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宿屋のメリー告白大作戦  作者: ミツキ
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門番さん会議


村の門番は、村へ出入りする人々を管理するのが仕事だ。

外からの者に対しては身分証を確認し、村へ入る目的を聞き、不審な者がいないか目を光らせている。

人攫いや盗賊、詐欺師や逃亡者を村へ入らせない為に必要な仕事だ。


また門を守るだけでなく、村の内外を馬で見回るのも治安の維持として大切な任務の一つである。


門番の仕事は時に荒事に巻き込まれることもあるので、肝の座った者、体力や力に自信がある者。

そして稼業を継がない次男、三男が多い。


給料は安定しているが、土地や家を持っているわけでもなく、門は村の外れにあるので、出会いが無く独身が多い。


中には結婚をする者もいるが、夜番が多いのを理由に嫁に浮気され逃げられた男も少なからずおり、


-仕事内容に不満は無いが、将来が不安。


そんな独身だらけの門番達が一年で一番楽しみにしているのが、収穫祭。

所詮田舎の村祭りだが、

この時期に合わせて村人の親族が外から集まり、

またいつもは麓の町まででしか商売をしない旅商人達が訪れて一週間限定で店を出す。

近在の村や町からも祭りを楽しむ客が訪れるので、門番は大忙しだ。


自然、活躍の場も増える。

酔っ払い同士の喧嘩の仲裁や、揉め事に駆けつける機会が多いので、

男らしい仕事ぶりを娘達に見てもらう希少なチャンスに普段以上に張り切る門番の若者達。


そして何より、祭りは若い男女の出会いの場だ。

収穫祭の期間中、独身の男女は左の足首に鈴を幾つもつけたリボンを巻いており、

歌や踊りを共にし、「素敵だな」と思った相手に鈴を渡す。

そして渡された鈴は花冠に飾られる。


要するに、花冠に鈴を沢山つけた男は「モテモテ」なのだ。

あくまで表向きは「収穫の恵みがあなたにも続きますように」との祝福であるので、

恋愛としての好意だけでなく、歌が上手い、踊りが上手いとの評価でも鈴がもらえる。


もちろん、普段の感謝として鈴が贈られるのもあるので、女達は友情の証しとして鈴の送り合いをするが

男同士ではそうもいかない。


祭りの最終日まで花冠に鈴が無い男は、魅力無し、いいとこ無し、感謝も祝福もされない残念な奴扱い。

祭りの初日に作る花冠の花びらが一枚また一枚と落ち、隙間を飾る鈴がもらえないまま、萎びたむき出しの茎だけを頭に巻く姿は悪夢そのものである。


悪夢に怯える門番の若者達は今日、秘密の作成会議で盛り上がっていた。


「しかし、我らには今年、強力な助っ人がいる!」

「…女きょうだいに頼む案は否決されただろ」

「これを見よ!二週間前に我らがダニエル君が作って下さった花冠だっ!」

「花が…枯れてないだと?」

「なんて瑞々しい花だ!」

「まるで摘みたてではないか!」

「本物の花なのか?偽物ではないのか?」

「匂いを嗅げ、本物だぞ!」


おぉ~っと野太い声で感動する男たち。


「秘密はここだ」


花冠を手にした男は自慢げに内側の葉で隠された部分をめくった。

茎の先端に濡れた布が巻いてあるようだ。


「これは特殊な薬で、花の開化を長持ちさせるそうだ。そしてこの花冠はつぼみが三段階に分けて編み込まれているので、最初の花が散っても、薬剤を欠かさない事によって順番に花が開くのだっ!」


うおぉ~とさらに野太い声があがる。


「じゃぁ、じゃぁその花冠をつければ、毎晩母親に心配されないって事か?枕元に古びた鈴を置かれることもないのか?」

「いやむしろ、鈴をジャラジャラつけた男よりも、小さな花をずっと咲かせている花冠は娘さん達に注目されるんじゃ?」

「天才だ。ダニエル、君は天才だっ!」


口々に賞賛する男たち。だが、その内の一人が「でも、」と弱気な声を出す。


「でも…お高いんでしょ?」


はっとする男たち。

そうだ。枯れない花冠は今まで聞いた事がない。

男用の花冠らしく、青系統の色合いを混ぜた花だが見たことのない花弁の形だ。お高い上に、数が無いとすれば…


「もちろん、数は無い。ダニエル少年曰く、本当は村の男たち全員分を育てたかったそうだが、趣味で育てた花なので多くは作れないと…」


男たちの目に絶望が浮かぶ直前、花冠を持った男がニヤリと笑った。


「…ちょうど、門番の独身組みの分だけしか作れないそうだ」


衝撃のあまり絶句する男たちに、花冠を掲げた男はさらに披露する。


「しかもっ、ダニエル少年はっ、我々に無償で提供して下さるとおっしゃった!」


お高いんでしょ?と気弱な声を出した男が、今度は声を大きく張り上げた。


「嘘だ!そんな都合のいい話があるわけがない!あ、後から請求が来るんだろ?いや、つぼみが開かない花冠を作って笑い者にするつもりだろう!」


最後は涙声になったこの男。昨年「茨の君」との不名誉な称号と同情を浴びた男である。

決して顔も性格も悪くないのだが、昨年は祭りの初日に喧嘩に巻き込まれて腰を痛めてしまった村で一番の運の悪い男であった。

腰に響くために踊りも歌も参加できず、歩くのも困難であったが根性で会場まで通った甲斐も無く…誰とも会話できずにある意味、花びらと共に青春を散らした男である。


花冠を掲げていた男は、優しい瞳で茨の君へ歩み寄った。


「ダニエル少年はな、皆が仕事を休む中、祭り時だからこそ治安の維持に励む我々が祝福されるべき。だって、さ」


ふわりと花冠を茨の君の頭上に乗せ、慈悲そのものの眼差しで微笑む。


「そんな…だって…」


戸惑う男に、仲間達からも優しい声がかけられた。


「よかったな」「お前の頑張りを見ててくれたんだよ」「おめでとう!」


「みんな、みんなっ、ありがとう!」


男達の感動に室内は異様な熱気に包まれていた。


__「…って事が今日あってなぁ。いや若い連中が何を興奮してるんだと覗きに行った親父たち全員が感動しちまったよ」


夕食時に上機嫌で今日の出来事を報告する父に、ニコニコと微笑みながら給仕をし、話を聞くミリエラ。


「いやまったく。あの家族は人騒がせだが、結局は人が良い連中だよ。

一番下のチビでさえ、思いやりがあるんだから、偉い偉い。騒ぐだけのケニスん所のばぁさんに比べれば、よっぽど人の役に立ってるよ」


ミリエラは父の話題の内容に同意して微笑んでいわけではなく、上機嫌の父を微笑ましく見守っていたのだが、

ケニスのばぁさんと聞いて首を傾げた。


「お姑さん、何をまた騒いだの?」

「いや、騒いだのは鳥らしいんだが、なんでも雲のように多勢の鳥が渦巻いて騒いでるから何とかしろとか、いつもの無茶を言い出してな。村が呪われてるとか何とか、ボケちまったのかねぇ」


ふぅんとミリエラは相槌をうち、大変だねぇと父を労る。


「また宿屋がどうとか騒いでたが、若い連中に一蹴されてたな」


決して乱暴に追い払ったわけではない。

気持ち悪いテンションの若い連中達に「祝福ですよ、お婆さん」と囲まれたので気味が悪いと逃げたのだ。


まぁあの鳥の群れを目にしたのならば、普通なら怯えるだろう。

あのお姑さんは十回に一回ぐらいは妄想ではなくまともな苦情を訴えているのだ。

血抜きの処置がちゃんと出来てない獲物を村の通りで引きずるな。だとかは真っ当な苦情だろう。

家の前の道に点々と血痕を垂らされたら、そりゃぁ嫌だ。

けれど、意外とメリーの狩の腕に期待している村人もいるので「ケニスのお姑さんの愚痴がまた始まった」と聞く耳を持たないらしい。


ミリエラにとっては、どっちもどっちである。

もしかすると常識はお姑さんがあるのかもしれないが、メリーには配慮がある。

注意されて以降は街道ではなくけもの道を移動しているのだ。

街道に点々と続く血痕が、街道を横切る血痕になっただけで何の解決にもなっていないが、両者は満足らしい。


変わり者達の考えていることはわからないと、ため息をつくミリエラだった。


「なんだ。今日は宿の準備を手伝うとか言ってたが、疲れたのか?」


「んー」


疲れではなく、久々に体力を使い切った気がする。

洗濯は楽しかったし、収穫祭の歌の練習もできた。鳥には多少ムカついたが、

頭上をギャースカと飛び回る鳥を石で狙い放題…血が騒いで夢中になってしまった。


無駄な狩りはしない主義だが、こちらも石や糞を落とされて反撃を受けた分、羽根を何本かむしり取るぐらいにはついうっかり本気になってしまった。


末弟ダニエルからの一言


『お姉ちゃん達!はしたないっ!』


は、かなり効いた。全員が我に返った。


『いい歳して下着ではしゃぐなんて、僕でもしないよっ!』


下着ではない。

下着ではないけれど洗濯で濡れてもいいように簡素なワンピースの娘達。


結局、ダニエル監修の元、一から洗濯をやり直し。

鳥達もダニエルに叱られ、自分達の撒き散らした羽根を自ら拾い集めるように命令されていた。


二度目の洗濯は面倒だったが、昼間に振舞われた茶菓子は美味だったし、

帰り際にカルロから渡された手土産はなかなか良い物だったので機嫌は良い。


けれど、ミリエラは父に今日の話をするのは躊躇っていた。


「…別に、いつも通り」

「なんだ。またメリーが山に逃げたのか?」

「逃げてない」

「発明とか言って何か爆発させたとか」

「してない」

「いや待て。たしか両親は町へ行ってたよな。両親不在の隙にメリーがやる事といえば、、村中の猫を集めた猫会議?いやあれは先月か?

タイラー達との修業は冬にするはずだし、

あぁそうか、ミリエラの他にも娘達が集まってたってことは…鍛冶屋の連中に新しい武器でも作ってもらったのだろう!?」


な?な?当たりだろう?と今にも財布を開けて小遣いを出そうとする父。

メリーの奇行はともかく置いて。

父の中で、素っ気ない娘の態度は『新しい武器を買って欲しいけれど言い出せないなぁどうしよう~』と映るらしい。


…うちの父は、なんて可愛いのだろう。


ミリエラは食事中の父がそわそわと目線を泳がせているのがわかっていた。

壁の帽子に何度も目線をやっては、慌てて伏せている。


ただの、制帽だ。


門番の制服は紺色のジャケットと帽子のみだが、装飾は各自の自由に任されているので、多くはジャケットのボタンや襟袖の刺繍を施している。

乱闘ありきの職種なので、ボタンなどは安物であえて外れ易く縫い、袖口の刺繍もほころびを誤魔化すための柄の一つだ。お洒落にはほど遠い。


そのためかどうかはわからないが、帽子にだけは何故かとてもこだわりがあるらしい。

ミリエラにはとてもわかり得ないツバの角度や素材の強度、飾りなどに

門番内で流行があるらしく、

花冠をせせら笑う父親世代は、帽子の形が歪んだという理由だけで仕事を休む者もいる。


武器防具と同じだけの時間を帽子の手入れには費やしているとは気づいていたけれど、


『ミリエラ姉ちゃん、鳥は今のところ僕の友達で、姉ちゃんの伝書鳩代わりにも有用だから、食べないで!』


メリーの弟達に頼まれずとも、自分の猟場以外では狩をしないつもりだった。

けれど弟達には、姉の友人達が

この場で食べずとも羽根を千切って罠の仕掛けにぐらいは使おうと考えていた事がお見通しだったらしく、しぶしぶ交換条件を飲んだのだが…。


…落ちた羽根のどこがいいのだろう。


制帽に飾った、三枚の羽根。


濃紺から、紺、瑠璃色と少しずつずらして結んだだけの、飾りと呼ぶには雑な作りだ。


なのに、父のこの浮かれ具合はどうしたものか。


帰宅直後から、帽子に注目しているくせに口に出さず、何度もチラ見しながら口元が緩みっぱなしなのだ。


『俺の?俺がもらっていいの?俺の帽子に刺さってるからいいよね?

格好良い!羽根だぜ羽根!かっけー!

俺大丈夫?人気者になっちゃうけど大丈夫?』


門番の若い奴らがどうした、ケニスのばぁさんがやらかしたなどと話しながらも、いつミリエラが羽飾りに話題を振ってくれるのかと、目をキラキラと輝かしているのだ。


…可愛い。うちの父はそろそろ40なのにっ、何?この可愛さっ!


ミリエラは知っている。

もしこの場で「帽子に飾りつけといたから」と言っても、父は「ふ~ん。いいんじゃない?」とだけ言って

自室にこもってニヤニヤするのだ。

娘だからこそわかる。

自分も先週スカーフを自室に篭って愛でたから、よくよくわかっている。


そうね。身の少ない鳥肉よりも、よほど楽しめるわ。


そわそわとする父親を焦らして楽しむミリエラは、

ちゃっかりお揃いの羽根で髪飾りを作って隠している。


羽飾りで喜ぶ父親を一通り楽しんだ後に、収穫祭でさりげなくお揃いの羽飾りをつけてのお出かけを目論み中なのだ。


…私の母親は父をつまらないと言ったらしいけど、この可愛さがわからない人だったってことね。


母親は、収穫祭で出会ったよそ者の男と駆け落ちをした。

村を去った母親は、父娘がその後どういう思いで収穫祭を毎年迎えるか想像すらしなかったのだろう。


いや、想像したとしても、こんなにも呑気に親子で楽しんでいるとは考えもつかないか。


ミリエラは心の内で感謝した。

大騒ぎになった時に支えてくれた友人や気遣ってくれた村人はとりあえず後回しにして、


主に自分に、感謝した。


母親が駆け落ちしたからといって惨めな気持ちを抱かず、浸らずにいた当時の自分にありがとうと伝えたい。


男と逃げたと知った瞬間に母親に対して「そんな女はいらない」と思えた自分を絶賛したい。


あとついでに。父フィリップが

『お母さんは頭の病気になってしまい、お医者さんと旅に出た』と泣き腫らした目と震える声でミリエラの為の嘘をついてくれたことにも感謝だ。


あまりの衝撃と悲しみに涙が溢れそうだったが、父フィリップの陳腐な嘘で眼球がいきなり乾いて唖然とし、

不幸に浸りかけていた片足をおもむろにズボリと抜いて、真剣に「私がしっかりしなきゃ」と真顔で決意したミリエラ。


…出来事だけを並べれば、確かに私は他人からすると不幸かもしれない。けれど

憔悴しきったまま作り話の「頭の病気」がいかに難病かをコソコソとメモを読みながら語って聞かせる父フィリップと、

その背後で「頭の病気は無理があるだろ、治したら帰って来るって思っちゃうだろ?」「単純に旅に出たでよかったんじゃね?」ミリエラを慰めようと集まった隣部屋で捏造話を練る門番の仲間たち。


…本当にしっかりしないとダメだわ。


ただでさえ独身が多い門番達と独身に戻った父フィリップを、私が管理、いや支えないと!


しっかり。ではなく幾分ちゃっかり寄りに成長してしまったミリエラだったが反省はあっても後悔はしていない。


「楽しみだね、収穫祭」


父の器にシチューを注ぎながら、ミリエラは笑顔を見せた。


「まぁな。怪我人が出なけりゃいいな」


にこりと笑みを返すフィリップ。


本人達は満面の笑顔のつもりかもしれないが、笑うと悪人面のそっくり親子である。


「あとメリーが大人しいといいわね」

「…怪我人がでなけりゃいいさ」


半笑いの顔もそっくりな親子であった。

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