第11話 奈落層
初めて小説を書くので至らない点多いと思いますが頑張ります。毎日更新を目指してゆるゆるとやります。
地下都市アークの中央が崩落した。
巨大な穴が街の中心を飲み込み、どこまでも続く闇をさらけ出している。
底は見えない。
光さえ届かない深淵。
まるで世界そのものに開いた傷口だった。
その穴の縁に立つ悠人は、言いようのない寒気を覚えていた。
視線を向けてはいけない。
本能がそう警告している。
それでも目を離せなかった。
闇の奥から何かがこちらを見ている。
確実に。
はっきりと。
そしてその視線は、自分へ向けられていた。
『見つけた』
再び声が響く。
男とも女とも分からない声。
若者にも老人にも聞こえる不思議な声。
耳ではなく頭の中へ直接流れ込んでくるようだった。
『ようやく』
その言葉と同時に、奈落の底から無数の黒い手が伸び始める。
人間の腕に見えた。
だが違う。
長すぎる。
細すぎる。
そして数が異常だった。
何百。
何千。
数え切れないほどの黒い腕が闇の中から這い上がってくる。
まるで巨大な生物の触手のようだった。
「全員下がれ!」
ガルが怒鳴る。
悠人たちは反射的に後退した。
その直後、黒い手が地面を掴む。
石畳が砕ける。
分厚い石材が紙のように握り潰された。
悠人は思わず息を呑んだ。
あんなものに捕まったらひとたまりもない。
レオンが剣を抜く。
「切ればいいんだろ」
そう言って地面を蹴った。
勇者らしい迷いのなさだった。
一瞬で黒い手へ接近する。
そして白銀の剣が閃いた。
鋭い斬撃。
空気を裂く音。
普通の魔物なら一撃で真っ二つになる。
だが。
切れなかった。
剣が途中で止まる。
まるで鋼鉄を斬ったような感触だった。
「なっ!?」
レオンの顔色が変わる。
次の瞬間、黒い手が反撃する。
横薙ぎ。
それだけだった。
だが勇者レオンの身体が吹き飛ぶ。
轟音と共に建物へ激突した。
石壁が崩れる。
砂煙が舞い上がる。
悠人は絶句した。
強い。
そんな言葉では足りない。
レオンはこの世界でも最上位の実力者だ。
そのレオンが一撃で吹き飛ばされた。
「レオン!」
ミリアが叫ぶ。
だが当の本人は瓦礫の中から立ち上がった。
傷はない。
しかし表情は険しかった。
「冗談だろ」
苦笑いを浮かべる。
「全然効かない」
その一言が状況の深刻さを物語っていた。
ガルも前へ出る。
巨大な剣を構えた。
「ノア」
「分かってる」
ノアは静かに答える。
先ほどまでの柔らかな雰囲気は消えていた。
黒い瞳が奈落を見つめる。
そして初めて警戒の色を見せる。
「面倒なことになった」
その言葉にアリシアが震える。
「やっぱり知ってるの?」
「少しだけ」
ノアは答えた。
「正確には昔聞いたことがある」
悠人は思わず尋ねた。
「何なんだ?」
ノアは少し考えた。
どう説明するべきか悩んでいるようだった。
やがて小さく息を吐く。
「世界の失敗作」
その場が静まり返った。
「失敗作?」
「三千年前よりさらに昔」
ノアの視線は奈落へ向いている。
「ある文明が神を作ろうとした」
嫌な予感しかしなかった。
最近ずっとそんな話ばかり聞いている気がする。
「結果は失敗」
ノアは続ける。
「出来上がったのは神じゃなかった」
奈落の底から何かが動く。
黒い腕がさらに増える。
地面を掴み。
壁を掴み。
ゆっくりと這い上がってくる。
「じゃあ何が出来たんだ?」
悠人の問いに、ノアは静かに答えた。
「空っぽの器」
ドクン――。
鼓動が響く。
今までで一番大きかった。
地下都市全体が震える。
建物が崩れる。
遠くで巨大な塔が倒壊する。
そして。
奈落の奥で二つの光が灯った。
目だった。
巨大な目。
闇の中に浮かぶ黄金色の瞳。
封印の番人よりも遥かに巨大な存在が、ゆっくりとこちらを見下ろしていた。
その視線が悠人を捉える。
そして。
闇の奥から歓喜に満ちた声が響いた。
『ようやく会えた』
その言葉を聞いた瞬間。
ノアの表情が変わる。
初めてだった。
終焉の魔女と呼ばれた少女が、はっきりと動揺を見せたのは。
『ようやく会えた』
闇の奥から響いた声は、歓喜に満ちていた。
その声を聞いた瞬間、地下都市にいた全員が凍り付く。
ガルは剣を握り直した。
レオンも無言で構え直す。
ミリアの周囲には何重もの魔法陣が展開されている。
だが最も驚いていたのはノアだった。
終焉の魔女。
三千年前の災厄。
封印の番人すら一瞬で消し去った少女。
そのノアが明らかに動揺していた。
「あり得ない……」
小さく呟く。
悠人は初めて聞いた。
彼女がここまで不安そうな声を出すのを。
奈落の奥に浮かぶ巨大な黄金の瞳。
それはまるで笑っているようだった。
『探した』
声が響く。
『長かった』
黒い腕が地面を掴む。
奈落の縁が崩れる。
巨大な岩塊が闇へ落ちていく。
だが底へ届く音は聞こえない。
深すぎるのだ。
どこまで続いているのか分からない。
「おい」
ガルが低い声で言う。
「知っているんだな」
ノアは視線を逸らさなかった。
しばらく沈黙が続く。
やがて彼女は小さく頷いた。
「伝承だけ」
「何者だ」
「名前はない」
その答えに全員が眉をひそめる。
名前がない。
そんな存在がいるのか。
ノアは続けた。
「昔の文明はあれを神にしようとした」
「前に言ってた失敗作か」
悠人が尋ねる。
ノアは頷く。
「器だけ作った」
そして奈落を見つめる。
「中身を作れなかった」
その言葉の意味は誰にも分からなかった。
だが奈落の存在だけは理解しているようだった。
『器』
再び声が響く。
巨大な瞳が悠人を見つめる。
『見つけた』
その瞬間。
黒い腕が一斉に動いた。
何百本もの腕が悠人へ向かって伸びる。
「新人!」
ガルが飛び出した。
巨大な剣が唸る。
魔王の一撃。
黒い腕をまとめて吹き飛ばす。
だが次の瞬間には再生していた。
まるで意味がない。
レオンも加わる。
閃光のような剣撃が奈落を切り裂く。
ミリアの魔法が爆発する。
広場が揺れる。
建物が吹き飛ぶ。
それでも黒い腕は止まらない。
まるで無限だった。
「ふざけるなよ!」
レオンが叫ぶ。
勇者が本気で焦っていた。
悠人も状況を理解し始める。
狙われている。
完全に。
番人の時と同じだ。
いや、それ以上だった。
奈落の存在は最初から自分だけを見ている。
理由は分からない。
だが確実だった。
『器』
その言葉が何度も響く。
『器』
『器』
『器』
頭の中へ直接流れ込んでくる。
気持ち悪い。
耳を塞ぎたくなる。
だが声は消えない。
その時だった。
ノアが前へ出る。
「黙れ」
静かな声だった。
しかし。
空間が揺れる。
黒い風が吹き荒れる。
終焉の魔女の魔力が解放された。
地下都市全体が軋む。
奈落の存在でさえ動きを止める。
ノアの黒い瞳が光る。
「三千年前に封じられたくせに」
冷たい声だった。
先ほどまでの少女らしさはない。
災厄と呼ばれた存在そのものだった。
「まだ諦めてなかったんだ」
奈落の瞳が揺れる。
初めて感情らしきものが見えた。
怒り。
執着。
そして狂気。
『返せ』
声が響く。
『それは私のものだ』
悠人の背筋が凍る。
何の話だ。
意味が分からない。
だが。
ノアだけは理解したらしい。
「そういうこと」
彼女は小さく呟いた。
「なるほどね」
ガルが振り返る。
「分かったのか」
「だいたい」
ノアは悠人を見る。
その視線は真剣だった。
今までで一番。
「悠人」
初めて名前で呼ばれた。
「逃げて」
「は?」
「今すぐ」
意味が分からない。
だがノアの表情を見て冗談ではないと理解する。
「理由を聞いても?」
「聞いたら逃げられなくなる」
それだけだった。
だが十分だった。
ノアは本気で危険だと判断している。
その時。
奈落の奥で何かが砕ける音が響いた。
パキン。
ガラスが割れるような音。
しかし規模が違う。
地下都市全体が震える。
そして。
奈落の底から巨大な黒い柱が立ち上がった。
天井を突き破るほど巨大な何か。
それは腕ではなかった。
足でもない。
生物の一部ですらない。
もっと根本的な何か。
封印されていた本体が動き始めたのだ。
ノアの顔色が変わる。
ガルが剣を握る。
レオンが舌打ちする。
ミリアは青ざめる。
アリシアは立ち尽くしていた。
そして奈落の存在は歓喜の声を上げた。
『見付けた』
『見付けた』
『見付けた』
無数の声が重なる。
狂ったように。
歓喜するように。
そして。
巨大な黄金の瞳が細められる。
『原初の器』
悠人を見ながら。
そう呼んだ。
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