番外編・村人一家と少女メリー3
ある日、メリーが自宅のキッチンで母親と並んで料理をする姿を見た時は、てっきり母親が脅されているのかと思った。
「お帰りウィレス。今日は早いのね」
「ウィレスさん!おかさん強いよ!バッキバキよ!」
「…え?メリー?何やってんの?」
「すごいね!生はちょっと食べたよ!おかさんあれ何?お口しわしわした」
「渋皮ね。しぶい」
「しぶいね~」
ぐったりと疲れた母親と、満面の笑顔ではしゃぐメリー。
「ほら、熱いから冷ましてからよ。
ウィレス、あんたも食べる?」
「おかさん、メリーさん、色無いお茶あるよ!」
「はいはい、お水がいいのね」
憑き物が取れたような顔をした、母親はメリーにクルミ入りのクッキーを食べさせている。
「おほーっ、甘い!しぶ無い!」
「しぶくないでしょ?」
「しぶくない!じぃちゃんのおかさんすごいね!」
「はいはい。ありがと」
ウィレスが状況を把握出来ないまま、兄達や祖父、父が帰宅する。
メリーは大興奮で皆の手を引き台所へ案内し、クルミ入りのクッキーがいかに美味しいか、熱弁に大忙しだ。
「森の奥から変な音が聞こえたから見に行ったら、この子が岩でクルミを割ろうとしてて」
一体何がしたいのかと思わず見守っていると、岩でヒビが入ったのか、しばらく手で割ろうとしていたが諦めて、背中から鎌を取り出した。
小さな子どもが鎌を?慌てて止めようとしたけれど、メリーは器用に鎌を二本使ってクルミを割った。
「ものすごく嬉しそうに中を指でほじって、一口食べたのよ。そうしたら、ふっ、ふふふ。舌を出して、涙目で変な顔っ」
恐らく、生まれて初めて「渋い味」を口にしたのだろう。
うえっ、うえっと舌を出してしょげている姿に
思わず笑い転げてしまったらしい。
「リスに騙されたって怒ってるのがおかしくて。クルミは美味しいお菓子になるって教えたのよ」
最初は警戒したメリーも、クルミは岩が無くても簡単に割れると言うと、興味が湧いたらしい。
家へ招き、クルミ割り器で割ってやってから、ずっと大興奮。
父の膝に座りながら、クルミを割る母がいかに力持ちかを力説するメリー。
机に頬杖をつきながらぼんやりと、メリーと父を見つめる母の横顔は、ここ数年で初めて見る穏やかな表情だった。
「おかさん、クルミにパン入れる、美味しい?」
「そうねぇ。昔からこの辺りでは乾燥させた果物を入れて焼くパンがあったわねぇ」
もぞもぞと父の膝から降りると、母の元へと寄り、両手をあげるメリー。
すんなりと抱き上げた母はなぁに?と優しい声で首を傾げた。
「あのね、アンジェラ母さん、パン好きよ。クルミ知らないね。おかさん教える大丈夫ない?」
「カレンさんは作り方をご存知よ?」
「ばぁちゃん、しょっぱいしょっぱいの。甘いの知らないよ?」
両手を口元に添えて内緒話をしているつもりのメリーの声は、とても大きい。
くすぐったそうに笑う母に、父が静かに語りかける。
「母さん、美味しいクッキーを土産に今日は宿屋で晩飯を食べに行こう」
「…それは、でも」
「オススメいらっしゃい!」
躊躇する母はメリーのおねだりに勝てず、クッキーを手土産用の籠に入れた。
いつか男達だけで歩いた道を、父と母が寄り添って歩く。
その背中を、くすぐったい気持ちで見つめる三兄弟。
祖父は、最初から最後まで一言も発しなかったが。宿までの道のりはメリーを肩車で担ぎ先頭を歩いていたので、
やはり祖父もほっとしたのだろう。
深く深く頭を下げるウォルト一家を、ロバートとアンジェラは笑顔で迎えてくれた。
「かったいよ!バキーンなの!しぶないかあさん、すげー」
「どうぞ頭をあげて下さい。そして誰かメリーを訳していただけないかしら?」
「おほーなるよ?」
顔を真っ赤に染めて興奮し、ただでさえ少ない語彙がおかしなことになっている。
たまらずふき出した三兄弟の頭に、祖父、父、母が同時にゲンコツを落とした。
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__メリーが変な方向に育ったのはうちの連中が悪いよな。
元々は武器職人。狩りの道具から護身用の携帯武器まで、よってたかってフルオーダーメイド。
粉屋のボブがメリーを甘やかしてパスタの作り方を教えていると聞くと、
何故か対抗しパスタの金型を研究する兄達。
メリーの成長に合わせ、ウィレスの金物屋は調理器具が充実することすること。
父は母と、メリーの希望を聞きながら菓子専門の金型制作を楽しんでいる。
__ま、俺はただの金物屋だし。メリーを甘やかすことはしないさ。
末っ子らしく、傍観者の立場がちょうどいい。
村の連中は何だかんだと言ってメリーに甘すぎる。
面白い子だが、肩入れしすぎるほどではないだろう。
でも、なぁ。
ここ数日のメリーはずっと落ち込んで、宿どころか部屋から出て来ない。
心なしか、メリーが村で走っていないと、村全体が沈んでいるように感じるウィレス。
先日、メリーの相棒、元猟犬が老衰で死んでしまった。
大型犬の割には長生きの部類だった。
病で苦しんだわけではない。
メリーは食事も喉を通らず、自室で膝を抱えて泣いているばかりと聞く。
可哀想だとは思うが、何をしてやれるわけではない。
特にうちの連中は口下手で、無駄に宿の前をうろついて、狼狽えるしかできないだろう。
ただ、まぁ、俺が。少しばかりの気晴らしぐらいは手伝ってやってもいい。
ウィレス・ウォルトは噂を頼りに、二つ離れた町を訪れていた。
「すみません、こちらで犬の仔を譲っていただけると聞いたのですが。
はい、番犬になる大きな犬が必要でして」
キャンキャンと元気な声が、訪れた家の奥から玄関のウィレスまで聞こえた。
(俺は店を留守にすることがあるからな。
番犬だ番犬。犬を飼うのは初めてだから、暇そうな村娘に預けることも、たまにはあるかもしれんが、俺の犬だから)
ウィレス・ウォルトが懐に仔犬を抱いて村に帰った日。
メリーを呼びに、真っ先に家から飛び出したのは、彼の母親だった。




