第18話 地上への道
初めて小説を書くので至らない点多いと思いますが頑張ります。毎日更新を目指してゆるゆるとやります。
「逃げるよ」
ノアの声が広場に響く。
その直後、天井の一部が崩れ落ちた。
轟音と共に巨大な岩塊が降り注ぐ。
ガルが即座に前へ出た。
剣を振るう。
岩塊が真っ二つに割れ、左右へ落下した。
「話は後だ!」
珍しく余裕のない声だった。
地下都市アークは本当に限界を迎えている。
今までは崩壊の前兆だった。
だが今は違う。
都市そのものが壊れ始めている。
ミリアが転移装置の前へ駆け寄る。
石板の周囲に魔法陣が展開された。
青白い光が地面を走る。
「動く?」
レオンが聞く。
「動かします」
「聞き方を変える」
レオンは真顔だった。
「生きて帰れるか?」
ミリアは少し考えた。
そして笑顔で答えた。
「分かりません」
「最悪だな」
「でも徒歩よりは安全です」
それは確かだった。
徒歩で脱出しようにも、来る途中の通路は崩壊している。
今さら戻れる状態ではない。
アリシアも石板へ近付く。
「補助する」
「助かります」
二人が同時に術式へ干渉する。
古代文字が次々と浮かび上がった。
地下都市全体から魔力が集まり始める。
残された最後のエネルギー。
それを転移装置へ集中させているらしい。
悠人はその様子を見ながら奈落へ目を向けた。
暗闇は静かだった。
赤い瞳も見えない。
だが嫌な予感だけは消えない。
あの声。
最後に聞こえた笑い声。
眠ったはずなのに。
本当に眠ったのだろうか。
「気にしてる?」
いつの間にかノアが隣にいた。
「まあな」
悠人は苦笑する。
「気にするなって方が無理だろ」
「それもそう」
ノアはあっさり認めた。
しばらく二人で奈落を見つめる。
遠くで崩落音が続いている。
それでも今だけは少し静かだった。
「一つ聞いていいか」
悠人が言う。
「何?」
「お前、どこまで知ってるんだ」
ノアは少し黙った。
珍しく返事が遅い。
「半分くらい」
「信用できない答えだな」
「私もそう思う」
ノアは肩をすくめた。
「昔は全部知ってたと思う」
その言葉に悠人は振り返る。
「思う?」
「記憶が欠けてる」
ノアの視線は奈落へ向いたままだった。
「封印された時に失った部分がある」
初めて聞く話だった。
いつも何でも知っているように見えたノアにも分からないことがあるらしい。
「だから私も探してる」
小さな声だった。
「自分が何を忘れたのか」
悠人は少しだけ意外に思った。
自分だけではない。
ノアもまた何かを追い掛けている。
その事実に妙な親近感を覚えた。
その時だった。
「できた!」
ミリアの声が響く。
全員が振り返る。
転移装置が眩く輝いていた。
石板の周囲に巨大な魔法陣が完成している。
「起動成功です!」
珍しくミリアが興奮していた。
よほど難しかったのだろう。
アリシアも安堵したように息を吐いている。
「行けるのか?」
ガルが聞く。
「一回だけなら」
ミリアが答える。
「ただし行き先は選べません」
「何?」
レオンが嫌そうな顔をした。
「どういう意味だ」
「地上付近までは確定です」
「付近?」
「かなり付近です」
誰も安心できなかった。
だが他に選択肢もない。
ガルが全員を見回す。
「乗るぞ」
異論はなかった。
崩落音がさらに近付いている。
地下都市に残る理由はない。
全員が魔法陣へ向かう。
その時だった。
悠人の胸の紋様が微かに光った。
同時に。
奈落の底から声が聞こえる。
『帰るのか』
小さな声だった。
他の誰にも聞こえていない。
悠人だけだった。
振り返る。
闇の底。
そこには何も見えない。
だが確かに声は聞こえた。
『残念だ』
初代魔王の声だった。
からかうような。
退屈そうな声。
悠人は思わず眉をひそめる。
「……寝てろ」
小さく呟いた。
すると。
闇の奥から笑い声が返ってきた。
本当に楽しそうに。
その直後。
地下都市全体が大きく揺れた。
今までとは比べ物にならないほど激しく。
ミリアの顔色が変わる。
「まずい!」
転移装置が不安定になる。
光が乱れる。
魔法陣が軋む。
そして奈落の底から、とてつもない魔力が吹き上がった。
全員の表情が変わる。
ノアだけが即座に理解した。
「嘘でしょ」
珍しく本気で驚いていた。
「何だ!?」
ガルが叫ぶ。
ノアは奈落を睨みながら答える。
「起きた」
その一言だった。
悠人は嫌な予感しかしなかった。
「誰が」
ノアはゆっくりと言う。
「初代」
闇の底で。
赤い瞳が再び開いていた。
闇の底で赤い瞳が開く。
その瞬間、広場を覆っていた空気が変わった。
重い。
ただ立っているだけで息苦しくなるほどの圧力だった。
「おい……」
レオンが顔を引きつらせる。
「今、封印されたんじゃなかったのか?」
「私もそう思ってた」
ノアが額を押さえる。
「普通はね」
「普通じゃないのか」
「普通じゃない」
即答だった。
全員が知っている。
今さら普通を期待する相手ではない。
ミリアが転移装置へ魔力を流し続ける。
額には汗が浮かんでいた。
「あと少しです!」
「その少しが長い!」
ガルが叫ぶ。
天井の崩落が加速していた。
広場の端が崩れ、巨大な穴が広がる。
地下都市そのものが沈み始めている。
本当に時間がない。
その時だった。
奈落の底から声が響く。
『起きている』
静かな声だった。
だが広場全体へ届く。
今度は悠人だけではない。
全員が聞いていた。
『最初から』
沈黙。
ノアが嫌そうな顔をする。
「聞かなかったことにできない?」
『できない』
即答だった。
レオンが頭を抱える。
「会話するなよ!」
「向こうが勝手に返事してるんだ!」
悠人も叫び返す。
理不尽だった。
本当に理不尽だった。
奈落の底から笑い声が聞こえる。
楽しそうだった。
心底。
『久しぶりだ』
その視線が悠人へ向く。
見えないはずなのに分かる。
確実に見られている。
『面白いものを見せてもらった』
「何の話だ」
『記録だ』
初代は答える。
『懐かしかった』
その声には本当に懐かしさが混じっていた。
三千年前。
あの記録の時代。
初代はそこにいたのだ。
悠人はふと気になった。
「お前」
思わず口にする。
「三千年前のあいつを知ってるのか」
広場が静まる。
ガルたちも耳を傾ける。
初代は少しだけ黙った。
そして。
『知っている』
その一言だけで十分だった。
誰も軽口を叩かない。
初代の声が続く。
『嫌というほどな』
何とも言えない答えだった。
敵意は感じない。
だが好意もない。
複雑な感情だけが滲んでいる。
『退屈しなかった』
ぽつりと呟く。
「それ褒めてるのか?」
『さあな』
初代は笑った。
その時。
地下都市全体が激しく揺れる。
今までで最大の揺れだった。
広場の中央に亀裂が走る。
転移装置の光が乱れた。
ミリアの顔色が変わる。
「まずい!」
魔法陣の一部が欠ける。
アリシアが即座に補助へ回った。
古代文字が再構築される。
だが追い付かない。
崩壊の方が早い。
「間に合わない!」
その声が響いた瞬間だった。
奈落の底から赤い光が伸びる。
細い光だった。
まるで一本の糸のように。
それが転移装置へ触れた。
広場が静まり返る。
誰も動かない。
嫌な予感しかしない。
だが次の瞬間。
不安定だった魔法陣が安定した。
乱れていた術式が修復される。
欠けていた部分まで元に戻る。
ミリアが目を見開いた。
「え?」
アリシアも固まっている。
理解できていない。
悠人も同じだった。
「何した?」
奈落へ向かって聞く。
初代は少し間を置いて答えた。
『手伝った』
「なんで」
『帰るのだろう』
当たり前のような返事だった。
全員が黙る。
レオンがぼそりと呟く。
「こいつ本当に何なんだ」
誰にも答えられない。
初代本人すら答えない気がした。
転移装置の光が強くなる。
ミリアが我に返った。
「起動します!」
広場全体を光が包む。
転移が始まる。
ガルが最後に周囲を確認する。
崩落。
亀裂。
奈落。
もう残れる場所はどこにもない。
「行くぞ!」
光がさらに強くなる。
その瞬間。
悠人は最後に奈落を見た。
赤い瞳がこちらを見ていた。
今度ははっきりと。
そして。
初代は小さく笑う。
『次は地上だ』
その言葉と同時に視界が白く染まった。
轟音も。
崩落音も。
全てが消える。
身体が浮く感覚。
転移特有の違和感。
そして――
次の瞬間。
悠人たちは地下都市アークから姿を消した。
残されたのは崩壊を続ける遺跡だけ。
奈落の底では赤い瞳が静かに閉じられる。
だがその直前。
初代は誰にも聞こえない声で呟いた。
『さて』
どこか楽しそうに。
『少しは退屈しなくなりそうだ』
闇が再び沈黙する。
そして地下都市アークは、長い歴史に幕を下ろした。
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