第15話 封じられた記憶
初めて小説を書くので至らない点多いと思いますが頑張ります。毎日更新を目指してゆるゆるとやります。
『久しぶりだな』
初代魔王の声が地下都市に響く。
その瞬間だった。
悠人の胸に刻まれた金色の紋様が強く輝く。
今までとは比べ物にならない光だった。
熱い。
初めてそう感じた。
痛みではない。
焼けるような熱でもない。
だが身体の奥で何かが目を覚ましている。
そんな感覚だった。
「悠人!」
ノアの声が聞こえる。
ガルたちも何か叫んでいる。
だが遠い。
水の中から聞いているように曖昧だった。
視界が歪む。
崩壊する地下都市が霞む。
代わりに別の景色が浮かび上がってきた。
巨大な白い空間だった。
どこまでも続く白。
天井も壁もない。
ただ無限の空間だけが存在している。
そして。
そこには一人の男が立っていた。
悠人と同じ顔をした男だった。
「またお前か」
思わず口にする。
前にも見た。
記憶の中で。
巨大な門の前で。
無数の自分に囲まれていた男だ。
男は苦笑した。
『そうなるか』
「誰なんだよ」
『難しい質問だな』
男は頭を掻く。
その仕草まで自分に似ていて気味が悪い。
『昔のお前』
「意味が分からん」
『だろうな』
男はあっさり認めた。
そしてゆっくりと歩き始める。
白い空間に足音だけが響く。
『お前は今、自分が異世界へ飛ばされたと思っている』
「違うのか?」
『半分正解』
余計に分からない。
男は振り返る。
その表情にはどこか疲れが滲んでいた。
『正確には帰ってきた』
悠人は眉をひそめる。
最近そういう話ばかりだ。
原初の器。
完成した器。
そして今度は帰ってきた。
誰もまともに説明してくれない。
『怒るな』
男が笑う。
『俺も最初は同じだった』
「だから誰なんだ」
『お前だ』
堂々巡りだった。
本当に殴りたくなってくる。
だが男は真面目な顔になる。
『時間がない』
白い空間に亀裂が走る。
現実世界の影響だろうか。
空間が少しずつ崩れ始めていた。
『初代が目を覚ました』
男は続ける。
『あいつが動き始めると面倒だ』
「面倒で済む話か?」
『済まない』
即答だった。
全く安心できない。
『だが一つだけ覚えておけ』
男の表情が変わる。
今までで一番真剣だった。
『お前は器じゃない』
その言葉に悠人は固まる。
『誰かの代わりでもない』
『何かを入れるための容れ物でもない』
白い空間が震える。
亀裂が増える。
時間がないのだろう。
男は急ぐように言葉を続けた。
『連中は勘違いしている』
「連中?」
『初代も』
『奈落の失敗作も』
『三千年前の文明も』
男は小さく笑った。
どこか呆れたように。
『全員な』
悠人は何となく察し始めていた。
この男は知っている。
全てを。
自分が何者なのかも。
この世界で何が起きているのかも。
だが肝心なところで話が進まない。
「じゃあ俺は何なんだ」
その問いに男はしばらく黙った。
少し考えるように。
やがて静かに答える。
『まだお前だ』
「は?」
『だからだよ』
男は笑う。
『まだ誰にもなっていない』
ますます意味が分からなかった。
その時だった。
白い空間の奥で巨大な影が動く。
悠人は反射的に振り返った。
何かいる。
とてつもなく巨大な何かが。
空間の向こう側で。
眠っている。
男の表情が変わる。
初めて焦りが見えた。
『まずいな』
「何だ?」
『思ったより早い』
影が動く。
巨大な瞳がゆっくり開く。
赤い瞳だった。
地下都市で見たものと同じ。
初代魔王。
その存在がこの空間にまで干渉してきている。
『見つけたか』
初代魔王の声が響く。
男が舌打ちした。
『本当に勘がいい』
赤い瞳が細められる。
その視線は悠人へ向いていた。
『なるほど』
初代魔王は静かに笑った。
『確かに面白い』
その瞬間。
白い空間が大きく揺れる。
亀裂が広がる。
崩壊が始まった。
男は諦めたように肩をすくめる。
『今日はここまでだな』
「待て!」
悠人は叫ぶ。
聞きたいことが山ほどある。
だが男は首を振った。
『次に会う時はもう少し思い出している』
そして最後に。
妙なことを言った。
『不動産屋を続けろ』
「は?」
『それが一番大事だ』
意味が分からない。
本当に分からない。
だが男は満足そうに笑った。
そして世界が砕ける。
視界が白に染まった。
次の瞬間――
悠人の意識は地下都市へ引き戻された。
「――っ!」
悠人は大きく息を吸った。
視界に飛び込んできたのは崩壊寸前の地下都市アークだった。
砕けた石畳。
傾いた塔。
奈落から吹き上がる黒い霧。
そして、すべてを見下ろすように輝く二つの瞳。
黄金の瞳と赤い瞳。
奈落の巨人と初代魔王。
二体の怪物が同じ空間に存在している。
それだけで悪夢のような光景だった。
「戻ったか!」
ガルの声が飛ぶ。
悠人はようやく自分が立ったまま気を失っていたことに気付く。
レオンとミリアが周囲を警戒し、ノアは奈落の底を睨んでいた。
その顔は今まで以上に険しい。
「何があった」
ガルが尋ねる。
「顔色が悪いぞ」
「いや……」
悠人は頭を押さえた。
説明しようにも整理が追い付かない。
昔のお前。
帰ってきた。
器じゃない。
不動産屋を続けろ。
意味不明な言葉ばかりが頭の中を回っている。
「夢を見たみたいな感じだ」
それしか言えなかった。
ノアがちらりとこちらを見る。
何かを察したような目だった。
だが追及はしない。
その代わり奈落を見上げる。
「まずいね」
珍しく冗談のない声だった。
悠人も視線を向ける。
奈落の巨人が後退している。
本来なら喜ぶべき状況だ。
しかし誰も安心していなかった。
理由は簡単だった。
後退させている相手がもっと危険だからだ。
奈落の底。
真紅の瞳が静かに輝いている。
初代魔王。
世界最初の災厄。
その存在は未だ全貌を現していない。
それなのに奈落の巨人は完全に怯えていた。
『失敗作』
赤い瞳が静かに呟く。
その声に奈落の巨人が震える。
『まだ残っていたか』
『違う』
奈落の巨人が叫ぶ。
先ほどまでの威圧感は消えていた。
必死だった。
まるで子供が言い訳をするように。
『私は失敗ではない』
『そうか』
初代魔王は興味なさそうに答える。
その一言だけで奈落の巨人が黙り込んだ。
圧倒的だった。
力の差ではない。
存在そのものの格が違う。
そんな感覚だった。
「なあ」
レオンが呟く。
「俺たち逃げた方が良くないか?」
「今さらか」
ガルが苦笑する。
だが否定はしない。
実際その通りだった。
勝てる気がしていない。
そんな相手が目の前にいる。
その時だった。
初代魔王の視線が動く。
ゆっくりと。
確実に。
悠人へ向く。
背筋が凍る。
奈落の巨人に見られた時とは違う。
もっと静かで。
もっと危険だった。
獲物を見る目ではない。
観察する目だった。
『面白い』
赤い瞳が細められる。
『本当に残っていたのか』
悠人は眉をひそめる。
また意味の分からないことを言われた。
最近ずっとそんな感じだ。
『お前』
初代魔王が言う。
『名前は』
「……悠人」
少し迷った末に答える。
なぜか嘘をつく気になれなかった。
初代魔王は静かに頷いた。
『そうか』
たったそれだけ。
だが何かを納得したようだった。
『なら今は悠人だな』
今は。
その言葉に引っ掛かりを覚える。
しかし問い返す前に、地下都市が大きく揺れた。
轟音。
奈落の穴がさらに広がる。
天井が崩れ始める。
巨大な岩盤が落下する。
「まずい!」
ミリアが叫ぶ。
「都市そのものが崩れる!」
それは誰の目にも明らかだった。
第六封印の解放。
奈落の暴走。
その影響で地下都市アークは限界を迎えていた。
このままでは全員生き埋めになる。
初代魔王ですら気にした様子はない。
だが悠人たちは違う。
「脱出するぞ!」
ガルが叫ぶ。
全員が動き出す。
その時だった。
奈落の巨人が最後の力を振り絞るように咆哮した。
『渡さない』
黄金の瞳が狂気に染まる。
『絶対に渡さない』
黒い霧が爆発的に膨れ上がる。
奈落全体が揺れる。
そして。
巨人の身体が崩れ始めた。
自壊だった。
その力を全て一撃へ変えるつもりなのだ。
ノアの顔色が変わる。
「全員下がって!」
間に合わない。
誰もがそう思った。
だが次の瞬間。
赤い瞳がわずかに細められる。
『うるさい』
それだけだった。
奈落の巨人が消えた。
跡形もなく。
霧すら残さず。
最初から存在しなかったかのように。
沈黙が落ちる。
誰も動けない。
理解が追い付かなかった。
そして初代魔王は小さく息を吐いた。
『静かになった』
本当に迷惑そうだった。
世界を滅ぼしかねない怪物を消した直後とは思えない。
そんな中。
初代魔王の視線だけが最後まで悠人を見ていた。
『また会おう』
静かな声だった。
『その時までに思い出しておけ』
何を。
そう聞く前に。
奈落の底から無数の鎖が現れた。
赤い瞳を包み込む。
初代魔王は抵抗しない。
まるで眠りに戻るように。
ゆっくりと闇の奥へ沈んでいく。
そして最後に。
わずかに笑った。
『不動産屋』
『潰すなよ』
次の瞬間。
赤い瞳は闇の中へ消えた。
地下都市を揺らしていた鼓動も止まる。
長い沈黙。
誰も口を開かなかった。
やがてレオンが真顔で言う。
「なあ」
全員が振り返る。
疲れ切った顔で言った。
「俺、今日だけで十年分くらい働いた気がする」
その言葉に。
なぜか全員が深く頷いた。
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