第10話 終焉の魔女
初めて小説を書くので至らない点多いと思いますが頑張ります。毎日更新を目指してゆるゆるとやります。
地下都市アークの中央広場に、重苦しい沈黙が落ちていた。
崩壊しかけていた街は、不自然なほど静かになっている。
先ほどまで暴れていた封印の番人は、砕けた残骸となって石畳の上に散らばっていた。
三千年間、この都市を守り続けた存在。
その番人を一瞬で破壊した少女は、まるで何事もなかったかのように立っている。
黒髪。
黒い瞳。
どこにでもいる少女のように見える。
だが、その場にいる誰もが知っていた。
目の前の存在が普通ではないことを。
悠人以外は。
「久しぶりだね」
少女は微笑んだ。
その視線の先にいるのはガルだった。
魔王ガル。
異世界不動産の店長。
いつも豪快で堂々としている男。
そんなガルが今は珍しく言葉を失っている。
やがて低い声が漏れた。
「……あり得ん」
少女は肩をすくめる。
「そうかな?」
「封印されたはずだ」
「されたよ」
「ならなぜいる」
「起きたから」
あまりにも簡潔な答えだった。
だが誰も笑わない。
レオンは剣の柄に手を添えたまま少女を見つめている。
ミリアは杖を握り締めていた。
アリシアも無言だった。
空気が重い。
悠人だけが事情を知らない。
「なあ」
悠人は手を挙げた。
全員の視線が集まる。
「俺だけ説明を受けてないんだけど」
その言葉にガルが深いため息を吐いた。
「新人」
「はい」
「今から聞く話は忘れろ」
「無理だろ」
「そうだな」
ガルは頭を抱えた。
最初から諦めていたらしい。
少女はその様子を見て小さく笑う。
「面白い子だね」
「普通の反応だと思う」
「三千年前にも同じこと言ってた」
悠人は眉をひそめた。
「会ったことある?」
「ないよ」
少女は即答した。
しかし、その表情はどこか意味深だった。
「少なくとも今の君とは」
ますます意味が分からない。
ガルが咳払いをする。
「新人」
「はい」
「そいつはノアだ」
「ノア」
少女が軽く手を振る。
「よろしく」
普通の自己紹介だった。
本当に普通だった。
だが、その名前を聞いた瞬間、アリシアの表情がさらに固くなる。
レオンも視線を逸らした。
ミリアは目を閉じる。
まるで聞きたくない名前だったかのように。
悠人は嫌な予感を覚えた。
「ちなみに何者?」
ノアは少し考えた。
そして困ったように笑う。
「昔はいろいろ呼ばれてたかな」
「例えば?」
「災厄」
悠人は無言になる。
「世界の終わり」
嫌な予感が強くなる。
「終焉の魔女」
完全にアウトだった。
どう考えても危険人物である。
「ちょっと待て」
悠人は思わず言った。
「そんな人が何で普通に立ってるんだ」
「失礼だなあ」
ノアは不満そうだった。
「普通に立つくらいするよ」
そういう問題ではない。
ガルが額を押さえる。
「新人の反応が正常だ」
「だよね?」
「だが残念ながら事実だ」
認めるんかい。
悠人は心の中で突っ込んだ。
するとノアが少しだけ真面目な顔になる。
「でも安心して」
「全然安心できない」
「今は世界を壊す気ないから」
「今はって言った?」
「言った」
やっぱり危険人物だった。
その時だった。
地面が揺れる。
小さな振動。
しかし一度では終わらない。
二度。
三度。
そして徐々に大きくなっていく。
ガルの顔色が変わった。
「まだ終わっていないか」
レオンが空を見上げる。
地下都市を覆う巨大な岩盤。
その表面には無数の亀裂が広がっていた。
崩壊は止まっていない。
むしろ加速している。
遠くで建物が倒れる音が響く。
都市そのものが悲鳴を上げているようだった。
アリシアが唇を噛む。
「最終処理が続いてる」
「番人は倒しただろ」
悠人が言う。
「止まらないの?」
「一度始まったら止められない」
その言葉に沈黙が落ちた。
嫌な予感しかしない。
ノアは周囲を見回す。
崩壊する街。
砕けた塔。
割れた石畳。
そして遥か奥にある第五封印区画。
彼女の瞳が少しだけ細められた。
「変だな」
ぽつりと呟く。
「何がだ?」
ガルが聞く。
ノアはしばらく答えなかった。
まるで何かを探っているようだった。
やがて静かに口を開く。
「私を封印していたのは第五封印」
誰も否定しない。
「でも今感じてる気配は違う」
その場の空気が変わる。
ガルが眉をひそめた。
レオンも真顔になる。
「どういう意味だ」
ノアは地下深くを見つめた。
まるで地面の向こう側を見通しているかのように。
「まだいる」
その声は妙に静かだった。
「私以外にも」
地下都市のどこかで。
何かが眠っている。
そんな確信に満ちた声だった。
そして次の瞬間。
地下の奥底から、巨大な鼓動が響いた。
ドクン――。
空気が震える。
石畳が揺れる。
誰も言葉を発しない。
ノアだけが静かにその方向を見ていた。
その表情から初めて笑みが消えていた。
地下深くから響いた鼓動は、一度では終わらなかった。
ドクン。
しばらく間を置いて、再び。
ドクン。
まるで巨大な心臓がゆっくりと脈打っているようだった。
そのたびに足元の石畳が微かに震える。
空気が重くなる。
崩壊を続けていた地下都市でさえ、一瞬だけ静まり返ったように感じられた。
誰も口を開かなかった。
先ほどまで軽口を叩いていたノアでさえ、真剣な表情で地下の奥を見つめている。
そんな姿を見て、悠人は初めて嫌な汗を流した。
この少女が警戒する相手。
それがどれほど危険なのか、想像もつかなかったからだ。
「……何がいる」
ガルが低く問う。
ノアは首を横に振った。
「分からない」
その返答に全員の顔色が変わる。
分からない。
その言葉が一番恐ろしかった。
三千年前を知る存在ですら正体を掴めない何かが、この地下都市の奥に眠っている。
「そんなことがあるのか?」
レオンが眉をひそめる。
「君たちなら知らないかもね」
ノアは静かに言った。
「でも私は知らない」
その言葉には妙な重みがあった。
三千年前。
世界を揺るがした災厄。
終焉の魔女。
そんな存在が知らないと言うのなら、本当に未知なのだろう。
再び鼓動が響く。
今度は先ほどよりも強かった。
天井から小さな石が落ちてくる。
街路の亀裂が広がる。
地下都市アークそのものが悲鳴を上げているようだった。
アリシアが唇を噛む。
「封印が壊れてる……」
「第五封印か?」
悠人が尋ねる。
「違う」
アリシアは即座に否定した。
「第五封印はノアを閉じ込めていた場所」
そしてゆっくり地下を見下ろす。
「もっと下」
その言葉に空気が冷えた。
地下都市アークは巨大だ。
広いだけではない。
深い。
第五封印区画ですら都市の一部に過ぎない。
そのさらに下。
誰も足を踏み入れたことのない領域が存在している。
「そんな場所があるのか」
悠人が呟く。
アリシアは小さく頷いた。
「伝承だけなら」
「伝承?」
「都市の最下層」
その声は震えていた。
「誰も近付いてはいけない場所」
ノアが少しだけ目を細める。
「奈落層か」
その言葉を聞いた瞬間、アリシアが息を呑んだ。
「知ってるの?」
「名前だけ」
ノアは答える。
「私が封印された時には既に立入禁止区域だった」
悠人は思わず頭を抱えたくなった。
三千年前の災厄ですら入れなかった場所。
そこから何かが出てこようとしている。
ろくな話ではない。
その時だった。
遠くから轟音が響く。
広場の向こう側で巨大な塔が崩れ落ちた。
都市の崩壊が加速している。
ガルが舌打ちする。
「時間がないな」
「脱出する?」
ミリアが尋ねる。
ガルは即答しなかった。
代わりにノアを見る。
レオンも同じだった。
全員が答えを待っている。
ノアは少し考えた後、静かに言った。
「今逃げても意味がない」
「理由は?」
ガルの問いに、ノアは地下を指差した。
「もし本当に奈落層が開くなら」
そこで一度言葉を切る。
そして淡々と続けた。
「たぶん地上まで被害が出る」
沈黙。
悠人の背中を冷たいものが走る。
地上。
つまり王都も。
異世界不動産も。
今まで出会った人々も。
全部巻き込まれる可能性があるということだ。
「冗談だろ」
思わず口から漏れる。
だが誰も笑わなかった。
ノアも。
ガルも。
レオンも。
全員本気だった。
だからこそ恐ろしい。
ドクン――。
三度目の鼓動が響く。
今までで一番大きかった。
その瞬間。
地下都市の中心部が爆発する。
轟音。
石畳が吹き飛ぶ。
地面が陥没する。
巨大な穴が出現した。
まるで都市の中央が丸ごと飲み込まれたようだった。
「なっ……」
悠人が言葉を失う。
穴はどこまでも続いている。
底が見えない。
真っ黒な闇だけが広がっていた。
その闇の中から。
何かがこちらを見ていた。
目ではない。
姿も見えない。
それなのに分かる。
確実に何かがいる。
そして。
それは悠人を見ていた。
ノアの顔から完全に笑みが消える。
ガルが剣を抜く。
レオンも構える。
ミリアの周囲に無数の魔法陣が展開される。
アリシアは青ざめたまま立ち尽くしていた。
悠人だけが理解できていない。
だが。
それでも分かった。
今までとは違う。
封印の番人とは比較にならない。
本当に危険な何かが目を覚まそうとしている。
その時。
闇の奥から声が聞こえた。
男とも女とも分からない声。
古びているのに、妙にはっきり聞こえる。
『見つけた』
全員の身体が強張る。
『ようやく』
闇が揺れる。
地下都市全体が震える。
『器を』
その瞬間。
奈落の底から無数の黒い手が伸び始めた。
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