番外編・村人と少女メリー
小屋の外から、可愛らしい子どもの声が聞こえた気がして、作業の手を止めた。
「粉屋のボブさんはメリーがお使いにきました!」
…可愛らしくない少女の声だったので、ボブは作業に戻った。
声の主は、メリー。
村の宿屋に去年養子に迎えられたばかりの少女。まだまだ幼い彼女を苦手とする村の大人は多い。
ボブは苦手とする側だ。
見た目は良い。とびきりに可愛い。
柔らかな金髪に水色の瞳。
まろやかな頬にぷっくりとした唇。
絵本に描かれる妖精のようだ。
黙っていれば。
「粉屋のボブさんが買ったメリーを!
お使いのメリー買ったった!」
「『粉屋のボブさん、メリーはお使いで粉を買いに来ました』だぁ!」
「?」
いてもたまらず、戸を開けてしまうボブ。ちなみに居留守が成功した試しはない。
くそぅ、どうも調子が狂う。
戸を開けた先には、
金色の髪を二つに分け、耳の上で結んだ少女が満面の笑みで待ち構えていた。
「?粉屋のボブさん、私メリーさん」
__熊にしか見えない犬にまたがって。
この陽気な娘と、相棒の元猟犬は、村のかみさん連中を恐怖の渦に叩き込んでいる。
「おぅ、宿屋のメリー、お使いご苦労さん。いつもの粉を1袋でいいな?」
「ボブさんはメリーに白い粉を渡します」
「小麦粉な。小麦粉。」
「こーむーいーこっ」
「そうそう、上手上手」
適当に答えながら、用意していた袋を棚から取り出し振り替えると、
小さなメリーはいつの間にか犬から降りて移動していた。
カウンターの下で、こちらに背中を向けて尻を振っている。
右へ、ふ~り。左へ、ふーりふーり。
ボブには息子はいるが、娘はいない。
世の中の幼女はコレが普通の行動なのだろうか。
…あぁ、新しいリュックを作ってもらったのか。
そこに入れろってことだな?
「リュックか?」「はい」「入れろってか」「はい」
疲れる。この子ほんとに疲れる。
「ボブさん、メリーさんはタイチョーにデンするよ!」
「台帳にサインな」
「ボブさんをメリーさん買った動かぬ証拠よね!」
「ボブさんから小麦粉を買ったという大切な署名だな」
言いたい事は通じるが、言い間違いに悪意を感じるのは俺だけだろうか。
深く受け止めるとだいたい負けだ。
ボブは頭を振り、考えるのをやめてメリー専用の台帳と、専用インクを取り出した。
ボブの粉屋は、後払いである。村人は基本、月の終わりにまとめて払うので
本来お使いの度に台帳にサインする必要はない。
「おう、今日はどこにするんだ?」
カウンターから出て、すっかりメリー専用の台になってしまった木箱に台帳を置くと、ニコニコ顔が一転、眉を寄せ、頬を膨らませ唇も尖らせて「難しい顔」のつもりの変顔が始まった。
_なんつーか。こいつの顔って3つしかパターン無いよな。
目と口と小鼻を開いた色々乾いてしまいそうな、笑顔。
考え中をアピールするために、何故か顔のパーツを真ん中に寄せる、難しい顔。
そして、村中のカミさん連中を追い回す時の、真顔。
まぁ、苦労したんだろうな。
気味が悪いと未だに陰口を叩く連中もいるが、ボブはメリーの変顔にすぐ慣れた。
よっこらしょと木箱の前にしゃがみ、
メリーのほっぺを人差し指で突つく。
…うぶぅ。…うぷぅ。
頬を突つく度に、唇から漏れる空気がオナラのような音を出しちゃってるのに、集中するメリーは気づいていない。
ボブはこのアホな時間が嫌いじゃなかった。
「ボブさん、決めました!おでこですね」
「はいはい、じゃあこのスタンプ台にゆっくり、」
メシッ。
「うんうん。顔ごと着ける必要ないけど、台帳にはゆっくり」
ゴン。
「できた試しねぇよな。次から鼻があること思い出そうな。ほら、裏で洗ってこい」
「お、おかりしまふ」
ふらつきながら水場に向かうメリー。
まだ文字を覚えている最中なので、サインを書けない代わりに、手型を押すかと提案したのはボブだ。
幼い子どもだと思っても、成長は早い。台帳に日付けと共に小さな手型を記すのは、いいアイデアだと思ったのだ。
娘を溺愛するバカ親に、いつか贈ってやろうと。
最初の数枚は、手のひら。
最近の数枚は、ひじ。
今日は、顔面か…。
メリーが顔を洗っている間に、顔面の魚拓になってしまった紙の端へ
今日の日付と注釈を書き込む。
【※メリー曰く、おでこらしい。】
…見た目は華奢で可憐なんだけどなぁ
…村の爺婆連中が甘やかすから変な方向に育っちまって。
数年前、ウィービー家と対立したのは食堂の姑とその親戚の女達であった。
姑曰く、贅沢な食事を宿が出すから、食堂の客が減った。
宿屋は酒のツマミを出せばいいのだ。
そのくせ、宿が好評になると自分の息子を養子に入れろと騒ぎ立てた。
なんだそりゃ。
中立のボブは、ただただ呆れたが、
大姑達は、孫を勝手に養子に出そうとする嫁や娘と大げんかをしたらしい。
その反動で、メリーは爺婆連中に血縁関係なく可愛がられていた。
多少表情に乏しいが、基本は素直で、礼儀正しい。
教会で育ったからか、田舎で目にする何もかもが目新しいらしく、メリーの反応を楽しみながら、あれやこれやと教えては遊んでいる。
暇なんだな、爺婆も。
さて作業に戻るかと台帳を棚に置いていると、トコトコとメリーが戻ってきた。
「ボブさん、井戸をお借りしました。ありがとうございました」
「おう、間違わずに言えたな偉いぞ」
一瞬きょとんとしたが、すぐに、にへへぇと笑み崩れる。
褒められると盛大に照れるメリー。
まぁまぁ可愛いじゃねぇか。
じゃぁまたな。と言いかけたボブだが、まだ両手でほっぺを押さえて
にへにへ笑っているメリーの髪飾りが目にはいってしまった。
髪飾り?リボン?
クリーム色と薄い黄色の?
「おいメリー、頭に何つけてんだ?」
「ボブさん、見つけた?リボンよ!かったい、かったいリボンよ!」
近づいて覗き込んだボブは脱力し、膝を着きかけた。
「メリー…これはパスタだ」
「リボンよ?かったいよ?」
行商人に瓶いっぱいに入ったリボンをもらったが、一度にたくさんは結べないと拙い単語を繋げるメリー。
いや、形はリボンだが結べないだろうとよく見ると、細い針金を曲げて器用に髪に刺している。
「あぁもういいや、お前ここで見とけよ」
ボブはメリーを抱き上げ、作業台がよく見えるようにカウンターに座らせた。
「こむいこ!のびのびするの?」
「小麦粉を練った玉だな。これを伸ばすからよく見ろよ」
「おぉ~!べろーん!くっついてない」
「ったく俺の昼飯の予定が。いいかメリー、生地を伸ばしたらお前も手伝うんだぞ」
「お手伝い大好きよ!ボブさんも大好きよ!」
「はいはい。ったくお前は宿屋の娘なんだからパスタぐらい覚えろよな」
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ボブは少女が苦手である。
息子しか育てて来なかった彼は、どうも調子が狂うのだ。
なので今日も食事時に家族につい愚痴ってしまう。
「いや、俺は息子でよかったよ。女の子はわからん。このパスタをリボンだとさ!髪に括り付けてやがった、笑うだろ?あっはっは!」
「母さん…親父どうしちまったんだよ」
「わかんないけど、美味しいわこのパスタ。貴方、また作ってね」
「ん?そうか?暇だったら作ってやるぞ」
ボブの息子達は、メリーが来た日は夜食が一品増えるので黙って味わうことにした。
「いやしかし。爺婆は甘やかすがな。俺は厳しいからな。ふっふっふ」
メリーが成長し、すっかり年頃の娘になっても、彼女がボブの粉屋に立ち寄った日の食卓は、一品増えていた。




