カルロ君の苦悩
嫁を追って村を飛び出したジェームズの畑で、ひょっこりひょっこり揺れる赤毛の頭。
「…よっと。おおっ、きれいに線が出てる」
手にしたトマトを裏向けると、中央から外側へ走る薄い数本の線。放射の幅が均等で美しい。
うっとりと野菜を見上げる、赤毛の少年。
宿屋長男、カルロ・ウィービー。
彼は朝日が登る前から、畑にいた。
「レイラさんも、うちの姉さんも、仕事が出来ないわけじゃないけど、合理的すぎるよ」
ジェームズが留守の間、好きに収穫しても良いと言われたから。
レイラは見た目美味しそうな野菜をもいで、水だけ撒いた。
メリーは、野菜をもぎ、水を撒いた上で、馬小屋をピカピカに掃除していた。
…作物に対する、愛が足りない。
まずは天気だ。晴れならまだしも、雨が降るかどうかを考えて水を撒く量を加減せねばならない。
土に手を入れ、湿り具合を確認しながら、作物によって水のかけ方も変える。
葉の裏まで見て、陽が平等にあたっているか、風で茎が折れてないかにも注目し、調整。
もちろん雑草を抜き、虫も取る。
収穫にしても、今日もいでしまうよりも、明日に残した方がより美味しくなるのではないかと、読む目も必要なのだ。
農家ジェームズとカルロは、大親友だ。
年は親子ほど離れているが、作物への愛という共通の趣味で意気投合した。
カルロが生まれる前、農家の一部が宿屋をよく思わず、野菜を売ってくれなかった時期があったらしい。
そんな中、「これを使え!」と見た事もない野菜を差し入れたのが、少年ジェームズ。
農家の三男坊は家業を手伝う傍ら、
自分用の畑を耕し、品種改良に命をかけていたけれど。家族には新しい野菜を受け入れてもらえず家畜のエサにされてしまうのが悔しかったらしい。
少年ジェームズが密かに育てあげた、
それまで村になかった野菜。
それが、トマト。
カルロの大好物だ。
ソース用、生食用、煮込み用と用途によって品種を改良し、形や甘みを変えて育てるジェームズを、カルロはとても尊敬していた。
(素晴らしい人なんだ…あの口さえなければ)
『お前がメリー?なんだよ赤ん坊買って来たってかぁちゃんに聞いてたのに、デカイじゃん。つまんね』
『なんで養子が女なんだよ。宿屋継ぐなら男だろ?』
ジェームズは、養子賛成派であった。
ロバートとアンジェラが迎える子は、男の子と信じて疑わず、末っ子の自分に弟ができるようで、楽しみにしていた。
ならそれを最初に言えばよかったのに。軽口での失敗は大人になっても治らず、今頃嫁に説教されているだろう。
ジェームズもまた、幼いメリーに追いかけ回されて足腰を鍛えた部類だ。
…普通に歩いて、何が悪い。
カルロは、ジェームズを尊敬している。レイラやメリーも、もちろんだ。
だが不満があるとすれば、
上の世代は、年中何かと走っている。
ほんとにもう、やめて欲しい。
村の大人や宿の客達に、
最近の子どもは穏やかで大人しい子が多いと不思議そうに言われるが、
辺境のド田舎村で走り回る必要がどこにあるのか。
メリーに追われて鍛えられたと体力自慢をするジェームズ世代は、浅い川なら石を踏んで飛びながら川を渡ってしまう。
この間は、鍛冶屋のバァちゃんも「メリ~木の実のハチミツ漬けできたわよ~」とやっぱり石を踏んで川を渡っていたが。
橋を使おうよ。橋を。行商と農耕馬しか使わないのはおかしいって気付こうよ。
…畑は落ち着くなぁ。
風にさわさわと揺れる葉の音に耳を澄まし、カルロはほっと息をついた。
美味しいものを育てるのも食べるのも好きだけど、料理には今のところ興味は無い。
旅人達に会える宿は楽しいが、自分が将来継ぐ実感はない。
両親は、好きにしていいと言ってくれている。ゆっくりでいい。沢山の大人と触れ合いながら、見つけなさいと。
「…沢山の大人が、うちの姉を甘やかす姿しか見せない場合はどうすれば」
がっくりと畑の畝の隙間でうな垂れるカルロ少年。
彼らは決してメリーを甘やかしているとは認めない。むしろ自分だけは厳しく接していると言い張る。
実際、口調は厳しいし、危険な事をした場合は叱りつけるけれども、メリーが何かしでかした時に、巻き込まれるのは心底楽しい。らしい。
あえて自分から手助けはせず、頼られて初めてにやにやするのだ。
面倒くさい。
姉も素直に甘やかされていればいいのに、すぐにパニックになるのに、何でも自分で解決したがる。
手助けをしたくて堪らない村人は…弟達に物言いたげな目を向けるのだ。
(僕は橋を使う大人になるんだ!)
村人は、悪気はないのだろうが、カルロが「普通」に歩いていると、おや?っと首を傾げる。
橋を使っても、おや?道を歩いているだけで、おや?犬や馬まで首を傾げる。
姉が多芸だからって、僕も目指してるわけじゃないから!
木から木へ飛び移ったり、イノシシ仕留めたり、馬と並走して爆笑しないから!
(…小さい頃は遊び相手の姉が普通だと思っていたけどさっ)
なので。
カルロは出来るだけ姉の暴走を止める為に尽力し、かつ村人の目線は無視だ無視。
物言いたげな目を見つけても、目礼だけで返す。知らん。
先ほどからずっと小鳥が畑の柵に並んでとまり、チュンチュン鳴きもせずこちらをじっと見てるが知らない。
隣の畑の農耕馬からの視線も知らない。
まっ白な大型犬の視線も、鍛冶屋の双子の視線も、知るものか…鍛冶屋?!
「…」
「…」
「…」
双子兄、犬、双子弟が無言で畑の入口でしゃがんで並びこちらを見ており、
少し離れた場所では、三男がぜぇぜぇと荒い息をして、地面でひっくり返っている。
…ぶちっ。
まだ青いトマトをもいでしまったカルロは…そっと目礼し、そっと作業に戻った。
…知るものかっ。




