タイラーさんとカホさん
先代の村長は幼い私にこう言いました。
「いいかメリー。山から持ち帰っていいものは、自分が持てる範囲の大きさのものだけだからな。
お前の腕ならイノシシや鹿も狩れるかもしれんが、まだ持ち上げられんだろう?解体する前の話じゃからな?
山の恵みは自分が持てる範囲!いいな?わかったな?」
あの翌日だっけなぁ。
山に落ちてたタイラーさんを拾って帰った私の村長への言い分は「意外に持てた。軽かった」。
拳骨の痛みと共に村長から許可証はおろか身分証を持たない人間を拾ってはいけないと懇々と説教をされたので、
今のダニエル君の年頃には許可証の意味を知っていたような気がします。
発見時、衰弱しきった細い身体、黒髪黒目でカスタード色の肌を持った少年は言葉が通じず、身元の照会が出来なかったのですが
宿に滞在中のレプス商会の代表が「おそらく奴隷として攫われた子だろう」と各地の孤児院でも最近似た特徴の子が保護されている話をしてくれました。
私がタイラーさんを拾った、いや出会った当時は長男のカルロ君が生まれたばかり。
両親はそのままの勢いでタイラーさんも養子に迎えようとしたけれど、言葉が通じないながらもタイラーさんに「養子ダメ、働きたい」と懇願されて…
あとから判明した年齢が、両親とそう変わらなかったので当然といえば当然かもしれませんね。
厨房にかかりきりなお父さんと初めての赤ちゃん育児に追われるお母さん。
宿の仕事はカレン婆ちゃんや近所の人が手伝ってくれてはいましたが、住み込みで働いてくれたタイラーさんが
客室の準備や清掃の手伝い始まり、洗濯小屋や風呂場を作ったりと大活躍。
そして犬や馬としか親しむことのできなかった幼少期の私の良き遊び相手。
木登りや追いかけっこなど小さな子供同士でする遊びを知らない私に付き合ってくれたお兄ちゃんのような存在です。
色々教わったなぁ。
足音の消し方から、相手の死角をついて背後に回る方法、木から木へと飛び移る時の枝の選び方。
恥ずかしがり屋さんなので前に出ての接客などはされないのですが、「裏方が、性に合うんで」と我が家を支えてくれる家族の一員です。
「お嬢さまが素直に育ったのは奇跡ですよね。あの腹黒暗躍市場が照れ屋だなんて。ふっ」
うひゃあ!うなじに息を吹きかけないで下さいって、カホさん!お帰りなさい!
「はい。ただいま戻りましたお嬢さま」
音も無く背後から現れ、ぴんと伸ばした背筋のまま深々と頭を下げる珍しい挨拶をしているのは、わが宿の従業員。客室担当のカホさん。
カホさん、タイラーさんが面白い事になってますよ!
「えぇ、うちの腹黒旦那がいい歳してお恥ずかしい。笑ってやって下さいな」
目が笑ってないですねカホさん。
恥ずかしい事はないですよ?ただとても似合いすぎているのはどうかと思いますが。
だってなんですかあの色気!
元々着痩せする方ですが、あの腰つき、あのくびれ!
ただ立っているだけなのに艶かしいったらありゃしない。
…あんなの教えてくれなかったですよ?
「そうですねぇ。ほんとに余計な事ばっかり教えて肝心なレディ教育をしていなかったのはわざととしか思えませんねぇ」
おっとりとした口調のカホさんは、ただいま戻りましたという割には
お風呂上がりのツヤツヤほっぺですね。顎のあたりで切りそろえられた黒髪もしっとりツヤツヤ。
「私は宿のお風呂に嫁入りしたのであって旦那はついでですから」
あぁ、プロポーズの言葉が「毎日湯船に浸かりたくないかい?」でしたっけ。
「プロポーズではなく初対面の言葉ですよ。卑怯ったらありゃしないクソ親父が」
カホさんも確か35歳になったはずだけど、、、昔も今も私の妹にしか見えないほど若いままの姿です。
黒髪黒目の民族はそういうものだと教えられてきましたが、何か違う気がするし触れちゃいけない気もする。
いやそれよりもですね、そもそも何で我が家の庭で女装を?
「そろそろ村にたどり着く頃かと思ってましたが、まさか山側から来るとは。しかも夜這いしようとするなんて最低ですよね」
えっと?
「ジョシュア・ジェラードですよ」
あぁあの蓑虫が?
「マリアンヌ・シェルクアレイ・ガンレットの自称婚約者です」
はい?
「二人は王都で出会い一目で恋に落ちたのだけれども権力者の手によって引き離されたそうですよ」
はぁ。物語のような話ですねぇ。
「引き離されても諦めきれなかったジェラードは彼女の両親を説得して婚約者となったけれど、彼女は身分の差を恥じて自ら身を隠してしまったとか」
意外に長編なんですかねぇ。
おやおやカホさん。キラキラした目で私を見上げてどうしました?
「おまけに彼女をさらった悪徳商人を血祭りにあげてやったとの番外編付きです」
途端に安い話になりました。作り話ですね。あんな細い縄程度で拘束されるほど
ほっそい人では説得力がないですね。
うむぅと首を傾げていると、あれ?おやぁ?カホさんの口元が笑を堪えているようにムズムズしてますね。
「お嬢さまのことですよっ」
…くっ。
今しばし、しばしとぼけさせてくれませんか。
「マリアンヌ・シェルクアレイ・ガンレットがお嬢さまのお名前ですって!はっ!ヘソで茶が湧きます米も炊き上がります!」
しゃくれアゴ?しゃくれアゴ?
カホさんっわたしのあごしゃくれてませんよね?
「そこか」
なんだか冷たい目で私を見上げるカホさん。
いやだって。だってだって。
いくら名前を後付けするにしても趣味が悪くって。
ガンレット夫人は私を捨てた時に名前すらつけてませんから!
メリーは教会が用意している名前のひとつですしね。年末に捨てられた赤子はだいたいメリーですよ。
「あら知りませんでした」
そもそも赤ん坊は貰い手が見つかるのが早いか保護直後に亡くなってしまうことも多いので、便宜上の名です。
もっとも、捨てる際に名前を残された何かがあればそれを名乗りますけど。
無かったしなぁ。
「でもそれじゃぁ、メリーが溢れちゃいません?」
男女で7つ。名前は用意されています。
里親が見つからずそのまま成人すると役所に教会関係者だけが使える家名を選んで届けるのですが、
ほとんどの人は名前を変更せずにそのままですね。
もっとも、名前すら託されずに捨てられること自体が少ないので、同世代でかぶることは無かったですよ。
「あぁなるほど。成人独立後に親と名乗りをあげても蹴飛ばせるようにですか」
表現はどうかと思いますが、そうですねぇ。
養子縁組に縁のなかった教会育ちは幼い頃から職人に弟子入りをしますから、独り立ちをしてから親が無心に現れるのも珍しくないので。
「むしろ名を上げれば上げるほど自称親・親族は近寄れないですね。職人として自立し、家名を選ぶ歳まで何ら援助をしなかったわけですから」
それでも、似た兄弟を引っ張りだして家族だと言い張り、金の無心をする親がいないわけではないけれど
その場合は教会が間に入ります。
せっかく育てた職人を町から離さないためであるとは表向きの理由で、実際は「誰が飯を食わせたと思ってる?」とまぁまぁの額をここぞとばかりに請求する。らしい。
「その流れだと、お嬢様は養子縁組をしてもなお『メリー』を使っているわけだから、産みの親を名乗り出るのはとんだ恥知らずってことになりますよね?」
あぁ、うん。
カホさん…今朝ご帰宅のはずなのに、もしかして状況を把握しちゃってますよね。
「さぁどうでしょう?」
口のはしをきゅっと上げて笑うカホさん。笑顔が怖いです。
「お嬢様は人に相談はしても、肝心な所は頼らない方だと私共はわかっておりますから」
よしよしと頭を…撫でるのではなく、わしづかみにした頭を左右に振るのはやめてー。
「おほほほほ。奥様はずっとやきもきされてたのですよー。ついでに夫もー。だからあんな姿に。愛されてますねーお嬢様~」
肝心な所を棒読みで流さないで下さい!
何があったのですか!
クールで格好良いタイラーさんがとんだ淑女姿になった謎はっ!
「おほほほほ。さんざん私達を焦らしたのですから、少しは焦りなさいませ。ほら、あの木の影から変わり果てた父を見守る息子達を見て見て~」
まぁびっくり。柿渋装束で枝にしがみついていたからわからなかったわ。
じゃ、ないっ!
カホさん!どえらい高い枝に四ツ子ちゃん達がいますよ!危ないですよ!
あと今の父の姿を脳裏に焼き付けるべきではないと思いますよ!
「それもこれも、お嬢様が私達に相談してくれないからですからねっ!」
ほっぺぷくーが似合いますけどカホさぁん。説明を!何がどうしてこーなったのか理解が及ぶ範囲でお願いします!




