番外編・村人一家と少女メリー2
「あの時代は、親戚だらけで成り立っていた村をブルーノ村長が変えようと苦労していてね。
村人同士、親戚同士で結婚をしても、長男以外の子どもは家業を継げず町に出てしまうだろ?
町から商店を招き、開墾を進めて定住する家族を増やすべきだと村の将来を語る村長と、余所者は規律を乱すとする村民でよく対立していたんだ」
父親が仕事の休憩中に、珍しく昔語りをしたのは、メリーが村に来た頃だった。
_新しい風を疎ましく思う者にとって、
アンジェラは最初の標的となった。
遠い町出身の、美しい娘。
実家は老舗の料理屋で、一人娘。
洗練された美しさと、彼女自身が持つ柔和な雰囲気。
「田舎者の浅ましい考えだね。でも彼女は、厳しい競争社会で育った商売人の娘だ。泣いて降伏するような小娘じゃない。おまけにロバートは堂々と女房を守っていた」
女同士の会話に、旦那が乗り込む。
「俺が惚れて連れて来た女房だ。文句があるなら俺に言え」
親戚であるはずの姑も、嫁を背に立つ。
「無駄口叩く暇があるなら、家に帰って旦那に言いな。それか美味い飯の練習をするんだね」
火に油を連続投下。
そこへ、メリーだ。
__恥ずかしながら、村で一番メリーから反撃を受けたのはうちだろうな。
家族中で諌めても、叱っても、メリーを見つけると嫌味を言う為に走り寄る母親は狂気じみていた。
が。
アンジェラの悪口を言えば、浅瀬の川に引きずり込まれて口を洗われた。
金髪は麦と同じ色でみっともないと、笑った日は、夜の間に侵入されて髪に麦の穂を編み込まれた。
ある時は犬に追われ、またある時は馬に追われ、
何故か鳥の糞にまみれて泣きながら帰ってくる日もあった。
「母さんいい加減にしてくれ!自分が何をやっているのかわかってるのか?
相手は子どもだぞ!」
「あたしは悪くない!あの娘が気味が悪いのがいけないんだ!あの気持ち悪い水色の目玉が悪いんだ!」
「わたしメリーさん。水色の目玉に慣れてね。模様替えした」
「ひぃぃぃ!」
母親の部屋中一面に。水色の目玉模様がびっしりと書かれていた。
…手引きしたのは親父だろうな。
メリーを敵対視する母親連中にそそのかされた子ども達も、容赦の無い反撃に合っている。
犬に追われ、馬に追われ、鳥の糞にまみれ。
木に吊るされ、穴に落とされ。
「最近メリーが愛用している折りたたみ式のスコップ作ったの、兄貴?」
「試作品は俺だが、軽量化は爺さんだ」
匿名希望の支援者が多いな、メリー。
小さなメリー。言葉はまだ拙くて、華奢な手足と不安気な表情の女の子。
ただし、何を考えているのかは聞かないとわからない。
ウィレスは、木の上で待ち伏せしているメリーを見つけてしまった。
「…何やってるか、聞いていい?」
「お洋服、ドロ投げられたね。昨日のこと。今日、皆仲良く、洗濯するがいいよね」
「へぇ。所で木から降りられるの」
「これ、刺す。いける!」
幼い少女が自慢気に見せてくれたのは、革手袋と、鎌が二つ。
木の幹に鎌を交互に刺しながら身軽さを活かして、ひょいひょいと上の枝まで登ったメリーは、次は頭を逆さにしてトカゲのように降りて元いた枝に、ちょこなと座る。
鎌はうちの作品として、革手袋は誰だろう。
ふと、枝に等間隔で置いて用意されたらしき泥団子が目に入った。団子よりもどちらかというと、球?
「なぁメリー、この泥球、誰に投げる?」
はて?っと首を傾げる少女。
「アンジェラ母さん、悪い目する、全部?」
_やられる前に、やっちまえ。
村のじぃじに教わったそうだ。
どこの爺いだよおい。
「あ、ちがう。バァバ、だ」
尚更物騒な村だな。
言葉こそ足りないが、メリーは頭が良い。一度でもロバートやアンジェラの悪口を言った者は、全部覚えていた。
嫌々付き合わされている者や謝った者はきちんと除いた上で、
見かけたら執拗に追い回す。
先ほども村のはずれでメリーよりも大きな坊主達が川の土手で膝を抱えて泣いていた。
「…俺、今日何も言ってないのに…」
ズボンがビリビリに破けていたが、ウィレスはあえて無視をする。
ここでメリーを「やりすぎだ」と止めれば、嫌がらせをしていた者は味方が増えたと勘違いしかねないからだ。
ウィレスにも、名を伏せた支援者達の気持ちがわかってきた。
いい加減にしろ、恥ずかしくないのかと怒鳴りつけても、
「本当の事を言ってるだけ」「からかって遊んだだけ」「自分だけじゃない」
__楽しい事の邪魔をするな
顔にはそう書かれていた。
それが、どんなに淋しく、悔しい気持ちになるのか、言葉をつくしても分かり合えない。
メリーは、一度も助けてやめてとは言わない。言っても無駄だとわかっているのだ。
それはそれで、寂しいんだけどな。
「なぁメリー。俺は泥団子を作るのが下手でな」
ウィレスは小脇に抱えていたザルを掲げて見せる。
「ほら、小さくて、すぐにも崩れそうだろう?ただ数は沢山あるから、交換してくれないかな?」
興味深そうに、覗き込むメリーは鼻をスンスンと鳴らす。
「ポチェポチェの実と葉を混ぜた泥は、鉄に塗ると錆びにくくなる染料で、毒は無いが、服につくとなかなか色が落ちないぜ」
ニヤリと笑うウィレスとメリー。
交渉は成立した。
念の為、ポチェポチェの実と灰を混ぜてこすれば落ちるとは教えておいた。
「キビナの実と一緒だな!」
「よく知ってるな、あっちは青でこっちは赤だ」
「兄兄と同じだな!」
あにあに。双子の兄達のことだろうか。
ウィレスは兄達と似た事を教えたのだろう。
「そっくりだな!メリー、兄兄、いいなぁ」
「羨ましいだろ。やらねぇよ。
じゃあな、遅くなる前に帰れよ!」
「じゃあな!」
その夜、鼻の頭を真っ赤に染められた母親がめそめそと泣きながら井戸で顔を洗っていた。
__鍛冶屋の娘なら、水で洗っちゃダメだってわかろうよ。
母親の全面降伏を願う、ウィレス。
…俺、いままでどんな風に母親に話かけてたっけ。
メリー、ごめんな。
ウィレスは心の中で語りかけ、泣いた。
ごめんな、メリー。
だがその一週間後、ウィレスがメリーにかけた言葉は…
「何やってんの?メリー」




