番外編・村人一家とメリー
※悪意を含んだ台詞、いじめ関連の流れがありますので、ご不快な方は読み飛ばし下さい。でも、きっちりやり返すので、ご心配無く。
金物屋のウォルトと言えば偏屈者。
「それは俺のじぃさん。鍛冶屋のエルゴ・ウォルト。俺は孫のウィレス・ウォルト。金物屋だ。修理した鍋届けに来たんだけど?」
「あ、あぁ悪いね。奥まで運んでくれるかい?」
「はいはい」
とても客相手の態度ではないが、一族の中では口数が多いだけまだマシだ。
祖父の跡を継いだ父と兄二人は口数が少ないどころではなく、まったく話さない。
鍛冶場に入ると互いに目や仕草で意思が通じるからか、話す必要がない…らしい。
ウィレス・ウォルトは物心つくまで、父も年の離れた兄二人も口がきけないと信じていた。
家の中で喋るのはもっぱら母親の役目で、母親は逆に、喋らないと体調を壊す人だった。
鍛冶屋は行商人や旅人の利用が多い。
祖父の作品は人気も値段も高いために、受注生産を主としていた。
金物屋は祖父の勧めで1人で開いた店だ。
兄達が作った日用品を売り、簡単な修理を自分が請け負う。普段は村人を相手に。2週に1度は町へ行き、借家で店を開き、修理品を受け、日用品の発注を取る。
大きな稼ぎはないが、自由な時間が有難かった。
「鍛冶屋は上の兄さん達が継ぐから、あんた宿屋の息子になりな」
兄達に続いて、鍛冶の仕事を覚えて7年目頃に、母親がおかしな事を言い出した時、ウィレスは一瞬聞き逃してしまった。
母親のお喋りは悪口と噂話の割合が年々増え続け、幼い頃は受け答えをしていたウィレスも、成人した今は雑音の意味を拾わなくなっていた。
「兄さん達が嫁を迎えたら、この家は狭くなるだろ。あんたが出て行けば部屋が空いて、夫婦の部屋に出来るしね」
出て行けという言葉より、
兄貴達に嫁?え?誰かと付き合っていたか?いやそもそも、女と話せるのかとウィレスが混乱する中、
祖父と父が静かに皿を置いたのが視界の端に見えた。
「アンジェラは隠したいかもしれないけどね、子どもが流れたって聞いたよ。うちは親戚筋では血が近いし、ちょうどいいだろ?」
兄二人が眉を不快に歪めるが、お喋りは止まらない。
自分が何を話しているか、わからないのか?
「この話をくれたのは食堂のおかみさんでね、そろそろ馬鹿な事をしでかしたウィービーを許してやろうって、ほら、去年カレンが倒れて、今年はこれだろ?あんまり哀れだからさぁ」
食卓から食器のたてる音が消えた。
母親は芋を齧り、スープを啜り、喋りをやめない。
「母さんに感謝しなよ、ウィレス。あんたずいぶん目が悪くなっただろ?
鍛冶屋ってのは繊細な仕事なんだ。
あんただって将来兄さん達に厄介になりたくないだろうしさ。ウィービーは今は儲かってるらしいし、あんたを養子にやればうちだって……何?」
祖父と父が無言で立ち上がり、兄達も続いた。
「何、もういいの?随分残ってるけど」
兄に肩を叩かれ、ウィレスも立ち上がった。
祖父に続いて部屋を出ると、男5人は無言のまま外套をまとい、玄関から外へ出た。
夜風がさらさらとウィレスの頬を撫でる。
じっとりとよどんだ夏の空気は消え、秋を呼ぶ風が音をたてて長く吹いた。
やっと、息ができる。
やっと、息を吐ける。
__あ。ロバートさんの宿へ行くんだな。
前を歩く兄達の背中を見上げながら、ウィレスは宿屋と別の事をぼんやりと考えていた。
祖父と父は血が繋がっていない。父は弟子から入った婿養子だが、祖父とそっくりな背中をしていた。
何十年も鉄を打ち続けた、鍛えあげられた硬い筋肉に覆われた背中。
兄達も、首から肩にかけて盛り上がった筋肉と、女の太ももほどはありそうながっしりとした二の腕をしていた。
母さん、俺の目は良いよ。
悪いのは肺だ。鉄を長時間打てずに、発作に襲われる。前を歩く4人のような背中にはなれないんだ。たぶん一生。
その夜までは、技術や身体の弱さで
兄達に追いつけない不安があった。
祖父の、父の、兄達の背中に続きながら自宅から宿屋まで歩いた道程は決して長くはなかったけれど。
無言のまま歩むその一歩ごとに、心のもやが晴れて
母親が垂れ流した、悪意のある言葉が、コロリ、コロリと耳から落ちてゆく。
何処へ行くとも、何をするとも言わずに、黙々と歩き出した男達の中に俺はいる。俺もいるんだ。
宿屋の灯りが道の向こうに見えた頃、ウィレスは兄二人の間に並び、肩を組んで笑いながら歩いた。
「いらっしゃいませ」
酒場が終ってしまう時間だろうのに、笑顔で迎えたアンジェラに三兄弟が揃ってたじろいだ。
(アンジェラさんっ、こんなに美人だっけ?)
女性に免疫などまるで無い三兄弟。
ぴしりと固まり、動けない。
父は息子達を見て目で笑い、祖父は鼻で笑った。
「アンジェラ、今日うちの娘は来たか?」
「…えぇ」
「…あいつはチビの頃に金づちで頭を打ってな。アホになった。気を悪くさせたな」
「いいえ。その、大丈夫です」
「そうか。おい、ロバート!美味い飯を食わせろ!5人分だ!」
爺ちゃんが喋った!!
三兄弟、またしても硬直。
身内ですら滅多に聞かないしゃがれ声に、柔らかく微笑むアンジェラさんうわぁ美人!!
目をまん丸にする三兄弟を父親が引きずり、席に着かせた。
ほどなくして、シチューを鍋ごと持ち出したロバートが苦笑しながら現れる。
「よぉ爺さん、酒はどうする?」
「樽ごとだ」
「肉は今から焼くが、魚はどうする?」
「全部出せ。燻製もあるだろ、アンジェラ、こいつらに卵料理を作ってやってくれ」
「チーズは?」
「ヤギのか?」
「牛もあるぞ。両方炙ってやるよ」
「うむ。お前ら何しとる、食え」
号令がかかって初めて、三兄弟は自分達の腹がグウグウと鳴っていた音を聞いた。祖父が次から次へと注文をするのに驚いたが、目の前に置かれたシチューの匂いでそれどころではない。
父親が笑を堪えながら息子達の器に盛っているのを、血走った目で追っていた。
シチュー?これがシチュー?
茶色いよ?あと芋がぐずぐずに溶けてないよ?肉?この固まりは肉?濃厚な匂いしますけど?
三兄弟のすがるような瞳に、女神はにっこり微笑んだ。
「美味しいですよ。召し上がれ」
食べた。がっついた。ほぼ飲んだ。
うぉぉぉ!美味い!美味い!
口の中で肉がほどけ、旨味が広がる。
魚の身が甘く香ばしい。
茹で卵以外の卵料理あったのね!
皿から顔を上げずにひたすら噛んでは震え、飲み込んでは悶える三兄弟。
「久しぶりにここまで食いっぷりの良いのを見たな」
「パンはまだありますよ?火を通しましょうか?」
呆れながらも笑う夫妻に、お恥ずかしいと父が頭を下げる。
息子達に肉を切り分けながらも、自分も祖父もちゃんと味わっていた。
「ロバート、アンジェラ。真ん中で泣きながら食べてるのがうちの三男だ。
成人したばかりだが、今度店を持たせることにした。あー金物屋?うん。金物屋で日用品を売らせる。鍛冶の腕は確かだから贔屓にしてやってくれ」
祖父がいかにも今決めた言葉に、さすがに驚く夫妻。
「武器や鎧も最近は実用性のあるものではなく、飾りを重視した注文が増えてな。時代が変わる前に準備をせねばならん。お前ら夫婦を見習ってな。
上の二人にもこれからは日用品も打たせるようにする。ロバートさえよければ、こいつらが打った包丁を使ってやって欲しい」
「…ありがたく」
祖父なりの謝罪と、意思表示。
一生武器や鎧を作るのだと信じて疑わなかった三兄弟の人生が変わった瞬間だった。
もっとも、味覚への刺激が強すぎてそれどころではなかった。
父は、話について行きたいが食べるのにとても忙しい息子達に苦笑いをしながら、
懐から小袋を取り出し、ロバートさんに渡した。
「これからは毎晩五人で通うことになるから、とりあえず一ヶ月分払うよ。
昼は息子達に順に取りに来させるから、それも含めて。足りない分は来月に請求して欲しい」
はぁ、と小袋を受け取ったロバートの顔色が変わる。
「いやいやいや。これはまずい。お前、これは」
「息子達は食べ盛りだからな。毎日通うとなると仕入れも変わるだろう。
まとめての迷惑料だ。アンジェラ、このチーズ美味しいね。パンを焼いてくれるかい?」
父ちゃんも喋れた!!
普通に喋れるのか!!
三兄弟も祖父も、ロバートに渡した小袋の中身が硬貨ではなく、金粒であると袋を見れば分かっていたので、触れはしない。
迷惑料は母親がしたであろう嫌がらせも含まれているだろうから。
それより何より、美味い飯を毎日食べられるらしき事に、三兄弟の目が光った。
「…わかった。毎日腹一杯食ってくれ。但し代金はきちんと計算して毎月報告するからな」
「わしの酒代もそこから出してくれ」
「わかってるよ。じゃぁ俺は厨房に戻るわ。まだ食えるだろ?」
くすくすと笑いながら肩を並べて厨房に戻る夫婦は、とても仲が良く。ほんの少し眩しかった。
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母親は、男達を裏切り者と叫び、毎晩怒鳴りつけ、泣き喚いた。
今まで無視をしていた祖父と父は態度を一転し、会話に応じた。
_私が間違えているなら、その時に言えばよかったじゃないか、溜めてからお前が悪いなんて誰でも言える!
あんた達が卑怯者なんだ!あたしは悪くない!裏切り者!
母親を庇うわけではないが、歪んでしまった原因は会話をしなかった自分達にあると理解はしている。
だが同時に、店の金を使い込み、見栄の為に人に貸していた事も判明したのでどちらか一方が悪いとは思えない。
祖父の言葉通りにウィレスが金物屋を開いてからも、母親の悪意ある噂話に乗せられた者達から嫌がらせを受けたのには参ったが、
町に出て仕事を得るきっかけにもなった。
たまに町で「偏屈者」呼ばわりされるのも、母親が流した被害妄想の噂が残っているからだろう。
__メリーが村に来た時のお袋の顔は怖かったな。
痩せて、不安げな、力の無い少女。
母親がメリーに会った日。にぃっと口の端を上げて笑う母親を見たウィレスは、あ、やばいと思った。
番外編ウィレス・ウォレス視点。あと2話続きます。




