円。
そして次の家賃の支払いまで残り十二日。
どう考えても詰んでいた。
二週間前。
働いていたコンビニが閉店した。
店長は泣いていた。
常連客も泣いていた。
近所の小学生まで泣いていた。
だが一番泣きたかったのは悠人だった。
なぜなら無職になったからである。
「閉店セールで感動する暇があったら雇ってくれよ……」
誰も聞いていない愚痴を零す。
もちろん状況は変わらない。
悠人はスマホを手に取った。
求人サイトを開く。
飲食店。
工場。
倉庫作業。
警備員。
どれも悪くない。
しかし面接日程が来週だったり、採用まで数週間かかったりする。
今の悠人には時間がなかった。
「日払いがいいんだけどな……」
スクロールする。
またスクロールする。
だんだん目が疲れてくる。
その時だった。
画面が突然ちらついた。
「ん?」
一瞬だけ画面が真っ黒になる。
次の瞬間。
見覚えのないサイトが表示されていた。
広告かと思った。
だがどこか違う。
シンプルすぎる。
異様なほどシンプルだった。
画面の中央に書かれていた文字はたった一つ。
『異世界不動産』
「……は?」
悠人は目を擦った。
もう一度見る。
やはり同じだった。
異世界不動産。
意味が分からない。
思わず開いてみる。
そこには求人情報らしきものが載っていた。
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異世界不動産
アルバイト募集
未経験歓迎
学歴不問
経験不問
やる気不問
住居支給
食事支給
命の保証なし
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「最後なんだよ」
即座にツッコんだ。
怪しい。
とんでもなく怪しい。
だが続きを読む。
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勤務地:異世界全域
業務内容:不動産管理
事故物件調査
その他雑務
面接不要
即採用
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「異世界全域ってなんだよ」
悠人は笑った。
完全にネタサイトだった。
誰が応募するのだろう。
そう思った。
だが。
住居支給。
食事支給。
その二つの文字が妙に魅力的だった。
今の悠人にとって家賃は最大の敵である。
もし本当なら。
いや、絶対に嘘だろうけど。
「まあ押すだけならタダか」
暇潰しのつもりだった。
応募ボタンを押す。
すると。
一秒も経たないうちに画面が切り替わった。
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採用
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「早っ!?」
履歴書は?
面接は?
名前すら入力していない。
なのに採用。
意味が分からない。
そして。
その瞬間だった。
スマホが光る。
部屋が光る。
床が光る。
「え?」
嫌な予感がした。
とても嫌な予感だった。
次の瞬間。
視界が真っ白になる。
「ちょっ――!?」
叫ぶ暇もなかった。
世界が消えた。
◇
気が付くと。
知らない天井があった。
木製の梁。
見たことのない照明。
古い木の香り。
悠人はゆっくり身体を起こした。
「……どこだここ」
頭が痛い。
夢だろうか。
そう思った。
だが妙にリアルだった。
目の前には木製の机。
大量の書類。
棚いっぱいの資料。
壁には地図。
どう見ても事務所だった。
その時。
低い声が響いた。
「起きたか」
悠人は顔を上げた。
男が立っていた。
黒髪。
長身。
無表情。
威圧感が凄い。
なぜかいるだけで空気が重い。
「誰ですか?」
悠人が聞く。
男は答えた。
「店長だ」
「いや名前」
「ガル」
短い。
会話が短い。
あまりにも短い。
すると横から笑い声が聞こえた。
「相変わらず説明下手だな」
金髪の男だった。
年齢は二十代半ばくらい。
整った顔立ち。
軽そうな雰囲気。
人懐っこい笑顔。
ガルとは真逆だった。
「新人か?」
「新人じゃありません」
「そうか?」
「そもそも状況が分かりません」
「それもそうだな」
金髪の男は笑った。
さらに奥から女性が顔を出す。
紫色の長い髪。
穏やかな表情。
優しそうな雰囲気。
「あ、本当に来た」
「来たくて来たわけじゃないんですけど」
「そうなんだ」
納得された。
会話が成立している気がしない。
悠人は頭を抱えた。
「ここどこですか?」
ガルが即答した。
「異世界」
沈黙。
悠人は三秒ほど考えた。
「帰れます?」
「無理だな」
「え?」
「帰れない」
「え?」
「帰れない」
「二回言わなくていいです!」
叫び声が事務所に響いた。
しかし三人は落ち着いていた。
まるで珍しくもない話をしているように。
悠人だけが混乱している。
「待ってください」
深呼吸する。
落ち着け。
落ち着け俺。
状況を整理しよう。
求人広告を見た。
応募した。
光った。
気絶した。
知らない場所で目覚めた。
そして。
異世界と言われた。
「いや意味分からないだろ!」
結論。
やっぱり意味が分からなかった。
レオンと名乗った金髪の男が笑う。
「最初はみんなそう言う」
「みんな?」
「お前の前にも何人か来た」
「その人たちは?」
レオンは少し考えた。
「辞めたな」
「帰れたんですか!?」
「いや?」
「じゃあどうしたんですか!?」
「色々だ」
全く安心できなかった。
ガルが立ち上がる。
「説明する」
「ようやくですか」
「付いてこい」
そう言って歩き始めた。
悠人は顔を見合わせる。
レオンは肩をすくめた。
女性は苦笑している。
「行った方がいいよ」
「行かなかったら?」
「たぶん説明してくれない」
確かにしそうだった。
悠人は仕方なくガルの後を追った。
事務所の奥へ向かう。
そして一枚の扉が開かれた。
その瞬間。
悠人は目を見開いた。
そこには。
不動産屋とは思えない光景が広がっていた――。
ガルが開けた扉の向こう。
そこは倉庫だった。
だが悠人が想像していた倉庫とは全く違う。
壁には剣。
槍。
斧。
弓。
見たこともない武器がずらりと並んでいる。
棚にはロープやランタン。
大量の保存食。
薬品らしき瓶。
さらには鎧まで置かれていた。
どう見ても冒険者ギルドの装備庫である。
不動産屋ではない。
絶対に違う。
「不動産屋ですよね?」
悠人が確認する。
「そうだ」
ガルは即答した。
「じゃあ何で武器があるんです?」
「必要だからだ」
「何にです?」
「仕事に」
全く安心できない。
レオンが笑う。
「まあ普通の不動産屋じゃないからな」
「普通じゃないのは見れば分かります」
「うちは事故物件専門だ」
その言葉に悠人は嫌な予感を覚えた。
「事故物件って……幽霊とか?」
「それもある」
「それも?」
「呪いとか」
「はい」
「魔物とか」
「はい?」
「古代兵器とか」
「待ってください」
レオンは指を折りながら数え始めた。
「毒沼」
「やめて」
「ドラゴン」
「やめろ」
「魔王軍の残党」
「不動産屋って何だよ!」
叫び声が響く。
ミリアが苦笑した。
「普通の家は普通の不動産屋が担当するからね」
「じゃあここは?」
「普通じゃない家担当」
終わっていた。
完全に終わっていた。
◇
ガルは掲示板の前で止まった。
そこには大量の依頼書が貼られている。
悠人は近くの紙を一枚見た。
【幽霊屋敷調査依頼】
次を見る。
【旧魔王軍要塞安全確認】
さらに見る。
【ドラゴン居住物件立ち退き交渉】
「誰が住むんですかそんな場所」
「買う奴はいる」
ガルが答えた。
「いるんだ……」
世の中は広い。
いや異世界だった。
その時だった。
ガルが一枚の書類を取る。
そして悠人に差し出した。
「初仕事だ」
「え?」
「新人の担当案件」
嫌な予感しかしない。
悠人は恐る恐る紙を受け取った。
そこに書かれていた内容を見て固まる。
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物件名
旧勇者軍監視塔
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問題点
夜間に人影出現
行方不明者十三名
地下未調査
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沈黙。
悠人はもう一度読む。
変わらない。
行方不明者十三名。
地下未調査。
人影出現。
誰がどう見ても危険物件だった。
「これ新人が行くんですか?」
「そうだ」
「何で?」
「新人だからだ」
意味が分からない。
レオンが肩を叩く。
「頑張れ」
「他人事ですね」
「他人事だからな」
最低だった。
◇
その後。
悠人は簡単な説明を受けた。
旧勇者軍監視塔。
約二十年前に放棄された施設。
最初はただの廃墟だった。
だが十年前から人影の目撃情報が増え始めた。
調査隊が派遣された。
帰らなかった。
冒険者が調査した。
帰らなかった。
傭兵団が向かった。
半分しか帰らなかった。
そして現在。
誰も近付かない。
完全な事故物件となっていた。
「何でそんな場所に行くんです?」
「売るためだ」
ガルが言う。
「売れるんですか?」
「売れない」
「じゃあ何で?」
「売れるようにする」
悠人は頭を抱えた。
理屈は分かる。
分かるが納得はできない。
◇
夕食の時間。
店の食堂で四人は食事をしていた。
スープ。
パン。
肉料理。
思ったより豪華だった。
「うまい……」
悠人は思わず呟く。
レオンが笑った。
「だろ?」
「異世界の飯ってもっと変なのかと思ってました」
「失礼だな」
ミリアが頬を膨らませる。
どうやら作ったのは彼女らしい。
「ミリアさんが?」
「そうだよ」
「めちゃくちゃ美味しいです」
「えへへ」
少しだけ空気が和む。
召喚されてから初めて安心した瞬間だった。
しかし。
ガルの一言で全て吹き飛ぶ。
「明日は日の出前に出発する」
「帰りたい」
即答だった。
◇
その夜。
支給された部屋。
悠人はベッドに寝転がっていた。
広さは八畳ほど。
前のアパートより少し広い。
家具も揃っている。
家賃は不要。
食事付き。
普通なら良い職場かもしれない。
仕事さえ普通なら。
「何で事故物件なんだよ……」
天井を見上げる。
考えれば考えるほど不安になる。
行方不明者十三人。
勇者軍の監視塔。
人影。
地下未調査。
どれ一つとして良い情報がない。
「逃げるか?」
真面目に考えた。
だが。
異世界だった。
逃げても土地勘がない。
金もない。
知り合いもいない。
結局ここで働くしかない。
「終わったな俺……」
そう呟いて目を閉じた。
◇
翌朝。
まだ空が暗い時間。
悠人は馬車に揺られていた。
荷台には装備一式。
ロープ。
ランタン。
保存食。
そして武器。
「本当に不動産屋なんですか?」
三回目の質問だった。
レオンは笑う。
「何回聞くんだ」
「だっておかしいでしょう」
「慣れる」
「慣れたくない」
馬車は山道を進む。
やがて遠くに見えてきた。
黒い塔。
山の上に建つ巨大な監視塔。
空は曇っている。
風は冷たい。
鳥の鳴き声すら聞こえない。
明らかに雰囲気がおかしい。
「あれですか?」
「そうだ」
ガルが答える。
悠人はごくりと唾を飲み込んだ。
近付くにつれて分かる。
塔は想像以上に大きい。
そして古い。
まるで長い間誰かを待っていたかのように、静かにそこに立っている。
「帰りたい……」
心の底からそう思った。
しかし馬車は止まらない。
無情にも監視塔へ向かって進み続ける。
こうして。
異世界不動産新人アルバイト、佐藤悠人の最初の仕事が始まるのだった。
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